11話:魔王との戦い*5
朝ご飯を元気に食べ終わって、満腹、元気いっぱいになったところで、僕は昨夜、ライラと一緒に考えたことを説明して……そして、宣言した。
「ということで、僕、魔王に着彩するの、やめました」
「マジかぁ……」
まじだよ。
……だって、僕が表現したいもの、あの画材だと表現するの、難しそうだし……。
「多分、僕が描きたいものがはっきりしていなかったのと、単純に技術とか表現力不足なのと、色々要因が重なって、絵を現実に反映させることができなかったんだと思う」
門の時もそうだった。表現が稚拙だったり、技術が足りなかったり、絵としての出来が悪かったりすると、実体化や現実への反映が上手くいかない。それは分かってる。
「そもそも、どういうものを現実に反映させたいのかがはっきりしていなかった、っていうのが一番の原因だと思うんだけれど……それがはっきりしたから、今度は上手くいくと思う」
「ほう」
僕がいつにもまして自信たっぷりなのを見て、ラオクレスが面白がるような顔をした。
「お前が現実に反映させたいもの、というのは何だ?青空ではない、ということか?」
「未来、だってさ」
……僕が答えるより前に、ライラがにやにやしながら答えていた。
「……未来、か」
「そ。未来。平和で幸せな未来、らしいわよ?」
な、なんだか恥ずかしい!にやにやしながらこっちを見ないでほしい!恥ずかしい!
「トウゴらしいな」
ラオクレスもにこにこしないでほしい!けれど、こんなに優しくにこにこするのは珍しいから描かせてほしい!描こう!よし描いた!
「いいじゃねえか!つまり餅だろ!?」
「フェイ。あの、改めていうけれど、餅は別に、大きな夢とか大きな理想とか、そういうものじゃないってば」
フェイはそろそろ『絵に描いた餅』の意味を正確に覚えてほしい。僕が説明しても『まあいいじゃねえか!つまり餅だろ!?』って言ってくるので、もういいや、っていう気分になってくるけれど……。
……そうして。
僕は、ひたすら、絵の構図を考えることになった。
「まず、魔王をキャンバスにしなくてもいいや、ってなったら、途端に考えやすくなってきて……」
「あー、分かるわ。それ。だってあれ、天井に描くようなもんじゃない。しかもでっかいし、描きにくいし」
……とりあえず、魔王への着彩を諦めてしまったので、そこは本当に楽だ。
今回の案では、とりあえず、大きめの普通のキャンバスに絵を描いてみて、それで駄目だったらその時はまた考えよう、っていうかんじになった。
だから、『とりあえず描いてみる』ための絵の構図を今、考えているんだけれど……。
「……まあ、『未来』なんて、そうそう描けないわよね」
「うん……」
大きな口を叩いた割に、僕には明確なアイデアが出てこない!
「どうしよう……」
「……ま、まあ、とりあえず、夜明け、でしょ?夜明けの夜の国の風景画、っていうのはどう?」
「それだけだと何か物足りない気がして……」
ライラが一緒に考えてくれているのだけれど、どうにも、限界がある。1人で悩むよりはずっといいんだろうけれど、2人でも限界があるというか、2人して頭が冴えてないというか……。
「あー、もう。だったら他の人にも聞きに行きましょ!」
僕が考えていたら、ライラに引っ張られて立ち上がることになってしまった。びっくりした。
「それで、色んな人の考える『未来』から、モチーフ決定すればいいんじゃない?」
「……うん」
まあ……2人でひたすら考え続けるよりはいいか。よし。じゃあ早速、色々な人に聞いてみよう。
最初はフェイに聞いてみることにした。
「ん?未来?うーん……そうだなあ、皆笑ってりゃいいんじゃねえの?」
「成程」
「ちょ、ちょっと。いいの?そんな安直なところでいいの?」
風景画だけだと何か違うな、と思っていたのだけれど、そういう風に人物も含めた風景画にするなら、イメージが湧きやすい、というか、僕が現実に反映させたいものに近い、というか。
「とりあえず、近景と遠景をそれぞれ考えていくっていう方針にするね」
「お、おう?なんか急に訳分かんねえこと言い始めたなあ……」
僕が描きたいものは盛りだくさんなので、1つの画面に上手く収める方法を考えていかなきゃいけない。よし。ちょっとアイデアが湧いてきた!
次はラオクレス。
「そうだな……争いが無い未来があればよいと思うが」
「成程」
「争いが無い、っていうと……まあ、それはフェイ様の案と一緒に表現できそうよね」
「うん」
昼の国と夜の国の争いもなく、魔王との戦いもないかんじの絵にしたい。ということは、昼の国の人と夜の国の人を1つの画面に収められるといいかな。よし。これもいい具合に頭の中でまとまってきた。
次はレネ。
『あったかいのがいいです!』
「成程……」
「……お日様ぽかぽか、っていうのがいいのかしら」
「或いは毛布?」
レネはわくわくした顔で僕らの相談を眺めている。さっき『未来の絵を描きたいんだけれど』っていう話を持ち掛けたから、何か、大いに期待してくれているらしいのだけれど……。
「とーうご!」
レネは嬉しそうに、僕に、きゅっと抱き着いてきた。うわ、びっくりした。
なんだかレネはにこにこにこにこ、嬉しそうだ。きゅうきゅうくっついてきながら、スケッチブックに文字を書いて見せてくれた。
『トウゴが嬉しそうで、嬉しいです!』
……どうやらレネは、僕が元気になったのが嬉しい、らしい。
うん……ありがたい。あと、こういうの、その、なんというか……あったかいなあ。
それからタルクさんに聞きに行って『賑やかなのがいいね』とお言葉を頂き、ついでに不遜にも竜王様にも聞きに行って『空が見える状態だろうか』と至極まっとうなご意見を頂き……。
……そして、夜。
「やっぱりキャンバスは縦長に使いたい。奥行きを表現した方が、広い世界を表現できそうだから」
「空とも相性いいわよね。うん。いいんじゃない?ただ、その場合は方角が結構重要よね。真東を向いた絵だと完全に逆光になっちゃって人の表情が見えないでしょうし……」
「朝陽が差し込むところを南西から北東に向かって描けばいいかな、と思う。そうすると明るくなる空も、人の表情も描けそうだし。……でも、逆光の構図も、惹かれるものがある……」
僕らは、絵の構図を考える。
考える。ひたすら、考える。
どんな絵がいいかな。どんなものを盛り込もう。考えるとわくわくしてくる!楽しい!とても楽しい!
つまり僕は、今、絵を描いている!
……そんな時だった。
「寝ろ」
ラオクレスが、入ってきた。
「……あの、構図ぐらいは」
「2日連続で徹夜はさせない。寝ろ」
「そんなあ」
僕はラオクレスによって、ベッドに戻された。あんまりだ!
「いいじゃない。ゆっくり寝ちゃいなさいよ。そんなに焦る必要も無いって」
「でも……」
「ライラも寝ろ」
「ええっ!?ちょ、ちょっと!寝るのはふわふわトウゴだけでいいでしょ!?」
「寝ろ」
「あああ……もう駄目だわ。持ち上げられたらもう駄目なのよ。知ってる知ってる……」
……ライラも無事、ラオクレスによって寝かしつけられることになったらしい。僕だけじゃないのでちょっと嬉しい。
ラオクレスによって寝かしつけられてしまって、翌日。
「やっぱり逆光も捨てがたい……。光に向かっているところが見えるって、いいと思う。でも、明るい光に照らされた表情も描きたい……」
「いっそのこと連作にしちゃえばあ?」
「ああ、門の時もそうだったよね。うーん、でも、1枚だけで表現するっていうのも1つの手法だと思うし……」
僕らは絵の構図探しを再開。ライラにアドバイスを貰いつつ、ざっとラフを描いていく。
……描いたラフは何枚にもなっている。ああでもない、こうでもない、ってやっているから。でもこれがまた、楽しいんだ。
「……ところでさ」
「うん」
また1枚、新しいラフを描いていたら、ライラがふと、僕に聞いてきた。
「結局、画材はどうするの?魔王に描かないにしろ、筆の方は光の筆?」
……うん。
確かにちょっと、考えどころだ。
「魔王を倒すには光の剣が必要、っていうことは、やっぱり光の筆で描いた方がいいんじゃない?」
「いや、でも、魔法画でやっちゃった方が早いしイメージ通りにできるし……」
「……つくづくあんたって勇者に不向きよね」
うん。その通りです。
「まあ、とりあえず筆抜きでやってみましょうよ。駄目なら今度は光の筆で描いてみる、ってことで。……っていうかさ。あんたの描いた絵が現実に反映されたら、魔王は消えちゃうんでしょ?その時に魔王が暴れたりしたら、そこはまた光の筆の出番、ってことでいいんじゃない?」
うわ、そ、そうか。魔王が大人しく消えてくれるとも限らないのか。なんか、今まで何事もなく漆喰を塗られたり膠を塗られたりしてくれていたから、全然考えてなかったけれど……。
……大丈夫かな。
……そうして、翌日。
「ええと、じゃあ、早速描き始めます」
僕は、下描きの終わったキャンバスを前に、そう、宣言した。
「……今日は寝かすからな」
「わ、分かったよ」
「夜8時には寝ろ。寝なかったらまた運ぶぞ」
「お手柔らかにお願いします……」
下描きをするためにうっかり徹夜してしまったので、ラオクレスからの視線がじっとりと重い。でもまあ、それはそれということで……。
『トウゴの絵、楽しみです!』
レネはうきうきと楽しそうな顔をしているし、その後ろで竜王様もちょっと安心したような顔をしている。やっぱり、僕らが不安そうにしていたら、彼らも心配するよね。逆に、今の僕は絵を描くことを前にしてうきうき状態だから、多分、安心感があると思う。うん。
「ま、自由にやってくれよ。お前はやっぱ、その方がいいからさ」
「うん」
フェイにばしん、と背中を叩かれて、気合十分。改めて、キャンバスに向かって……。
……よし!描くぞ!




