25話:金色の封筒
……それから、ライラは毎日リハビリを始めた。
僕はそれに付き合ったし、他にも、クロアさんや、リアンやカーネリアちゃん、時々レネもやってきては手伝った。
あと、魔王。魔王がライラにすっかり懐いていて、ライラの介助を担当している。ライラも魔王に世話される分には恥ずかしくないらしくて丁度いい。
そうしてライラが頑張っている傍ら、僕の方はすっかり体調が戻って、おかげで、やっと……やっと、森の現状を知って、そこに首を突っ込むことができるように、なってきた、のだけれど……。
「まあ、そういうわけで、今、面倒なことがいくつか起きてるんだよな」
面倒なことが、起きてるらしいよ。
フェイと向かい合わせに座って、妖精カフェ。雪苺っていうらしい白い苺を使ったケーキを食べながら、『面倒なこと』の話を聞く。
「1つ目は、勇者の出現だ」
「……ラージュ姫じゃない勇者?」
「そうだ。ついでに、お前でもないやつな?」
僕も勇者ではない……あ、魔王を無力化してしまったという点においてのみ、勇者か。いや、でもそれを言うと、ライラも鳥も勇者だよ。
と、まあ、僕が勇者かどうか、っていう話は置いておいて……。
「えーと、その勇者ってのが……厄介なとこから出てきたんだよなあ」
「どこ?」
「アージェント家」
……成程!厄介だ!
「えーと、時系列を追って話すと……お前が寝ちまった直後ぐらいに、アージェント家から勇者を名乗る奴が出たんだよな。えーと、本家じゃなくて分家らしいけど」
うん。どういう人だろう。少し気になる……。
「……で、当然、アージェント家は王家と対立。王家は一番自分達の手元に近かったアージェント家が寝返っててんやわんや。かと思ったら勇者発表の直後にうちの親父から『うちのお抱え絵師が魔王を無力化しました』っつう報告が出ちまって、ついでに、この姿のまおーんもお披露目されちまって……」
……フェイは、空を仰いで、遠い目をしながら……言った。
「荒れた……」
あ、うん……荒れるだろうね……。
2人目の勇者が出てきて荒れているところで、魔王は無力化されてしまって、しかし無力化した僕達は寝ていて、そして魔王はまおーんになっている……。大荒れの様相が目に浮かぶようだ。
「それだけでいざこざが4か月くらい続いたんだぜ?いや、もう、やってらんねえって……」
「お疲れ様でした……」
僕が寝ている間に随分と大変なことになっていたようで、それはなんというか、ちょっと申し訳ない。何もできなくてごめん。
「まあ、それはいいんだよ」
いいの?ほんとに?
「強いて言うなら、アージェント家が反王家勢力に入ってくれるかもしれねえから、上手くいけば貴族連合の独立が早まる。ごたごたしたけど、まあ、悪いことばっかりじゃあねえ。……まあ、アージェント家からしてみりゃ、勇者を擁立した途端にうちが横から全部攫っちまったっつうか……面白くはねえだろうけど」
うん……。王家と対立するよりも、アージェント家との三すくみになる方が面倒そうだっていうのは、分かる。
「で、もっと問題なのがだなあ……おーい、クロアさーん」
「はーい」
更に問題が出てくる、と聞いて身構えていたら、フェイはクロアさんを呼んだ。クロアさんがぱたぱたと小走りにやってくる。なんだなんだ。
「2つ目の問題は、クロアさんが調べてくれちまったことで……」
「ふふ、悪かったわね」
フェイは複雑そうな顔、クロアさんは楽しそうな顔だ。な、なんだなんだ。
「……実は、勇者の剣って、夜の国のものだった、っつうことが判明しちまった」
……えっ。
「トウゴ君が夜の国に攫われてから戻ってきて、最初に色々、夜の国での出来事を聞いたじゃない?」
あ、うん。話した。覚えてるよ、それは。
「そこで、『うにょうにょに僕を食べさせる儀式』の話もしてくれたでしょ?」
うん。……夜の国に連れていかれて最初の奴だ。牢屋の中で、台の上に縛り付けられて、シャツを駄目にされて、ベルトも駄目にされて、とろろを塗られたやつ。うん。忘れてないぞ。あの時の話をするとレネが只々申し訳なさそうに縮こまってしまうから、レネの前では絶対に言わないけれど。
「で、その時に出てきた道具。覚えてる?」
「え?……うん。ええと、とろろと、鳥の羽みたいな奴。うにょうにょ。あと棒……?」
「そうね。そういう話、してくれたわよね。……でも、その『棒』っていうのは、使われなかったのよね?」
うん。そうだね。使われなかった。
あの時はそんなところに疑問を抱くほどの余裕は無かったし、考えもしなかったけれど……確かにあの棒、使われなかったな。
「そこで、思ったのよ。本来予定されていた通りに儀式が進んでいたら、ぬるぬるをトウゴ君のお腹に塗り広げた後は……お腹を切り開くところだった訳よね」
……想像したらなんかお腹が痛くなってきた。切り開かれなくて本当に良かった!
「……ということで、私、ね。その『棒』っていうものが、何か特別な刃物の役割だったんじゃないかって推測したのよ。つまり……勇者の剣と同じ代物だったんじゃないかしら、ってね」
うわ、よくそんなこと思いつくなあ。
……あ。そういえば、夜の国にレネを助けに行く時、クロアさんが夜の国行きを辞退した理由って、『調べたいものがある』っていうことだったけれど……それがこれか!
「それで、レッドガルド家の古い記録をいくつか調べさせてもらったし、王都の図書館も調べてきたのだけれど……勇者の剣の類似品は昼の国には無くて、けれど、レッドガルド家の記録にはそれらしいものがちょっとだけ残っているのよね」
……うん。
な、なんだか嫌な予感がする。クロアさんがにこにこ嬉しそうなのも嫌な予感を上乗せしている。
「ついでに、トウゴ君が寝ている間に夜の国のこと、レネちゃんに聞いたのよ。そうしたらやっぱり、勇者の剣みたいな代物、いくつかあるんですって。それから、トウゴ君に使われるはずだったあの棒も、魔力を使って光の刃を生み出すものだったらしいわ」
う、うん……?
「つまりね?」
そこで、クロアさんは身を乗り出して、にっこり笑った。
「勇者の剣って、元々、夜の国の技術なのよ。……それが昼の国で『勇者の剣』なんて名前で王家の財宝になっている理由、分かるかしら?」
……分かりそうなのだけれど、僕の頭は考えることを拒否しているので分かりません。
けれどクロアさんは、無情にも、答えを言ってしまった。
「要は、王家がレッドガルド家から盗んだって考えられるのよね。そこにあったであろう、『魔王討伐』の名声ごと!」
ああ……。
……王家の起源が危うくなってきたし、レッドガルド家との対立が益々深まる!
「ええと……その説、王家には……」
「してもいいけれど、まだしてないわね。フェイ君のお父様に止められちゃったわ」
ああ、そうだろうね、うん……。
「けれど、お褒めのお言葉を頂けたし、もしトウゴ君が永遠に目覚めなくてもレッドガルド家の密偵兼秘書として雇ってもらえる約束を取り付けてもらえたわね」
予想以上にクロアさんが強かだった。あと、フェイのお父さんは相変わらずだった。すごい……。
「まあ……その話を公表しようとすると、レッドガルド家が元々ドラゴンだったっつう話から始まっちまうからな。気軽に公表できねえんだけど……とりあえず、俺のご先祖様が王家に嫌な思いさせられてたんじゃねえかな、っつうことは分かっちまったし、なあ……」
「それから、王家に勇者の血が入っていない可能性は十分に出てきちゃったのよね。もしかしたら初代レッドガルドさんが勇者だったのかもしれないし、何ならそっちの方が濃厚になってきたわ」
「そーそー。で、そういう話しちまうと、貴族連合と王家とアージェント家で三すくみになってるところを更に滅茶苦茶にしちまうから……夜の国との交流も含めて、全部一切合切封印中、だ」
成程……。夜の国とのやりとりが無いのは、そういう理由でもあったのか。
まあ、色々と落ち着いてからの方が、いいよね。うん。それは分かったよ。
……とりあえず、ここまでで大きな問題を2つ、聞いてしまった。
1つは、アージェント家が出てきてしまって、そのアージェント家の鼻をレッドガルド家或いは僕がへし折ってしまった形になっている、ということ。
そしてもう1つは、勇者の剣の起源が王家に無さそうな気配がしてきて、ますます王家の立場が危うい、っていうことだ。
……フェイの心情としては後者の方が重いらしいんだけれど、僕からしてみたらどっこいどっこいだ。フェイのご先祖様がドラゴンだったって広まってしまうと色々とフェイが大変な思いをするかもしれないし、その辺りは隠しておいた方がいいのかな、という気もするし、でも、公表した方がいい気もする……やっぱり厄介だなあ、こっちも。
と、まあ、そんなことを考えていたら……。
「で、3つ目に」
「まだあるの!?」
まだあるらしい!僕が寝ている間に色々あったんだなあ!
「あー、うん。これが今のところ、一番厄介な問題でだな……」
フェイはちょっとわざとらしいかんじの暗い面持ちでそう言うと……ため息交じりに、続けた。
「……お前が寝てたもんだから、この町、まだ『森の町』なんだよ」
……うん?
それは一体どういうことだろうか。
僕がちょっと不思議に思っていると……フェイは、にやりと笑って、言った。
「この町の名前、親父が決めたんだ!勿論、仲良しにこにこトウゴ村じゃねえ奴な!……ってことで、ようやくそれの披露会が開ける!トウゴ!大規模なパーティの準備が待ってるからな!」
……そうして。
森の町は、大忙しだった。
僕が目覚めて、ライラが起きて。それでようやく、お祝い事ができる状況になった、ということで……町の名前の披露パーティが開催されることになったので。
「折角だから貴族連合の決起集会と、他の領の貴族の勧誘も兼ねちまえ、ってことにしようと思っててさ。あちこちに招待状出してるんだ。まあ、そうじゃなくても町の披露パーティならあちこち呼ばなきゃならねえしな……はー、めんどくせえ」
「まあ、そういう訳でトウゴ君に手伝ってもらっているわけだが……」
「いやはや、すまないね。病み上がりだというのに手伝わせて」
僕は今、フェイとローゼスさんとフェイのお父さんと一緒に、招待状の用意をしている。
……森の町のパーティは、一般市民の皆さんにも開放するけれど、フェイにとってはそこで楽しく大騒ぎするのと同じくらい、貴族間の交流が大事、なんだそうだ。
まあ、パーティって、社交の場、なんだろうな。こういう時のフェイ達はすごく格好いい。てきぱき動いて、輝いて見える。描きたい。でも今は我慢……。
「……トウゴ、お前、封緘、速いなあ……」
「おお。中々見ごたえがあるね。まるで魔法のようだ」
僕は、フェイと一緒に招待状の封入作業をやっている訳なのだけれど、フェイとローゼスさんとお父さんが文面と宛先を書いて、それのインクが乾き次第、僕が便箋を畳んで、封筒に入れて、封筒の糊付けを軽くやって、そこに封蝋を押して……っていう作業をしている。こういう作業は得意だ。
僕としては文章を書く方が大変じゃないのかな、と思う。3人ともすごい速さで、かつすごく綺麗な文字でそれをやっているから、僕からしてみたらフェイ達の方がよっぽど魔法なんだけれどな。
「こういう作業が得意な奴が居ると助かるよなあ」
「我が家は全員、この手の作業が苦手だからなあ」
「トウゴ君。うちの子にならないか?トウゴ・ウエソラ・レッドガルドということで……」
「いや、養子縁組はちょっと……」
冗談だと思うのだけれど、ちょっと本気にも聞こえてしまうお誘いを断りつつ、僕はのんびり、作業を進めて……。
「……ん」
「お?どうした?あ、俺、なんか間違えて書いたか?」
ちょっと、封筒の宛先に引っかかるものがあったから、手が止まってしまった。……ええと、宛先は、ゴルダ領の領主殿。
ゴルダ領、ゴルダ領……どこかで聞いた名前だった気がするのだけれど、思いだせないな。
「お、おーい?トウゴー?」
「あ、ごめん。なんだか見覚えがある気がして、でも思い出せなかったから……」
別にフェイが何か間違えたわけじゃないよ、という意味を込めてそう伝えると、フェイは、ひょい、と横から僕の手元を覗き込んで……首を傾げた。
「ゴルダ?んー、特に関わったことはねえな」
あ、そうか。ええと、じゃあ、僕の思い違いかもしれない。ゴルダ領……うーん。
「まあ、できれば呼びたくないところではあるがなあ……」
「そうですね、父上……」
……けれど、ローゼスさんとお父さんの反応を見る限り、何かあるところではある、らしい。
「……何かあったんですか?」
僕がそう、聞いてみると……。
「うーん、あそこはなあ……以前には良い領地だと聞いていたんだが。10年ちょっと前、すぐに領主が2回変わる、という事件があって……」
「あ、思いだした思いだした。で、そこ、今は悪政なんだっけか?」
……うん。成程。どうやら、訳ありのところ、らしい。
それから数日したら、今度は返信をまとめる作業が始まった。
「えーと、アージェントは欠席。ま、そうだろうな。オースカイアは出席……よかったな、兄貴!サフィールさん、来るってよ!」
「よし。来なかったら首に縄を掛けて連れてくるところだった」
ローゼスさん……。
「ジオレンは出席。よしよし。えーと、後は、ゴルダも出席、と……あーくそ、欠席しねえかー。まあ呼んでる以上、しょうがねえけど」
フェイがちょっと嫌そうな顔で、全体的に金色の封筒をひらひら振って見せる。どうやらこれが、ゴルダ領からの返信らしい。派手な封筒だなあ。
「なら呼ばなければよかったんじゃないかな……」
「まあ……呼ばなかったら呼ばなかったで、後々面倒なことになりそうなところだからな。アージェント家が反王家に寝返った以上、現状、貴族の頂点はいくつかの貴族で争っていることになるけどよお……ゴルダはそのうちの1つなんだ」
そっか。まあ、色々あるんだなあ。なんというか、ちょっとなあ、と思いはするけれど、社交の為のパーティっていう側面もある以上、いざこざを招き入れるようなことも必要なんだろうし。
「ま、そんな顔すんなって。ゴルダって言えば、金が結構採れるところでさ。だから小さくてもかなり儲かってる領地なんだけどよ。多分、ゴルダの領主は豪華な格好してくるぜ。見ごたえはあるかもな」
フェイはそう言って僕を励ましてくれる。……あの、もしかして、僕って、綺麗なものとか珍しいものを見ると機嫌がよくなるって思われてるのか?
「それから、ゴルダ領の街並みも中々美しいぞ。一度、見に行ってみるといい」
「金細工は勿論、鍛冶も盛んな町だからな。そうだな。トウゴ君も気に入るかもしれない」
……そっか。
まあ、悪いところじゃない、の、かな……?どんな場所でも、いいところはある、よね。うん。
「まあ、描く分には無害な奴らだからさ!」
うん。まあ、そうだね。万物は、ただ絵に描く分には、無害。
「まあ……ゴルダに限らず、来ないでくれた方が平和、というような家にも声をかけているからな。少々、森でいざこざがあるかもしれないが……よいだろうか、精霊様。その分、レッドガルド領にも森にも良い未来を切り開くことを約束する」
フェイのお父さんにそう言われて、ちょっと背筋が伸びるような気持ちになった。
「あ、はい。大丈夫、です。あと、ええと、よろしくお願いします」
「うむ。こちらこそ、よろしく」
……そうかあ。森の町の名前の披露のパーティ、か。
楽しみだけれど……少し、緊張する、なあ。なんというか、その、森の精霊として。
「あ、そうだ。トウゴ君。君に1つ、お願いがあるんだが……」
「はい。何ですか?」
特に理由もなく緊張していたら、フェイのお父さんに話しかけられた。何かな、また枝豆畑の増設とかだろうか、と思って、彼の方を見て……。
「君には是非、森の町の代表としてスピーチをお願いしたいんだが」
……随分と荷が重いことを、お願いされてしまった!