22話:通じるものがあるから*2
それから僕は、急いで窓から塔の中に入った。……うん。なんと、鳥が乗せてくれた。珍しくも。
なので僕は、光り輝く鳥に乗って、レネが閉じ込められていたらしい塔の中に入ることができた。
「とうご!」
「わっ」
僕が塔の中に入ってすぐ、レネが飛びついてきた。きゅう、と抱き着かれて、ああ、夜の国式というか、レネ式の挨拶だなあ、とちょっと懐かしくなる。
……けれど、懐かしがっている余裕はない。
レネは、酷く凍えていた。
「……ここは寒いね」
塔の中は、まるで光を全て吸収してしまったかのように真っ暗で……とても、冷たかったから。
レネは、なんと、タルクさんに包まって震えていた。どうやらタルクさん、布の切れ端をあそこに残して、本体はこっちでレネと一緒にいたらしい!すごいなあ、どういう仕組みなんだか……。
「大丈夫?あったかいもの、出すから」
凍えてしまって、すっかり弱っているらしいレネにぴったりくっつかれながら、急いで絵を描いて、コートを出す。できるだけふわふわして手触りが良くて、あったかいやつ。
早速、出したコートをレネの肩に掛けると、レネはもそもそぎこちなく動いてコートを着ながら、半ば夢見心地の様子で『ふりゃあ』と言って、ふにゃ、と笑った。
「おい、トウゴ」
そこにラオクレスが窓から入ってきてくれる。どうやら、鳥は昇降機の役目に徹しているらしい。……えっ、あいつ、ラオクレスも乗せて飛べるの!?
「そろそろまずい。兵士が集まってきている。逃げるならすぐに逃げた方がいい」
「うん。分かった。ええと……とりあえず、出よう」
ラオクレスの言葉を聞いて、僕は慌てて、レネを引っ張って窓辺まで行く。そこでレネを鳥に乗せて、ふわふわとふりゃふりゃを存分に楽しんでもらいつつ、まずはレネを塔の外へ下ろしてもらって、それから僕とタルクさんも、往復して戻ってきた鳥に乗って塔の外へ出る。
……そうして塔の外へすっかり出てしまうと、ぼんやりと、光があちこちに見えていた。
「まずいぜ。あれ、兵士だろ?ランプか何か持ってるみたいだけどよ」
どうやら、光は兵士達が持っているランプらしい。ということは、この数の兵士がこっちに向かってる、ってことで……。
「おい、トウゴ。逃げるなら空へ逃げられる。今はひとまず、逃げるぞ」
ラオクレスが僕とレネを引っ張って鳥の上に乗せる。待って待って。流石に重量オーバー……。
「いやー、逃げねえ方がいいんじゃねえか?ここで逃げちまったら俺達、誘拐犯だぜ?」
ちょっと鳥が飛びかけたところで、フェイが鳥を引っ張って止めた。
止められてしまった鳥が迷惑そうな顔をしているけれど、それどころじゃないからごめんね。
「いいか?俺達の目的を忘れちゃいけねえ。俺達はレネを攫いに来たわけじゃねえし、何なら、レネを助けに来たわけでもねえぞ」
フェイは真剣な顔で、僕らに訴えかける。『親善大使』の肩書は伊達じゃないんだ。
「だから、捕まるってんなら大人しく捕まろうぜ。弁護ならレネに頼めるんだろ?な、レネ」
レネはフェイに明るく笑いかけられて、ついでに名前も呼ばれて、びっくりしている様子だった。じっとフェイを見ている。そして、『ふりゃめ、えるーら……?』と、戸惑い気味に呟いて、首を傾げる。
けれど、僕の様子とフェイとを見比べて、レネは……ちょっと戸惑い気味の笑顔を小さく浮かべながら、小さく頷いた。
それを見てフェイはなんだか喜んでいてた。うん。分かるよ。言葉が通じない相手とも心が通じるって、嬉しいよね。
……ということで、兵士の人達が来るまでの間を大人しく待つことにするとして……僕は、レネの頭に翻訳機の複製を乗せる。
レネはよく分からないものを頭に乗せられて困惑していたけれど、大人しくなされるがまま、頭の上に翻訳機を乗せられてくれた。
レネの頭にしっかり翻訳機が乗ったことを確認して……僕は、スケッチブックに文字を書いて、見せる。
『こんにちは。この文章、読める?』
レネは小さく驚きの声を上げて、それから、大きく目を見開いた。何度か目を瞬かせて、恐る恐る、僕に何か話しかけてくれる。あっ、駄目だ。書き文字しか翻訳できないから……。
でも、多分、読めたんだと思う。そう信じて、僕はもう一度、スケッチブックに文字を書く。
『ごめんね。これ、文字しか翻訳できないんだ』
するとレネはちょっと不思議そうに首を傾げて、また何かをちょっと喋って……つん、と、翻訳機をつつく。そしてまた首を傾げている。分かるよ。不思議だよね、これ。
翻訳機への反応が中々期待以上だったので嬉しく思いつつ、僕は更に、スケッチブックに文字を書いていって、レネに見せた。
『僕らは、この世界を助けに来た。魔王のことも大体もう分かってる。光が足りないことも知ってる。力になりたいんだ。今回はその許可を貰いに来た。今、こっちに向かってる兵士の人達に、説明してほしい』
そうして兵士の人達は順調に屋上の塔の前まで到着して、僕らをぐるりと取り囲んだ。僕らには槍の切っ先が向けられている。
僕らを取り囲む槍の先端が月の光に輝いて、ちょっと非現実的な眺めに見える。
……当然のように、兵士の人達は人間じゃなくて、素焼きの人形みたいなのだったり、よく分からないうにょうにょしたイソギンチャクみたいな顔をしていたり、タルクさんと同族なのか、ローブの中に仮面だけが浮いているような人も居たり……個性豊かだ。
そんな個性豊かな兵士の人達に囲まれて、僕はともかく、フェイやラオクレス、そして何よりも、ライラが怖がっているのが分かった。気丈に振舞ってはいるけれど、内心でものすごく不安だろうライラの手を、横からそっと握る。するとライラはちょっとびっくりして……それから、苦笑いを浮かべて、ちょっと落ち着きを取り戻したらしい。
『トウゴが落ち着いてるんだから私も落ち着かなきゃね』と言われたけれど、なんとなく釈然としないものを感じるのは僕だけだろうか。ライラは僕より落ち着いていて当たり前、みたいな……。
……そんな中、僕らの前に進み出たのは、レネだ。
ふわふわのコートとタルクさんを着た状態で兵士の人達の前に堂々と歩いて行って、そこで、何かを話し始めた。
兵士の人達はどうやら、レネに弱いらしい。レネが出てきた途端にちょっとたじろいで、槍の切っ先がぶれた。
……レネは、必死に何かを訴えかける。その度に兵士の人達はたじろいで、困って……ついに、槍の切っ先がどんどん下りていく!
僕らじゃなくて床に向けられるようになった槍を見ながら、僕らは、どうやらレネの交渉が上手くいったらしい、ということを知る。やった!ありがとう!
レネは僕らの所へ戻ってきてすぐ、何かを嬉しそうに話してくれる。けれど話し言葉は分からないので、僕はスケッチブックに『書いて』と書いて、鉛筆と一緒に渡す。
……するとレネはちょっと緊張気味にスケッチブックと鉛筆を受け取って……少し小さな文字で、書いてくれた。
『こんばんは。会いに来てくれて嬉しいです。』
……分かる!
レネの言葉が、分かる!
僕は嬉しくなって、レネに渡されたスケッチブックに文字を書いて返す。『僕もまた会えて嬉しいです。』
するとレネは『通じた!』みたいな顔をしながら、溢れるわくわくを必死に抑え込みながら、また鉛筆を走らせていく。
『言葉が通じてすごく嬉しい。たくさんトウゴとお話ししたいことがあります。』
『僕も、すごく嬉しい。聞きたいことも話したいことも沢山あります。』
……ここまでやりとりをして、僕らは顔を見合わせて……どちらからともなく手を握り合って、ぶんぶん上下に振った。
僕ははしゃいでいたし、レネもはしゃいでいた。レネは満面の笑顔で思う存分握手すると、その内それだけでは足りなくなったらしくて、ぎゅう、と僕に抱き着いてきた。
そうしてレネは僕と同じか以上に喜んでくれて、しばらく興奮気味だったのだけれど……タルクさんがレネをちょいちょい、とつついて、何か話して、そこでレネははっとした顔で慌てて文字を書いていく。
僕に見せてくれた文字を読むと……。
『兵には竜王様を連れてきてくれるようにお願いしました。トウゴには竜王様と会ってお話ししてほしいです。』
……竜王様。竜王様が出てくるのか!うわ、ど、どうしよう。ちょっと緊張する。
僕がそういう顔をしていたら、レネを不安にさせてしまったらしい。レネはちょっと不安そうな顔をしつつ……でも、ちょっと笑って、次の文字を、遠慮がちに見せてきた。
『もし、この世界を救ってくれるなら、嬉しい。』
……そうして僕らが筆談していると、兵士達がざわめく声が聞こえてきた。
そちらを見てみると……あっ。
「灰色ドラゴンの人だ……」
険しい顔に戸惑いの表情を浮かべながらこちらへやってくる男性は……例の、灰色ドラゴンの人だ!
僕は思わず緊張する。レネも僕の隣で緊張しているように見える。事情をよく知らないフェイ達はそこまで緊張していないみたいだったので、ざっと、フェイ達にも説明する。あれが竜王様らしいよ、ということと、僕とレネはあの人に追いかけられながら祭壇まで飛んで、そこで僕は帰してもらったんだ、ということと。
……やがて、灰色ドラゴンの人がやってきた。灰色ドラゴンの人は兵士の人達に敬礼されながら彼らの間を通ってやってきて、レネの前まで歩いてくる。
レネは少し緊張気味ながらも、灰色ドラゴンの人に何かを必死に訴えて、それから、僕を紹介し始めた、らしい。とうご、という単語が何回か聞こえる。
僕は灰色ドラゴンの人にぺこん、と頭をさげつつ、彼の様子を窺った。
……多分、ものすごく、困っている、んだと思う。まあ、僕ら、言葉、通じてないし。レネが何かを説明しているけれど、『どうしたものか』みたいな顔をしている。
ええと、どうしようかな。これは……。
僕が少し困っていて、灰色ドラゴンの人は多分もっと困っていて……そんな時だった。
「竜王様とお見受けする!」
そこに、フェイがやってきた。
「竜王様!お目に掛れて光栄です。私はレッドガルド家の次男、フェイ・ブラード・レッドガルドと申します。この度は2つの国の間を結ぶ親善大使としてこの国へやって参りました」
フェイは、通じない言葉を淀みなく紡ぐと、堂々と、灰色ドラゴンの人の前に立った。
……灰色ドラゴンの人が、怪訝な顔をしている。いや、そうだよね。堂々と何かを喋られていることは分かっても、何を言っているのかは分からないんだから。
「こちらにはやましいことなど何もありません。ただ、私達は……友人のトウゴの更に友人であるこの国を助けたい一心でここへ来たのです」
フェイの言葉は多分、通じていない。灰色ドラゴンの人は只々、困っている。
けれど……フェイの真剣な顔も、『やましいことなど何もない』という堂々とした態度も、その真っ直ぐな眼差しも、そういったものは全部、届いた。
……灰色ドラゴンの人は、レネに何か話しかける。レネは何やら嬉しそうに頷いて……頭の上に乗せた翻訳機を、少し屈んだ灰色ドラゴンの人の頭に、乗せた!
僕もフェイの頭に翻訳機を乗せて、そこからは2人で何かを筆談して(僕のスケッチブック、大活躍だ!)、そして……。
「おーい、皆ー。ちょっと場所移そうぜ、ってことになった。ここ、寒いし、室内で、って。茶、出してくれるってよ!」
フェイが振り返って爽やかな笑顔で、そう、言ったのだった。