18話:月の光を集めて*9
「ま、魔王に着彩」
「うん。いいんじゃない?駄目?」
え、ええと、それは……い、いや、確かに、できなくはない、と、思う。
勇者の剣があれば、巨大な面積に色を塗ることだって、できる、と思う。あの剣、一度付けた絵の具をずっと保持していられるというか、こう、絵の具じゃなくて『色』を塗るかんじ、というか……だから、絵の具切れの心配が無くてすごく便利なんだ。あと、大きいから広い面積を塗るのに便利。
「成程!空を覆い尽くして夜空にしてしまう魔王に青空の色を塗ることで、魔王を消してしまう作戦か!それは素晴らしいなあ!」
いや、分からないけれどさ。もしかしたら、空色の魔王が生まれるだけかもしれないし。
……ただ、その、青空の木周辺は、青空が広がっていたから。だから、あそこから青空を広げていくようなかんじで魔王を空色に塗っていったら、夜空の部分が減っていくような気はする。
「となると……やはり、トウゴ様が勇者、となるのですね」
そこでラージュ姫が、にっこり笑ってそう言った。
「勇者の剣を用いて、魔王を倒す。確かにこれは勇者の所業でしょう」
「成程ねえ……確かに、トウゴ君らしいわね。ふふ。魔王を斬りつけてやっつけるんじゃなくて、ぺたぺた色を塗って縮めちゃうんでしょ?確かに勇者の剣って、その人に合った形になるみたいだわ」
……うん。そうだね。確かに僕に合った形、だと思うよ。なんだかちょっと間抜けなかんじがするけどさ……。
「ただ、それ、3つ問題があって」
皆が『成程、トウゴが魔王に色を塗るらしい』と納得してしまったところで、僕は、問題点を挙げる。なんとなく立場が逆な気もする。いつもだったら僕が何か言って、皆が止めてくれるんだけどな……おかしいな……。
「1つ目は、夜の国の人達に許可は得ないといけないよな、っていう……その、どうなるか分からないし」
「まあ、魔王に色を塗る奴はこれまでもこれからもないだろうが」
うん。まあ、例はないだろうし、これからもない、と思うし……今の夜の国の環境を大きく変えてしまうことになるから、それは許可を得た方がいいと思う。
「2つ目に、うまくいってもそうでなくても、僕が魔力切れになって倒れる可能性が高いんじゃないかな、っていうこと。なので、その、申し訳ないんだけれど、僕の回収と後始末をお願いすることになってしまうから……」
「今更でしょ、そんなの」
あ、はい。ごめんなさい。
……魔力切れはいつものことだし、後始末を任せることになってしまうのもいつものことなんだけれど、その、今回はどちらも大きなものになる可能性が高い。
魔力切れの僕は最悪、放っておいてもらえればいいんだけれど、後始末の方はそうもいかない。多分、外交問題に発展する。だから、任せてしまうのは申し訳ないのだけれど……。
……僕が縮こまっていると、ライラがため息を吐いた。
「……あんたさ。もっと我儘言っていいのよ?中途半端にお願いされるよりそっちの方が気分がいいしさ」
「うん。ありがとう。お世話になります」
なんだか『調子が狂うなあ』みたいな顔をしているライラにお礼を言いつつ、なんだか嬉しくなる。……今までも散々、我儘言ってると思うけれど、それが許されてしまっていいんだろうか。いや、いい、って言ってくれてるんだから、我儘、言おう。中途半端なお願いよりも、そっちの方がいい、っていうことだし……。
……よし。
「それで、3つ目なんだけれど」
僕は、最大の問題点を、挙げる。そして、我儘を、言う!
「その、夜の国への行き方が、ちょっと、よく分からなくて……一緒に探してください」
それから僕らは、『月魔法一覧』に書いてあった文章とにらめっこすることになった。
「ええと……『月の祭壇を作る。月の祭壇は白か黒の石材と、月の光の下で延ばした銀で作った円盤に月光を塗り込んだものとで構成される。組み込む魔術は以下の通り。祭壇ができたら、空と銀の板の月の満ち欠けが自分に合ったものになった時、祭壇の上で月の光を集めて門を開く』。……分からない」
読み直しても分からない。月光を塗り込んだ銀って何?月の光って集められるの?あの光の柱って月の光で、それをレネが作ってた?うーんと……。
「……まず、何をどうやったら月光を銀に塗り込めるのかが分からんな」
うん。それ、僕も分からない。
「自分に合った月の満ち欠け、っていうのも分からないわよねえ……あ、多分鳥さんは満月ね。なんとなく」
あ、それは分かる。鳥は満月。なんとなく。……いや、多分、フォルムが丸っこいから。
「ねえ、トウゴ!月の光ってどうやって集めるのかしら!夜の国の人達は、よく月の光を集めるの?」
「いや、僕も分からないけれど、月の光を集める魔法についての説明が無いから、多分、常識的に皆知ってるような魔法なんだと思う……」
魔王が光を食べてしまって、空を覆い尽くして、どんどん暗くなっていくのだから……その、月の光を集める魔法、なんてものがあるのは不自然じゃない。弱い月光を集めて生活に使おうとするのは多分、生活の知恵とか、そういうかんじ……?
「……ところでトウゴ。あんた、この祭壇、見たことあるの?」
「ある。覚えてる。スケッチはし損ねたけれど、大体の形状とかは覚えてるし、あと、初代レッドガルドさんの日記にメモがあったから」
「は、はあ?なんで初代レッドガルドさんの日記にそんなもんあるのよ」
うん。ええと、レッドガルドさんについては今、ローゼスさんが日記を読んでくれているはずなので……日記にあったものを写してきたスケッチブックを開く。とりあえず、形状とかは分かるよ。組み込む魔法、っていうのも、日記と月魔法一覧にあったから、多分、大丈夫だ。
けれど……もし、この祭壇ができたとしても、その先がなあ……。
月の光って、どうやって集めるんだろう。
レネがやった時は、円形の台の上でレネがくるくる回りながら歌っていた。……あっ、あの歌が『月の光を集める魔法』だったんだろうか?いや、でも、流石に歌までは覚えていない。こんなことになるなら、真剣に覚えておくんだった……。
色々と悩んでいたら、ふと、アンジェが部屋に入ってきた。……ということはいつの間にか部屋を出ていたのか。いつのまに。全然気づかなかった……。
「あの、お茶にしませんか!」
……そして、アンジェがかわいらしくもそう提案してくれたので、皆、それに従うことにした。
あんまり悩んでもしょうがない。祭壇に魔法を組み込むところは多分、フェイがやってくれるし、そんなに悲観的になることはない。
大丈夫だ。月の光を銀に練り込む方法もきっと分かるし、月の光の集め方だって、きっと……。
「はい、トウゴおにいちゃん、どうぞ。ええと、『そちゃですが』!」
僕は、アンジェが配膳してくれたものを見て……。
「あ」
びっくりした。
僕の目の前にあるのは、お茶碗。ええと、ご飯をよそうやつじゃなくて、茶道で使う方。
「前、トウゴおにいちゃんがお話ししてくれたの、やってみたのよ」
確かに前、アンジェと妖精達にお茶の話をしたことはあった。カフェで扱う飲み物について、お茶の種類を増やしたい、と言われて、僕が知っている限りのお茶を挙げた時、抹茶についても話すことになって、そのついでで。
……話をして、絵を描いて、ついでにそれを実体化させてみただけだったのだけれど、なんと、妖精達はもう、抹茶のつくり方から点て方、果ては和三盆のお菓子の作り方までマスターしてしまったらしい!
すごいなあ、と思いつつ、早速、お茶を頂く。……多分、僕の世界のやつより大分、薄い。けれど、ちゃんと抹茶っぽい味になっているし、そもそも僕もお作法がちゃんと分かるわけではないので……ええと、結構なお点前で……。
それから、小さな陶器のお皿に乗せられた、キャンディみたいな包みを開く。確かに、僕がアンジェと妖精達に説明した時は、和三盆のこういうお菓子を出した気がする。
先生がどこかから貰ってきたっていう和三盆のお菓子を分けてもらったことがあったけれど、案外、あれが濃い緑茶とかに合う。僕は割とあれが好きなので……ちょっと楽しみにしつつ、包みを開く。
……うん。
「トウゴおにいちゃん、どうしたの?」
ええと……うん。
……ちょっと、ちょっと、待ってほしい。ええと……。
「……これ、なんで光ってるの?」
何故か、紙包みの中にあった砂糖菓子は……発光していた!
光る砂糖菓子。光っている以外は、大体、和三盆の砂糖菓子に似ている。ころんとした形も、大きさも、大体同じだ。
けれど、光っている!光ってるよ、これ!
「あのね、それ、妖精さんががんばって作ったの」
アンジェははにかみながら教えてくれた。いや、その先。原材料教えてください。これ何?何で作ったら光るの?
「あのね、あのね……」
それからアンジェは、僕の耳元で、こっそり教えてくれた。
「これ、お月さまのきれいな夜に、たけ?に集まってくる、お月さまの光なんだって!それで、粉のおさとうを固めたやつなの!おいしいよ!」
食べた。美味しかった。和三盆の砂糖菓子よりも少し固めというか、重めというか、そういうかんじはしたけれど……あれとはまた違って、美味しかった。
ぱちり、と口の中ではじけるようなかんじと清涼感があって、星の綺麗な冬の夜の空気みたいに透き通ったいい香りがして、レモンかオレンジみたいな微かな苦みと酸味があって、ほわん、と甘くて……ちょっとセンチメンタルな気分になる。
……うん。困ったな。月の光って、美味しい。なんだこれ。なんだこれ。こんなことってあっていいの?
あと……光を食べる魔王の気持ちが少し分かってしまった!だって美味しい!
「……これが月の光か」
「そうなの」
『シェフを呼んでくれ』ってやったら、アンジェが妖精達を連れてきてくれた。妖精達は小瓶に入った、白銀色の蜜みたいなものを抱えている。どうやらこれが月の光、らしい。うーん、夜の国で見た『ふりゃーな蜜』が太陽の光の蜜だったとすると、これはそれの月版だなあ、と思う。
妖精達は誇らしげに『私がやりました!』という顔をしているのだけれど、こちらは複雑な気持ちになるしかない。ごめんね、すごく美味しいのに、状況が状況だけに、反応が悪くて……。
「これが、竹から採れるの?不思議ねえ」
「そういや、あれ、よく光ってたわね……」
クロアさんとライラがそれぞれ、思いを馳せつつ……窓の外を眺めた。うん。そこには竹が生えている。今も馬達がタケノコを掘ってくれるから、竹は大人しくしている。
「あの、たけのまわりには、お月さまの光がたくさん集まってくるんだって、妖精さん、言ってる……」
うーん……そうか。竹と月って相性がいいのか。竹取物語でも、月で竹だったし。そっか。
「確かに、夜な夜な光が集まってるよなあ、とは、思ったけどさあ……あれ、食えたのかよ」
リアンがちょっと複雑そうな顔で妖精をつつく。妖精はつつかれてくすぐったそうにくすくす笑うばかりだ。
「っていうかさ、あれ、採取できる、ってのが何よりも驚きよね」
ライラは『採取できるんなら採取して絵の具にしてやればよかった』みたいな顔をしている。うん。多分、僕も似たような顔、してると思う……。
「たけのよこに、穴、開けるんだって。そうすると、たけのつつの中にお月さまの光がたっぷりたまってるから、それをくみとるんだって」
……そっか。いや、あの竹、ちょっと変な竹になってしまったなあ、とは、思ってたよ。けれど、まさか……まさか、夜の国のうにょうにょみたいに、魔力を濃縮する働きをしてるなんて、思わなかった!
「……お前はとんでもないものを生み出していたんだな」
うう……この竹、本当に、この森から出さないようにしよう。これ以上増やしたりもしないようにしよう。だって、こんなの外に出したら、何が起きるか分からない!
「ま、まあ、意外な場所からではあったが、月の光が手に入った。よかったじゃあないか」
僕が竹の恐ろしさを再確認していると、マーセンさんが励ましてくれた。
「銀については何とかなるかもしれないな。月の光がこういう形になっているのなら、なんとかなるだろう」
「でも、銀の板が無いです。『月の光の下で延ばした銀』は、描いて出せる自信がなくて……」
……月光の方はなんとかなったんだから、銀の方も何とかなる、とは思う。職人さんを探せばいいのかな。僕が描いて実体化させるだけだと、月の光の下で延ばした銀なのか、普通の銀なのか、分からないものしか出せないと思うし……。
と、思ったら。
「おや、トウゴ君。我ら森の騎士団を舐めてくれるなよ?……奴隷歴が長いんだ。鍛冶屋で働いていた奴くらい、何人か居るさ」
マーセンさんが頼もしい!森の騎士団はやっぱりすごい!流石、僕らの石膏像達!
「じゃあ、残りもなんとかなるんじゃないかしら。大理石の祭壇はトウゴ君が描いて出せるし、月の光は竹から採れるみたいだし。後は、自分に合った月の満ち欠け、っていうのがよく分からないけれど、逆に言えば、月の満ち欠けが自分に合うまで何度も挑戦すればいいのよね」
うん。試行回数を重ねていけば、きっと、何とかなると思う。
だから、問題は最後の『月の光を集める』っていうところなんだけれど……。
……うん。
「蜜まみれになることになれば、いける……?」
これも、妖精のおかげで、解決、できた、かな……?
「いや、そんなことしなくても、祭壇の周りに竹植えればいいんじゃねえの」
「まあ、蜜まみれよりはいいだろうな」
「レネちゃんも蜜まみれになっていた訳じゃないんでしょう?なら、竹を植えた方がいいんじゃないかしら」
……えっ。
た、竹を、植える……?
……そ、そんな、バイオテロみたいなこと、していいの……?