13話:魔王との戦い*7
……僕らはしばらく、固まっていた。歓声もぴたりと止んだ。
『まおーん……』って。まおーん、って、何……?
「今の、何?ライラの声?」
「は、はあ!?あんな気の抜ける声出す訳ないでしょ!トウゴじゃあるまいし!」
僕だってあんな気の抜ける声は出さない。失礼な。
「お、おい!見ろ!」
ちょっと気の抜けた音に僕らも気が抜けていたのだけれど、フェイに慌てて呼ばれて、そちらを見る。
……すると。
うにょ、と。
空から、黒い、ふにふにした柱のようなものが、案外俊敏に降りてきて……。
「えっ」
僕が描いた絵を……ぱくっ、と、食べてしまった!
僕らは唖然としていた。
……空から魔王が伸びてきて、絵を、食べた。
うにょにょ、と、また、魔王が引っ込んでいく。後に残されたイーゼルには、何も無い。絵がキャンバスごと、食べられてしまった……。
そして、また、『まおーん……』と、音がする。な、なんなんだろう……。
「ちょ、ちょっとぉ……空が、戻っちゃうわ」
ライラの声を聞いて、慌てて空を見る。
すると、空は……光が萎んでいくように、段々、夜空へと戻っていってしまっていた。どうやら、魔王が光を食べ進めているみたいだ。
……そんなあ。
「お、おいおいおい。これどうすんだ?どうすりゃいいんだ?」
フェイの言葉は僕の言葉でもある。どうしたらいいんだ?これ、どうしたらいいんだろう?
……考えていたら、段々、意識が遠のいていくというか、靄が掛かってくるというか……。
「……あ、これ、魔力切れだ」
「しかもお前は倒れるのかよ!まあいいや!お疲れ!お休み!」
ごめんね、こんな時に……。
「とうご!?とうご、わにゃにゃ!?」
申し訳ないなあ、と思いながら、でも、どうしようもないので……僕は、鳥の上にばふっ、と倒れる。鳥が『よし来た!』みたいな、すごくやる気に溢れた顔をしているのを眺めつつ、段々、意識は薄れていって……。
……僕は、魔力切れになった。
起きたら、花だらけだった。
……えっ。
目の前の光景になんだか納得がいかないというか、びっくりして、僕は起きた状態のまま、固まる。
……僕が寝ているベッドの上には、花がたくさん置いてあった。いや、花というか、花びら?いい香りがして、ふわふわ光っていて、幻想的な眺めではあるのだけれど……あの、こういうのって、死んでしまってからやるものじゃないだろうか。
なんとなく釈然としないものを感じつつ、起き上がる。あ、起き上がれるっていうことは、魔力切れはそこまでじゃなかった……?
なんだろうなあ、と思いながら周りを見てみると、夜の国の客室だった。あと、僕のお腹のあたりに管狐と鳳凰が居る。ベッドの横に鳥が居る。
いつもの面子に安心しながら、僕は自分に乗った花をどうするか考えて、しばらくぼんやりして……。
「……とうご!」
ドアから入ってきたレネがそう小さく叫んで駆け寄ってくるのを見て……思った。
レネは『魔力切れ』を知らなかったのだろうか、と……。
「いや、止めてあげてよ」
「俺もそう思ったんだけどさあ、説明しても『起きた時にお花があった方がいいと思います』『少しでも魔力の補給ができれば』って、健気に毎日毎日、花を運んでてよお……ちょっと、あまりの健気さと悲壮感に、こう、俺達も止められなかったんだよなあ」
僕が起きたことは鳳凰が早速皆に伝えてくれて、フェイ達も駆けつけてくれた。ありがとう。
……そして僕は現在、状況説明を受けている。
どうやら、レネは……ええと、完全に善意で、僕の周りを花だらけにしてくれていたらしい。うん。いや、別に、悪意があるとは思ってなかったけどさ。うん……。それにしても、毎日毎日、花を運んでくれていたとは。なんだか申し訳ないというか、なんというか。
『10日もずっと、眠ったままだったんです!びっくりしました!』
レネが涙の残る顔でちょっと怒っている。うん。ごめん……。
「まあ……お前の今までの魔力切れを考えると、10日で済んだのは奇跡だと思うが……」
ラオクレスは複雑そうな顔で、窓の外を眺める。
「……魔法の発動途中で魔王に絵を食われたから、なのだろうな」
窓の外は、相変わらずの夜空だ。
とりあえず、起きたので竜王様に報告に行った。ついでに、魔王や空の現状について聞こうと思って。
「しーえ、とうご!」
竜王様は僕が顔を見せると、途端に慌てて駆け寄ってきて……そっと、僕に触った。
そのまま僕は頬をむにむにやられたり、手を握られたりして……とりあえず、生存を確認された、のかな。うん……。
「……おーりゃ?」
「ええと、僕は元気ですよ」
竜王様はしばらく取り乱していたのだけれど、とりあえず、僕をつついたり伸ばしたりして、落ち着いてきたらしい。レネといいこの人といい、人に触ったりくっついたりするのが好きなんだろうか……。レネだけじゃなかったのか……。じゃあもしかして、フェイも……?
『無事でよかった。死んだように眠り続けていたので、とても心配していた。特にレネが。毎晩のようにそちらにお邪魔していたが、迷惑は掛からなかっただろうか?』
やがて、竜王様はそう書いて見せてくれた。……さっきの心配ぶりは、レネの伝え方に問題があったのかもしれない。或いは、ドラゴン達は心配性なのかもしれない。というか、僕が寝てる間、レネは僕に添い寝していたんだろうか……。いや、寝てる間に何してくれててもいいけどさ。暖をとれたなら何よりです。
『ご心配をおかけしました。僕は大丈夫です。今、魔王はどんな具合ですか?』
『魔王なら今までと変わりない。否、多少、光を食らう速度が落ちたようにも見える』
そうか。じゃあ、魔王は相変わらず……。空は夜のままだし、僕はしくじった、っていうことなんだろう。
僕が少し落ち込んでいると、竜王様は気遣うように文字を書いて見せてくれる。
『一度は夜が明けたのだ。あの感動を私は……国の者達は皆、生涯忘れないだろう。』
うん。そう、なんだよな。
一度は成功した、んだと、思う。ただ、その直後、魔王が伸びてきて、絵も空も食べてしまったので……。
……うーん。
竜王様はそれから、『それに何より、魔王が大きく押し戻された。これは我々だけでは決して成し得なかったことだ。是非、空を見てくるといい』と教えてくれた。
……どうやら、魔王は多少は縮んだらしい。魔王が空の光を食べてしまった分も多かったけれど、それにしても、魔王は縮んだということなので……まあ、僕がしたことは無駄ではなかった。うん。少しほっとしてる。
魔王の様子を確認するために、僕らは城の屋上に出てみた。レネが閉じ込められていた塔があるあたりだ。ここが城の中で一番高いところらしいから、ここからなら色々なものがよく見える。僕らはそこで、空を見上げると……。
「……居るね」
「そーだなあ……」
僕らが見上げる中、魔王は相変わらず、そこに居た。そして、『まおーん……』という音が時々、響いている。
「もしかして、この『まおーん』っていうやつは、魔王の鳴き声なんだろうか」
「だろうな」
そっか。魔王はまおーんと鳴くのか。なんて安直な。
「……でも、やっぱり縮んでるのよね。これ」
「うん」
遠くの方に、光が見える。竜王様が言っていた通り、どうやら、魔王はちょっと縮んだようだ。勿論、まだまだ縮め足りないのだろうけれど……。
僕らはしばらく、まおーん、まおーん、という魔王の鳴き声を聞きつつ、魔王を見上げていた。魔王は相変わらず夜空模様だ。星があって、黒い。……うーん、つくづく、変な生き物だ。あれだけ大きいのに空に浮かんでいるし、光を食べるし。
「魔王は何考えてるのかしらねえ……」
ライラが呆れたようにそう言うのを聞いて、僕も改めて、思う。
魔王は……どうして光を食べるんだろうか。
……まあ、当然だけれど、考えても考えても、分からなかった。そりゃそうだ。魔王に聞きでもしない限り、正確な答えなんて分からないんだろうし。
ただ……光の魔力って、生命力、と言い換えることもできるらしいから……魔王は魔王で、生きるためにやっている、のかもしれない。
……そこで僕は、ふと、思ってしまった。
「……魔王はやっぱり、消されてしまうの、嫌だよね」
魔王のこと、何も考えていなかったなあ、と。
「勝手にお腹に色を塗られたり、勝手に消されてしまいそうになったりしたら、そりゃ、魔王だって抵抗するよね……」
そう呟いてみたら、皆が『まあそれはそうか』みたいな顔をした。
「そうねえ……つまり、魔王に抵抗されないように上手くやる必要がある、ってことかしら」
「もっと圧倒的な力でなんとかするっきゃねえのか?いや、でも、これ以上って何がある?やっぱ、勇者の剣か?」
そして、魔王の抵抗があってもなんとか魔王を空にしてしまう方法を考え始める。
魔王を、やっつける方法、か……。
……うーん。
「決めた」
ああでもないこうでもないとやっている皆に、僕は、申し出てみる。
「僕、魔王と話してくる」