15話:月の光を集めて*6
それから、僕らは本を読み始めた。
……結局、翻訳機は4台になった。僕が描いて出して、僕とフェイ、ローゼスさんにお父さんまで一緒になって本を読んでもらっている。
読めない本は全部で6冊あったので、分担して各自1冊ずつ読むことにした。
とりあえず……日記帳については翻訳機以外にも発明品の事が書いてありそうだったけれど、それ以外の事はまあ、日記だから、初代レッドガルドさんの話がメインだろうな、ということになって除外。
残った5冊は、『魔王の全て』と『光の研究史』と『王国史~竜王による政治~』と『月魔法一覧』と『ほかほか論~これであなたも今日からあったか!~』だったので、とりあえず……その、フェイ達が黙って『ほかほか論』を僕に差し出してきたのをそっと横に置いて、残った4冊をそれぞれ読むことにした。
僕が読むことになったのは『光の研究史』だった。
古代語が現代語に翻訳されるようになったから、少しだけウェイトが長くなったみたいだけれど、それでも読めない文字が読めるようになったんだから文句は言えない。僕はゆっくり、『光の研究史』を読んでいく。
……最初のページは、前置き、らしい。
『この世界では、魔王が空間の裂け目から襲来してきた月歴1333年以降、光が魔王に食いつぶされていく一方である。
空は魔王によって徐々に夜空へと変じていき、月歴1580年の現在は、王都周辺にまで夜が押し寄せている状態となっている。
しかし、先人達の努力の結果、技術の発達により、魔王の侵略速度は遅くなっていることも確かである。
本書は魔王襲来から現在に至るまでの歴史を振り返り、その中で開発されてきた光を取り戻す技術について記し、今後の技術革命、そして世界の滅びを回避する可能性について論じるものである。』
前置きを読んで……既に、意味が、分からない。
分からない、というか……え、ええと、あ、あれ?
魔王って、夜の国に居るもので、それが、こっちの世界に来ていて……?え、ええと、でも、その魔王に、夜の国も、侵略、されている?
夜の国の王が魔王だとしたら、夜の国がこっちの昼の国を侵攻しに来ているんだと、そう思ってた。
けれど、夜の国もまた、魔王に襲われる立場だった?だとしたら、どうしてこの世界では魔王を封印する、なんて事になってるんだろう?
それから、まだ気になる点はある。
……『空は魔王によって徐々に夜空へと変じていき』っていう記述だ。
そこから考えると、もしかして、夜の国って、最初から夜だけの国では、なかった、っていうことになる。
よく考えれば、当然かもしれない。だって、知らないのなら、光を求めることなんてできない。知っているからこそ、青空を取り戻そうとするんだろうし。
そっか。じゃあ、夜の国の目的は……魔王によって奪われてしまった青空を、取り戻すこと、なのか……?
この先を読み進める前に、更に気になることを先に解消しておくことにする。
「あ、あの、ちょっといい?」
ちょっと慌てて、僕はフェイに声を掛ける。フェイはフェイで『魔王の全て』の序文を読んで難しい顔をしていたところだったのだけれど、僕に声を掛けられて、顔を上げてくれた。
「レッドガルドさんって今、何代目?」
僕はこの世界の歴史に詳しくないから、年月の感覚があんまり無い。精々、日本史に照らし合わせて考えるぐらいのことしかできないので、やっぱり、この世界での基準を知っておいた方がいい。
「俺か?ええと、親父が8代目だ。それで兄貴が9代目だぞ」
「初代から何年ぐらい?」
「んー……親父ぃ、何年ぐらい?」
「270年前、ぐらいだったと思うが……詳細な数字が欲しければ今、歴史書を持ってくるが」
「あ、いや、大体でいいんです。ありがとうございます」
そっか。270年ぐらい。……となると、日本だと現代から遡って宝暦あたりかな。江戸時代の中頃だ。結構昔だなあ。
ええと、それは置いておいて……この本は初代レッドガルドさんの持ち物だったとするならば、最低でも270年前の本、ということになる。
270年前の時点で、夜の国はもう、王都の周りまで青空が消えていた、っていうことになる。
……僕が夜の国で見た空は、もう、ほとんど青空なんてない空だった。青空の木の周辺だけ、青空が広がっているだけの。
この本の序文だけから、色々分かってしまう。
まず、魔王は250年弱で、夜の国の空を王都周辺を除いて全て、夜空にしてしまった。
それから270年くらいかけて更に魔王の侵略が進んで……今は、青空の木の周りだけが、なんとか青空のまま、残っている、と。
これは……これは、すごく、大変なこと、なんじゃないだろうか。
もう少し、ほんとうにもう少しだけで、夜の国は完全に、青空を失ってしまうっていうことだ!
それからも僕らは、本を読み進めた。夜になって、夜が更けていって、それでも分厚い本を翻訳機越しに読むのは中々時間が掛かる。
それでも、無駄な情報なんて、無かった。
僕が読んだ本だけでも、色々な事が分かった。色々なことが書いてあった。
『魔王への直接の対抗については本書では詳しく触れないが、歴史上で考案されてきた様々な手段は悉く失敗に終わっている。魔王は不死身であるか、或いは、そもそも生き物ではないのかもしれない。』
『魔王への間接的な対抗として、光を生産することが考案された。特に、魔王の侵略に遭い、光を奪われた地方では、光の生産が急務であった。
そこで、魔力を用いた電灯(現在にも残る星石ランプ)の開発が進んだが、当時、原料となる星石の生成方法が確立されておらず、星石は天然のものに限られていた。天然の星石は非常に希少で高価なものであったため、貧しい地方にまで普及させることは難しかった。』
『光を生産する手段として、生命力を光として発する植物の栽培が行われた。主に用いられたのは星マタタビの実や燐花の花弁などであり、現在でもそれらは品種改良を行われて各地で利用されている。』
『北部山間に自生していた月光木蓮については、他の動植物の死骸から吸収した光の魔力(この頃、生命力と光の魔力の関係と光への変換の仕組みが確認されるため、これ以降は生命力を光の魔力と表記する)を濃縮して花を光らせるという性質が判明して以来、活発に研究が進められている。将来的には月光木蓮の研究と品種改良が我々を救う手段となるのではないかと期待されている。』
……本一冊分に、夜の国の歴史と、その中で夜の国の人達が頑張って、足掻いて、少しでも光を生み出そうとしてきたことが、びっしりと書いてあった。
いくつかは僕も心当たりがあって、ああ、あれはこういう風に生まれたんだな、とか、これだけ逼迫した状況の中で生まれたんだな、とか、色々と、思わされて……。
……レネの顔がちらつく。
僕を光の柱に向かってぐいぐい押していたレネは、何を思っていたんだろう。
僕を捕まえて、うにょうにょの餌にすれば、夜の国はそれだけでもう少し、延命できたかもしれないのに。
僕を逃がしてしまったことで、夜の国全体の寿命は、間違いなく縮んでしまうのに。
そして、夜が明けた頃、僕らは……なんというか、違う世界に居る気分、というか、あまりにも多くのことを一晩で知ってしまって、昨日までの自分と違う自分の気分、というか、昨日の気分が思い出せない、というか……そういう気分になっていた。
「……とりあえず、夜の国の事情は、滅茶苦茶よく分かったなあ」
「うん」
僕は僕が読んだ本の内容をレッドガルド家の皆さんにざっと解説して、それから、フェイ、ローゼスさん、お父さんもそれぞれが読んだ本の内容を教えてくれた。
そうして内容を共有すれば、より一層、夜の国の状況が分かってしまって……焦る。
封印されてしまったらもう夜の国に行けない、とか、レネと会えない、とか、そういう話じゃなかった。
事態はもっと、大変だったんだ。
「ええと……どーしたもんかな。残り2冊も読んだ方がいいんだろうけど……あ、でも、トウゴは先に森に帰って相談するか?ラージュ姫も居るだろうし、何か、そっちで分かることもあるかもしれねえし……」
「うん。そうしたい。初代レッドガルドさんの日記については……確か、祭壇のつくり方が書いてあったと思うから、それ、読んでほしい」
「ならそれは私が任されよう。父上はこちらの『ほかほか論~これであなたも今日からあったか!~』を」
「ま、まあ、今はあらゆる情報が欲しい時だな。うむ、仕方ない、これは私が読もう。……ほかほか論……」
ほかほか論、を由緒正しきレッドガルド8代目に読ませることの是非は今は置いておこう。それどころじゃない。今は急ぎたい。急いで、急いで……解決策を。何か、考えなくては!
「じゃあ、後で俺も森に行く。ちょっとこっちで本、探してから行くわ。鍛冶関係の本とか、欲しいだろ?」
「うん。欲しい。ええと、じゃあ僕は先に戻るから、また後で」
「おう。また後で!兄貴と親父は日記帳とほかほか論、頼んだぜ!」
僕とフェイは焦りつつ、急いで支度をする。フェイはばたばたと部屋を出ていって、僕は窓から外に出て、そのまま森へ向かう。
緊急会議だ。緊急会議。
……だって、急がないと夜の国が、夜の国が……魔王に滅ぼされてしまう!