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今日も絵に描いた餅が美味い  作者: もちもち物質
第一章:僕は死んでも描くのをやめない
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2話:絵の具探し*1

 絵に描いた餅が餅になってしまったので、僕はそれを食べながら、一緒に出てきた麦茶も飲んだ。

 麦茶は黒いコップに入っていて、そして、濃すぎるだけであとは普通の麦茶だった。麦茶だ。餅も餅だけれど、麦茶も麦茶。

 多分、この麦茶が濃すぎるのは、先生の家で出てくる奴を僕が思い出して描いたからだ。先生の家で出てくる麦茶は大抵、麦茶パックを入れっぱなしで放りっぱなしだった奴だったからとんでもない濃さだった。

 この麦茶はめんつゆよりも色が濃い。黒いコップの中に入っているから、益々黒く見える。真っ黒だ。そして正直、美味しくはない。

 うん……でもまあ、とにかく、普通に餅で、麦茶だった。食べ物だった。

 で、僕はそれを食べたわけなんだけれど……飲み食いしておいてから考えることではないけれど、これ、食べても大丈夫な奴だったんだろうか。




 さっきまで僕が絵を描いていたコピー用紙は、何もなかったかのようにまっさらな状態になっている。つまり……端的に、科学も常識も無視して考えるならば……『僕が絵に描いたものが実体化した』ということになる。或いはこれも全部僕の幻覚。いや、そっちはちょっと信じたくない。

「……おかわり」

 折角だから、もう一回、餅を描いてみた。グレーの皿の上に餅。黒いコップの中には濃すぎる麦茶。

 出てきちゃったものはしょうがないし、折角だからもう一回食べた。まあ、餅の味だし麦茶の味だった。

「おかわり」

 もう少し検証してみたかったから、また描いてみた。そしてやっぱり、餅と麦茶。

 ……これは一体、何なんだろう?




 絵に描いたものが実体化する、なんて、フィクションの中でしか知らない。

 だって、説明が付かない。紙に鉛筆で描いた餅が餅になるには、色々材料が足りないと思う。餅が紙と鉛筆の芯でできてるはずはないんだから。

 だから、たった今現れた餅に、僕は疑問を抱くしかない。いや、食べた後で疑問を抱いても遅い気がするけれど。

 まあ……もし、本当にコピー用紙と鉛筆の芯で餅と麦茶ができていたとしても、多分大丈夫だろう。紙も鉛筆も、食べて死ぬようなものじゃない。むしろ、美味しく食べられたならそれでいい。腹の中で紙と鉛筆に戻っていたとしてもいい。ごちそうさまでした。

 さて、ちょっと考えていたんだけれど、餅でお腹が膨れたら眠くなってきてしまった。案外人間って単純な生き物なのかもしれない。いや、或いは僕が。

 眠くなったから考えるのは明日にしよう。もう今は何も考えたくないし、びっくりしすぎて疲れた。木に凭れて眠ることにしよう。少し寒いような気もしたけれど、丸まったら眠れそうだった。




 おはよう。

 起きたら空が明るかった。そして相変わらず、森だった。

 寝て起きたら元通り、っていうのを期待しないでもなかったんだけれど、やっぱり駄目だったらしい。しょうがないから立ち上がる。

 ズボンについた土を軽く払って、僕は……もう一回座った。

 今日、これからどうしようかな、と考えるために。


 絵に描いた餅が餅になった。それってとてつもなく衝撃的なことだったので……まあ、今日、何かするにしても、全部、それの検証にしようと思う。

 だって、気になりすぎる。元の世界に帰る手がかりとか、今はどうでもいい。人里もどうでもいいや。今日はもう、探索は無し。ただひたすら、絵に描いた餅が餅になる謎の現象について調べてみたい。

 ……まあ、いいよね。こういう風でも。

 とりあえず、餅と麦茶でひとまずのエネルギーは摂取できた、と思うし……今日は絵を描くことに一日を費やしたって、いいよね。




「餅以外にも出るだろうか」

 さあ、早速実験だ。色々、絵に描いてみよう。


 最初。ミニトマト。

 ……餅だけ食べるのは飽きそうだから。深い意味はない。

 けれど、ミニトマトは実体化しなかった。

 あれ、と思って餅を描いてみたら、餅は実体化した。なんで餅はよくてミニトマトは駄目なんだ。


 次。鉛筆。

 特に描く物を思いつかなかったから手に持ってたものを描いた。よくある、深い緑色に塗られた木の軸の中に、黒鉛の芯が入ってる奴。

 ……これも駄目だった。なんでだ。


 次。自転車。

 歩き続けると疲れそうだったから。

 けれど、途中で諦めた。僕はそもそも、自転車の構造をよく覚えていなかったから描けなかった。


 次。ナイフ。

 森での探索の役に立ちそうだったし、あと、そろそろ鉛筆を削りたい。それから、単純に金属を描きたくなった。

 金属光沢の描き方は練習したことがある。ガラスとか金属とかって、鉛筆の黒と紙の白だけで表現できると楽しい。

 ナイフは、先生の家で借りてた奴を描いた。ずっと使ってたから分かる。黒く燻された本体の中、刃の部分だけが滑らかに研ぎ上げられてて金属光沢。柄の部分は柔らかい黒色の木材でできてた。その艶も綺麗で、初めて借りた時にはこんな綺麗なもの借りていいのかってびっくりした。

 ……そうしたら、出てきた。

 うん。出てきた。

 絵に描いた餅が餅になったように、絵に描いたナイフもナイフになった。




「……餅と麦茶とナイフ……?」

 なんでだろう。トマトは駄目で、鉛筆も駄目で、自転車は……まあ、僕がギブした。でも、ナイフはオーケー。

 ……これ、どういう法則なんだろう?




 まず1つ考えられるのは、画力、だろうか。

 餅と麦茶については……実は、何度か描いたことがあった。まだ中学生の頃から、鉛筆と紙だけで。……中学2年生の夏頃から、僕が使える画材は紙と鉛筆だけになってしまったから、それから1年半はずっと毎日毎日、鉛筆デッサンばっかりしてた。

 その中で、先生の家のあらゆるものを描いたし……その中でも、餅とか麦茶とかは出てくる頻度が高かったから、それなりに描いた。

 ……意外と餅って難しいんだよ。ただの白い塊になるから。だから、如何に餅を餅っぽく描けるか、ずっとやってた気がする。

 その分、今こうして知らない所に来てしまっても、餅と麦茶は、まあ描ける。

 ナイフも同じかもしれない。美術の資料集に載ってた鉛筆デッサンの中に、ガラス瓶と金属のタンブラーの奴があった。それを見て金属を描きたくなって、スプーンも蛇口もナイフも、色んな金属を描いていたから。

 ……だから、多分、単純に、餅と麦茶、それからナイフについては、今描いたものが上手かった。うん。それは多分そう。


 ただ、それで行くとミニトマトは実体化してもいい気がする。

 ミニトマトも相当描いた。毎年毎年、夏から秋にかけて、1日に1個くらいミニトマトの絵を描いてた。おかげで夏の間にA4コピー用紙500枚の束が丸ごと消えた。あれの10分の1くらいは全部トマトで消えた。今までの夏全部足して、多分、通算100トマトくらいいってる。

 ……だから、ミニトマトも実体化してもいいんじゃないか、と思う。思うんだけれど……ミニトマトは出てこなかったわけだ。


 それから、鉛筆。これも納得がいかない。

 鉛筆も相当描いた。何故かって、鉛筆なら自分の部屋でも書けたから。

 ……僕が僕の部屋で絵を描くときは、モチーフにできるものが限られるから、どうしても鉛筆が出てくる頻度が多かった。画面構成の勉強にもなったから、鉛筆には頭が上がらない。

 だからやっぱり、鉛筆も実体化してもいいんじゃないかと思うんだけれど……どうしてか、鉛筆も出てこなかったわけだ。




 そうこうしていたらお昼を通り越して夕方になっていた。早い……。

 そろそろまた食べておくべきかな、と思ったから、また餅を出して食べた。

 ……別のものも食べたいけれど、それは我慢。餅以外のものが出せるか分からないし。

 けれど、餅は餅で我慢するとして、寝るところが欲しい。ベッドとか布団とか。せめて毛布一枚でも。

 だからせめて、何か。何か、この『絵に描いたものが実体化する』ということについて、何か法則性を見出したいんだけれど……。


 その時だった。

 ころん、と、僕の横に何かが落ちてきた。

 それは木の実だった。赤い奴。夏になると桜の木に実る奴みたいな、ああいうかんじの。それでいてもっと、明るい黄みの赤の。

 ……まるで、ミニトマトみたいな色のそれを見て、なんだか久しぶりに色を見た気がした。

 それもそのはずだ。だって僕は今日半日、ずっと紙と鉛筆ばっかり見ていた。ずっと白黒の世界だけ見ていたから……。

 ……白黒の。


 そうか。今まで僕が描いてたのは、白黒の世界だった。




 僕は落ちてきた木の実の出どころを探った。木から落ちてきたのかと思って上を見上げたけれど、違う。僕が凭れて眠った木は、残念ながら1つも実を付けていなかった。

 じゃあ隣かな、と思って隣の木を見上げたら、それも違う。……というか、ここらへんで木の実が生ってる木があったら、昨日の段階で気づいてるか。

 ということは、鳥が落としていったのかな。だとすると、この木の実1つしかないわけだけれど……まあいいや。

 僕はそこらへんにあった石を使って、その木の実を潰した。




 潰した木の実から溢れてきた汁は、予想通り、赤い。

 僕はその赤い汁を指でとる。

 そして……朝に描いたミニトマトのデッサンに、塗り付けた。




「……やっぱり」

 そして僕は、絵に描いたミニトマトが本物のミニトマトになったのを見た。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 早速のタイトル回収おめでとう御座います。 そのため、回収後の動きが全く想像できません。 それも楽しみに拝読していきたいと思います。
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