6話:僕らの異文化交流*5
昼食が終わったら森の町へ向かって、そこでまた観光。
森の町はレッドガルドの町よりものどかで落ち着いた雰囲気で……でも、先進的、なかんじ。いや、主に門のせいで。
レネはやっぱり門に興味があるらしくて、門を潜っては振り返って首を傾げて、また戻ってはきょろきょろ辺りを見回して首を傾げて……興味深げだ。
それから、フェイが作ったコピー機を見て興味深げにしたり、枝豆やその他の作物の畑を見て興味深げにしたり。
森の町は観光スポット、っていうかんじでもないけれど、その分、変なものは多いし、夜の国の人からすると珍しいものも多いみたいだ。レネもタルクさんも喜んでくれたみたいでよかった。
ざっと森の町を見て回った後、森の騎士団の詰め所に寄った。……なんと、タルクさんとラオクレスの希望で。
「話している内に手合わせしてみたくなってな」
うわあ、こういうラオクレス、珍しい。描きたい。
「そういう訳で少し、タルク殿をお借りする。いいか?」
ラオクレスは帳面に文字を書いてレネに見せつつ、許可も貰う。レネは二つ返事で了解をくれた。
「……そういう訳で、その、お前達は妖精の所にでも先に」
「見たい」
そしてラオクレスがよく分からないことを言う前に、僕はちゃんと意思の表明。
「見たいわね。ラオクレスが戦うところ、普段はじっくり見られないし」
「……見て面白いものでもないだろう」
「描きたい」
更によく分からないことを言われたのでやっぱりちゃんと意思の表明。
「そうね。私も描きたいわ。いい?」
そしてライラの援護射撃もあって……ラオクレスは、折れた!
「……好きにしろ。ただし、タルクの許可は貰え」
タルクさんにも『見たいです。描きたいです。』という文章を見せて、大笑いしながらの快諾を貰った。やった。
……ということで、ラオクレスとタルクさんが森の詰め所の訓練室で手合わせするのを見学させてもらうことになった、のだけれど。
「……すごいなあ」
ラオクレスの方は、とにかく人体の美しさがよく出てる。盾を構えて剣を振って、一歩踏み込んで……と動く間にも、筋肉が動いて、それに合わせて皮膚が伸びて、形が変わって……すごい。とにかく、すごい。
いかにも硬そうで重そうなものが、勢いよく動く。この迫力を絵に描いて表現するのって、とても難しい。やりがいがある。
肉と皮、その下の骨が動いている様子を見ると、ラオクレスの石膏像らしさは感じられなくなる。これだけ滑らかに動いて形を変える石膏像なんて無いし、それに……こんなに楽しそうな表情の石膏像も、中々無い!
「タルクさんってどういう生き物なの?フェイ様、何かご存じ?」
「さあなあ……俺もサッパリだ。なんだありゃ。トウゴー、お前、レネから何か聞いてたり……あ、駄目だ。これ聞いてねえな」
それからタルクさんもすごい。タルクさんは布なのか透明人間なのか、未だに僕ら、分からないのだけれど……なんと今は、細身の剣を片手に戦っているところだ。そうか、こういう風にも動くんだなあ……。
翻る布のかんじを見る限り、中に人体が入っているように見える。すごいな。タルクさんを描くのって、すごく勉強になる。中に何もないのに人体があるように振舞う布、っていうのは、彫刻とかにも応用できると思う。
……戦況は五分五分、に、見える。けれど互いに全くタイプが違って、ひらひら動きながら鋭い突きを繰り出すタルクさんと、どっしり構えながら踏み込んで踏み込んで押していくラオクレスの対比は、実に絵になる。
「……トウゴ、楽しそうだなー」
「そうね。こんなに楽しそうで何よりだわ」
「とうご、えるぞーい?ふぃーねーれ!」
スケッチブックがどんどん埋まっていく。楽しいなあ。楽しいなあ。
……そうして小一時間で手合わせは終わった。何度かタルクさんが一本を取って、何度かラオクレスが一本を取っていた。やっぱり五分五分。
「すまないな。待たせた」
「ううん。すごく楽しかった」
ラオクレスは少し申し訳なさそうな顔をしていたのだけれど、僕のスケッチブックが1冊増えているのを見て『それは何より』みたいな顔をした。
「少し遅くなってしまったが、妖精の所に行くか」
「うん。行こう行こう。……レネー、行こう!」
「にゃ!」
ということで僕らは妖精洋菓子店に向かう。少し傾いてきた太陽の光の下、歩くレネは楽し気だ。
……そして。
「りり、てぃあーめ!せうーと!……きれーい!」
レネは、運ばれてきたものを見て、歓声を上げた。
……それは、3段になっているお皿というかトレーというか、そういうやつだった。そこに繊細なレースペーパーが敷いてあって、その上に小さなお菓子がたくさん並んでいる。ええと……世界史の資料集に載ってたな、これ。イギリス文化の紹介のページで……アフタヌーンティー、とか、そういうので載ってた。
並んでいるものはとにかく、品数が多い。
妖精印のクッキーと小さなマドレーヌ。小さなショートケーキや、木の実のはちみつ漬けがたっぷり入ったバターケーキ。小さなガラスの容器に入ったフルーツのゼリー。クリームチーズのクリームが塗られたキャロットケーキ。木苺ジャム入りのシフォンケーキに、木苺風味のプリン。それに、昨日食べた、月の光の蜜のゼリーが流されたレモンタルト!
クッキーやマドレーヌ以外は、全部揃って小さな四角に切り揃えられている。それらが行儀よく並んだ様子は……レネがはしゃぐのも已む無し、というかんじだ。
「どうぞ!よくばりさんセットよ!めしあがれ!」
「いっぱい食べてね」
それから、小さなウェイトレスさんが2人やってきて、僕らにお茶を配膳してくれた。カーネリアちゃんもここでお手伝いをするようになった妖精カフェは、看板娘が増えて益々大盛況らしい。
「成程な。欲張りさんセット、かあ。確かにそんなかんじだな、こりゃ」
フェイは早速、自分のお皿に小さなケーキを3つとりつつ、笑顔でそれらをつつき始めた。僕らもそれに倣って、それぞれ気になるお菓子をとって食べる。
こういうの、目にも楽しいし美味しいし、いいな。
「どう?お気に召してる?」
「ちょっと、クロアさん。これ、採算採れるの?」
僕らの様子を見に来たクロアさんがにっこり笑えば、僕の横でライラが焦った声を出す。
「ああ、案外大丈夫なの。ものすごーく大きく四角く作ったケーキを切り分けて出してるから、手間が掛からないのよね。ついでに四角く作って四角く切るから無駄も少ないし。あと、『日替わり』と銘打ってその時安い食材を多めに使って作ってるから、むしろ、普通にケーキを出すより効率がいいわ」
そういうものか。勉強になります。
「それにやっぱり、見栄えがするじゃない?ね、貴族のお茶会みたいでしょう?ねえ、フェイ君。どうかしら」
「いや、貴族の茶会でも中々ここまで綺麗なのはねえよ。クロアさん」
「あら嬉しい」
貴族の太鼓判がもらえるくらいなんだから、この世界の人にとって、こういう形式でお菓子とお茶を楽しむのって、ものすごく贅沢ができる、っていう感覚なのかな。僕としても結構、そういう感覚、あるし。
ということは、この『妖精カフェよくばりセット』を楽しみに来るお客さんが増えて、その分また、儲かる、と。……クロアさん、お菓子屋さんの経営の才能があると思う。
「レネちゃん。どうかしら」
クロアさんは目を輝かせっぱなしのレネにそう聞きつつ、ペーパーナプキンにペンで文を書いて、それを見せる。
……するとレネはすかさずペーパーナプキンに文字を書いて、返事をした。
『とても美味しいしとても綺麗だし、とてもすばらしいです!』
「それ、言わなくてももうお顔に出てるわね。嬉しいわ」
……確かに。
レネの顔を見ると、別に文字が無くても大体、言いたいことは伝わってくる……。
のんびりと『よくばりさんセット』を楽しんだ後は、妖精がお菓子を作っているところをこっそり覗かせてもらった。
従業員用の裏庭に入って、そこからそっと窓を覗くと……中では妖精達が楽しそうに、ケーキを作っているところだった。
大きな天板で薄く焼いたらしい大きな四角いスポンジを、妖精達が数匹がかりでもって、せーの、で持ち上げる。毛布が空を舞うように宙へ浮いたそれは、台の上にぱふん、と着地。その上にクリームが塗られて、苺が乗せられて、またクリーム、そしてまた、ぱふん、とスポンジの布団……。
……ファンタジーな眺めだ。
ちなみに、この様子、レネも釘付けで頬を紅潮させながらじっと眺めていたのだけれど……タルクさんが。案外、こういうの、好きだったみたいだ。
妖精達がケーキを一台分作り終えたところで僕らの窓に手を振ってくれると、レネと一緒にタルクさんも手(というか手袋だけれど……)を振っていた。そしてまた、妖精達の作業風景を眺める……。
うーん、意外。
「抜かりなし」
「わにゃ?」
そして夜。今夜こそは、レネをよく干した布団と毛布で包んで寝かせたい。なので、今朝出発する前にしっかり、毛布と布団とを日向に干して出かけた。
……そして布団は馬達が夕方に取り込んでくれたので、今、ほわほわした状態で僕の家の軒下にある。
僕はレネと一緒に毛布を抱えて家に入って……客間のベッドに、それを敷く。
「さあどうぞ」
そこにレネを入れて、くるん、と毛布で包んだら……よしきた。
「ふりゃあ……」
レネは、とろん、とした顔でうっとりと、毛布の中で温まっている。幸せそうだ。よかったよかった。
「じゃあ、ふりゃー布団を楽しんで」
ということで、僕は僕で、自分の部屋へ戻ろうとして……。
「と、とうごー……」
レネの寂しそうな声に引き留められてしまった。レネは僕をじっと見つめたまま、ずりずり、とベッドの上で動いて……端に寄った。
……うん。
『一緒に寝る?』
書いて聞いてみたら、レネは笑顔で頷いた。
……レネって、もしかして、寒がりっていうだけじゃなくて……その、寂しがり、なのか……?
1つのベッドでレネと一緒に寝るのはもう慣れた。けれど、ベッドが狭い。一緒に寝ることを考えて、もう少し大きく作っておくべきだったな。
もそもそと隣で動くレネを見つつ、ベッドにうつ伏せの姿勢になって、僕とレネの頭の間あたりにスケッチブックを置いた。ベッドサイドのランプを灯して、これで、筆談の準備完了。
早速、『狭くない?』と書いて聞いてみる。するとレネは僕から鉛筆を受け取って、『ちょっと狭いけれど楽しいです!』と返してくれた。そっか。それならよかった。
『明日の朝に帰る予定です。大丈夫ですか?』折角だから明日の予定を確認。するとレネは頷いてくれたので、これでよし。
レネが何か言いたそうな顔をしていたので鉛筆を渡すと、レネは柔らかい形の文字を、僕が書いた文字の下に書いていく。
『ここを離れるのはとても寂しいです。ここは明るくて暖かくて、とてもよい世界ですから。本当はもっとずっと居て、光を浴びていたいです。』
……そっか。それは、嬉しいような、申し訳ないような、悲しいような。
僕がなんて言っていいのか分からなくなって黙っていると、レネはふと、不安げな顔をして、スケッチブックに小さな文字を書いた。
『トウゴは、我々が嫌じゃないのですか?』
何がだろう。
唐突に話が切り替わったから、咄嗟に頭が回らなくて、首を傾げることになる。するとレネは言葉足らずだったと思ったらしくて、スケッチブックにまた文字を書いていく。
『我々は、こちらの世界に魔王を押し付けようとしたり、生き物を攫って光を得たりしている者達です。この世界の敵です。なのに、この世界が好きだなんて言うのは、嫌ではないですか?』
文字を読んで、レネの表情を見て……竜王様が不安がっていた理由が、また少し、分かった気がする。
夜の国の彼らは、昼の国に負い目があるんだ。だから余計、僕らの助けが不安なんだ。
『僕が、この世界の人達を代表して言うわけにはいかないから、僕個人の意見なのだけれど』
僕はそう前置きして見せてから、またスケッチブックに文字を書く。できるだけ、急ぐ。レネが不安そうな顔でじっと僕の手元を見ているから。
『僕は、気にしていません。魔王を押し付けようとしていたのは、そちらの世界にはしょうがないことだったし、生き物を餌にしていたことは……きっと、僕の知っている人が攫われて殺されてしまっていたら、また、感じるものが違ったんだと思うけれど、今、僕は特に何も思っていません。』
ずるい回答だよな、と思う。けれど、これ以上には何も言えないし、実際に僕はこう感じているんだからしょうがない。
レネは僕の回答を見て、ほっとしたような、それでいてまた落ち込んだような、そんな沈鬱な顔をする。
……そんなレネを見て、聞きたくなった。
『答えにくかったら、いいのだけれど』
これを聞いたらレネは嫌な気持ちになるんだろうな、と思いながら、でも、どうしても、聞いてみたかった。
『レネは、生き物をうにょうにょの餌にした時、どういう気持ちでしたか?』
レネはゆっくり瞬きして、それから、ちょっと悩んで……僕から鉛筆を受け取って、スケッチブックに文字を書き始めた。どうやら答えてくれるらしい。それに僕は、少しほっとする。
やがてレネは文字を書き終わって、僕に見せてくれた。
『トウゴくらいの大きさの生き物を太陽の蜜にすることになったのは、初めてでした。』
えっ。
そ、そうだったのか。なんか意外というか……。あ、じゃあ、僕があそこで死んでいたら、僕、レネが最初に処理した大きめの生き物、っていうことになっていた、のか。うん、いや、だから何だって話でもないのだけれどさ。
……僕が『少し意外だ』という顔をしていたからか、レネは少し笑って、説明してくれた。
『だって、前回、封印が解けていたのはもう随分前のことです。その時、自分はまだ生まれていません。』
あ、そうか。……うん。そういえばそうか。なんかちょっと恥ずかしい。封印って100年とかそういう単位らしいからまあ、レネが生まれていないのはしょうがないことだ。
……ところでレネって何歳だろう。僕と同じくらいなんだろうか。
『僕より前には何か、あのうにょうにょの餌にした生き物は居ましたか?』
『蝶と、ねずみです。竜王様が封印の具合を見るためにこちらの世界に来た時、捕まえてきました。』
予想以上に小さかった。そっか。蝶とねずみ。……うん。
『次は魔力を多く持った人型の生き物を連れてくる、と聞いていました。だから、覚悟もしていたつもりです。我々の世界を滅びから遠ざけることが、青いドラゴンの一族の使命ですから。』
レネは少し目を伏せて、何かを思い出すように視線を彷徨わせて、そして、そっと、小さな文字で、スケッチブックに書いて、それを見せてくれた。
『でも、もし捕まえられてきたのがトウゴでなかったとしても、餌にできなかったかもしれないと思っています。』
『嫌だった?蝶とかネズミとか、餌にするのも』
『嫌でした。すごく怖かったです。』
レネは僕の質問にすぐ書いて答えてから……『やっと言えた』というような、そんな顔をしていた。
……レネは、きっと、こういうことを今まで言えなかったんだと思う。
レネの仕事は、夜の国を滅びから遠ざけるためのものだ。初代レッドガルドさんの本を読んで分かったことだけれど、夜の国の人達は、ものすごく努力して、そうしてなんとか生きながらえていた。滅びを少しでも遅らせるために、ものすごく頑張っていた。……その一環が、レネの仕事だった。
だからレネは、この仕事が嫌だ、とは、言えなかっただろう。レネがやらないと、夜の国が滅んでしまう。だから、嫌だとも怖いとも言えなかったんだと思う。
……辛かっただろうな、と、思う。自分が思ってることと周囲が思ってることが違うっていうのは、すごく辛い。全然ケースが違うけれど、なんとなく、僕も、同じようなものを感じたことは、あるんだ。多分。
『自分はこういうことに不向きだと思います。血や肉を餌にして太陽の蜜を採るよりも、夜光花の花粉を手で細々と集めて結晶を作る方が、きっと向いています。』
レネはそう勢いよく書いて、そして……ぽつり、と何かを呟いた。聞いても言葉は分からないから、僕はただ、レネが文字を書いてくれるのを待つ。じっと待つ。
するとレネは、ちょっと迷いながらも、文字を書いて、書いて……伝えてくれた。
『こちらの世界に来られてよかった。もう、こちらの世界の生き物を犠牲にしなくてもいいようにしなきゃいけないと思えたから。』
レネが鉛筆をスケッチブックの上に置く。僕らはベッドの中、文字を書くこともなく、ただ、顔を見合わせる。
……僕らどっちも、見る人から見れば自分勝手、なんだろうなあ、と、思う。
夜の国の人達がやっていたことを許さない、っていう昼の国の人も居るだろうし、昼の国なんて信用できない、っていう夜の国の人も居るだろう。
夜の国をまた封印した方が安全だ、っていう昼の国の人は当然居るんだろうし、昼の国の人間が油断しているところを全部攫ってうにょうにょの餌にして太陽にした方が確実だ、っていう夜の人だって当然、居るんだろう。
昼の国も夜の国も、互いに互いを食い物にしたり蔑ろにしたりすることは、きっと、それはそれで間違いじゃない、のだと思う。
……ただ、やっぱりそれだと、僕らは嫌みたいだ。
もしかしたら、互いに互いを犠牲にしなくてもいいやり方があるかもしれないから。だったら、それに賭けてみたい。
「……僕、頑張って魔王に着彩する」
僕はそう喋ってから、スケッチブックに文字を書いた。レネはそれを読んで……そして、僕からそっと鉛筆を取ると、レネも文字を書き始める。
『こちらにできることは少ないけれど、全力で応援します。頼ってばかりでごめんなさい。いつか絶対に、恩返しします。』
……レネはそう書いて……それから、僕の顔を見て、ふにゃ、と、申し訳なさそうな、はにかんだような笑顔を浮かべて、更に一文、書いた。
『だからそれまでどうか、仲良くしてください。』
僕らは互いに『おやすみなさい』を言って(多分レネが言っていた『うーにゃに』は『おやすみ』だと思うんだよ)、毛布に潜り込んだ。
レネが小さく「ふりゃ」と言うのを聞いて、ああやっぱりレネをこっちに連れてきて正解だったなあ、と、改めて思いながら、僕はそのまま、眠ることにした。
そうして翌朝。
「暗室を出せば24時間いつでも鳥を月にできる」
僕らは祭壇を大きなテントで覆って、その中に月の光の蜜を撒いて、更に、月の光の蜜で三日月にした鳥を浮かべて、レネが歌いながらくるくる回るのを眺めていた。
最初は、僕がこの魔法を使おうとしたんだけれど、『行きはトウゴにやってもらいました!帰りは自分がやります!』とレネが主張し、更にタルクさんが『あのトリサンが三日月になるところを見たい』と主張したため、レネが魔法を使うことになって、鳥は三日月になった。
……鳥はちょっと不満げな顔をしている。多分、光る面積が少ないからだと思う。いや、別にいいだろ。そんな光らなくっても。
レネの魔法は無事に成功して、僕らは光の柱の中に入って、夜の国へと戻ってきた。
そこからまたお城まで飛んで……そして、竜王様のところへ、帰る。
「あーみぇ、ほみゃー!でぃ、なとな!」
レネは竜王様の所に駆けていって……その背中に背負った荷物を竜王様の前に差し出した。
竜王様は僕らが帰ってきたのを見て、ほっとした顔をした。そして少しだけ笑顔を浮かべて、レネから荷物を受け取る。
荷物は全て、お土産だ。
……昼の国のものが色々珍しかったらしくて、レネは、お茶やパン、ハムやチーズ、それに果物のジャムの瓶なんか、そして妖精のケーキといった食料品を中心に、竜王様へのお土産を選んでいた。その様子が楽しそうで、見ている僕らも嬉しくなった。
「竜王様。僕らからも。……お土産です」
僕が布包みを手渡すと、竜王様はそれを不思議そうに受け取る。その横ではレネが「もみゃーげーしゅ?」と言っていたので、「おみやげ」と教えてみたら、元気よく「もみあげ!」と言ってくれた。うん。惜しい。
……こちらからのお土産は、月の光の蜜をたっぷり詰めた竹筒。竜王様は布包みを解いて、中の光る竹筒を見て、目を輝かせていた。きっとこれ、僕らよりもこの世界の人達の方が必要だろうから。
「……てぃあーめせら」
そして……竜王様は、竹筒だけじゃなくて、布の方にも興味を持ったらしい。表情を綻ばせて、慈しむように布を見ている。
布は、藍染だ。薄く染めてある、浅葱色の布。ライラが染めたやつを使わせてもらった。
『美しい色だ。そちらの空は、このような色か?』
竜王様は手帳にそう書いて見せてくれた。なので僕も、スケッチブックで答える。
『空の色より水の色に近いです。』
すると竜王様は意外そうに表情を綻ばせて……こう、書いてくれた。
『そちらの世界では水がこのような色をするのか。是非見てみたい。魔王の脅威が無くなったら……否、そうでなくとも、是非、私もそちらの世界に視察に行かせてほしい。』
……はい!ぜひどうぞ!
その日は夜の国の城の中でゆっくり過ごさせてもらって、そして、翌日。
朝食の席で、竜王様からこう、申し出があった。
『議会の承認を得た。あまりに緊急なことだが、こちらも日々魔王に侵略されている世界だ。一日を急ぐ。是非、よろしく頼む。』
……僕はいよいよ、魔王に着彩し始めることになる。