23話:後退した季節*3
「ライラ!?」
「んー……るさいわね、何よぉ……」
ライラはもぞもぞと身じろぎして……そして、変な顔をする。
「……あ、あれ?な、なんで?なんか、ちょっと、変なんだけど」
「あ、体が動かない?」
「そう!それ!何?これ何?」
ライラは魔力切れ初心者なので、長期間にわたって寝ていた後の感覚に戸惑っているらしい。まあ、そうだよね。逆に、これに慣れてしまった僕の方がおかしいっていうことくらいは、分かるよ。うん……。
「10か月以上寝てたんだから、体が動かないのはしょうがないよ。リハビリ、頑張ろうね」
「は!?10か月!?え、何!?どういうこと!?」
成程。魔力切れ初心者のライラとしては、寝て起きたら10か月、っていうのは刺激が強すぎたらしい。『意識が遠のいていきます』みたいな顔をしている。待って待って。まだ寝ないで。
「……らいらー!?」
僕らが騒いでいたら、戻ってきたらしいレネがライラを見つけて、喜びの声を上げて……。
「らいらー!らいら!らいら!」
「え!?ちょ、ちょっと!きゃあ!」
レネがライラに飛びついて、そのままぎゅうぎゅうやり始めた!そしてライラは混乱している!
でももういいや!僕も飛びつこう!ライラには混乱してもらおう!やった!
……そうして僕らがライラを囲んで喜んでいたら、僕もレネも龍にまとめてお腹の中を弄られてしまって強制終了されてしまった。狡い。酷い。
「成程ね……道理で体は重いし、動かないし、喋るのもなんか疲れてきたし、季節は後退してるし……変なかんじね、これ」
「うん。当分はここでリハビリになると思う」
そしてライラにはある程度の状況説明。10か月寝ていました、魔力切れだったみたいです、魔王とか夜の国はうまくいってるみたいです、魔王はコレです、これからリハビリ頑張ろうね。終わり。
「ま、上手くいったんならよかったわ。魔王のお腹が光り輝いたあたりから、記憶が無いのよね……」
ライラはそう言いつつ、寝たまま魔王をお腹に乗せて、ふにふにと手で触っている。魔王はこれが嬉しいらしくて、まおーんまおーんと嬉しそうに鳴いている。よかったね。
「トウゴ、あんた、魔力切れになる度にいっつもこうだったわけ?」
「まあ、今回が一番ひどかったけれど、概ねはこう」
10か月以上寝ていたなんて初めてのことだから何とも言えない。けれど、10日寝ていただけでも結構体は重く感じるようになるし、月単位で寝てしまうと、本当に体が動かなくて困る。今回もすごく困った。
まあ、魔力切れで寝ている間は体の時間がほとんど止まっているみたいなものらしくて、体が鈍るのも『10か月分』にしてはすごく軽いんだろうけれど……まあ、それでも数日間は満足に体が動かせない状況が続くわけで、魔力切れ初心者のライラには辛いかもしれない。
「はあ……心配して待ってる側には何度もなってるけれど、心配かける側になるのは初めてだし、トウゴがいっつものほほんとした顔しながら、とんでもなく頑張って体動かしてたって分かっちゃってなんか複雑だし、うう……」
ライラは『気が重いし複雑な気分』みたいな顔をしつつ、ため息を吐いた。
うん。がんばれ。辛いと思うけれど。
……ライラが辛いところ、大変申し訳無いのだけれど、僕はすごく嬉しいのであんまりライラに共感はしてあげられない。
だって、ライラの目が覚めただけで万々歳なんだ。その後のことはしょうがない!
それから鳳凰がおつかいに行ってくれて、フェイとクロアさんが駆けつけてくれた。
「おおー!ライラ!よかったなあ、目が覚めて!」
「ええ。おかげ様で」
フェイは嬉しそうににこにこしながらライラを見て、何度もうなずいている。分かる分かる。そういう反応したくなる気持ちになるよね。
「よかった……これで森も元通りね」
「ごめんね、クロアさん。随分心配かけたわ」
「ええ。ほんとにね!もう!」
クロアさんはライラの頬をつんつんつつきながら嬉しそうにしている。……僕の時より優しいなあ。うん、いや、別にいいけどさ。
更に、レネも真似してライラの頬を指先でつついてにこにこしているし、魔王も尻尾の先でふにふにやっては嬉しそうに、まおーんと鳴いている。
そんな、賑やかで平和な中。
「いやー、それにしてもよかったぜ!トウゴがライラ描くっつってた時には、俺はてっきり、またトウゴが魔力切れ逆戻りかと思ったんだけどよお……」
フェイがそう言った。
……うん。ええと。その。
「あら?でも、絵、まだ残ってるわね。……これ、未完成なんじゃないかしら」
そ、そうなんだ。ライラは絵に関係なく起きてしまったから、絵は丸ごと残っていて……。
「……トウゴー」
ライラが、何故か額のあたりを擦りつつ、僕の方を、じっと見ている!
「あんた、その、私に何か、した……?」
……僕は何もしていない。見ていたらライラが勝手に起きた。
そういうことにした。そういうことにしたからもうこの話は終わりだ。
目撃者は居ないし、証拠だって無いから、これ以上僕を追及するのは無理ってものだろう。……その割にフェイがにやにやしているし、クロアさんがくすくす笑っているけれど!レネがきょとんとしているのだけが救い!
「……それにしても、描いた絵が無駄になってしまった」
まあ、話は終わったので、別の話をしよう。ライラが勝手に起きたので、描いていた絵が丸ごと無駄になってしまった。うん……。
「え?絵?」
「うん。絵」
「見せて見せて。あんたが描いた私の絵、見たいわ」
絵の話をしていたらライラがにこにこし始めたので、しょうがない。描き途中の絵を寝ているライラにも見えるように掲げる。
……すると、ライラはちょっときょとん、として、それから、ちょっと頬を赤らめた。
「……あんたには私がこういう風に見えてるわけ?」
「え?」
「いや、だって、私、こういう顔、しないでしょ……」
「え、時々、してるけど……」
……確かに、今回描いたライラは、快活な印象ではない。もっと柔らかくて優しい表情だ。
でも、これもライラなんだよなあ。こういう顔、時々するんだけれど、自分では気づかないものなんだろうか。
「……こういう風に描かれると、なんか、その、ちょっと恥ずかしいわね」
「うん。折角だし、完成させたら画廊に飾ろうかな」
「人の話聞いてた!?恥ずかしいって言ってるんだけど!」
うん。いや、恥ずかしがっているライラは珍しいので、つい。あと、この絵、純粋に結構出来がいいと自負しているので、ついつい。
それから僕らはご飯を食べに戻って、それから、ライラのためにクロアさんがお粥を煮てくれたので、僕がそれを持っていくことにした。絵も画材もうっかり置きっぱなしだし。
「はい。お粥。この湖の湧き水で作ったやつらしい。魔力の補給にいいんじゃないかって」
「あら、ありがと。まあそうよね。私は人間だし、あんたが飲んでる木の実、そのままいったら魔力過多で酔っちゃうし。丁度いいわ」
ライラは嬉しそうにそう言うと、スプーンを僕の手から受け取ろうとして……手が上手く動かなかったらしい。スプーンを取り落とす。スプーンは落ちた先で魔王にキャッチされた。
「うわ、手が動かない」
「ああ、分かるよ。当分はそうだから、筆が持てるようになるまで頑張って。……ええと、じゃあ、僭越ながら僕が食べさせますので……」
今のライラは自分の手で食事を摂ることが難しそうだから、誰かの手助けが必要だ。ということで、僕が魔王からスプーンを受け取って、お粥を一さじ掬ってみたのだけれど……。
「……ええと、はい、どうぞ」
「あ、うん……」
……これ、すごく、その、いたたまれないというか……恥ずかしい!
ものすごい恥ずかしさといたたまれなさに二さじ目を躊躇う。これ、いいの?本当にこれ、僕がやっていいの?
ライラもなんとなくいたたまれないらしくて、『どうやって開き直ろうかしら……』みたいな顔をしている。そうだよね、ごめん……。
そういえばこのお粥を僕に預けるとき、クロアさんがそれはそれは楽し気に渡してくれたけれど……これを予期してのあの顔か!
どうしようかな、と思いつつ、でも、ライラの回復のためには食事が不可欠だよな、ということも分かっているので、勇気を出して、二さじ目を掬って……。
……まおーん。
そこで、僕らに救いの手……いや、救いの尻尾が差し伸べられた!
救いの尻尾の持ち主である魔王は、尻尾を伸ばして僕の手からスプーンを取る。そして、なんとなくわくわくした様子でお粥を掬い直して……ライラの口に、スプーンをもっていった。
ライラは、はむ、とスプーンを口にして、お粥を食べる。魔王はそれを見て、まおーん!と、嬉しそうに鳴いた。
これはしめたぞ、と思って、僕は魔王にお粥のお椀を持たせてみると……魔王は嬉しそうにお粥のお椀を受け取って、三さじ目をスプーンに掬った。
「……どうやら魔王が食べさせてくれるらしい」
「やだぁ、かわいいじゃないのよ……」
魔王はお粥のお椀を短い両手で抱えて、スプーンを尻尾に握って、ライラに食べさせる準備万端の姿勢だ。やる気に満ち溢れた『まおーん!』を聞かせてくれている。そっか。じゃあお願いします!
……ということで、僕は専ら、ライラの後ろでライラが体を起こしているのの支えになる係になった。その方が食べやすそうだから。
魔王がライラにお粥を一さじずつ食べさせては、嬉しそうにまおーんと鳴くのをライラの後ろから眺めて、なんとなく和やかな気持ちになる。
ああ、平和だ……。
そうしてライラがお腹いっぱいになると、魔王も休憩に入る。魔王はてろん、と柔らかな体をライラのお腹の上に乗せて、まおーん、とのんびり鳴いたと思ったら、銀色の円盤みたいな目がとろんと歪んできて……そのまま目が閉じられて、なんと、魔王は眠り始めてしまった!
「魔王も寝るのね」
「そうらしいね……」
ライラは自分のお腹の上で寝てしまった魔王の背中をのんびり撫でつつ、くすくす笑う。うん。僕もびっくりだよ。魔王って寝るの?あ、もしかして、僕らを見ていて、その真似をして眠るようになった?
「それにしても、夜の国の空を覆い尽くしてた魔王が、こんなにちっちゃくて可愛い生き物になっちゃうなんてねえ……なんか、実感湧かないわ」
そしてライラがそういうのを聞いて、ふと、僕は思いだす。
フェイが言っていたこと。『魔王は精霊みたいなもので、よい精霊だと思われたらよくなっちゃうんじゃないか』みたいなやつ。
「皆に可愛がられて、こんなにかわいくなっちゃったんじゃないかな」
「あー、成程ねえ……それは分かるわ。分かる分かる。可愛がられるとかわいくなっちゃう生き物って、居るわよねえ……」
……ライラが何故か僕を見ている。いや、別に僕はかわいくないので見られても困る。
「……まあどのみち、最初はあんたの絵、よね」
ライラはふと、僕から視線を外すと……僕の後ろの方にある、ライラを描いた、描きかけの絵を眺める。
「魔王が縮んだのも、こうして元気にしてるのも、あんたがそう描いたから、なのよね。きっと」
「うん。まあ……きっかけは、多分、そう」
改めて言われると、少し気恥ずかしいような気もする。自分の功績です、みたいな言い方はあんまりしたくないし、でも、事実は事実だし……。
「……成程。確かに、未来、よね」
僕が考えていたら、唐突にライラがそう言い始める。
「言ってたじゃない。あんたが描きたいものは何?って聞いた時にさ。『未来』って」
あ、うん……。いや、なんというか、ちょっと格好をつけすぎたような気もするから、その、あんまり掘り返さないでほしいのだけれど……。
「なんとなく思ったんだけどさ。確かに、あれは未来の絵だったわ。あんたが望む未来の絵で……『トウゴ・ウエソラの望む未来の表明』だったな、って」
ライラは一向に構う様子もなく、そう続けて、ちょっと笑う。
「『未来の絵』っていうかさ。あれ、『僕はこういう未来がいいです!』っていう絵、でしょ?」
「うん」
「そうよね。あんたは、あんたが望むものを、表明したってわけよね」
表明……あ、うん。そうか。ええと、僕の絵は、僕の考えの、表明……。
「……多分、あんたの絵ってさ。あんたの声なんだと、思うわ」




