12話:月の光を集めて*3
期待しながら、聞いてみた。
もし、龍が他のドラゴン……レネ達のことも知っているなら、魔王のことが分かるかもしれないし、夜の国へもう一度行くとっかかりになるかもしれない。
そうなれば、もしかすると、色々と解決できる可能性も、ある。
魔王にこっちの世界を襲わないでもらえれば、こっちの王家や勇者の問題は解決。レッドガルド領も安泰。
レネ達が困っていることも、詳しく分かれば解決できるかもしれないし、そうなったら……もしかしたら、その、夜の国とこっちと、自由に行き来できるようになったりして……うん。いいんじゃないかな。
うん。そうなったら、異文化交流のスタートだ。きっと楽しい。互いに互いが持っている技術や文化で、相手の問題を解決したり、助け合ったり、より良いものが生まれたりするかもしれないし、そもそも、夜の国は綺麗なものがいっぱいの国だった!もっとゆっくり見て回って、たくさん描きたい!ゆっくり描きたい!もっと描きたい!
……と、思ったのだけれど。
龍は『何を言っているんだこいつは』みたいな顔をしているばかりだ。え、ええと……。
「……その、他の龍とかドラゴンの知り合い、居る?」
念のため、もう一度聞いてみたら……龍は湖の水を少し浮かべて、それで器用に絵を描いた。
……うん。ドラゴンと、フェイ。うん。多分、フェイだと思うよ。特徴をよく掴んでるし。レッドドラゴンの方も結構特徴が掴めてて、無色の水で描かれていても分かるというか。この龍、案外、絵が上手いんだなあ……。
「成程。フェイのレッドドラゴンだけが知り合い、と」
龍は呆れたように頷いた。うん。まあ、そうか。
よくよく考えたらこの龍……僕が描いて出した奴だから、知り合いも何も無いんだった!
「いい案だと思ったんだけれどな」
「そう落ち込むな」
その後、『起きました』の報告を受けて様子を見に来てくれたラオクレスに龍とのやりとりの話をしてみたら、何とも言えない顔で慰められた。
「いっそのこと、野良のドラゴンを探しに行って……」
「そう早まるな」
ラオクレスに呆れたようにそう言われてしまったけれど、それでも、なんとなく、気分は急く。
「……何か、急ぐ事情があるのか」
「え?」
急にラオクレスに言い当てられてしまって、少し驚いた。
「夜の国や魔王について、お前は随分と知りたがっているように見える」
……うん。まあ、知りたいよ。
事情が知りたい。夜の国にいる間、ずっと、色々とよく分からないままだったし、今もよく分かってないから落ち着かない、っていうか、その、知らないと色々とまずそうだし……。
「それは当然のことじゃないかな。魔王のことって、今、この世界で一二を争うくらいの大ごとだと思う。この世界の平和の為にも……」
「それにしても、だ」
色々と、思いつくことはあるのだけれど、ラオクレスは僕よりも僕の内面を見ているみたいだ。
冬の朝の太陽の光みたいな色の目が、じっと僕を見る。
「……この世界のこともそうだが、それ以上に、夜の国の為に、知りたがっているように見えるな」
……言われて、すとん、と納得した。
そっか。僕、魔王がこの世界を侵略するとか、王家がこんがらがって大変とか、勇者が見つからないとか、そういう話も気になるけれど、それ以上に……夜の国が、魔王と一緒に封印されてしまうのが、嫌、なのか。
魔王と一緒に夜の国とも戦わなきゃならないなら、お世話になった人達とも戦わなきゃならない。
折角会えた不思議な友達は、きっと、魔王を封印してしまったら、もう二度と会えない。
あの綺麗な世界も、二度と見られない。もう描けない。
……僕、それがすごく嫌みたいだ。
「……多分、僕、戦いたくないから、夜の国とか魔王について、知りたい」
「そうか」
「原因が分かれば、争う必要なんて無いのかもしれない。夜の国を魔王と一緒に封印する必要もないのかも、しれないし……」
言いながら、怒られるかなあ、と、ちょっと心配になる。
僕はこの世界の人間じゃない。だから、昼の国側への愛着なんて、たかが知れてる。皆、僕なんかよりずっとずっと、この世界を愛してる。
だから……夜の国の肩を持つみたいで、その、少し、後ろめたい、というか……。
「お前らしいな」
けれど、ラオクレスはそう言って、僕の頭をわしわし撫でた。ラオクレスにしては遠慮が無い撫で方だ。びっくりした。
「……怒らない?」
「怒るものか。……戦いなど、虚しいだけだ。殺さなくていい相手は殺さないに越したことはない。ましてやその相手が、お前と心を通わせることができる相手なら、尚更だ」
……うん。
「まあ、焦る気持ちは分かる。だが、今、アンジェと妖精達が本を読解している。それを待て」
「うん」
「それに、まだレッドドラゴンと例の鳥は庭を掘り返しているらしい」
あ、まだやってたんだ……。あの鳥、目的は何なんだろう。本が目的だったような気がするのだけれど、それにしても長引いているというか、もう本は出てきたんだからやめればいいのに……あ、もしかして、単純に掘るのが楽しくなってるっていうだけ?うーん、あの鳥ならあり得る。
「何か出てきたら話はまた変わるかもしれんからな。まあ、当面の間、お前は休め。魔力切れ上がりだろう」
うん。まあ、寝ていたのは今回、2日半だったみたいだけれど。でも、まあ、安静にしておくに越したことはないか。
「……ところで、トウゴ。お前は魔力切れになる前、言っていたな」
「うん?」
なんだっけな、と思いながら、記憶を手繰る。僕、魔力切れの前に何か言ったっけ。
思い出せなくて、なんだっけ、という気持ちを込めてラオクレスを見上げる。
すると、ラオクレスは少し眉をひそめて、真っ直ぐ僕を見つめて、真剣な顔で……聞いてきた。
「『ここ掘れきょんきょん』とは、なんだ」
大笑いしてしまったけれど許してほしい。説明はしたから。
うん。いや、だって、ラオクレスがここ掘れキョンキョン……。
……あ、これ、思い出しちゃ駄目だ。当面の間、思い出すだけで笑える奴だ……。
僕はようやく、森の家に帰ってきた。
僕としてはこの森の一部に戻ってきた時点で自分に帰ってきたような安心感があるからいいのだけれど……馬達は、実際に僕を見て初めて、安心したらしい。
「た、ただいま」
馬達はものすごくガッチリと、僕を包囲してきた。
馬の包囲を受けつつ一応挨拶してみたら、一角獣の一頭が、僕を角でひょいと持ち上げて、そこら辺に居た天馬の背中に乗せてしまった。あれっ。
そしてそのまま、僕は馬から馬へと渡されて、延々と馬の上を転がされている。な、なんだこれ。
「あら。おかえり、トウゴ」
「ただいま。ライラ。ねえ、これ、何だろうか……」
そこへライラが通りがかったので、僕の現状について聞いてみる。……するとライラは、明らかに面白がっている顔で答えてくれた。
「諦めなさいよ。あんたが随分と留守にしてたもんだから、この子達、随分寂しがってたのよ」
あ、そうなのか。そっか。馬達にはリアンが付いていてくれているけれど、僕のことも大事に思ってくれているっていうのは、嬉しいな。
「で、ええと、それがどうしてこれに……」
……けれど、延々と馬の背中を行ったり来たり転がされているのはちょっと困る。
「あははは!だから、馬達はあんたがどっか行っちゃわないように、あんたを転がしてるのよ!本当に賢い子達よね!」
うん。馬達は賢い。すごく。……けれど、だからといって僕を転がし続けるのはちょっと勘弁してほしい!
「ま、いいじゃないのよ。帰ってきてすぐ魔力切れになって龍の湖に運ばれちゃったのはまあしょうがないとしても、それだってこの子達、随分とあんたのこと待ってたんだからさ。こうやってやきもち焼かれたってしょうがないわ」
あ、うん……。そ、そっか。ご心配をおかけしました。
そうか……ええと、じゃあ、うん。僕、もうしばらく、馬から馬へと転がされ続けていようと思う。うん……。あ、馬の上、ふりゃー……。
その内、リアンとアンジェとカーネリアちゃんも戻ってきて、僕を見つけて『おかえりー!』とやってくれた。うん。ただいま。
そこでリアンが馬達を宥めてくれたので、僕は数十分ぶりに地面に下りることができた。ありがとう。
でも『魔力切れで寝てるとこ見た時は、ああ、トウゴって精霊様なんだな、って思ったけど、馬に転がされてるとトウゴっぽくて安心する』っていう言葉にはちょっと疑問を呈したい。
……それから僕らは妖精達の試作らしいクレープをおやつに食べながら、色々と話すことになった。
「トウゴが居ねえ間、大変だったんだからな?主に馬が」
「馬が?」
「落ち着かなかったの。トウゴおにいちゃんが居ないの、寂しかったみたい」
……そっか。それはやっぱり、申し訳なかったなあ、と思う。今も家の窓から馬が覗いては僕がそこに居ることを確認している。居なくならないように見張ってるんだろうなあ、あれは……。
「妖精さんも、精霊さまがさらわれてしまった、って、泣いてたのよ」
「そ、そっかあ……うん、ごめんね、心配かけて」
どうやら、馬も妖精も不安にさせてしまったらしい。そしてその時の不安な気持ちを思い出してしまったらしいアンジェが目に涙を浮かべ始めるので、僕は慌ててアンジェにハンカチを渡す。
「トウゴ!もう居なくなっちゃ駄目よ!ちゃんとどこに居るのか分かるようにしてちょうだいね!私だってアンジェだってリアンだって、寂しかったわ!」
「いや、俺は……」
「そっか。うん。ごめんね」
リアンは『別に俺は寂しくなかったけれど』みたいな顔をしていたけれど、アンジェとカーネリアちゃんが揃って『寂しかったわ!』ってやっているので、その波に負けている。うん。まあ、君はそういう奴だよね。
「それに、トウゴ宛の手紙、結構溜まってるからな?多分、絵の依頼じゃねえの?」
「ああー……そっか。じゃあ、当面はそっちで……」
まあ、やることがある以上、待たなきゃいけないよな。ラオクレスが言ってた通り、妖精の読解か鳥のここ掘れキョンキョンを待つということで……。
「……落ち着かないなあ」
「全く。ちょっとっくらい大人しくしてればいいのに」
そこへ、クレープのお代わりを持ってきたライラが呆れたような顔をしつつ、口を挟んでくる。しょうがないだろ、気は急くんだから……。うん。こればっかりは、落ち着こうと思って落ち着けるものでもない。
王家の人達がすぐに何かをやって夜の国を封印してしまうとは思わないけれど、どこかで生まれた野良の勇者の人がそれをやってしまわないとも限らないし、そもそも、魔王はこっちを攻撃しに来るみたいだし、またあの時みたいに結界耐久数時間、みたいなのが起こるのは辛いし……やっぱり夜の国の人達が心配だし。
「……ま、気持ちは分かるけどさ」
ライラはそう言って、ため息交じりに席に着いた。
「あんたのスケッチブック、見せてもらったの」
「えっ」
「風景画はあんまり多くなかったけど、結構色々描いてあったし……あれ見たら、私だって思うもん。『ああ、この景色、見て描いてみたい』って」
……そっか。
ライラがそう言ってくれるのが、すごく、嬉しい。
僕が見て美しいと思ったものを『見て描いてみたい』って言ってくれるのが嬉しいし、僕の絵がライラにそれを言わせたっていうのも、すごく、すごく嬉しい。
「だからでしょ?あんたが焦ってるのってさ」
「……うん。多分」
ライラは『でしょうね』とでも言いたげな顔で頷いて……それから、ふと、ちょっと唇を尖らせた。
「……それからさ。すごく可愛い子、描いてあったわよね」
可愛い子?……あ、レネのことかな。
うん。レネは、可愛い……可愛い?ええと、綺麗だとは思ったけれど、あれ、そもそもレネって、結局、男だったんだろうか。それとも女の子……?
「あの子、誰?あっ、もしかして向こうでできた恋人だったりとか?」
「ち、違うよ」
恋人じゃないよ!友達だよ!……い、いや、友達?友達、って言ってもいいんだろうか?
フェイの定義を借りれば、『一緒に死線を潜り抜けて、お互いに助け合えて、気が合って馬が合えば、身分も世界の違いも関係無く親友』って事になるから、友達って言っても、許されるかな……?
……考えていたら、ライラは興味深そうに僕の顔を覗き込んでいた。な、なんだよ。
「……あの子の為にも焦ってるんでしょ?」
「え、あ、うーん……うん」
「何よ、煮え切らないな。好きな子の為なら思い切りなさいよ」
ライラは何か勘違いしているらしいんだけれど、あの、そもそも、レネは……。
「いや、本当にレネはそういうのじゃなくて……そもそも男か女の子かも分からないし」
「えっ」
うん。僕、レネの正体、よく分かってないし……。
「……この可愛さで男、って、あり得る……?」
「ええ……」
「あ、でも、トウゴみたいなふわふわは実在するのよね。じゃあ、この子も、男……?ううー……類は友を呼ぶ理論なら、あり得るのよね……」
「あの、ライラ……」
「事実、トウゴはふわふわ……」
……うん。
なんか、すごく、失礼なことを言われている気がする。遺憾のい。不満のふ。
その日はのんびり過ごして、翌日から僕は依頼の絵を描き始めた。
すっかり溜まってしまった依頼だけれど、魔法画を覚えてからは割とさくさく仕事が片付く。それに、仕事とは言っても絵だから。うーん、楽しい。
……そうして依頼の中にあった『妖精の絵』を描くべく、僕は、アンジェと一緒に妖精達の花畑を訪ねていたのだけれど。
「妖精達も流石に、あれは読めない、のかな」
妖精達は花畑の傍の切り株(ラオクレスが作った奴)の上に本を広げて、ああでもない、こうでもない、と首を捻っている。
多分、あの本がフェイの言っていた『鳥とレッドドラゴンが発掘した読めない本』だと思う。あの様子だと、妖精にもあの本は読めないみたいだ。
「うん……フェイおにいちゃんから借りてきたご本ね。妖精さんたち、読めないね、読めないね、ってみんなでやってるの……」
やっぱりこっち、駄目っぽいのか。そっか。うーん、妖精も読めないとなると、いよいよあの本、誰にも読めないんじゃないかな……。
「ちなみにアンジェは?あれ、読める?」
「ううん……よく分からないの」
そっか。まあ、アンジェは普通の人間の子だし、当たり前か。うーん……。
「……でも、頑張ってるね」
「そうなの」
妖精達は僕が描いている間もずっと、ああでもないこうでもない、と頑張っている。うーん……ということは、全く読めない、っていうわけでもない、のかな?全く読めなかったらああいう議論にはならないと思う。
「ということは、ちょっとずつ、読めてる、のかな……?」
「……いまのところ、ぜんぜん、だって」
「あ、そうなんだ……」
うーん……期待薄、かもしれない。
それから次の日。僕は約束の保管庫を出しに、レッドガルド家の裏手に来た。魔力切れから丸1日以上経ってるから、もう、大きめの建物を出したって大丈夫だろう。
……そう思って向かった、画廊の横では。
「……まだ掘ってる」
鳥が、穴に首を突っ込んで、尾羽をもぞもぞ振っていた。ああ、既視感……。
「おー……トウゴ、よく来たなあ……」
フェイがすっかり疲れたような顔で僕を出迎えてくれる。その横ではフェイのお父さんが『いやあ、随分掘ってるなあ!』と豪快に笑っていて、更に横ではフェイのお兄さんが『この穴を埋め戻すのは大変そうだ。ならいっそこの穴を何かに利用できないだろうか……?』と冷静に考えている。うん、ええと、うちの鳥がすみません……。
「なあ、トウゴぉ、あの鳥、何がしたくてこんなことしてるんだ?」
「さあ……」
フェイが途方に暮れたような顔をしているけれど、いや、僕だって聞きたいよ。この鳥の考えてること、本当に聞きたい……。
いや、この鳥のことだから、何も考えていない、というのも十分にあり得る……!
どこに保管庫を建てようか、という話をしていたのだけれど、『どこを鳥達が掘り返すか分からないから当面は保留』ということになってしまった。うん、まあ、そうだよね……。重ね重ね、うちの鳥がすみません……。
僕らはそうして、ただただ、鳥とレッドドラゴンが地面を掘り返したり、時々もそもそと地面の中へもぐりこんでいったり、そこから何かを持ち帰ってきてはガラクタの山を増やしたりしているのを眺めて……。
……そんな時だった。
キョキョン!と、一際大きな鳴き声が地下から響く。うるさい。
それから、すごい勢いで鳥がもぞもぞもぞ!と穴から出てきて、すぽん、と顔を出して……そのくちばしに咥えたものを僕に見せびらかした。
……うん。
「あの、これ、何……?」
金属線や魔石らしいもの、不思議な材質の板やそれに掘り込まれた模様、なんかは分かる。
形状としては、ええと……カチューシャ?いや、片耳だけのヘッドホン、みたいな奴に、不思議な色のレンズが嵌まったモノクルみたいな奴がくっついていて、それらには複雑な装飾がついていたり、模様が彫り込まれていたりして……更に、くるん、と尻尾みたいな金属線と飾りが伸びていて……。
ええと、あの、これ、なんだろうか。
……鳥はすっかり土まみれになった体で大きく大きく胸を張って、キョキョン、と自慢げに鳴いた。
どうやらこの鳥、これを探していたらしい。
鳥は誇らしげに出土品を見せびらかし終えて……それを、僕の頭に、乗せた。