20話:月の光を集めて*11
「成程。月の光の蜜まみれの鳥は、満月だと誤認識される……」
「ま、まあ、実際アレ、月の光で光ってるわけだしなあ……」
「鳥さん自身も、それなりに魔力を持った存在だし、ねえ……」
鳥が自慢げだ。月の祭壇から満月に間違われたのが嬉しいらしい。そっか、そっか、嬉しいのか。嬉しいんならもういいや……。
「で、でも、これならよかったのではありませんか?ほら、今日1日だけで満月と半月、両方を試すことができます!」
あ、そっか。ラージュ姫の必死のフォローで気づいたけれど、鳥が月だと誤認識されるのって、そう悪いことじゃないな。今日だけで満月と、本物の月の半月と、両方を試せる……。
……うん。
「いいこと考えてしまった」
「何だ」
我ながらいいアイデアだよ。これは。
鳥が自慢げに胸を反らして羽を膨らませて、ますます丸っこく光り輝くのを見ながら、僕は提案してみる。
「あの鳥、半分だけ蜜を塗って、もう半分は何も塗らないようにしよう。それで、鳥を適宜回転させていけば、1日で全部の月の満ち欠けを試せる!」
……そうして、僕らは鳥の蜜を体の丁度半分だけ落として、それから、鳥をくるくる回して月の満ち欠けを試すことになった。
まずは蜜を塗った面が完全にこちらを向くようにして、満月。そこからちょっとずつ回転してもらって、蜜を塗っていない面がちょっとずつこちらから見えるようにしていくと、月が欠けていくように見える。
鳥には自慢げに月をやってもらっておいて、その間、僕はひたすら、祭壇に対して集中する。
『門を開く』方法についても、本に書いてあった。月と祭壇を繋ぐようなイメージを持ちながら、一定の言葉を口ずさめばいいらしい。
だから僕は、その言葉を延々と口ずさみつつ、レネがやっていたみたいに祭壇の上でくるくる回って、そして鳥も、月としてくるくる回って……。
……そして。
「……やっぱり鳥、要らなかったのでは」
「そう言ってやるなよぉ……ほら、あんだけ嬉しそうだしさあ……」
僕、半月に合うみたいだ。
つまり、今夜の月だ。
……鳥を月にする必要は、無かった……!
僕らの目の前には、光の柱がある。
レネがやっていた時と同じだ。光の柱は空へと伸びて、きらきら煌めきながら辺りを優しく照らしている。
「ここに入れば、夜の国に……」
……本当に魔法が上手くいっているのかは、分からない。けれど、僕の足は、しっかり、光の柱に向かって……。
「まあ、待て待て。準備ってもんがあるだろーが」
フェイに襟を引っ張られて引き戻されてしまった。
「つっても、俺の準備は出来てるけどな。長旅になる想定はしてねえから軽装だし荷物も少ねえけど」
フェイの言葉を聞いて、僕、少し驚いてしまった。
「え、あの、フェイも行くの?」
フェイって、その、貴族だし。由緒正しい家の人だし。そういう人を、その、未知の世界、それも、魔王が居て、こっちの世界の生き物を餌にして太陽を作ろうとしているような人達も居る世界に連れていってしまっていいんだろうか?
「そりゃ、俺も行くに決まってんだろ!お前だけ行こうとしてたのか!?ずるいぞ!」
「い、いや、その、だってフェイ、貴族だし」
「貴族だからこそ、ってことだよ。ま、俺は親善大使ってやつだ。親善大使!な!」
うう……まあ、フェイがこう言っているっていうことは、お父さんとローゼスさんの許可はあるんだろうから、まあ、いいか。あとは本人の意思次第、っていうことで。
「それから、鳥も連れていこうぜ。向こうが半月じゃなくても帰ってこられる」
「あ、うん」
「はい、トウゴおにいちゃん。お月さまの光、あたらしいやつ」
そうか、鳥と月の光の蜜があれば、月を幾らでも再現できるのか。追加の蜜も届いたことだし、これがあればより安全!
「他に行きてえ奴、居るか?」
「俺は行く」
フェイが呼びかけると、すぐにラオクレスが名乗り出た。
「トウゴとフェイが行くなら、護衛らしい護衛が居た方がいいだろう」
「おっ、ありがてえなあ。よしよし。じゃあとりあえず、俺とトウゴとラオクレスな。他は?」
「私も興味があるのだけれど……それよりも、ちょっと調べたいことがあるのよね。うーん、私は次回以降で行かせてもらおうかしら。今回はとりあえず、レネちゃんと話を付けてくるところまででしょう?」
「ま、多分な。えーと、じゃあ、行くのは俺達3人だけでいいか?」
それから皆の顔を見る。皆、それぞれに頷いたりして賛成の意を示してくれた。
のだけれど……。
多分、ライラが、すごく行きたがっている。何も言わないまま、すごく行きたそうな顔をしている。でも、彼女は『自分が行くと足手纏いになりそう』みたいなことを考えて引っ込んでいそうだったので……。
「ライラも、行く?」
誘ってみることにした。
「え!?わ、私!?」
「うん」
「なんで!?」
「行きたそうにしてたから……」
ライラは混乱気味だったけれど、僕が何といったものか考えていたら、ちょっと溜息を吐いて、言った。
「駄目よ。私、移動手段、無いし」
「いや、鳥が余るから丁度いいかなって……」
……ライラが諦める理由を述べてくれたのだけれど、それは理由にはならない。ほら、もう行くことが決定してる鳥が、胸を張りつつ自慢げに光り輝いている……。
「あ、あと、召喚獣とか居ないし、魔法もそんなに得意じゃないし」
「丸腰の女の子が1人くらいいた方がいいと思う」
「え、えええ……」
何と言っても、僕らは夜の国に喧嘩をしに行くわけじゃない。もし向こうが喧嘩しに来ても、まあ、なんとかなる、と思う。だってこっちには光る鳥が居るんだぞ!
「ま、こっちにはラオクレスも居るし、俺には火の精4匹に加えてレッドドラゴンまで居る。トウゴっていう不思議な生き物も居るし、戦力と臨機応変な力には申し分ない!」
待って。僕を不思議な生き物扱いしないでほしい!
「……ってことで、ラオクレスの威圧感を中和するために、ライラも来いよ。な?」
「確かに俺は初対面の印象が良い方ではないだろうが……」
ラオクレスをダシにしないでほしい!確かにラオクレスは偉大なる石膏像だけれど!
「いや、でも、私が行ってもしょうがないんじゃないかしら……」
フェイが誘っても、ライラはまだ、ちょっと迷ってるみたいだった。でも、迷うってことは、行きたい、ってことだと思うから……もう一度、誘ってみる。
「ねえ、ライラ。行こう?それで、一緒に夜の国、描こう?……描くのって、実際に見ないと、できないだろ。なら、ライラが行く意味は十分にある!ライラは夜の国を描くために一緒に行くんだ!」
ということで、ライラも一緒に行くことになった。
僕らは急いで支度をして、10分ぐらいで全員が旅支度を終わらせた。
ライラは思い切ってしまったら、支度が早かった。使いやすそうな鞄に着替えと画材を詰めて準備完了。
ラオクレスも無骨な鞄というか袋というか、なんかそういうやつに着替えとか食料とか詰めてた。
フェイもなんかそういうものを詰めてきたらしい。そして僕は画材だけ持った。着替えは描いて出すからいいや。
「……私さ、この森の中では割とトウゴに振り回されない方だと思ってたんだけど。でも、どうしてか、トウゴに引っ張られると、そっちに行っちゃう、っていうか……」
「お前も大概、トウゴに甘いな」
何か悩んでいるような顔をしつつライラがぼやくと、ラオクレスがちょっと笑った。それにライラは、ちょっとじっとりした視線を返した。
「へえ?私に言わせればラオクレスは相当トウゴに甘い方よ?一番振り回されてるんじゃない?」
「振り回されている訳じゃない。俺が好きで動いているだけだ」
「あら、そ。そういうところも含めて甘々なのよね……」
うん。……うん。
ええと、とりあえず、皆、ありがとう!僕は嬉しい!
「じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい。気を付けてね。それから、折角だから楽しんでらっしゃい」
そうして僕らは夜の国へ旅立つ。
僕とフェイとラオクレスとライラ、そして鳥。この4人と1羽で夜の国だ。
僕らは光の柱の中に飛び込む。……すると、夜の国からこっちに戻ってきた時とは逆に、段々体が沈んでいくような感覚になる。けれど、別に体が下がってる訳じゃなくて、ただ、沈む感覚だけがあって、周りがふわふわ光って、何も見えなくなって……。
……そして僕が目を開けた時、そこにあったのは、どこまでも続く星空。暗くて冷たい、夜の世界。
「……ここは」
「あっ、ここ、夜の国の祭壇の近くだ」
少し先には、レネがくるくる回っていたあの祭壇が見える。そして、周囲の木々にも見覚えがある。
木々の間から満天の星が広がる空が見える。星空は、冷たくも優しく、僕らを歓迎してくれているみたいに見えた。
……よし!戻ってこられた!
「へー。ここが夜の国かあ」
フェイは物珍し気に辺りをきょろきょろと見回す。まあ、見た目はほとんど、夜の森の中、っていう具合だよ。ただ、変な植物とかが時々あるから、それは楽しいかもしれない。
「幸い、敵らしいものは見当たらないな」
「うん。多分ここ、そんなに多くの人は立ち入れないんじゃないかと思う」
僕がここに来た時も、レネとタルクさんと灰色ドラゴン以外の生き物には遭遇しなかったし。人除けがされている場所なのかもしれない。
「で、そのレネって子が居るのはどっち?」
「ええと……」
ライラに聞かれて、空を見上げて……そして、僕は、思う。
「……ここからレネのところまでの行き方、分かんないな……」
「……えっ」
道が、分からない……!
「いや、いいや。とりあえず青空の木の方に向かおう。光ってる方に向かえばそこまでは辿り着けると思う」
「ちょ、ちょっと!それ、大丈夫なの!?」
大丈夫だと思う。何せ、青空の木ってこの世界で一番目立つものだと思うし。うん。大まかな方角ぐらいはなんとなく分かるから、大丈夫だと思う。
「青空の木からレネのお城までは行き方が分かるから、とりあえず青空の木に辿り着ければ大丈夫」
「なんか不安ね……」
まあ、全くの無策っていうわけじゃないし、大丈夫だと思うよ。多分……。
そうして僕らは飛び立った。
ラオクレスはアリコーン。僕は鳳凰。フェイはレッドドラゴン……じゃなくて、一応、火の精の鳥のやつで飛んでいる。レッドドラゴンは切り札、だそうだ。
……そしてライラは、鳥。巨大なコマツグミのふわふわの羽毛に埋もれながら、飛んでいる。
「あうう、ものすごく、ふわっふわ……」
鳥はライラを埋もれさせつつ、自慢げに飛んでいる。それはそれは、自慢げだ。多分、自分の柔らかい羽毛を存分に披露できているのが嬉しいんだと思う。
「両手を使えるように、って考えたら、上に乗るのが一番いいからしょうがない」
「それはそうなんだけれどさあ」
ライラは鳥の脚に掴まって行くことを想定していたらしいんだけれど、両手が使えるに越したことはないので、結局はこの、鳥の上に乗って羽毛に埋もれる方式を採用することになったみたいだ。
「あと、眩しいわ……」
「まあ、今日の鳥は光り輝いてるから……」
鳥は自慢げに、かつ、光り輝きながら空を飛んでいる。もう1つの月が浮かんだみたいな夜空を、自慢げに丸っこく光り輝く鳥が、我が物顔で飛んでいく。これ、地上から見たら、ものすごく変な光景なんだろうなあ……。
「これ、どれぐらい飛ぶんだ?目印になるもの、なんもねえから分からねえなあ……」
少し飛んでいたら、フェイがそう聞いてきた。
僕らは今、『大体こっちの方』と思われる方に向かって飛んでいるだけで、目印は特にない。青空の木が見えてきたら、それが目印になると思うけれど、それまでは只々真っ暗な中を飛んでいくだけだから、少し心許ない。
「分からない。レネに運ばれて、あの時は多分、20分ぐらいだったかな。すごいスピードだったけれど……多分、この祭壇からレネの城までは、僕の家からフェイの家ぐらいまでだと思う」
「レネの城からその青空の木とやらまではどれくらいだ」
「水玉で40分くらいだったかな……」
「水玉……?」
あ、そうだ。そういえば、水玉で移動していた間はひたすら水の中を進んでいたわけで、更に、青空の木は水の上の小島に生えていたから、つまり、広い水場を見つければ、そこに青空の木がある、って考えてもいいんじゃないかな。
「空の明るいところか、広い水辺かが見つかったら、そっちの方に向かおう。そうすれば多分、青空の木に辿り着けるから」
よし。また少し、手掛かりを思い出した。
……後はひたすら飛ぶだけだ。きっと、なんとか、辿り着ける……と、思う……。
「なんだか、変なかんじ」
ライラがふと、そう零した。
「人の生活がある気配はあるのに、光があんまり無いのね」
「ああ……そうだね」
ライラが見下ろす地上には、光が無い。
たまに、ぽつぽつ、と光るものがあるけれど、それは民家から漏れる明かりなんかじゃなくて、光る植物の群生地とか、そういうものでしかない。
「本当に、夜の国なのね。ここ」
「うん。ずっと夜なんだ」
建物らしいものは、見える。月の明かりに照らされて、人工建造物はいくつか見える。集落みたいなものも、確認できた。
……けれど、光は無い。
空を見上げれば只々、星空。これが魔王だなんて、にわかには信じがたいけれど……この世界が『光を食べられてしまった世界』だ、っていうのは、何となく納得できる。
「つーかよ、結構ここ、さみいなあ……っくし」
「大丈夫?ふわふわ貸そうか?」
「いや、大丈夫……って、トウゴ。お前、その白いふわふわしたの、何?」
「この間までグレーのふわふわだったやつ」
ほら、骨の騎士団と同時期に森にやってきた、チャコールグレーのふわふわ。あれ、洗ってる内に段々白くなって、今やライトグレーのふわふわになっている。
こいつ、ふわふわしてあったかいんだ。靄になったりもできるし、何かと便利。
「光の失われゆく世界というものは、こうも冷たいのか」
ラオクレスはアリコーンの上で身震いしながら、そう言って顔を顰めた。ラオクレスも寒いらしい。どうしよう。一度休憩した方がいいかな。
「ライラは大丈夫?寒くない?」
「寒いように見える?こんだけふわっふわにされてて?」
あ、ライラは寒くなさそうだ。うん。そうだよね。これだけ羽毛に埋もれてたら……。
……あ、鳥がまた自慢げだ……。
そうして僕らは一度休憩を挟んで、全員にコートを描いて出して、それを着込んで、また飛ぶ。
……ずっと飛んで、飛んで、小一時間した頃だろうか。
「あっ!あれ、光ってるんじゃない!?」
ライラが、空の彼方に光るものを見つけた。僕らもそちらを見て、目を凝らす。……すると。
「……間違いない!青空の木だ!」
そこには、ほんの僅かに、青空の広がる場所があって……その下には、大きな木らしいものが、見えている!