23話:通じるものがあるから*3
僕らはお城の中を案内されて、どんどん進んでいく。
先頭は灰色ドラゴンさんと灰色ドラゴンさんの護衛の人。その後ろにタルクさんとレネと、僕。更に後ろにフェイとライラとラオクレスが続いて、更に、鳥。
……鳥の後ろから兵士の人が何人か付いてきているのだけれど、多分、堂々と胸を張っててくてく歩いている鳥のせいで、ほとんど前が見えていない。鳥は通路の幅いっぱいぐらいの大きさだから。ええと、その、ごめん……。
「とうご!」
レネは嬉しそうに僕の顔を見て、笑う。一緒に歩いている今も握られたままの手は歩調に合わせて嬉しそうにふらふら揺れて、手を通して僕まで嬉しくなってきてしまう。
……レネは少し、やつれたように見える。ちょっと痩せた、というか。
多分、あの塔に閉じ込められていたからだろうな、と思う。あそこは真っ暗で、酷く寒くて……あんなところに閉じ込められていたら、弱ってしまう。当たり前だ。
そして多分、レネがあそこに閉じ込められていたのは、僕を逃がしてしまったからなんだろうな、と思うから……申し訳ない。
「とーうご!」
けれどレネは、変わらず嬉しそうだ。僕を見てはにこにこしている。うう、こんなににこにこされると、その、申し訳なさ半分、嬉しさ半分というか……。
……うん。申し訳なさは置いておこう。そして、助けてもらった恩はこれから返すんだ。
僕らは応接間みたいなところへ連れていってもらった。
濃い灰色の絨毯。黒い大理石の柱。銀が象嵌された机も、磨き上げられた黒大理石。
シャンデリアは銀と透明なガラス細工で、壁はライトグレー。窓を飾るカーテンはチャコールグレーで……何というか、究極のモノトーン、っていうか。
けれど、灰色ドラゴンさんにはこの部屋がよく似合う。重厚でかっちりしたかんじがぴったりだ。
そんな重厚な部屋の一番奥の椅子に、灰色ドラゴンさんが座る。それから、レネがその隣に。タルクさんはレネの後ろに控えて立っている。というか浮いている。
そして僕らも着席。僕とフェイとラオクレスとライラ、あと鳥。
……うん。鳥も着席した。鳥には小さすぎる椅子に、何故か不思議と安定して乗っている。夜の国の人はこの鳥がどういう奴なのか分かっていないから、『昼の国にはこういう変な生き物も居るんだな……』みたいな顔をしている。違うよ。こいつ、昼の国でも変なやつなんです。
「さて。じゃ、ここは1つ……これの着用をお願いしたい!」
そこでフェイが、ラオクレスの荷物から翻訳機を取り出し始めた。今、翻訳機はフェイと灰色ドラゴンさんが付けているけれど、僕ら全員分、ちゃんと用意してある。ついでにタルクさんにも……ええと、タルクさんの顔ってどこだろうか。うーん。
……タルクさんは正常に装着できたのか分からないけれど、とりあえず、全員が翻訳機を装着するに至った。レネは嬉しそうにわくわくした様子だけれど、灰色ドラゴンさんは警戒が絶えない、というか、そういうぴりぴりした雰囲気を纏っている。彼の護衛の人達も同様だ。ただ、こちらは灰色ドラゴンさんよりもずっと困惑の色が濃いけれど。
「えーと……トウゴぉ、スケッチブック、全員分頼むわ」
「うん。分かった」
それから僕は、急いでスケッチブックをスケッチブックに描いて出す。スケッチブックからスケッチブックがぽんぽん出てくる様子を見て、灰色ドラゴンさんも護衛の人達も皆、ものすごく驚いた顔をしていた。
できあがったスケッチブックを全員に配り終えたら、次は鉛筆。適当に簡略化して描いてしまったけれど、それでも十分、実体化することができた。これも配布。
「よし。じゃあ準備はいいな?」
フェイはそう言って全員の顔を見回す。特に、灰色ドラゴンさんに対してはしっかり笑顔を向けて……早速、スケッチブックに文字を書き始めた。
『私はフェイ・ブラード・レッドガルドです。我々の世界とこの世界とを繋ぐ架け橋となるため、親善大使の任を負ってここへ参りました。』
フェイがそう書いてレネと灰色ドラゴンさんに見せると、レネは「ふぇい……?」と呟きつつ首を傾げる。うん。そうだよ。フェイだよ。
『こちらにはこの世界を助けられる可能性が既にいくつか見えています。あとはそちらの許可さえ頂ければ、すぐにでも、この世界の助けとなるべく動き始めたい。いかがでしょうか。』
続けてフェイがそう書く。……フェイって、結構、字が綺麗なんだよなあ。粗野なかんじの振る舞いをすることも多いフェイだけれど、こういうところに品の良さって、どうしても出るよね。
……そうして少し待つ間、灰色ドラゴンさんは難しい顔で少し困った様子を見せて……やがて、躊躇いがちに、スケッチブックに、文字を書き始めた。
文字は、流麗、というか、流れるような形をしていて、何かの模様に見える。これが皿の縁にぐるりと描いてあったらこういう模様なんだろうと思うだろうし、ドレスの裾に刺繍されていても違和感が無いだろう。
……けれど、これは文字だ。ちゃんと、翻訳機のモノクル越しに、そこに訳が見える。
『私はナトナ。この国を治める王だ。』
険しい表情の灰色ドラゴンさんは、ナトナ、と名乗った。
『竜王、とはあなたのことですか?』
『そうだ』
一応確認してみたけれど、やっぱりこの人が竜王、らしい。そうか。僕、竜王様の前でレネの抱き枕に擬態してたのか……。
……ちょっと複雑な気持ちになっていると、ふと、竜王様が、僕を見た。そして竜王様はレネと何かを話して……そして、書いたものを、僕に見せてくる。
『レネから話は聞いている。あなたがこれを作ったと』
そして、竜王様が何かを言うと、お付きの人が何か、布で包まれたものを持ってくる。……それが机の上に置かれて、布を外されると……。
「あ」
それは、僕が描いたカンテラだった!
空色のガラスとちび太陽のカンテラは、黒大理石の机に光をつやつやと反射させながら輝いている。うん。我ながらいい出来だ。満足してる。
『太陽の光も、あなたが生み出したのか?』
『そういうことになると思います。』
ちび太陽は僕の作、っていうことでいいと思う。いや、これ、どういう仕組みで作ったのか、とか聞かれると困ってしまうのだけれど。
僕がちょっと困っていると、竜王様はちょっと考えて、それから、少し迷いながら、スケッチブックに文字を書いていく。
『実に美しいな。これは。』
……これは、嬉しい。
竜王様に褒められてしまった。この、如何にも厳格そうな人に、褒められてしまった!
僕が思わずにこにこしてしまうと、竜王様は『やはり伝えるべきではなかっただろうか』みたいな顔をした。まあ、交渉のために何かしたかったなら、これ、僕を褒める必要は特になかったと思うよ。でも、僕は嬉しい。
それからレネが『この明かりはとても暖かくて明るくて、大好きです。』と書いて僕に見せてくれた。レネの文字は竜王様の文字より小さめで、ちょっと丸っこい。僕はそれに『よかった。気に入ってもらえて嬉しいです。』と書いて返す。レネがにこにこ笑った。僕もつられて笑う。
……そんな僕らのやりとりを遮るように、竜王様はちょっとレネをつついて居住まいを正させた。それから、スケッチブックを捲って、そこに書いた文字を見せてくる。
『この太陽の光を譲ってもらえるというのなら、こちらから対価を支払おう。支払えるものは限られるが。』
あ、成程。竜王様はこのちび太陽カンテラを大量購入することで魔王の侵略を遅らせようとしているのか。そっか。
……ええと。
魔王に色を塗ってしまえ、っていうのは、話してもいいんだろうか。
ちょっと迷いつつ、フェイの方を見てみると……フェイはにやりと笑って、スケッチブックに文字を書いて、堂々と、竜王様に見せた。
『それは構いませんが、そんなことより……』
『魔王を、倒しませんか?』
竜王様とレネとタルクさんが、息を呑んだ。
レネが何かを小さな声で叫んで、竜王様はひたすら、『信じられない』というような顔をしている。タルクさんは、『ぴい』みたいな音を出した。……多分、口笛?
しばらく、夜の国の人達は何か相談していた。戸惑った様子がとても強くて、動揺しているようにも見えた。
やがて、話し合いは終わったらしくて、竜王様がスケッチブックに文字を書いていく。
『それは、どのようにして?』
文字はさっきまで竜王様が書いていたものより、幾分小さいし、軸がずれている。やっぱり動揺しているらしい。
『勇者の力を使って、です』
『勇者の?それはつまり、魔王を封印するということか?』
『いいえ。倒すんですよ。消滅させるんです。』
フェイは自信たっぷりに文字を書いていって、一方の竜王様は、理解が追い付いていないらしくて、只々困っている。そして僕も困っている。本当に魔王が倒せるかどうか、まだ分からないし……。
……ということで、フェイが色々と、説明した。
つまり、魔王の倒し方について。
『……ということで、こちらのトウゴ・ウエソラが勇者の剣を使って魔王を空色に染め上げてしまえば、光を食らう魔物はきっと力を失うだろうと考えられるのです。』
フェイの説明が一通り終わると、竜王様は困った顔で曖昧に頷いた。その隣でレネは目を輝かせて、僕を見ている。ちょっと照れる。
『いかがでしょう、竜王様。魔王に色を塗る許可を頂けますか?』
そうしてフェイはそう、竜王様に持ち掛ける。竜王様はそれに難しい顔で黙り込んで……。
『もし、魔王を本当に消せるのだとしたら、それは素晴らしいことだ。』
そう、書いて見せて……それから。
『だがあなた方をすぐさま信用することはできない。時間が欲しい。』
竜王様のスケッチブックを見たレネが何か、怒っている。竜王様に対して何かを訴えかけている。
けれど竜王様は何かを少し困った様子でレネに伝え、するとレネはしょんぼりしながら俯いた。
『私にはこの国を率いる責務がある。確かにこの世界は魔王の侵略の前に困窮しているが、あなた方の手を取ることで滅びを加速させる可能性も捨てきれない以上、すぐさま判断を下すわけにはいかない。民も、あなた方の力を借りたいと素直に思う者ばかりではないだろう。』
竜王様は慎重みたいだ。……まあ、そうだよな、と思う。国の王なのだから、軽率に新しい案を試していくわけにはいかない。
『如何に光を求めているからといって、鋭い氷の刃を握りしめる訳にはいかないのだ。いずれ滅ぶのだから今すぐ滅んでもよいだろう、という訳にはいかない。特に、未知の技術で、魔王に色を塗る、などとあなたから聞いては。魔王に手を出した結果、より酷い結果になる可能性も否めないのだ。』
人の命が懸かっていることだから、軽率に色々お試ししてみよう、という訳にはいかないよね。特に、魔王に色を塗る、なんて、前代未聞なわけだし、そもそも、僕の、絵に描いた餅が餅になる能力だって、よく分からない代物だし。よく分からないものを使うのって、相当リスキーだって、僕も思うよ。
……けれど、そのリスクを押し退けてもらわなきゃいけないんだ。
『それがそうもいきません。こちらの世界では、この世界を魔王ごと封印すべく動いている者達が居ます。あまり時間はとれない。』
フェイはこれまた難しい顔で、そう書いて見せた。それを見た竜王様は怪訝な顔をする。
『そちらの世界では、あなた達が魔王を倒すということが伝わっていないのか?』
『内緒でやろうとしてます。こっちも色々ありまして。』
フェイは申し訳なさそうにそう書いて見せる。もしこの場にラージュ姫が居たら、彼女、平謝りだったんだろうなあ、と思わされる。ラージュ姫自身は何も悪くないのだけれど……。
『そちらの王はこちらの世界が滅びようとも構わないと考えている、ということか?』
『いや、そもそもこちらの王はこの世界のことを知らないと思います。ただ、権力争いの為にも魔王を倒した実績だけは欲しい様子ですね。ですから、王に相談したなら、魔王諸共この世界まで滅ぼしてしまえ、と言い出しかねない。そこで俺達は内密に、こちらの世界へ参りました』
『ならば、王を裏切ってこちらに味方する、と?歴史は繰り返す、とは言うが……。』
歴史は繰り返す、っていうことは、似たようなことがこの国にあったんだろうか。
だとしたら……ちょっと、信用してもらうのは、余分に難しくなる、かもしれない。
『そちらが何を考えているのか、分からないな。』
少し考えた後、竜王様はそう、スケッチブックに描いて僕らに見せながら、じっと、僕らの顔を1人ずつ、見ていく。フェイ、僕、ラオクレス、ライラ、鳥。……鳥以外は緊張の面持ちだ。信じてもらいたいけれど、そこは相手に任せるしかない。じれったいけれど、ここを急ぐのも難しい。
『そもそも、何が目的だ?この世界は長らく、そちらの世界とは敵対こそすれ、協力関係にあったことなど無い。むしろ、そちらは封印という手段を用いてこちらの世界との交流を絶った者達だ。それを何故、今更、救おうとする?』
竜王様は更に、僕らへそう問いかけてきた。
……王様のこともある分、答えるのが難しい。フェイはちょっと悩みながら、スケッチブックに向かっているけれど、うまく言葉にならない、らしい。珍しいな。フェイは僕よりずっと、言葉を使うのが上手いのだけれど。
……いや、分かるよ。フェイは今、フェイだけの言葉を喋れない。フェイは『親善大使』として、世界の信用を背負っているんだ。だから、迂闊なことは言えないし、かといって、何も言わない訳にもいかないし……。
そうこうしている間に、竜王様が鉛筆を取った。何かをスケッチブックに書き始めて……。
『僕は、特に理由は無いです。』
……だから、竜王様の文字がこちらに向けられる前に、僕は、そう走り書きして、竜王様へ見せつけた。
竜王様は鉛筆を動かす手を止めて、怪訝な顔で僕を見る。
よし。僕を見ていてほしい。僕らの間に亀裂が入ってしまうようなことを言わせる前に、フェイが何かを言えるまでの間、僕を見ていてもらいたい。
……大丈夫だ。僕は、言葉を使うのは上手くないけれど、でも、理由について説明するのは、実は、そこまで苦手じゃない、と思う。
だって、今まで幾つも幾つも、考えて考えて、言葉に出せなかった理由があった。それは全部、僕の中で確かに堆積している。
僕の中に積もった理由や言い訳は、僕の中で肥料になっている。そしてそこに、新しく説明したい理由の芽を生やすことくらい、今の僕にはできるんだ。
……きっと、竜王様にも、通じると思う。筆談だけれど、言葉は通じるようになった。だったら、思ってることだって、気持ちだって、一欠片っくらいは、通じるものが、あるんじゃないだろうか。
そして、僕は、もう、言いたいことを言えないまま口を閉ざしていなくていい。僕にはそれができる。それをしてもいい。大丈夫だ。知ってる。
……今回、竜王様に聞かれている『理由』は僕の中にあったりなかったりする。
でも、それをうまいことまとめ上げて形にすることは、きっとできる。僕にはできる。
大丈夫だ。僕は、『理由が無い』を説明できる。伝えられる。
……なんてったって僕はずっと、言い訳のプロフェッショナルを間近で見ていたんだから。
火曜日なのにうっかり間違えて投稿してしまいました。なので今週は水と金が休載日になります。