18話:魔王との和解*5
翌日。
「魔王ー。まーおーうー。おはよーう」
僕らはまた、魔王に会いに行った。僕が魔王の目を見て挨拶すると、魔王は予想通り、『まおーん』と返事をしてくれた。ついでに手を振って見せると、魔王の顔の横からにょっきり生えてきた腕みたいなものが、ふるん、ふるん、と左右に揺れる。おお、真似されている。ちょっと嬉しい。
……なんとなく、こういう風に僕らの真似をする魔王の姿を見ていると、もしかして魔王って、寂しかったのかなあ、と思ってしまう。
レネも寂しがりだけれど、魔王も同じぐらい寂しがりで……こういう風に誰かと話せるのを、待っていたんじゃないかな、というような、そういう気分になってしまう。いや、これはただの僕の感傷だし、思い込みや印象だけで魔王の意思を量っちゃいけないけれどさ。
「今日はこれでお話ししよう」
なので早速、僕は……大きなスケッチブックを出す。魔王はちょっと不思議そうに瞬きしているけれど……どうか、上手くいきますように!
僕は、魔王が見ている前で絵を描く。
銀色の円盤が並んでじっと僕を見ているのが落ち着かないのだけれど、それは我慢して、ひたすら描く。
……僕が描いているのは、魔王が縮む絵だ。図解。
魔王は絵を見て、まおーん、と鳴いた。どういう意味で鳴いているのかはさっぱり分からない。けれど、とりあえず、絵を見てくれていることだけは確かなので……頑張って描く。
「どうかな」
魔王はまじまじと絵を見つめて、『まおーん』と鳴く。うーん、伝わっているのか、いないのか……。
「こういう風に、君が縮んでくれると、嬉しいんだけれど……」
よく分かっていなさそうな魔王に向けて、『魔王が縮む図』を見せる。空いっぱいの魔王の図。その横に縮んで空に浮かぶ魔王の図。更にその横に、僕の腕にすっぽり収まるぐらいになった、星空模様の二足歩行の丸っこい猫みたいな生き物……魔王の図。
……この魔王の姿かたちは、ライラと相談して決めた。
いや、だって、『まおーん』ってちょっと猫っぽいし、尻尾みたいなの、生えてるし。あとライラが『魔王が猫っぽかったら可愛いと思わない?』って、空に気の抜けた形状の巨大な猫が寝そべっている絵を描いてくれたので、それを参考に……。
どうかなあ、と自分でも思いつつ、それを見せて、いかがですか、と聞いてみる。
……魔王はしばらく、じっと、絵を見ていた。けれど……。
まおーん。
魔王はそう鳴いて、数度、瞬きした。
……それ、YESなの?NOなの?どっち?
僕らは困っている。魔王には絵を見せた。図解だから、これで分かってくれればいいんだけれど、と思ったものの……魔王が分かったのか分かってないのかが分からない!
「どっちみち、一方通行の意思疎通だと確認ができないから駄目か……」
絵で伝えるっていうのは悪くないと思ったんだけれどな。期待が大きかっただけに、こう、ショックが大きいというか……落ち込む。
「ま、元気出せよ。な?」
「他の方法があるかもしれん。或いは、魔王が何か動いてくれる可能性もある」
フェイとラオクレスはそう言って慰めてくれるけれど、どうにも元気が出ないというか、これ以上どうしたらいいのか分からないというか……。
……そんな時だった。
にゅるん、と、僕の足元から、魔王の腕だか尻尾だかよく分からないものが伸びて、僕の腰にくるんと巻き付いた。
「うわっ」
「と、トウゴ!」
そして、腕だか尻尾だかよく分からないものは、そのまま僕を掴んで、持ち上げてしまう!慌ててラオクレスとフェイがそれぞれの召喚獣で助けに来てくれる、のだけれど……。
「……ん?」
ぽす、と。
僕は、ちょっと離れた魔王の上に、下ろされた。腰に巻き付いた腕も、引っ込んでいく。
……魔王は丁度、ソファみたいな形になっていて、そこに僕が座らされた形になる。
ええと……これは一体。
僕らが困っていると、魔王は、まおーん、と鳴いた。いや、まおーんだと分からないんだけれど。
……更に僕らが困っていると、魔王の腕がまたにゅるんと伸びてきて、僕に緩く巻き付く。
ふにふにした感触のそれに巻き付かれているのは、その……なんか、その、ちょっと落ち着く。な、なんだろうか、これ。
「……トウゴー、お前、取り込まれたりしそうかぁ?」
「いや、そういうのじゃ、ない、と、思う……」
とりあえず、魔王は僕に危害を加えようとしている訳じゃない、んだと思う。多分。これもきっと、僕に座り心地のいい場所を提供してくれたとか、或いは、僕を抱きしめてくれてるとか、そういうのだと思うし……。
……ん?
「……あの、もしかして、これ、抱きしめられるより抱きしめたいっていう、意思表示?」
僕は、僕の絵を示しながら、そう、聞いてみる。
……縮んだ魔王が僕の腕の中にすっぽり収まっている様子の絵。これが、魔王のお気に召さなかった、のかも、しれない。
僕がどきどきしながら答えを待つと……。
まおーん。
魔王はそう鳴いて……今度は、僕の手から、鉛筆とスケッチブックを持っていってしまった!
そんなに嫌だったのかなあ、と思いながら、魔王がスケッチブックと鉛筆を持っていくのを見送る。取り上げたくなってしまうくらい、嫌だったんだろうか……。
……けれど。
まおーん、と魔王が鳴くと、魔王は……。
「……君って、絵を描くのか」
魔王は、うにょん、と生やした腕だか尻尾だかよく分からないもので鉛筆を握って、絵を描き始めた。
……これは予想外だった!
「魔王が絵を描くとはな……」
「意外と上手い……」
「でっけえ体でちっこいスケッチブックによくやるよなあ……」
……僕らは並んで、魔王の絵を眺めていた。
魔王は意外にも、絵が上手かった。少なくとも、意味が分かる程度の絵は描いてくれる。素晴らしい!
「……魔王はライラの造形が気にいったのか」
「あ、ほんとだ……」
ちなみに、魔王が描いている魔王の絵は、『星空模様の丸っこい二足歩行の猫っぽい何か』だ。どうやら魔王は自分の形をこれでいくことに決めたらしい。いいんだろうか。まあいいか。
そのまま魔王のお絵描きを観察していたら、唐突に僕が撫でられ始めた。
「あっ、や、やめてやめて。くすぐったいよ」
「トウゴ、すっかり懐かれてるよなあ……」
魔王は絵を描く傍ら、別の尻尾で僕を抱きしめたまま、更に別の腕の先っぽで僕を撫でてくるのだけれど……ふにふにした柔らかいものにあちこち撫でられていると、その、くすぐったい!
……魔王の撫でまわし攻撃がエスカレートしてきたところで、僕はフェイとラオクレスに助けてもらった。一度助け出されてからは、魔王も学習してくれたらしくて……なで、なで、と頭と時々顔を撫でられるだけになった。よ、よかった……。
そうして僕が撫でられながら魔王の絵の完成を待って……遂に。
まおーん、と魔王が鳴きながら、スケッチブックを見せてくれた。
……うん。
魔王が描いた絵は、魔王の上で僕らやその他の人達がごろごろしている絵だった。
どうやら、これが魔王の理想、らしい……。
魔王の絵を見て、なんというか、よく分からない部分は大いにあるのだけれど……すごく、ほっとした。
魔王だって、僕らに死んでしまえって思っている訳じゃないって、分かってよかった。
「お。もしかしてこれ、赤いドラゴン達か?」
フェイが魔王の絵を見て、ちょっと驚いている。……絵の中に居る人の中に、翼と尻尾のある人達の姿がある。
「お前が今までに会った人、全員描いたのか?」
フェイが聞くと、魔王はまおーんと鳴いて応えた。その目は、どことなく嬉しそうにほんのり細められている。
……魔王は、ずっと、寂しかったのかな。だから、今までに会った人達が自分の上でごろごろしている絵を描いたのかな。
何百年も前に会いに来たっきりの人達のことをずっと覚えていたくらいには、彼らのことを大切に思っていたみたいだし、赤いドラゴン達が来なくなってからは、僕らが来るまで誰も何もここには来なかっただろうし。それって、想像しただけで寂しくなってきてしまう。
「……これが君の理想だっていうことなら、きっと、僕ら、仲良くできると思うよ」
魔王をそっと撫でてみると、魔王はまた、まおーんと鳴いた。相変わらず、言葉は分かっているのかいないのかよく分からないけれど……絵を描くことで、魔王の考えていることは、ちょっと、分かった。
どうやら僕ら、魔王と仲良くやっていくことができそうだ。
それから僕らは、魔王にYESとNOを覚えてもらった。
最初に星マタタビの絵を描いて、〇と×を描いて、どっち?と聞いてみた。辛抱強く待ってみたら、魔王はやがて、〇の方をとりあえず、といった様子でタッチしてくれたので、僕は早速、星マタタビを出して魔王にプレゼント。魔王はまおーん。
……それからも、僕が丸くなる絵を描いて〇と×を出してみたり、逆に、魔王に腕か尻尾で抱きしめられる僕を描いて〇と×を出してみたりして、なんとか、魔王にはYESとNOの意思表示をしてもらえるようになった。
これ、ものすごく大きな進歩なんじゃないかな。うん。達成感がある。
……そうして魔王が尻尾だか腕だかをくるんと丸めて〇を作ったり、或いは2本組み合わせて×を作ったりするようになったところで、僕らはまた幾つも質問を重ねて……魔王に色々、確認してみた。
勿論、言葉自体が通じるわけではないから、絵に描いて質問する、っていうことになるのだけれど……。
まず、魔王が縮んだ絵をもう一度見せてみる。それについて、〇と×で回答してもらったところ、回答は×。
どうやら魔王は、縮みたくないか、縮めないかのどちらからしい。
次に、僕が魔王を縮める絵を描いてみた。……いや、これが説明の難しいことで……とりあえず魔王に『絵に描いたものが実体化したり、絵に描いたものが現実に反映されたりする』っていう様子を幾つか見てもらってから、僕が小さくなった魔王を描いている絵を描いた、のだけれど……。
……これには、〇でも×でもない答えが返ってきた。
魔王の尻尾だか腕だかが、ふり、ふり、と困ったように左右に揺れていて、〇にも×にもならない。つまり、どちらとも言えない、っていうこと、なんだろうな。
ええと、どういうことだろう。やってもいいけれどできないと思う、みたいな意味なのか、できればやってほしくない、みたいな意味なのか……。
一応確認しておこう、と思って、スモールサイズの魔王と、ビッグサイズの魔王の絵を見てもらう。比較対象は僕。
……そして選んでもらったら、瞬時に、ビッグサイズの魔王の方を選ばれてしまった。
ええと……やっぱり魔王は縮みたくない、のか、或いは、縮むことができない、のか……うーん。
「君、大きな体だと、光を沢山食べてしまうんじゃないかな。君に光を食べられてしまうと、夜の国の人達は生きていけなくなってしまうのだけれど……」
とりあえず、絵で会話することはできそうなので、引き続き絵に描いて説明する。
魔王が光を食べている絵と、それを見上げて困った顔の人達の絵。そして、魔王が小さくなって、少食になって、星マタタビの実を食べてにこにこしている絵。ついでに、魔王の傍で一緒に星マタタビを食べる僕の絵も描いてみた。ついでに。うん。ついでに。
……そうすると、魔王はちょっと悲し気に『まおーん』と鳴いて、また僕の手からスケッチブックを持っていって絵を描き始める。今度は何が来るだろうか。
「……絵でやり取りできるようになったのはいいけどよお。絵でやり取りするのって、時間、かかるよなあ……」
フェイの気持ちも分かるけれど、でも、これはしょうがない。
「まあ、トウゴは楽しそうだが……」
ぼ、僕が楽しいのもしょうがないよ!だって、絵でやりとりするなんて初めての経験だし、相手は魔王だし……。
……現象とか天災とかだと思っていた相手と、こんなにも意思の疎通が図れるんだ。楽しくない訳がない!
やがて、魔王が絵を描き終わったので見せてもらう。
……星マタタビの山と、それを食べている魔王の絵だ。あと、びっくりした僕の絵。うーん、中々上手い……。
「縮んでも少食にはなりませんよ、ってことなのかな」
「そうっぽいよなあ」
さて。これは困った。魔王が縮んで少食になってくれるなら、夜の国の光を食べ尽くさずに共存していけるかと思ったのだけれど、そうは上手くいかないらしい。となると……。
とりあえず、サイズ感はそのままでもいいから、なんとかして光を食べないでもらう方法を考えてもらうしかない、のかな。
夜の世界の人達が困ってるんだ、ということを主張する。絵に描いて、魔王に見せる。すると魔王は『まおーん……』と鳴く。
……多分、魔王は地上の人々が困っているなんて、知らなかったんだろう。何なら、地上に人が居ることにも気づいていなかったのかも。少なくとも、夜の国の人達を困らせたいわけではなかったと思う。その辺りを確認するのは難しそうだから、今回は保留にするけれど……だから今、魔王はちょっとショックを受けている、んじゃないかな。
僕の真似をしたり、ふにふにの体を僕に触れる部分だけぬくぬくにしてくれたり、僕を抱きしめて撫でてみたりと色々やってくれる魔王は、人が好きなように見える。だから、自分のせいで地上の人々が死んでしまうっていうのは、きっと、不本意なんだと思う。
そうして魔王はまた絵を描き始めて、やがて、また絵を見せてくれた。
……魔王が空に仰向けになっている図だ。うん。要は、今の状態。
「……地上の様子って、君から見えない、っていうことかな」
成程。やっぱり魔王は、夜の国の人達が困っているということに気づいていなかった、と。まあ、目は空の方を向いているのだし、ここに来た人のことしか知らないみたいだし、しょうがないのか。
……それから更に、魔王は絵を描く。それは、魔王がお城くらいのサイズにまで縮んだ状態で、上に人を乗せて、にっこりしている絵だ。やっぱり、サイズ感は譲れないらしい。かわいいと思うんだけれどな。クッションサイズの魔王……。いや、でも、本人が嫌ならしょうがない。
「このくらいになら縮んでもいいよ、っていうことかな……」
「だが、縮んでも光は食うつもりなのだろう、こいつは」
そう。問題はそこだ。
魔王が今まで夜の国の人達が困っていることに気づけていなかったのはしょうがない。何なら夜の国の人達だって魔王が魔法でも現象でもなく生き物っぽい何かだって気づいていなかったんだからお相子だ。
けれど、これからはどうにか、していかなきゃいけない。魔王にこれ以上光を食べられていたらレネ達が生きていけないのは確かだ。だから、魔王には何としても少食になってもらわなきゃいけないんだけれど……。
「なんとか少食になってもらう方法、無いかなあ……」
僕はそう思いつつ、魔王が星マタタビ10個くらいで満腹になっている様子を描いて見せてみた。すると魔王は『まおーん』と鳴いて、×を作って見せてきた。あ、やっぱり駄目?
「じゃあ他に何か……うーん、どういう聞き方をしたらいいんだろうか、これ」
それから、次の質問を考えるのだけれど……何を聞いたらいいのか、どう聞いたらいいのか、色々とよく分からない。難しいなあ、これ。
けれど、魔王は僕よりも決断が早かった。
魔王はまた、スケッチブックと鉛筆を僕からそっと取り上げて、絵を描き始める。
……そして。
「……これがあれば、縮んでもいいの?」
魔王のお腹に大きな星が光る絵を、描いてくれた。
ええと、これは……?
それから更に絵のやりとりをして、魔王の要望が大体分かった。
「要は君、星が欲しいんだね」
どうやら魔王は、今よりもはっきりと明るい星空模様……いや、星模様になりたい、らしい。
そうなったら、縮んでもいいんだってさ。