17話:月の光を集めて*8
「迷惑だわ!そんなことされても困るわ!」
カーネリアちゃんがぷりぷり怒り始めた。
まあ、迷惑、なんだけれどさ。……でも、魔王でいっぱいいっぱいで、もう限界だからパス、っていう気持ちは、分かるから……うーん、なんとも言えない。
勿論、この世界からしてみれば、カーネリアちゃんの言うように『迷惑だわ!』っていうことになるんだけれど……世界がお互いに存続をかけて戦う構図になっている以上、一概には、何とも言い難い……と、この世界でも、夜の国でもない異世界人の僕は、思ってしまう。
けれど……うん。
「あのさ。私、更に嫌なことに気付いちゃったんだけどさ。……もしかして、夜の国の人達って、魔王ごと封印されてて、その封印が緩んでこっちの世界に来られるようになり次第、魔王をこっちにけしかけつつ、ついでに『副目的』の方の為に、こっちの世界の生き物を攫ってた、ってこと?」
ライラの言葉に対して僕は、何も反論できない!
「多分、そうだと思う。魔王をこっちに押しやるのが難しい封印状況の内から、夜の国の人自体はそれなりに通り抜けできるらしいから……その、魔王を押しやることができないなら、せめて、小さな太陽を生産して延命措置を、って考えた、んじゃないかな……」
……これはちょっと嫌な話なのだけれど。
まず、夜の国の人達の主目的は、『封印が緩む度に魔王をなんとかして他の世界に引っ越させるチャレンジをする』ことだったのだけれど、副目的として『魔王の引っ越しに失敗することを見越してこちらの世界の生き物を攫ってうにょうにょの餌にして太陽を実らせる』っていうことだった。
うにょうにょの餌については本にあった通り、夜の国の生き物だともう既に光の魔力が減っていて、うにょうにょの餌にできないらしい。
だから、光の魔力がたっぷりであろう、こっちの世界……昼の国にやってきて、昼の国の生き物を攫う必要があったんだ。
……それを考えると、その、結構、やるせない。
つまりそれって、この世界の生き物が攫われては、攫われた先の異世界で殺されてしまっていた、っていうことだから。
全くの異世界に攫われてしまって、そこでうにょうにょに食べられて死んでしまった生き物、もしかしたら、人、が居ることを考えると……うん。やるせない。
夜の国の人達だってそうしなければ死んでしまう、ということだったのだし、これを言い始めると家畜を殺して食べている僕らはどうなんだ、とか色々考えてしまうし、しょうがないといえばしょうがない、のだけれど……うん。
……部屋の空気が沈鬱なものになる。それはそうだ。夜の国の話が大体分かってしまった以上、こちらの世界の人としては、夜の国に好感を持て、っていうのは難しいと、思う。うん……。
「とりあえず、夜の国はもう、限界なんだ。こっちの世界に『勇者』が居て、封印をすぐに直されてしまうから魔王の引っ越しには成功していないよね。……だから、今回も延命を狙って、僕を攫って丸ごと食べさせることで小さな太陽を生み出そう、っていう計画、だったんだと思う」
特に、僕は一応……その、『精霊』だから。光の魔力、とやらも、多いのかもしれない。魔力切れを度々やっているけれどまだ死んでないし、僕の光の魔力が多いっていう説は濃厚なんじゃないかな。
……うん。でも、夜の国では、その計画も失敗してしまった。
「……けれど、僕は丸ごと餌になったわけじゃなかった。だから、夜の国は、副目的の方の延命もほとんどできてない。このままだと夜の国が滅んでしまう。今回、また夜の国が魔王と一緒に封印されてしまったら、次に封印が解けるまでには夜の国は滅んでしまっているかもしれないんだ」
僕の頭の中に、夜の国の風景が過ぎる。
ガラス張りの渡り廊下から見た、輝く星空と、星と月の明かりに照らされてぼんやり光る花畑。なんとなくくすんだ色が多くて色彩感の薄い建物。気温の低い中、毛布にくるまってふりゃふりゃしたベッド。光るジュース。水玉越しに眺めた景色。月の光の下の祭壇。それから……最後、僕の背中をぐいぐい押して、僕を帰してくれたレネ。
……そういうものが全部、もう二度と見られなくなってしまう。失われてしまう。
光が全部食べられてしまったら、その時、レネ達は死んでしまうんだ。
光の魔力が無くなって死んでしまう時って、どんなかんじなんだろう。
真っ暗で何も見えない中で、冷たくて寒くなって、凍えて死んでしまうんだろうか。ベッドの中、僕で暖をとっていたくらい寒がりのレネも、寒くて暗い場所で……。
……そう考えたら、どうにかしなくては、って思う。
自分が知っている世界が滅んでしまうなんて、そんなの、あんまりにも悲しい。そこで悲しくて辛い思いをする人が居るってことも知っているから、尚更。
助けたい。
僕は、夜の国を助けたい。
けれど、そう思うのは僕だけだろう。
……夜の国を知っているのは僕だけだし、他の人達は……僕とは違って、この世界生まれこの世界育ちだから。だから、夜の国に対して思うことは『この世界を犠牲にしようとしている悪いやつ』なんじゃないかと、思う。
「だから、今が多分、最後のチャンスで……」
どう伝えようか、と考えながら、なんとか言葉を探す。
言葉を探すのは苦手だ。人に伝えるなら猶更苦手だ。けれど、それを最初から諦める訳にはいかないから……。
「その、僕」
「なら動くか」
……びっくりした。
僕が『どうやって皆に協力してもらおうか』って考えていたのに、ラオクレスは何も聞かずに、もう、協力してくれるつもりでいるらしい。
「何をすればいい。勿論、お前がその『うにょうにょ』とやらに食われる、という方法は除外してもらうが」
「……協力してくれるの?」
聞くのも馬鹿らしいよな、と思いながら、聞く。するとラオクレスはちょっと笑って、答えた。
「……お前が何かするというのなら、見てみたい。お前が美しいと思った景色にも興味がある」
「いいの?僕、この世界に良いことをしようとしてる訳じゃない。この世界にむしろ、悪いことしようとしてた人達を助けようとしてる」
僕は所詮、余所者だ。この世界は大好きだけれど、きっと、そう思うのも烏滸がましい。僕と皆とでは、世界への愛着が違うだろう。
けれど……。
「私も構わないわよ。生憎、大きすぎる話はよく分からないの。私は私の近くに居る人達が取り返しのつかない酷い目に遭っていなければ、別に恨んだりしないわ。あとは、その時楽しければ、それで十分。夜の国を助けたいっていうならそれも面白そうだし、協力してあげる」
クロアさんも続けてそう言う。くすくす笑いながら。すごく優しく。
「ただ、トウゴ君を攫って行った奴にはお説教くらいさせてもらおうかしらね」
……灰色ドラゴンにお説教するクロアさんの姿が、想像できる。うん。似合う。
「うーん……私はさ、正直、そんなの知ったこっちゃ無いと思うのよね。勝手じゃない。こっちに助けを求めてくるならまだしも、魔王を押し付けるだの、人を攫って殺して太陽にしてるだの……もうちょっとやりようあったじゃないって、思うわよ」
ライラはちょっと手厳しい。ただ……ライラも、ため息交じりに、こう言った。
「……けどさ。トウゴのスケッチブック、見ちゃったからさ……あれが滅んじゃうのは惜しい、って、思っちゃうのよね。美しいものに罪は無いし。それに、まあ……あんたは助けたいんでしょ?夜の国」
「うん」
嬉しいなあ、と思いながら、はっきり頷く。
シビアな意見を言うライラが、それでも、『あれが滅んじゃうのは惜しい』って思ってくれるのが嬉しいし、それを思わせたのが僕のスケッチブックだっていうなら、やっぱり尚更、嬉しい!
「いいんじゃないの。好きにすれば。どうせ何か描いて解決するんでしょ?まあ、私に手伝えることがあったら手伝うくらいはしてあげるからさ。その代わり、夜の国、案内してよね。私も描きたいから」
「勿論!ありがとう!」
もし、夜の国を助けられて、自由に歩けるようになったら、ライラを連れ回そう。案内はレネとタルクさんにお願いしたら引き受けてくれるだろうか。それで、たくさん、夜の国の風景を描くんだ!
「対策としては、多分、この世界の光の魔力を分けてあげたり、僕がまたちび太陽を描いたりして夜の国に分けるのがいいと思うんだ」
とりあえず、分かっている手段ではそれが一番いいと思う。
小さな太陽が実れば滅びまでの時間は稼げる。だから、まずはそうやって、夜の国を延命して……。
「延命、ということですか。しかし、そうなると、問題になるのは勇者、ですね」
僕が考えていたら、ラージュ姫が小首を傾げて唸る。
「夜の国が再封印されてしまっては、助けることも難しくなってしまいますよね。延命しながら別の方法を探すにせよ、時間は欲しい、ということになります。となると、やはり、勇者が生まれない方が都合がいい、となりますが……」
あ、そ、そうだった!
王様は魔王を勇者抜きで封印したいわけだし、勇者はどこかで勝手に生まれるかもしれないし、それで魔王ごと夜の国が封印されてしまったら、延命もちび太陽も何も無い!
「うーん、難しいですね。かといって、魔王が侵略してくるまで待っていては、こちらの世界が大変なことになってしまいますから……どちらにせよ、時間はあまり掛けられません」
そうか……。2つの世界が力を合わせれば、時間稼ぎしている間に何かいいアイデアが浮かぶかとも思ったけれど、それをやる時間が無いのか……。困ったな。
「そうだな……今の話を聞いている分には、この世界と夜の国両方のことを考えるならば、いっそのこと魔王を封印するのではなく、倒してしまうのが一番良い、ということになりそうだな」
困っていたら、マーセンさんがそう、言いだした。……あ、そ、それは考えてなかったな。そっか。でも、魔王が居なくなってしまえば、確かに、解決だ。
「しかし、魔王となると、我ら森の騎士団の戦力だけで太刀打ちできるものだろうか……」
マーセンさんが唸っているけれど……でも。
「……魔王って、倒せねえから封印してるんじゃねえの?俺が読んだ本にはそう書いてあったけど」
リアンがそういうことを言う。ちなみにリアンは最近、よく本を読むようになった。カーネリアちゃんおすすめの童話とか、児童書みたいなものとか、レッドガルド領で印刷技術の革命と共に沢山生まれた本を新しく買ってきたりとか。……なんと、リアンはもうすっかり文字が読めるようになってる!
「確かにな。私もそのような本を読んだことがある。まあ、魔王というからには、勇者の力を以ってして立ち向かうものだろう。間違っても、私達、一介の騎士に過ぎない存在が立ち向かうものではないように思うが」
「そもそも、夜の国でも魔王が倒せないからこそ、魔王をこちらの世界へ押しやろうとしていたり、トウゴ君を攫ったりしている訳でしょう?こっちでだって、勇者が関わるものだし……難しそうよね」
「ところで魔王さんってどうして光を食べちゃうのかしら?美味しいのかしら?私も食べてみようかしら!」
「お月さまの光、おいしいよ。あっ、光でケーキつくったら、おいしいかな……。妖精さんにおねがいしてみようかなあ……ケーキはむずかしいかしら……」
……は、話が脱線していく!ん?え!?アンジェはお月様の光を食べた!?いやいや、今は光が美味しいかどうかの話は置いておくとして……!
「え、ええと、この挿絵を見てほしい」
僕は、本を広げて、該当ページを見せる。
「……挿絵?」
「うん。挿絵。これ。魔王の絵」
僕が示した『挿絵』を見て、ライラは訝しげな顔をする。
「ただの夜空の絵じゃない」
……うん。そうなんだ。
『魔王』って書いてある挿絵は、夜空が町の上空に広がっていく、夕暮れ時か何かの様子に見える。黒インク1色だけで描かれた挿絵だから、分かりにくいけれど……。
「……え、もしかして」
ライラをはじめとして、皆……マーセンさんもインターリアさんも、『げっ』というような顔をする。
「魔王、って、空に広がってるらしいんだよ……」
……どうやら魔王というものは、夜の国の空を覆い尽くしている、らしい。
つまり、星空柄で、月が満ち欠けする柄の……そういう、とんでもなく大きなもの、らしい!
「……成程な。生き物かどうかも怪しい、とはそういうことか。どうやら魔王を倒すというのは難しそうだ」
「うん」
渋い顔のラオクレスに頷きつつ、僕は、皆に相談する。
「……ということで、どうやったら夜の国の人達を助けられるかな、と思って……」
「難しいわねえ……」
クロアさんも悩み始める。僕ら全員、悩む。この、世界中の空を覆い尽くしてしまうような、あんまりにも大きな生き物を、どうにかしなきゃいけない、っていうのは、ちょっと……。
「それほど大きな生き物が相手となると、勇者の剣で斬りつけても、駄目でしょうか……?封印の直前、勇者は魔王に一太刀浴びせてから封印に臨む、という記述も、王家の書物には残っているのですが……」
「そもそもトウゴが勇者の剣使ったら筆になっちまうんだろ?無理じゃん」
リアンがばっさり切って捨てる。捨てられる身にもなってほしい。その通りだけどさ。その通りだけどさ!
「鳥さんにお願いする?確か、鳥さんが使ったら綺麗な剣になったわよね?案外、光でできた剣なら魔王に効くかもしれないわよ?」
うう……僕より鳥の方が頼れるって、なんか、嫌だ。ほら、鳥が窓の外からこっち、見てるし。『呼んだ?』みたいな顔してる。呼んでないよ!
「そうだな。まあ、どちらにせよ、筆では……」
「……筆、ねえ」
「筆……」
「ふで……」
……皆が、何とも言えない顔で虚空を見つめて、ふと、何かに思い至ってしまったような、そんな様子で、僕を見て……。
「あのさ。あんた、魔王に色塗っちゃえば?空色とかで」
ライラが、とんでもないことを言い出した!




