17話:魔王との和解*4
魔王との会話の手段が、無い。
とりあえず現時点では「まおーう」と呼びかけると『まおーん』と返ってくる、という程度にしかやりとりができていない。初代レッドガルドさんの日記にあった通りだ。
……うん。
どうしたらいいんだろう!
「とりあえず、駄目元でいってみるかあ……」
最初に動いたのは、フェイだった。
フェイは、翻訳機を魔王にそっと投げ渡すと、自分も翻訳機を装備して……そして、スケッチブックに文字を書いて、魔王に見せた。
『魔王よ、この文字が読めますか?』
……しかし。
まおーん。
……魔王はまおーんと鳴いただけだった。うん。まあ、夜の国の人がコミュニケーションできていない時点で、魔王の言語は夜の国の言語とは違うものだってことだし、昼の国語と夜の国語の翻訳機を与えてみたところで、翻訳できないのはしょうがない……。
「……まあ、この翻訳機、どう考えても初代は昼の国と夜の国の交流用に仕上げてるしな。無理かぁ」
「元々は魔王とお話しする為だったのかもしれないよね」
「まあ、しかし、昼の国と夜の国との翻訳ならまだしも、言語らしい言語を持たない魔王の言葉に対して翻訳も何も無いだろうからな」
うーん、難しい。初代レッドガルドさんが投げだしたくなる気持ちが分かる……。
「言葉が通じねえなら合わせるっきゃねえよな。よし。まおーん」
続いてフェイがちょっとおかしくなりはじめた。いや、僕らにとって意味の分からない言葉を発したところで、それって意味が無いのでは……。
「ほら。トウゴも。ほら」
……なのにフェイがそう言ってくるから、しょうがない、僕も付き合う。
「ま、まおーん……」
「よし!その調子だ!まおーん!」
「まおーん!」
「……何をやっているんだお前らは」
僕とフェイがまおんまおん言っていたらラオクレスに呆れた顔をされてしまった。いや、そんな顔しなくたって……。
「ほら!ラオクレスも!ほら!」
「僕だって言った!ほら!早く!」
なんだか癪だったので、フェイと僕とで囲んで迫ってみた。ほら、まおーん!まおーん!
「……まおーん」
その結果、ラオクレスもまおーんと鳴いた。
「まおーん」
「まおーん」
「……まおーん」
僕らが『まおーん』と揃って鳴いてみると、魔王は目をぱちり、と瞬かせて……『まおーん』と返してくれた。
……うん。
やっぱり、意味は無い!
「言葉が通じねえって、不便だよなあ……」
僕らは途方に暮れている。
なんというか、最近、言葉が通じない相手とのやりとりばっかりのような気がする……。
どうしたものかなあ、と考えつつ、魔王と只々見つめ合っていたら。
「ほんとさ、お前、どうやってレネとあんなに仲良くなったんだよ」
ふと、フェイがそんなことを聞いてきた。
「え?」
「最初は言葉、通じてなかったんだろ?」
あ……うん。そうか。そう言われてみれば、そうだった。僕、レネと言葉が通じなくても、仲良くなれた。
ええと、あの時はどうやったんだっけ。
言葉は分からなかったけれど、相手の言葉を推測して、『ふりゃー』とか『きれい!』とか言い合えるようになった、っていうのは……使えないか。魔王は『まおーん』しか言っていないから。
……本当はそれぞれの『まおーん』に微妙な違いがあるのかもしれないけれど、生憎僕らはその違いを聞き取れないので、とりあえず考えないものとする。
ええと、あと、他には……表情と身振り手振りで、結構色々、分かった、と思う。
レネは色々と、こう、表情に出やすい。僕も出やすい方だ、と、思う。
……一方、魔王には表情が無い!
きょろんとした銀色の大きな目はただの円盤に見えるし、時々瞬きする程度だし。口も鳴く時以外、見えないし。それ以外の表情って、無い!
「どうだ、トウゴ。なんかいい案、思いついたか?」
「……レネって、本当に、交流しやすい異世界人だったんだな、って、思ってる」
フェイが気の抜けた顔をしているけれど、でも、しょうがないだろ。レネはこう、すごくやりやすい相手だったんだよ。本当に……。
「魔王には言葉が無いし、表情も無いし……あと、レネとの交流でやったことって……」
思いだす。何か、交流のヒント、無かったかな、と。
なんとかかんとか、思いだして、思いだして……。
……うん。
「一緒に寝た」
僕は、恐る恐る、魔王の上に降りた。ラオクレスは僕の腰にしっかりロープを縛り付けて、僕が取り込まれそうになったら即座に引っ張り戻すつもり、らしい。
大丈夫だよなあ、と、僕自身も不安に思いながら、そろり、と、魔王に近づいて……アリコーンから降りる。
ふにゅっ、と、柔らかい感触があった。ちょっとひんやりする。そして……一気に体が沈む。
「トウゴ!」
「あ、大丈夫!これ大丈夫だよ!」
けれど、それは別に、魔王に取り込まれてしまいそうになったから、という訳ではない。単に、魔王の体が柔らかすぎるから、僕が自分の重さで沈み込んでしまうだけだ。別に、吸い込まれたり取り込まれたりしている訳じゃないよ。
……少し魔王の上で動いて、体勢を整える。すると、魔王の目が僕に近づいてきて、僕を、じっ、と見つめる。……魔王の上に僕が乗っているものだから、魔王は大分、寄り目になっている。ごめんね、見えづらい位置に来てしまって……。
「トウゴー!大丈夫そうかー!?」
「あ、うん。今のところは」
今のところは、ただ、ふにふにした地面に座っているだけだよ。あと、銀色の円盤に見つめられている。うん。それだけ。
……けれど、これだけだと、コミュニケーションにならないので。
僕は……そっと、魔王の肌を、撫でてみた。
星空模様の、つまり間近に見るとほとんどが真っ黒いだけの体を、撫でてみる。
魔王はすこしひんやりする。手触りは、案外すべすべさらさらしている。くっついてくるようなかんじはない、しっとりした肌触りだ。
……ええと、ふにふに柔らかい、ものすごくきめの細かいシフォンケーキみたいな、大福みたいな、そんなかんじ……?いや、でも、もっとしっかりしているというか、僕も沈み込みはしても、沈み切ってはしまわないから、そういう……。
……これ何だろうなあ、何に近い触り心地なのかなあ、と考えながら魔王を撫でていたら、魔王が『まおーん』と鳴いた。幾分静かな声で、それでいて……なんとなく、嬉しそうに聞こえる。
更に、撫でていたら、魔王の体がほんのり温もってきた。僕が触っている部分だけ、ちょっとぬくぬくしてきた、というか。
さっきまでひんやりしていたけれど、こっちの方がいい。ふにふにしていて温かくて、とてもいい。
何だろうか。魔王って、撫でられると体温が上がる?それとも、僕が冷えないように気を遣ってくれた?僕の体温を真似した?
……色々と考えることはあるのだけれど、とりあえず、魔王は撫でられても抵抗はしない。撫でられるのは、嫌いじゃないのかな。そう思いつつ、魔王の目を見てみる。
相変わらず、そこには銀色の円盤が2つあるばかりなのだけれど……僕を見て、ゆっくりと瞬きされるその目は、なんとなくご機嫌な様子にも見える、というか。
「撫でられるの、好き?」
聞いてみると、魔王はじっと僕を見つめ返してくる。
それがなんとなく面白くて、僕は思わず笑ってしまう。だって、こんなに大きくて、生き物らしさの無い生き物なのに、一丁前に鳴くし、撫でられたらちょっと嬉しそうに見えるし。
……そんな時だった。
「……わあ」
僕は魔王の目を見て、思わず、歓声を上げてしまう。
……魔王は、ただ、僕の真似をしただけかもしれない。
けれど、それでも、大きな一歩だ。
魔王の目が、笑みの形に細められた!
それから僕は、大分、魔王と遊んだ。
魔王の上はふにふにしていて、ぬくぬくと温かくて……寝心地が良かった。なので昼寝もしてみたかったのだけれど、流石にそれはラオクレスが心配するのでやめておいた。ただ、寝転がってごろごろするだけにしておいた。……寝返りを打つと、魔王がふにふに柔らかくて、なんというか、すごく、いい……。
その内、フェイも魔王の上に降りてきて、一緒に魔王の上でごろごろしたり、魔王を撫でたりすることにした。
「お前、触り心地いいなあ!くそー、お前がもっと小さけりゃ、連れて帰って俺の抱き枕にしてたぜ」
フェイは魔王が『まおーん』しか返さなくても、気にせず話しかけている。魔王は魔王で、目を笑みの形にしたり、ゆっくり瞬きしたりしながら、僕らが自分の体の上に居るのをのんびり眺めているようだった。
そんな時。
「うわ」
魔王から伸びた、黒い、腕だかなんだかよく分からないものが、僕に向かってきて……。
「ひゃ」
撫でた。
僕を、撫でた。
……びっくりしてそのままでいると、魔王はふにふにして柔らかくて、僕より少し高いくらいの体温の腕で、僕を撫でて、撫でて……。
「……僕らの真似、したんだろうか」
僕らが魔王を撫でたから、魔王も僕を撫でている?だとしたら、ちゃんと返事をしなきゃいけない。
僕は、『撫でられるのは嫌いじゃないよ』という気持ちを込めて、魔王に笑いかけてみた。すると、魔王はまた、目を笑みの形に細めて、『まおーん』と鳴く。
……うん。
ちょっとだけ、コミュニケーションできた、気がする。
とりあえずその日は、そこまで。
僕らは魔王の上からお暇して、夜の国の城に帰る。
「とうごー!」
「お帰り!どうだった!?」
「触り心地が良かった……」
「寝心地もよかったよなあ……」
……そして、レネとライラに報告。
魔王は寝心地が良かったです。
魔王の寝心地が良かった報告をしたら、ライラに『魔王と話しに行ったんじゃなかったの!?なんで寝てきたの!?』と言われ、レネにはちょっと羨ましがられた。今度はライラとレネも連れていこうかな。魔王はいい布団だから。
「まあ、とりあえず、ちょっとだけ心を通わせることができた、っつうところだな!」
「魔王に対してはそれだって大きな一歩なんだろうけどさあ……いいのかしら、そういうので」
ライラはちょっとじっとりした目で僕を見てくるのだけれど、いや、でも、言葉が通じない生き物相手にコミュニケーションを図るとしたら、触れ合って笑いあうところからじゃないかと思うのだけれど……。
「で、魔王は、翻訳機も効かない、ってことね?」
「うん。一応念のため僕らも翻訳機を付けていたんだけど、魔王は文字を書いてくれるわけじゃないし、『まおーん』は『まおーん』だし……」
「……それって、魔王に縮んでもらえるようにお願いするまで、ものすごく掛かりそうね」
「うん……」
……まあ、大きな一歩、とはいえ、目標地点までの道程は長く険しい。
僕らの言葉が通じているのかいないのか、『まおーん』だけじゃ何も分からない。唯一、魔王が僕らを認識して、笑いかけたら笑ってくれる、ということだけが、今、魔王との和解の可能性だから……。
「詳細な情報って、どうやって伝えればいいのかしらね……」
うん。それが目下の課題だね。
「とりあえず、魔王にも意思らしいものがあることは確かだと思う。撫でたら撫で返してくれるし、笑ったら笑い返してくれる。体温も真似してたし、なんとなく、魔王も僕らとの交流を図ろうとしているように見える」
「見ている俺からしてみれば肝が冷えたが」
それはごめん。ラオクレスは僕らが魔王の上でごろごろしたり、魔王の腕が伸びてきて僕らを撫でたりしている間、ずっと心配そうな顔をしていたから……その、本当にごめん。
「……まあ、そうだな。他にも情報があったとすれば、相手に腕がある、と分かったのは1つの進歩だろうな」
「そうだなあ。魔王ってただ、だだっ広いだけじゃねえって分かったもんなあ。結構色々、分かったことはあるよな」
「ついでに、トウゴの絵を食べちゃったのは魔王の口じゃなくて尻尾だった可能性が出てきたわね……だって魔王の目、空側にあったんでしょ?じゃあ地上側に生えてきた奴は尻尾じゃない?」
「魔王は尻尾で餌を食べる……?」
……な、なんだか魔王のことがもっと分からなくなってきた。あいつ、なんなんだろうか。
「でも、よかったじゃない。腕があるってことは、筆談はできるってことでしょ?」
「いや、魔王が文字を書くかは分からないし、文字を読めるかも分からないし、とりあえず翻訳機は効かなかったか、着けてくれてなかったかのどちらかなんだけれど……」
魔王語も翻訳できればいいんだけれど、そもそも魔王語に文字があるかは分からない。なんとなく、無い気もする。だって魔王って1匹だけだし、そうなると他の人に考えを伝えたり記録を残したりするための文字って、必要ないような気がするし。
どうにか、魔王とやり取りする方法があればいいんだけれど、簡単なコミュニケーションよりも子細で高度なもの、ってなると、うーん……。
……そう、思っていたのだけれど。
「いや、文字じゃないわよ」
ライラがあっさりとそう言うので、僕は一瞬、何のことだかさっぱり分からなくて……でも、よくよく考えてみたら、分かった。
「あんた、絵描きでしょ。絵、描きなさいよ」
そうだった。
レネとやり取りした時も、そうだった。
あの時は、簡単な絵を描いてそれを見ながら確認したり、本の挿絵を見ながらやり取りしたりしていたんだった!
……僕は、絵を描いてやり取りすることができる!




