3話:森のお祭り*2
それからパーティは『ご歓談ください』のシーンに移って、僕はそこで、何人かの人に話しかけられることになった。
『お会いできて光栄です』や『お若いのにご立派な方だ』なんかを言われたり、或いは、『絵描き風情が三流貴族にうまく取り入ったものだな』とか『本当に精霊様のお声を聞いているのか?どうせ嘘だろう?』とか『こんな子供を重用するとは、レッドガルド家もたかが知れているな』だったりもした。
前者はいいんだけれど、後者は言われるとちょっと腹が立ったし、フェイからも『ああいうのほっとくと舐められるからな。俺からガツンと言ってやろうか』と申し出があったので……。なので、フェイの申し出は断って、代わりに、彼らと別れた後で、こっそり絵を描いた。
描いたものは、木の根っこ。何処から生えてくるのかよく分からない、長くて節くれだった、指3本分ぐらいの太さの根っこ。それを、僕らを馬鹿にした人達の足元にそっと生やしておいて……足を引っ掛けて転ばせてやった。ちょっと悪い気もしたけれど、でも、僕だけならともかく、フェイ達を馬鹿にされるのはちょっと許し難いので。精霊様はお怒りです。
……まあ、ちょっと、そういうことをやってしまうと、彼らも『本当に精霊がいるのかもしれない……』っていう気分になったらしくて、数人が転んでからは、あんまり僕らに嫌なことを言う人は居なくなった。よかった。
そうして……僕はパーティを、やりきった。
お開きの言葉をフェイのお父さんが述べて、それから次第に皆が解散していって、会場にはお客さんがまばらになって……。
「……終わった」
なんだか頭がぼんやりする。これが何かは分かってる。要は、緊張のしすぎだ。うん……。
「お疲れ、トウゴ!」
「うん……」
僕はフェイに肩を叩かれて、ちょっとよろめいて、ラオクレスに受け止められて、折角だからそのまま寄りかからせてもらって……僕はやっと、緊張が解れてきた。それと同時に緊張していた分、一気に疲れる。つ、疲れた……。
「お前のスピーチ、結構立派だったぜ。お前、背筋伸ばして一礼すると、本当に見栄えするよなあ……」
フェイはそう言ってくれるけれど、生憎、自分じゃ自分の恰好は見えないからなあ……。まあ、フェイはきっと、こういう時に嘘を吐く人ではないから、本当に見栄えがしたんだと思う。ちょっと嬉しい。
「疲れた顔をしているな」
「うん。ちょっと疲れてしまった」
「何か欲しいものはあるか」
「ええと……」
ラオクレスに気遣われて、欲しいもの、欲しいもの、と、自分の中で考えて……。
……うん。
「……お腹空いた」
そう言った途端、フェイにはけらけら笑われるし、ラオクレスも肩を震わせてくつくつ笑い始める!そ、そんなに笑わなくたっていいだろ!
「そっか!腹減ったか!いやー、分かる分かる!緊張が解けた瞬間にこういうのって戻ってくるよな!」
「よし。そういうことなら何か取ってくるか。……いや、或いは、町に出てみるか。どうせ屋台で買い食いする暇も無かっただろう」
「暇はあったんだけれど、その時には緊張で食べるどころじゃなかった」
緊張が解れてきたらお腹が空いて、ついでに、ちょっとずつ、お祭りのわくわくが戻ってきた。
そうだ。今日はお祭りの日なんだ。だから折角だし……ちょっとはしゃいでも、いいか。
残念ながらフェイはまだ会場から出るわけにはいかないらしいので、僕はラオクレスと一緒に会場を出る。
「何か食いたいものはあるか」
「うーん……これ、っていうものはないな」
「なら適当に見て、適当に何か買って食うか」
「うん」
会場を出て門を抜けたら、もう森の南側だ。そこはさっきライラの屋台で餅を売っていた方面で……こちらはさっきよりは人が減ったとはいえ、まだまだ賑やかだ。とはいえ、屋台は店じまいを始めたところもあるみたいだから、回るなら急いだほうがいいかもしれない。
……ということで。
「……楽しそうだな」
「うん」
あんまりお祭りの類に来たことがなかったから、こういう場所で買い食いするなんて、どうしてもわくわくしてしまう。
僕は早速、肉の串焼きと果物のから揚げみたいなドーナツみたいな何か、それから一口サイズの枝豆のパンなんかを買って、食べている。
肉の串焼きは香ばしくて、強めの塩と焦げの味がものすごくいい。ちょっと焼き過ぎて固く焼き締まった肉をもぐもぐ噛んでいると、じわじわ旨味が染み出してきてなんとも美味しい。
果物のから揚げみたいなやつも面白かった。ところによりサクサクカリカリ、ところによりしっとりな衣を噛み破ったら、中からとろりと熱くとろけた果肉が溢れ出してくる。火傷しそうになる熱さだけれど、それを吹いて冷ましながら齧るのが、また美味しい。
一口サイズの枝豆パンは、枝豆がそのままころころ練り込まれている他にもペースト状にした枝豆が生地に入っているらしくて、全体的に薄緑で綺麗だ。塩味が効いてもっちりした生地は、これもじわじわ美味しいやつだった。
お祭りの雰囲気の中で食べるからか、余計に美味しい気がする。
「ラオクレスも楽しそうだね」
「……一応は、勤務が終わったからな」
そしてラオクレスは、僕の横で……お酒を飲んでいる!
ラオクレスの手ぐらいの大きな陶器のカップに並々と入ったお酒を、ぐいぐい飲んでいる。おつまみは肉の串焼き。
「お酒飲んでるところ、初めて見た気がする」
「そうか?」
「うん」
ラオクレスは幾分ほろ酔い加減で、何故か僕の頭を撫でてくる。なんで撫でるんだろうか……。
「まあ……偶にはいいだろう」
「うん。偶にはいいと思うよ」
一口枝豆パンを食べつつ、僕はラオクレスが飲んでいるお酒のカップを覗き込んで……さっ、と、カップを持っていかれてしまった。
「お前にはまだ早い」
「……見てただけだよ」
別に、飲もうとしたわけじゃなかったんだけれど。そういう抗議の意を込めてラオクレスを見上げてみたら……思いのほか、楽しそうな顔をしていたので、僕は、それ以上抗議せず、ただ、何故だか撫でられ続けることになった。
なんだろう、僕の頭の高さが丁度いいんだろうか。撫でやすい位置だったりするんだろうか……。
食べ終わったらゴミが出る。串焼きの串と、果物のから揚げみたいなのが入っていた紙袋と、枝豆パンの紙袋。僕はラオクレスにちょっと待っていてもらって、それらを捨てに行くことにした。ついでに、もうちょっと何か食べたい気がしたから、何か買ってこようかな、と思いつつ。
……ということで、ゴミ箱を探して、僕は屋台と屋台の間、路地の隙間に入る。
その時だった。
なんだか聞き覚えのある声が話しているのを聞いた気がして、ちょっと、路地の奥の方を見に行く。ついでにゴミ箱あるかな、と思いつつ。
……すると、そこにはマーセンさんとインターリアさんが居た。
2人とも、勤務時間は終わってるらしい。リアン達と一緒にお祭りを回っていた時に2人がそれぞれ鎧姿で警備しているのを見ているから、多分、2人は早めの時間帯の勤務だったんだろうな。
そんな2人も今は森の騎士団の鎧姿じゃなくて、私服だ。……マーセンさんは麻のシャツを着ている。シャツよりその下の筋肉の印象が大きいのであんまり服は関係無い気もする。
そしてインターリアさんは珍しく、簡素なドレスみたいなものを着ている。町の人達が大体こういうかんじのデザインの服を着ているのを見ているから、多分これはこの世界での市民のちょっといい服、っていうかんじなのだろうな、と推測。
そうか、2人でお祭り、楽しんでるんだなあ、と思いつつ、なんとなく、物陰から路地裏の2人をぼんやり眺めてしまう。さっさと声を掛ければ良かったのだけれど、なんというか、2人が随分と楽しそうに何かを話しているので。
何を話しているのかな。ちょっと遠いから言葉はよく分からないのだけれど、声の調子だけは楽し気なのが分かる。2人は向かい合って、笑い合って、それからふと、じっと見つめ合って、それからマーセンさんがそっと、インターリアさんに手を伸ばし……。
……うん?
あれ、なんだか、その、楽し気、っていう雰囲気ではなくなってしまった。なんというか、もっと静かで、でも、お互いに嫌がったり怒ったりしている様子でもなくて、じっと見つめ合って、ちょっと躊躇いがちなような、何かを期待しているような、ええと……ええと……。
僕が疲れた頭でよく分からないことを考えている間にも、マーセンさんの手は伸びて、インターリアさんの頬に触れた。
優しく輪郭をなぞるように手が動いて、それから、もう片方の手がインターリアさんの肩に置かれて、それから、マーセンさんが近づいて……。
うん。
ええと、あの。
み、見なかったことに!見なかったことにしよう!