16話:月の光を集めて*7
「夜の国はもう限界なんだ。もうすぐ魔王に滅ぼされてしまう世界なんだよ」
森に帰った僕は、すぐ皆に集まってもらって、フェイと一緒に読んだ本の内容を伝える。
「……その夜の国とやらは、魔王の国、ではないのか?」
「うん。違った」
ラオクレスの疑問に答えつつ、そうだよな、ともう一度本を捲って確認する。
魔王について書いてある本は、『魔王の全て』。フェイが読んだものを抜粋して教えてくれたから、栞を挟んでおいた該当ページを開いて、内容を確認。
『魔王は月歴1333年に初めて存在を確認された。始めはただ、空に裂け目が生じ、そこから現れた魔王が徐々に空を食いつぶしていくということしか分からなかったが、現在では、魔王は異世界からやってきては光を食らっていくものであるという事が分かっている。
何故魔王が光を求めるかは依然として不明のままだが、魔王の侵略が進むにつれ、ありとあらゆるものの色が褪せ、光が小さくなり、空が一日中夜空のままになる、といった現象が確認されている。』
……この記述から分かることは幾つかあるけれど、とりあえず、皆に説明。
「夜の国は、魔王の侵略を受けてる世界なんだ。魔王は世界から世界へ渡り歩いていて、それで、偶々、夜の世界が狙われたらしい。多分、次に魔王が来るのはこの世界」
「……ちょっと待ってね。ということは、この世界じゃない世界がある、っていうことなのかしら?」
「うん。そういうことらしいよ。どうやら、異世界ってたくさんあるらしい」
クロアさんは頭が痛いような顔をしつつ首を傾げていたけれど……まあ、僕はこの世界の人にとっては異世界人だから、その辺りは受け入れやすかった。異世界は存在するし、案外近い、と。
ただ、どうも、僕の世界とこの世界よりも、この世界と夜の国の方が近い、みたいだ。『王国史~竜王による政治~』の中にはそんなようなことも書いてあったらしい。該当ページを実際に読んではいないけれど、フェイのお父さんが教えてくれた。
「とりあえず、夜の国は魔王に襲われてる。それで、これ以上光を食べられちゃったら世界中が夜空になって、光が無くなって、色褪せて、真っ暗になってしまう。ついでに、光が全部なくなると、生き物は死んでしまうらしくて……ええと、これなんだけれど」
それから『光の研究史』のページを開いていく。
魔王は光を奪っていってしまう、という記述があるページを実際に読んで聞かせたりして皆の理解を進めてもらって……一番大変なことが書いてあるページを読む。
『生き物は皆、多かれ少なかれ様々な種類の魔力を持っており、持つ魔力の種類と量によって魔法の適正や能力などが決定する。多くの種類の魔力を持つ者もそうでない者も居るが、ある程度、どの生き物も共通して持っている魔力がある。その中の1つが光の魔力である。
光の魔力は生命力とも捉えられる。何故ならば光の魔力は光を灯したり癒しの術に消費されたりする他、生き物の生命維持に活用されており、光の魔力が欠乏した生き物は皆、死んでしまうからだ。魔力切れによる死亡の一因は、生命維持に必要な分まで光の魔力を消費することにあると考えられている。』
「……つまり、魔王の侵攻が進むと、夜の国の生き物は皆、死ぬのか」
「多分、そうじゃないか、って言われてる。ええと、『魔王の全て』の方に、恐らく青空が全て夜空に変わったら、それから一月以内に全ての生き物が死ぬだろう、って書いてあったはずだ」
「一月、か……」
うん。……今、青空が青空の木の周りだけになってしまっていることを考えると、多分、そのタイムリミットはすごく迫っているんだと思う。
「トウゴ君の話だと、確か、トウゴ君の血を使って小さな太陽を実らせた、という話だったが……それは魔王対策だった、という訳かな?」
「あ、はい。多分。ええと、それについても書いてあって……あ、これだ」
『光の研究史』の最後の方は、『これからのこと』なのだけれど、その中にうにょうにょについての話なんだろうなあ、というものがあった。ええと……。
『月光木蓮の改良は順調に進んでおり、現在、光の魔力を多く持つ生き物の死骸を与えることにより、その光の魔力を濃縮・増幅させる生物が生まれている。濃縮・増幅された光の魔力はそのままでも十分な価値があるが、それを加工することで、より強く、魔王の侵略に対抗する手段となることが期待されている。
ただし、現時点での問題として、光の魔力を多く持つ生き物は既にこの世界から消えかけているということが挙げられる。対策としては後述の……』
あ、これこれ。……多分、これがうにょうにょについての記述、だと思う。
……夜の国の餌だと、光の魔力が足りないんだと思う。だから、僕を攫っていって、食べさせようとしたんだろう。
うにょうにょが吐き出すあの蜜は、言ってしまえば、太陽の光を蜜にしたようなものらしい。月光木蓮についての説明のくだりにそれが書いてあった。
だからあの蜜、あんなにふりゃーだった、ということらしい。そうだよね。陽だまりはあったかいもんね。
ただ、どの本にも、青空の木についての記述は無かった。多分、この時代にはまだ、青空の木は生まれていなかったんだと思う。研究が進んで、青空の木ができた、っていうことかな。
……多分、あの青空の木は、光の魔力を加工して小さな太陽の形にするためのもので、青空を広げて、魔王を押し返すための設備、なんだと思う。
……そしてその太陽が実って、青空が広がることで、魔王に滅ぼされるまでの時間稼ぎができる、と。そういうことなんだ。
要は、対症療法みたいなものなんだと思う。魔王自体がどうこうできるわけじゃないけれど、延命はできる、というか。うん……。
「……で、その為にトウゴが攫われたのか?じゃあ、それで夜の国は大丈夫なんじゃねえの?太陽、実ったんだろ?」
「それが……僕が見た限り、青空が広がった範囲はそんなに多くなかったんだ。多分、僕が丸ごと1人分、うにょうにょの餌になっていれば、もうちょっと違ったんだと思うんだけれど……」
僕を逃がしてくれたレネのことを考えると、胸が痛む。あの時、僕を見殺しにしていてもよかったんだ。そうすれば、レネ達の世界は助かったかもしれないのに……。
「……まあ、トウゴを餌としてくれてやる訳にはいかない。それは仕方がないだろう」
ラオクレスが僕の頭の中を読み取ったみたいに、僕の頭をわしわし、と軽く撫でた。『元気出せ』と言わんばかりだ。少し恥ずかしいけれど、少し元気が出る。
僕が夜の国でうにょうにょの餌になっていれば夜の国は助かっていたかもしれないけれど、こっちで皆が悲しんでいた、と、思う。エゴイスティックだけれど、多分、そうだって、その、思える、というか、思ってしまう、というか……。
うん。だから僕は、餌にならずに帰ってきて、よかった。
大丈夫だ。大丈夫……。
「でも、このままだと夜の国、滅んじまうんだろ?いいのかよ」
「うん。よくない」
リアンの言葉は実に素晴らしい。よくない。絶対によくない。僕、夜の国に滅んでほしくない。
「他に対策ってねえの?トウゴを餌にする以外でさあ、なんか……」
リアンがちょっと焦りながらそう聞いてくれるのを嬉しく思いつつ……でも、この先の話をしない訳にもいかないから、する。
「ええと……一応、夜の国では、他にも対策が進んでて……むしろ、こっちが本命で、ふりゃーな蜜と小さな太陽の生産は応急処置というか、主目的を達成するまでの時間稼ぎっぽいところがあるみたいなんだけれど……」
ちょっと言いにくいから、その、口ごもってしまう、というか、うう……。元々喋るのが得意じゃないのに、もっと難しい。けれど、話さないわけにもいかない……。
「ええと、これ……」
僕は、『光の研究史』の最後の方のページを見せつつ、皆に伝えた。
『光の魔力を増やす方法では限界がある。月光木蓮の改良やその他の手段を用いても、魔王が光を食らう速度を上回る速度で光の魔力を増やすことはできないだろう。
だが、光明はある。それは、原因たる魔王を消し去る方法である。』
『魔王にはあらゆる攻撃が通用しない。魔王はそもそも生き物ではないのではないかという説もある。しかし、魔王は他の世界からやってきたものであり、ならば、他の世界へ魔王を移動させることもできるのではないかと考えられる。』
『現在、他の世界への扉を開き、魔王を他の世界へ移動させる計画が立てられている。実行までそう長くは掛からないだろう。』
「……それって、ええと……どういうことだ?」
リアンが『嫌な予感がする』みたいな、『分かりたくないけれど知らない訳にもいかないから聞く』みたいな、そんな顔をしつつ、僕に確認してくる。
僕も言いにくいよ、こんなの。でも、やっぱり言わない訳にはいかないから、言う……。
「……その、小さな太陽を実らせたりするのも難しくて、だから、このままだと夜の国が滅ぶのは間違いない、っていうのは、もうこの時点で分かってて……だから、そうならないように……その、こっちの世界に魔王を押しやってしまえ、ってやっていた、らしい」