16話:魔王との和解*3
もしかして、魔王も僕らと争いたくないんじゃないだろうか。
そう思うと、なんとなく色々とそんな様子があった気がする。
僕らがふにふにやっても僕らを取り込むことはなかったし、何なら、色を塗られても、魔王は大人しくしていた。
唯一、魔王自身が消されてしまいそうな時にだけ、僕の絵を食べることでそれを防いだ。これって魔王からしてみれば必要最低限の抵抗っていうことで……つまり、魔王は、初代レッドガルドさんが初めて会った時よりもずっと大人しい、ということになる、と思う。
大人しくなった理由はいくつか考えられる。
魔王も僕らと争いたくないと思っているからなのかもしれないし、或いは、単に光の食べ過ぎでお腹いっぱいだからかもしれないし、単なる気まぐれなのかもしれないし……。
……でも、今、魔王は『まおーん』と鳴いている。ちょっと縮んじゃったのが痛いから鳴いているのかもしれないし、怒っているから鳴いているのかもしれないし、分からないけれど……でも、その割に僕らを攻撃してくることはないし、絵を食べた時みたいに体を伸ばしてきて何かを食べてしまうってこともない。
だから……その、僕の希望が大いに混じった考えなのだけれど……魔王は、僕らと争いたくなくて、それで、必死に『まおーん』と呼びかけている、のでは、ないかな。
初代レッドガルドさんは、魔王との対話を諦めてしまったらしい。日記を読み進めていく中で、そういう部分もあった。
……要は、時間切れ、だったらしいよ。昼の国へ魔王を押しやろう、っていう意見が出てきてしまって、そのための技術も生まれて……そこで、初代レッドガルドさんは、夜の国を裏切ることになった。
そこで昼の国に来てしまったから、それ以上魔王との交流はできなかったみたいだ。
……つまり。
「魔王の顔を見たら、僕ら、初代レッドガルドさん以来初めての、魔王に認識された生き物になれるね」
「それっていいことなのかあ……?」
いいことだよ。きっと。多分。
「……本当に、魔王との交流を試みるのか」
「そのつもりだよ」
ラオクレスは心配そうな、険しい表情をしている。けれど、僕は魔王との交流を試みてみたい。
「魔王がもう生き物を取り込んで殺すことはない、などという保証はどこにも無いぞ」
「それは分かってるけれどさ」
それでもやってみたい。お互いによりよい未来を目指せる可能性があるなら、それを追求していきたい。それが、僕らの義務だと思うから。
「……まあ、お前がやるというなら、止めんが。いや、止められんが」
「ありがとう!」
ラオクレスの呆れたような顔とため息を眺めつつ、とりあえず許可は出たぞ、と喜ぶことにする。
……結局、魔王について分かったことは少ないけれど……後は、何とか自分でやってみよう。
案外、何とかなるかもしれない。ほら、百聞は一見に如かず、とかいうし……。
ということで、僕らはまた夜の国に戻ってきた。鳥が半月の面積分、光り輝いている。自慢げだ……。
「じゃあ、早速行ってきます」
「待て。鳥に乗って1人で行こうとするな」
早速、半月分光り輝いている鳥に乗せてもらって魔王のところへ行こうとしたら、ラオクレスに捕まって止められてしまった。
「……アリコーンの2人乗りでいいか」
「え、あ、うん……一緒に来てくれるの?」
ラオクレスに一応そう聞いてみたら、ものすごく渋い顔で答えてくれた。
「どんな危険があるかもわからない所にお前1人行かせられるか」
あ、そ、それは……それは、その、ありがとう。……うん。ありがたいなあ。
「じゃあ折角だし、俺も行くかな。うん。初代が話したことあるなら、俺が行ったら『あー、あの時の奴の子孫かー』ってなるかもしれねえし」
な、なるだろうか。いや、分からないか。案外、それで親しみを持ってもらえるっていうことも、あるかもしれない……。
「じゃあ私も行くわよ」
「いや、ライラはお留守番で」
「え、な、なんでよ」
「ライラと鳥にも何かあると、昼の国に僕らのことを伝える人が居なくなってしまうので……」
鳥は昼の国と夜の国を結ぶのに必要だし、ライラが居ないと、筆談でしか事態を伝えられなくなってしまうし……。
「な、なによそれ。なんか納得いかないわね……。だったらフェイ様が残るべきだと思うけれど」
「ははは、悪いな、ライラ!俺はご先祖様から引き継いだ大事な任務を果たしに行かなきゃいけねえからよ!」
フェイは『絶対に降りねえ』とでも言うかのように火の精にしっかり掴まってそう言う。ちょっと大人げない姿勢だ。
「……つくづく、フェイ様って貴族らしからぬ貴族よね……」
うん。でもそういうところがフェイのいいところだよ。
僕らはそのまますぐ、空を往くことになった。
ライラや鳥、レネ達に見送られて、魔王の端っこを目指す。
「……魔王の端っこから上に上がって、そうしたら、魔王の顔を探す、っていうことで、いいかな」
「そうするしかないだろうな。ひとまず、魔王の目玉があるというところまでは探してみるか」
うん。気になる。魔王の目ってどんなのだろうか。初代レッドガルドさんの日記には、光る円盤みたいな目、っていう風に書いてあったけれど……。
しばらく空を進むと、やがて、青空の木の近くで魔王の端っこに行きあたった。
「やはり、魔王は縮んでいるな」
「そうだね。前回来た時は、ここよりもっと奥に魔王の端っこがあったと思う」
やっぱりどうやら僕が絵を描いた効果はあったらしくて、魔王は目で見て分かる程度には縮んでいた。
前に来た時は青空の木の周辺だけぽっかりと魔王が無かったような、そんな具合だったのに、今はそれよりもっと広い範囲が『ぽっかり』だ。
「よーし。じゃあ行ってみっか!」
フェイはその『ぽっかり』を目指して、どんどん飛んでいく。僕とラオクレスを乗せたアリコーンも、どんどん高度を上げていって……。
そして。
「……ここが魔王の上、かあ」
そこは一面、灰色の空。
グレースケールの空が、ずっと、ずっと、広がっていた。
……僕らは、魔王の上にやってきた。
「魔王の上ってこうなってたのか。てっきり、青空が広がってるもんだとばかり思ってたんだけどよ」
「うん。びっくりだ」
魔王の上にある空は、グレースケール。青空の青さはどこにも無い。
「……光を食らう、とは、こういうことか」
「レネが青色ドラゴンから紺色ドラゴンになっちまったっていうのも分かる気がするよなあ」
うん。……夜の国のものは、全体的に色が鮮やかじゃない。それって、暗いからっていうだけじゃなくて……きっと、魔王に色の鮮やかさとかを食べられてしまっているんだろうな、と、思う。
「で、魔王の顔ってどこだろうなあ……」
それから僕らは魔王の上を飛んでいるのだけれど……魔王の顔らしいものに行き会わない。おかしいな。初代レッドガルドさんの日記には、確かに、魔王の目を確認した旨が載っていたのだけれど。
「案外、呼んだら出てこないかな。魔王ー、出ておいでー。魔王ー、魔王ー……」
「呼ばれて顔を出す魔王がどこに居る」
駄目元で呼んでみたけれど、ラオクレスに呆れた顔をされてしまった。そっか。駄目か。ま、まあ、魔王って『まおーん』以外喋らないらしいし、呼びかけに応えられるだろうかと考えると、確かに厳しいものがあるか。
……と。
そんなことを、考えていたら。
僕らの下で、きょろん、と、銀色の円が現れた。
円は2つ。僕らが全員すっぽり収まるぐらいの、いや、それ以上に大きな円が2つ並んで現れて、そして、ぱちり、と、瞬きするようにそれらが細まって閉じて、また開く。
ただただ銀色に光る円形の板みたいにも見えるそれは、じっと、僕らを見ているみたいだ。
「……居たね。呼ばれて顔を出す魔王」
「……類は友を呼ぶ、ということか」
ラオクレスのコメントへの賛否はひとまず置いておくとして……とりあえず、確認できた!魔王の目だ!
魔王の目が僕らをじっと見ている、気がする。いや、虹彩や瞳孔があるわけじゃないし、とにかく大きいし、どこを見ているのか、すごく分かりづらいんだよ。
……でも、僕らが右の方に飛ぶと、目がゆっくり魔王の体の上を移動してきて、僕らの下に落ち着く。
また今度は左に飛ぶと、2つの銀色の円盤も追いかけてきて、やっぱり僕らの下あたりに落ち着く。
うーん、まあ、多分、魔王は僕らを見ている。
「……あの目、どーなってんだあ?な、なんか、体のどこにでも移動可能、みてえな動き方してるよな?」
うん。魔王の目は魔王の体のどこにでも移動できる、らしい。
「口はどこだろうか……。呼んでみようか。まおーう。まーおーうー」
目ついでに口も確認したいな、と思って呼んでみたら、魔王は『まおーん』と鳴いた。傍に居る僕らに気を遣ってか、幾分小さめの声だ。
……そして、その声が出る時、2つの目の下のあたりで、むにゅ、と、不定形なかんじの空洞が生まれて、動くのが見えた。多分、あれが口。
「……口も移動可能なのか」
「そう考えた方が良さそうだなあ……」
……とりあえず、僕らは、魔王に存在を確認されて、魔王の存在を改めて確認した。
灰色の空の下、星空色のふにふにした広大な大地が広がっていて、その上を銀色の円盤2つがするする移動する。そんな具合の、およそ生き物とは思えないかんじの、それでいて、でも、なんとなく、愛嬌があるような気もしてくるような……。
……魔王って、なんなんだろう。
百聞は一見に如かず、とは言うけれど、一見したところで分からないものって、たくさんあるよね……。
「えーと、じゃあ、とりあえず話してみる、かあ……?」
「……どうやって話すんだ」
……さて。
魔王の目がじっと僕らを見つめる中、僕らは早速、困っている。
僕らはこの魔王と、どうやってお話しすればいいんだろうか……。




