2話:僕らの異文化交流*1
「あ、うん。いいよ。ええと、ちび太陽を出せばいいんだろうか」
早速、スケッチブックにちび太陽のカンテラを描き始める。多分、あれが光の魔力、だよね?
……と思ったら、スケッチブックを見ていたレネが、慌てて僕を止め始めた。あれ、違った?
僕が首を傾げていると、レネは慌ててスケッチブックに文字を書き始めて……そして、見せてくれた。
『小さな太陽を出してほしい訳じゃないんです。そんなにいっぱいは必要なくて、けれど、どうしても、寒くて、元気が出なくて』
あ、そうだったのか。ええと……じゃあ、どうすればいいんだろう。あ、月の光の蜜?
どうやら光の魔力が無いと、レネは寒いし元気が出ないらしい。
それはそうだろうなあ、と、思う。だってレネ、あんな寒くて暗い塔の中に閉じ込められていたんだから。塔の中に居たレネは、すっかり冷え切っていて……あそこにあのまま閉じ込められていたら、きっと、レネは死んでしまっていたんじゃないだろうか、と、思う。
そんなレネだから、寒がっているならなんとかしたい。けれど、どうすればいいのか分からない。ということで、僕がちょっと困っていると、レネは……。
「とうごー……」
もじもじして赤くなりながら、そっと、前髪を分けて額を出した。……あっ。
ものすごく恥ずかしかったのだけれど、やった。やりました。だって、レネだって、僕が居候している間やってくれてたんだから。
……レネの額に口付けると、レネが一瞬、ぽわ、と光った。レネはものすごく恥ずかしがっていたのに、発光してからは「ふりゃー……」と、何か感心したような声を上げて、それから手を握ったり開いたり、指先を動かしたりして、また「ふりゃ」と言ってにこにこ笑った。
『あったかいの?』
気になったのでそう書いて聞いてみると、レネは頷きながら返事をくれた。
『トウゴの魔力は光の魔力でいっぱいです。すごいです。とってもあったかいです。』
そっか。それは何より。……ものすごく恥ずかしかったけれど。
「へーえ。トウゴがなあ……中々やるじゃねえか、お前」
……特に、オーディエンスが居るところでやることじゃ、なかったけれど!
「あ、そうだ。俺、レネに聞きてえこと、あるんだよな」
それから、フェイがそう言って、スケッチブックに文字を書き始める。
僕らがスケッチブックに文字を書くのは夜の国の人に話しかけたい時だから、レネもすぐに気づいて、少し緊張気味にフェイに向かう。
『俺が赤いドラゴンの子孫だとして、嫌じゃないのか?裏切り者の一族の末裔だろ?』
フェイが心配そうにそれを見せると、レネは慌てて、文字を書き始めた。
『嫌じゃありません。赤いドラゴンは、トウゴの世界を守ってくれた竜です。それにあなたは、こちらの世界を守ってくれる竜です。』
「竜かー。やっぱ、俺、竜かー……」
フェイは苦笑いしつつ、でも、レネの言葉は嬉しかったらしい。そんな顔をしてる。
『……でも、少しだけ緊張します。』
更に続いたレネの言葉に、フェイは笑い出した。
「レネ!お前、トウゴに似てるなあ!」
「とうご?」
フェイは嬉しそうに『レネはトウゴに似てる!』と書いてレネに見せて、レネを照れさせていた。いや、照れなくていいよ。多分、僕に似てるって、半分……いや、四分の一ぐらいは悪口だよ!
「そういえば、俺に似た御仁が居るのだったな。あの、タルクとかいう」
「たるく?たるく、こーら?」
コーラがどうしたのかは分からないけれど、レネは「たるくー」と呼んだ。……すると、するり、と、ドアの隙間からタルクさんが入ってきた。いらっしゃいませ。
……ただ、タルクさんも元気がないようだった。まあ、そうだよね。切れ端を作ったのだか、切れ端にされてしまったのだかは分からないけれど、レネが塔に閉じ込められている間、タルクさんも大変だったみたいだし……。
『タルクさんも、光の魔力、要りますか?』
そこでそう、提案してみる。すると、何故かレネがびっくりして……迷い始めた。
……何かむにゃむにゃ言いながら悩んでいるのをタルクさんが横で少し楽し気に眺めている、ように見える。いや、タルクさんは変わらず、星模様の仮面に布、っていう出で立ちなので、表情とかは分からないんだけどさ。
うーん、レネは遠慮してる、んだろうなあ、と、思う。この世界だと光の魔力っていうものが貴重品らしいし。勿論、僕としては、昼の国で太陽の光をたっぷり浴びているから、光の魔力は別に貴重品でもなんでもないんだけれど。
「……とうごー」
それからレネはちょっと僕を見つめて……そして。
「たるく」
タルクさんを呼ぶと、タルクさんの端っこをちょっと引っ張って、そして、そこに口付けた。
……すると、タルクさんがごく淡く、発光した。ちょっとだけ。……どうやら、僕から直接、じゃなくて、僕がレネに渡した光の魔力をタルクさんにおすそ分けすることにした、らしい。
「レネ、大丈夫?」
けれど、分けっこしてしまったら、レネがまた寒くなってしまうんじゃないだろうか、と思って心配になって、声をかける。するとレネは僕を安心させるようにちょっと笑顔になって、そして……横からタルクさんに何か言われた。途端、レネは赤くなって怒って、ぽこぽことタルクさんを叩くのだけれど……すごい!正に、暖簾に腕押し!
レネの手にふわふわ揺らされつつ、タルクさんが上下に揺れている。多分これ、笑ってるんだろうなあ……。
『改めて、うちのご主人様が世話になった。俺のことはタルクと呼んでほしい』
それから、少し元気になったように見えるタルクさんが、自己紹介を始めてくれた。
……この翻訳機、文字しか翻訳できないから、言葉の細かいニュアンスとかってあんまり翻訳できないのだけれど、それでも竜王様の言葉はなんとなく重々しく翻訳されていたことを考えると……タルクさんはちょっと軽めの喋り方をしているんだろうな、と思う。
『俺はフェイ・ブラード・レッドガルド。どうやら俺のご先祖様は元々こっちの世界のドラゴンだった、っつう説が浮上しててちょっと混乱気味の親善大使だ!よろしくな!』
『私はライラ・ラズワルド。絵描きよ。仲良くしてくれると嬉しいわ。あと、あなたとレネのこと、後で描かせてもらってもいいかしら?さっきの見てたら、なんかよかったのよ。描きたくなっちゃった。』
早速、こっちも自己紹介が始まる。……ライラの自己紹介があんまりだ!
タルクさんは『そっちの世界にはトウゴ殿みたいなのが山ほど居るんだな』と書いているけれど、いや、全員が全員、こういう訳じゃないよ……。
……というか、ライラも、そこまでこうじゃなかった気がする。何だろう。僕に似た?だとしたら……ええと、少し嬉しい。
それからタルクさんの許可も貰って、早速、ライラがレネとタルクさんのスケッチを始めた。僕も始める。
そんな僕らの様子を見ていたラオクレスだったのだけれど、タルクさんが『そちらの騎士は?お名前を伺っても?』と書いたのを見て、自分だけ自己紹介していないことに気づいたらしい。
ラオクレスは早速、鉛筆を取って……。
『ラオクレスと呼んでほしい。トウゴの……』
……そこで、詰まってしまった。
うん。気持ちは、分かる。そして同時に、申し訳なくなる、というか……。
『……生活の世話をするための奴隷として買われた。だが、トウゴにはモデルだと思われている。実際にはトウゴの世話とトウゴの護衛、住んでいる町の警備等をしている。』
結局、ラオクレスはそのまま書くことにしたらしい。すると、レネが「わにゃ」と言って目を瞠り、タルクさんがまた上下に揺れる。笑ってるんだろうなあ。
『トウゴから、俺が貴殿と似ていると聞いている。よろしく頼む。』
ラオクレスがそう書くと、タルクさんは一回ぴょこんと跳ねるように動く。驚いた、っていうジェスチャーかな。
『それは光栄だ。見たところ、そっちもそっちのご主人様に振り回されている身の上に見える。似たような立場の似たような者同士、是非仲良くやろう。』
そして、タルクさんの布の端っこから出てきた手袋が、ラオクレスの手を握る。
ラオクレスはその感触に驚いていたらしいけれど、少し笑ってその手を握り返していた。
……うん。
やっぱりなんとなく、2人とも、似ている……。
『それにしても、驚いたな。一度は逃げおおせたご主人様をわざわざ連れて、こっちの世界に来るとは。』
『トウゴが来たがったんだ。こいつは向こう見ずなところがある。』
『ああ、分かる分かる。うちのレネも似たようなもんだ。考え無しに動いちまうから、暗闇の塔に幽閉されるようなことになる。まあ、俺も幇助した以上、文句は言えないが。』
……ラオクレスとタルクさんは、筆談で黙々と会話をしている。
な、なんだろうな。ラオクレスは元々口数が少ないから、筆談をしていても違和感が少ない、っていうこと、なんだろうか。やっぱり2人とも、気が合うのかな。
「あっ、駄目よ、レネ!動かないで!」
「レネ、そのまま!もうちょっと描かせて!」
……そして僕らはひたすらレネを描いている。レネはとても綺麗だ。描いていて楽しい。でもやっぱり、着彩もしたいな。星空みたいな色合いを出すには、油彩の方がいいかな。透明感のある水彩もいいのだけれど、深みのある色を艶を乗せて描くには、やっぱり油彩だ。或いは、魔法画で油彩風にやってみてもいいけれど……。
「うーん……レネって、結局、どっちなのかしら?男っぽくないけれど、女らしさも無いのよね……」
「うん……どっちでもないのかもしれない」
「まあ、人間の形してるけど、ドラゴンだものね。そういうこともあるか」
僕とライラはそんな話をしつつ、レネをひたすら描く。
……レネはこんなにひたすら描かれることには慣れていないらしくて、ちょっと困っていた。あ、その顔もいいね。描きたい描きたい。
それから僕らは、適当なところでラオクレスにつまみ上げられてしまった。レネもタルクさんにつまみ上げられていた。やっぱり僕ら、似てるのかもしれない。
「寝ろ。明日以降、魔王を塗る話が始まるだろう」
「あ、うん……」
そういえばそうだった。レネを描くのは楽しいけれど、この後、魔王に色を塗るのもあるんだった。
「じゃあ、魔王に塗る絵の具を調色して……」
僕は手持ちの絵の具を見ながら、魔王に塗る色を考え始める。やっぱり青空の色だろうか?
……ただ、絵の具を見始めた途端。
「……寝ろ」
やっぱり、ラオクレスにつまみ上げられてしまった。厳しい。
……結局、その日は僕ら全員、それぞれタルクさんやラオクレスに運ばれて、それぞれのベッドに入れられてしまって、そのまま寝ることになってしまった。おやすみなさい。
そして、翌日。僕らは一堂に会して、一緒に朝ご飯(夜だけど)を食べて……。
『早速、今日から魔王に色を塗ってみますか?』
僕は、そう、竜王様に提案してみる。
竜王様は驚いていた。
更に、『気が早いな』と書いて見せてきた。そうだろうか……。
『本日、議会に話を通す。魔王に対応してもらうのはその後になる。早くとも5日は掛かる。』
そっか。じゃあ、しばらくは暇なのか。なら……。
「レネ」
僕は、呼びかけながら、そっと、スケッチブックを見せる。
『この国を描きたいので、いい場所を教えてほしいです。』
折角だから、夜の国を観光して、描こう!