14話:月の光を集めて*5
「フェイー!」
「うおっ!?どうしたどうした、こんな時間に!」
僕はたまらなくなって、すぐにフェイのお屋敷に取って返した。日記帳を手に持って、鳳凰に運んでもらって、フェイの部屋に窓からお邪魔します。
「これ!これ、見て!」
「ん?こりゃあ……」
僕の突然の来訪に驚いていたフェイは、日記帳のページを見て……驚きも眠気も吹き飛んで、すぐ、興奮と好奇心とやる気に満ち溢れた目を輝かせた。
「すげえ!これならいける!いけるぞ!」
「うん!いける!」
「材料についても記述がある!うわ、やべえもん使ってるな!トウゴが複製しちまったけど!」
「うん!僕が複製しちゃったけれど!」
「うおー!これすげえな!別のページには別のモンの設計図があるぜ!いや、これは魔法についての記述か?これは読めねえと分かんねえな!」
「あっ!これ見たことある!夜の国からこっちに帰ってくる時に使った祭壇に似てる!」
……ということで、僕らは日記帳を眺めてはしゃいでいた、のだけれど。
こんこんこん、と少し忙しなくドアがノックされる。僕らは途端に黙ったのだけれど……ガチャ、とドアが開いて、フェイのお兄さんが顔を覗かせた。
「こら。寝なさい」
あ、はい。ごめんなさい。寝ます……。
「或いは私も混ぜなさい。私が寝ている間に進めるんじゃない」
……あ、はい!混ぜます!
それから、フェイのお兄さんのローゼスさんも一緒になって、日記帳のページを捲った。ローゼスさんもこういうの、嫌いじゃないみたいだ。一番興奮しているのはフェイなのだけれど、それを見てローゼスさんも楽しんでいる、というか。
「これ、初代の日記、だよな」
「うん。多分」
……この日記は、多分、初代レッドガルドさんのもの、だと思う。或いは、初代レッドガルドさんが誰かから譲り受けたもの、とも考えられるけれど……でも、初代レッドガルドさんのナイフが発掘されたりしているんだから、多分、そうだ。
「この時代の文字なのかなー、これ。古代語ですらねえけど、でも、初代はこの文字、使ってたんだもんな。なあ、兄貴。なんか知ってるか?」
「私もこのような文字は見たことがない。うーん……初代がどういう人物だったのか、気になってきたな」
ローゼスさんは興味深げに日記帳を覗き込んで、それからふと、首を傾げた。
「強いて言うなら、この時代、一般的に使われていたのは現在で言う古代語だったが、地方には独自の文字や言葉が僅かながら残っていたとも聞く。となると、初代レッドガルドは王都から遥か遠く離れた場所の出自だったのかもしれないな。うん。実に興味深いね」
へえ……そうなのか。日本も地方によって方言があって、方言によっては外国語みたいに聞こえるものもあるけれど、でも、文字まで独自のものがある、っていうのは珍しい気がする。元々の種族民族からして違わないと、中々、そういうことにはならないんじゃないかと思う。
「それから、竜王様、って誰だろうなー」
更に、フェイは日記帳の一文を読んで首を傾げる。
うん。竜王様。『いつか、世界がつながる日のために。竜王様とすべての人間へ捧ぐ』。
……この一文を読んでしまうと、竜王様、って、その、人間じゃない、っていうことになる、んだろうか。えーと。
「なー、トウゴ、心当たり、ねえ?」
「……分からないけれど、あの灰色のドラゴンがもしかしたらそれなのかもしれない、って、思った」
強いて言うなら、あの灰色ドラゴン。暫定魔王、だけれど、あのドラゴンがもしかして、竜王?夜の国の王様、っていうこと、だろうか?
うーん……、だとしたら、初代レッドガルドさんって……。
……その時だった。部屋のドアがこんこんこん、と忙しなくノックされて、僕らは黙る。あ、既視感。
そして、ドアがガチャリ、と開いて……案の定、フェイのお父さんが顔を覗かせた!
「こら。寝なさ……ローゼスまで一緒か!」
「はい。父上」
ローゼスさんはくすくす笑いながらお父さんがびっくりしているのに返事をした。こういうこと、珍しいんだろうなあ。
「ずるいぞ、フェイ!何故父さんをのけ者にする!ローゼスは誘っておいて!」
「いや、兄貴は兄貴の方から突撃してきたし、親父は、ほら、寝てるかなって思って」
「なら寝なさい。そして起きてからにしなさい。ほら、もう夜も遅いぞ!」
……結局、フェイのお父さんに急き立てられて、僕らは寝ることにした。
僕はまた森に帰って寝ようとしたのだけれど、フェイに捕まえられてベッドに入れられてしまったので、そのままレッドガルド家に泊めてもらうことになってしまった。
……ああ、馬に転がされる!
翌朝、朝ご飯までしっかりご馳走になってから、僕は森に帰った。そして馬に転がされた。ころころ……。
「馬達、すっかりあんたのこと転がすのがお気に入りね。一種の競技みたいになってるわ。時間内に何頭の馬の背中を経由できるか、とか、転がし方の安定感とか……そこらへん、前回より上手くなってるわね」
そっか。楽しいならそれは何よりなんだけれど、人を転がすことを競技にしないでほしい。ライラも解説してないで止めてほしい。
「で、なんかあったの?フェイ様、今、何かやってらっしゃるんでしょ?」
「あ、うん。ええと、それで材料、取りに来たんだ」
「へえ。描いて出せない奴?」
「うん。描かなくてももう、持ってる奴だから」
僕は馬達にお願いして下ろしてもらって、家に帰る。そこで少し探せば……すぐに見つかった!
「……うわ、何それ。綺麗ね」
「馬の角の欠片。この森に来たばかりの頃、馬達に治療の御礼に貰ったやつ」
馬達にも見えるように、手に持った馬の角の欠片をちょっと掲げる。すると馬達は『あー確かにあげたわ』みたいな顔をした。うん。そうだよ。僕、天馬の羽と一角獣の角の欠片、貰ったんだよ。
「一角獣の角が部品に必要なんだってさ」
「へえ……とんでもない材料を要求してくんのね、それ」
う、うん。フェイも言ってたけれど……そっか。馬の角は、貴重。馬の角は、貴重。この森に居ると忘れそうになってしまうから気を付けなければ。
「ということで、使わせてもらうけれど、いい?」
生産元の許可は得た方がいいよな、と思って、一応、馬達に聞いてみる。すると馬達は『好きにすればー?』とでも言いたげな様子で興味なさげに尻尾をフラフラさせつつ無関心のポーズだ。うん。とりあえず許可はくれるらしい。ありがとう。
「じゃあ早速届けてくる」
それでは早速、フェイに角の欠片を届けよう。そうしたらいよいよ、翻訳機の完成だ!
「今晩は早めに帰ってきなさいよね。じゃなきゃあんた、また馬に転がされるわよ」
あ、はい。それは気を付けます。
そして、レッドガルド家にまたお邪魔して、フェイに馬の角の欠片を渡して、また必要な部品を描いて出して……とやっていたら、遂に。
「よし!できたぜ!」
遂にフェイは、翻訳機の修理を終えた!
……ちなみに、修理終了までに、僕、原本のレプリカを5個ぐらい作っている。フェイのうっかりで駄目にしてしまった奴が2つと、あとは部品を取るために必要だった奴が3つ。……後者みたいな事情もあるから、僕、描いたものを実体化できてよかったと思うよ。描けさえすれば、それが古代のオーパーツだったとしても、複製して部品を作ることができる。
「まあ、全部を直すのは無理だったけどな!残念ながら直ったのはモノクルの部分だけだ!だが、本を読むだけならこれでいけるはずだぜ!よし!トウゴ、着けてみろ!」
フェイはそう言いながら僕の頭に翻訳機をつけて、庭のガラクタの山を見せてくる。
……すると。
「あっ」
掠れたりすることもなく、はっきりと。それでいて、視界の邪魔にならないように、半透明に。……そこに、文字が表示される。
『書籍類』と。そう、箱には書いてあるらしい。
ガラクタの中にある文字を眺めていたら、『食器類』とか『武具』とか、色々と書かれた箱がいくつか見つかった。すごい。本当に、よく分からない文字が読めるようになった……!
「読めるか!?」
「うん!すごい!読める!」
「これ使えばあの本も読めるよな!?な!?」
「うん!きっと読める!」
「なら行くぞトウゴ!」
「うん!」
すっかり興奮気味のフェイと僕は、早速、森へ向かって旅立ち始め……。
「こらこら」
そこで、僕らはローゼスさんに後ろから襟を掴まれて、引き留められてしまった。
「せめて食事を摂ってからにしなさい。全く、トウゴ君どころか、フェイまで食事を忘れるとはなあ……」
……あ、フェイが気まずげな顔をしている。貴重だ!描こう!
「それから、それを私にも貸してくれないか?使ってみたい」
お兄さんも描こう!
「父さんにも貸してくれないか?気になってしょうがない」
……よし!レッドガルド家全員、描こう!
ご飯をご馳走になって、レッドガルド家の皆さんが翻訳機越しに謎の文字を見てはしゃぐのを描かせてもらって、体も心も満腹。大満足。
それから僕は、フェイが完成させた翻訳機を描いて増やす。これで同時に本を読める!
そうして僕らはそれぞれに翻訳機を装備して、謎の言葉の本を読み始める。
一体、何が書いてあるのかな。ちょっと、最初の単語を幾らか読んで……。
うん。とりあえず、『残尿感』とかは無い!よし。読むぞ!