14話:魔王との和解*1
「……話してくるのか」
「うん」
「魔王とぉ?」
「うん。勿論」
僕がそう言うと、皆、何とも言えない顔をした。
「あの、だって、魔王を縮めるなら、魔王の許可があった方がよさそうだし。魔王は嫌だと思ったら抵抗できてしまう訳だし、なら、それを無理矢理抑え込むよりは、一緒にいい方法を考えるべきかと思って……」
「……まあ、お前らしいけどさあ」
魔王をやっつけてしまう方法よりも、魔王に納得してもらって、退いてもらうとか、光を食べないでもらうとか、或いは、ちょっと縮んでもらうとか……そういう方法の方が、いいと思う。
……もし、僕が魔王を消してしまったら、それは、夜の国を封印してきた昼の国の人と同じだし、昼の国の人を餌にしてきた夜の国の人と同じだ。
できることなら、同じ道は辿りたくない。
「魔王が善良だとは限らんぞ。会話することができたとしても、こちらに協力的である保証は無い」
「だとしても、会話しなくていい理由にはならない」
ラオクレスの言葉は厳しいけれど、でも、それも分かってる、つもりだ。
「勿論、駄目ならどこかで見切りをつける必要はあるし、どうしようもなかったら、夜の国の人達を優先したい。相手が攻撃してくるのにこっちが攻撃を受け入れ続けなきゃいけないとは、思っていないよ」
できることなら、和解したい。昼の国の僕らと夜の国のレネ達が仲良くなれたように、魔王とだって上手くやれるかもしれない。
けれどもし、魔王が僕らと意思の疎通が全くできないとか、むしろ夜の国を虐めて喜んでいるような奴なんだとしたら、当然、それを受け入れる必要はない。流石にそこまで甘くはなれない。
僕は、寛容の国を護るために、不寛容を阻む壁でいたい。……先生が言ってたみたいに。
「……でも、不寛容でいていいのは、相手が不寛容な時だけだ。相手に寛容になってもらう余地があるのなら……そっちから、頑張るべきだと、思ってる」
そう。壁なんだ。
僕は、壁。自分から攻撃しない。相手の攻撃にはびくともしない。進みも退きもしない。壁。
寛容を護って、不寛容を許さない、そういう存在でいたい。
だから……魔王とは、一度、話してみたい。
「……まあ、そこまで考えているのなら、俺は反対しない」
ラオクレスはそう言って、小さくため息を吐くと……なんだかちょっと笑いながら、僕の頭を撫で始めた。なんだなんだ。やめてやめて。
「俺も賛成だな!……なんつーか、ぶっ飛んだ案だけどよ。ま、個人的には魔王が何考えてんのかは気になるな。……もしかしたら、ああいう未知の存在が俺達の世界にも攻めてくる時が来るかもしれねえし、その時のためにもここで魔王と話し合い、ってのもいいかもしれねえ」
フェイの賛同も得られた!……フェイは僕とはまた違う視野を持っていて、なんというか……貴族、為政者……そういうかんじだと思う。
「そうね。まあ、いいんじゃない。勿論、レネとか竜王様にはちゃんと許可貰ってきなさいよ?」
「うん。そうする」
では早速、レネと竜王様に……。
……そう、思ったら。
「待て」
ラオクレスに捕まえられてしまった。なんだなんだ。
「……お前のことだから、なんとかしてしまうような気もするが」
うん。
「そもそもどうやって魔王と話すんだ」
……うん。
そこ、なんだよなあ……。
「とりあえず、魔王は喋ると思う」
「なんで?」
「鳴いてるから。とりあえず、口はあると思う」
……僕らの上空から、また、『まおーん……』という気の抜けた声が響いてくる。ああいう風に鳴くんだから、魔王には口があるんだと思う。多分。
「……口があっても意味のある言葉を発することができるかは分からんだろう」
「それはそうだ」
まあ……僕だって、猫と話したり犬と話したりすることはできないし、何なら、そもそも魔王が言葉というものを使っているのかも分からないし、よくよく考えてみたら魔王はずっと『まおーん』としか言ってないんだから、やっぱり言葉を使わない生き物なんだろうか……?
「ま、まあ、とりあえず相談してみようぜ。魔王と話そうとした夜の国の人も居たかもしれないし、その時の記録があったら参考になるんじゃねえの?」
頭の中が混乱していたら、フェイがそう助け舟を出してくれた。
うん。そうだ。もしかしたら、夜の国の人達も最初は魔王と話そうとしようとしていたかもしれないし……。
……でも、そこで話せていたら、今の歴史になっていないんだよなあ、とも、思う……。
ということで。
「わ、わにゃ!?」
「あ、うん、ごめん。驚かせて……」
早速。レネに『魔王と話してみたいんだけれど、夜の国の人は魔王と話したり話そうとしたりしたことがありますか?』と聞いてみたら、ものすごく驚かれてしまった。レネがわにゃわにゃ言っている。ごめん……。
『魔王と話すんですか?』
『はい。魔王に退いてもらうか縮んでもらうかのお願いをしたいんです。』
レネと文字でやり取りをすると、レネはなんとも不思議そうな顔をしていたのだけれど、それからすぐ『ちょっと調べてきます!』と書き残して、ぱたぱたと何処かへ走っていった。
……そしてしばらくして戻ってきたレネは、数冊の本を抱えて戻ってきて……それらを僕らの前にそっと置きながら、ちょっと申し訳なさそうな顔で、文字を書く。
『魔王とお話ししようとした記録はありませんでした。』
あ、やっぱり……?
それから僕らも、レネが持ってきてくれた本を読む。
そこにあるのは、夜の国の歴史だ。
……レッドガルド家にあった本は、要は、初代レッドガルドさんが昼の国に来る前までのものでしかなかったから、新たに分かることも結構多かった。
とは言っても、大きな出来事があったのは初代レッドガルドさんが昼の国に来たあたりまでで、それからは、『赤いドラゴンが裏切って世界を封印してしまった』とか、『魔王の侵略は進んでいく』とか、そういう記述がいくつかと、あと、青と黄色と白のドラゴンによる統治の再構築とか、技術革新とか、そういうのがいくつか載っているだけだ。
「……こうして読んでみると、改めて、魔王って訳分かんないわね」
ライラが本を読んで、ぼやく。
うん。その通りだ。魔王って、よく分からない。
光を食べてしまう、って、生物としてどうなのかと思うし。生物にしてはとんでもなく大きいし。謎の力で宙に浮いているし。お腹が星空模様だし。……色々と、生物としてどうなのかと思ってしまう。
『魔王が生物だと考えられていたのは、昔のことです。今、魔王は1つの魔法や呪いの形だと言われています。』
僕らが『魔王って生物なのか?』という話をしていたら、レネがそういう風に解説してくれた。そっか。魔王は生物じゃない……?
『……でも、魔王は鳴くことが分かりました。』
「うん」
『これは新鮮なことで……鳴くなんて、まるで、生き物みたいです。』
レネは、こてん、と首を傾げながらそう書いて見せてくれる。確かに。魔王が黙っていたら、あんまり生き物っぽくない。けれど、鳴きだしたら途端に生き物っていうか、『ああ、そういえば魔王だって消されたくないよな』っていう考えに至ってしまったっていうか……。
『魔王とお話しした記録はありませんが、魔王が鳴いていた記録はありました。だからこそ、昔の人達は魔王を生き物だと思っていたみたいです。』
レネは更にそう書いて見せてくれた。
『記録には無いけれど、魔王とお話ししようとした人は居たかもしれません。声をかけるくらいはしていてもおかしくないと思います。きっと、大昔のことだろうけれど……。』
……そっか。今のレネ達は、魔王を生き物だと思っていない。意思ある何かの行動の結果じゃなくて、意思も何もない、ただの現象によって、空が夜空になっている、って、考えているみたいだ。
けれど、その前の……昔の人達なら確かに、魔王を生き物だと思って、やり取りを試みた可能性は、ある、よね。
それからタルクさんが『飯だぞ』と呼びに来てくれたので一緒にご飯を食べに行って、そこで出てきた肉の煮物みたいなやつが美味しくて、お腹いっぱいになって、眠くなって……でも寝る前に、相談。
「僕、思ったんだけれど」
皆……特に、フェイに向かって、言ってみる。
「初代レッドガルドさん、昼の国に行く前に、魔王との対話を試みたり、しなかったかな」
「おー。俺も同じこと考えてたぜ」
フェイはちょっと嬉しそうな顔でそう言って、頭に着けっぱなしの翻訳機をつんつんつついた。
「こういうもん作っちまう人だったみたいだからな。初代。……もしかしたらこの翻訳機も、元々は昼の国と夜の国を結ぶためのものじゃなくて、魔王との対話のために作ろうとしていたものだったりするんじゃねえかな、って思ったんだけどよ」
おお。それはすごい推理だ。
確かに、昼の国に来てすぐ、初代レッドガルドさんは夜の国の封印をやっていることになる。けれど、勇者は今王家の血筋だったはずなので……少なくとも、その勇者さんと何か、やり取りはあったんじゃないかと思う。
つまり、その時点でやり取りができたってことで、その時点で翻訳機はほとんど形になっていたと考えられて……。
「予め翻訳機を作ってから昼の国に行った、ってよりは、別の用事で翻訳機を作ってたけれど昼の国でもそれが使えた、とか、そういうことじゃねえかと思うんだよな」
うん。……初代レッドガルドさんなら、魔王と話そうとしたことがあっても、おかしくない!