11話:月の光を集めて*2
「……そっか。レッドドラゴンと鳥とでここ掘れキョンキョンしてたのか。そっか」
「何だ、ここ掘れきょんきょんとは」
……事情を聞いてみたら、まあ……『鳥とレッドドラゴンは僕が攫われた後、急にレッドガルド家の庭を掘り返し始めた』らしい。うん。よく分からない。
「さっきの本は、ここから出てきたんだ。さっきみたいに箱に入ってな。ただ……」
「ほとんどガラクタばっかり出てくるのよねえ……」
フェイはそっと、錆びたナイフをガラクタ置き場に積み重ねた。うん。まあ、ガラクタだよね。
「古びて使えねえ服とかナイフとか……結構、武具が多いかな。それから装飾品っぽいのとか、魔石っぽいのとか。ガラスの欠片とか、よくわからん薬、瓶、壺とか皿とか……あと、読めねえ本は数冊あったな。妖精が会議開いてたから、そっちは読め次第、アンジェを通じて翻訳、ってことで頼んである」
つまり、さっきの情報、全部、ここ掘れキョンキョン産の本から来た情報なのか。な、なんだかなあ……。
「で、だ。トウゴ。……一応、これ、レッドガルド家の土地の地下から出てきてるわけだ」
「うん」
「つまり、割と、由緒正しい何かである可能性が高い」
「うん」
僕が返事をしていると、フェイは頭の痛そうな顔で……言った。
「なのでこれら全部、よく分からねえもんも含めて、保管することになったんだけどよお……」
そっか。これ全部、保管するのか。大変だなあ。
……うん。よし。分かったぞ。
「……保管庫、建てる?」
「おー、助かるぜ、トウゴぉ……。いや、ほんと悪ぃな、戻ってきて早々……」
「ううん、いいよ。役に立てるなら嬉しいし、建物描くの楽しいし」
こういう時こそ、僕の本領発揮。早速、保管庫の下描きを始める。内装は棚が沢山あるかんじにして、窓は無くして、埃が入らないようにして……。
「……分かっているとは思うが、寝て起きてからにしておけ」
あ、スケッチブックをラオクレスに、ひょい、と後ろから取り上げられてしまった。
「そうね。トウゴ君、もう寝た方がいいわ。魔力を大分使ったように見えるし……」
そういえばそうだった。ちび太陽を出したから魔力切れ寸前なんだった。危ない危ない。じゃあ、保管庫作りはまた明日以降、っていうことで……。
「……あれ」
そんな時、ガラクタの山からころん、と何かが転がり落ちた。
「うおっ、あぶねえあぶねえ!ちゃんとしたとこに置かねえとなあ……」
それは、さっきフェイが乗せた、錆びたナイフだ。うん。危ない危ない。
……ただ、そのナイフを見ていて、僕は……その、ちょっと、変な気分になる。
「あ……あれ?」
「ん?どうした、トウゴ」
フェイに不思議がられつつ、僕は錆びたナイフを拾って、眺める。
錆びている。すごく錆びている。けれど、原型が分からなくなるほどじゃない。
特に、柄の金の細工は綺麗にそのまま残っていて、それを、見て、僕は……。
「……これ、見た事ある」
「えっ!?お前、地面の中、潜ったのか!?」
いや、そうじゃなくて。そうじゃなくて……ええと。
「多分、これ、初代レッドガルドさんの奴だよ」
僕の中で森がわさわさ揺れている。懐かしい。懐かしい!これ、あの人のものだ!
「初代、って……えーと、つまり、ご先祖様の、か?」
「うん。そうだと思う。懐かしいなあ……」
「いやいやいやいや、待て待て待て待て、おい、トウゴ。トーウーゴー。戻ってこーい、戻ってこーい!お前は森じゃなくてトウゴだ!トウゴ!」
フェイにゆさゆさ揺すられて、ちょっと気分が戻ってきた。あ、そうだった。僕は僕だった。でも森。
「……で、えーと、これ、初代の奴だって?」
「うん。間違いないよ。見た事ある」
「無いからな?お前は見たこと無いからな?大丈夫か?」
あ、いや、分かるんだけどさ。分かってはいるんだけれど……いや、でも、記憶というか、感覚というか、そういうもので分かってしまうものだから、つい。
「ってことは、この本とかも、ご先祖様の奴、ってことか……?」
「かもしれない。ええと、こっちの本とかには見覚え、無いけれど……」
「見覚えがあっちゃあ困るんだよなあ……」
うん。ちょっと本をぱらぱら捲ってみるけれど、特に記憶に無い。僕の記憶は森の記憶だから、森で見たことがない、っていうことなんだとは思うけれどさ。
「じゃあ、読めない奴も初代レッドガルドの本なのかもなあ……うーん、古代語でも無かったみたいだし、ほんと分かんねえけど」
そっか。でも僕も、初代レッドガルドがどういう言語を使っていたかなんて分からないから、そこは何とも言えない。……森には、ほら、言葉とか、無いから。だから、内容は分かっても、それがどういう言葉だったかは分からないんだよな。ちょっと不便だ。
初代レッドガルドさんのものらしい品々が鳥とレッドドラゴンによって発掘されていくのを眺めつつ、僕はふと、眠気を感じた。
「おい、大丈夫か」
「うん……」
……あ、眠くなってきた。駄目だこれ。魔力切れっぽい。
やっぱりちび太陽が効いたのかな。うーん、それとも、単に疲れた……?
「……トウゴ君、眠そうね」
「うん……」
駄目だ。起きてられない。段々意識が溶けていくみたいになって、眠く……。
「……どれぐらい魔力切れになりそうなんだ」
「門の時よりはずっと軽いよ。多分、3日以内には、起きる……うまくいけば明日の朝には……」
もう少しやり取りしていたかったのだけれど、あ、だ、駄目だ。眠い。ねむい……。
僕がうとうとしてきたら、途端、シュッ、と鳥が俊敏にやってきて、僕を羽毛に埋もれさせてきた。
あ、ふわふわでふりゃふりゃだ。うん。ふりゃー……。
多分、この鳥のことだから、僕が寝たらレッドドラゴンあたりと連携しつつ、森まで運んでくれると思う。うん。じゃあ、あとは任せて……。
……3日以内で起きられますように。
……起きたら、水晶の湖だった。
「あ、おはよう……」
当然のように、龍が僕をじっと見ていた。ちょっと呆れたような、じっとりとした目をこちらに向けている気がする。な、なんだろう……。
「僕、どれぐらい寝てたんだろうか」
多分、そんなには経っていないだろうな、というのはなんとなく、体の感覚で分かる。ちょっと寝すぎた時ぐらいの体のかんじだから。……10日以上寝てしまうと、まず、体が重くて動かないところから始まるから。うん。自力でそれなりに普通に動けるから、今回は多分、セーフ。
ただ、龍はちょっと不機嫌そうだ。さっきから髭を使って、僕のシャツのボタンを外している。ちょ、ちょっとまって。脱がさないで!
慌てて逃げようとしたら、ぐい、と尻尾で捕まえられて、そのまままたシャツのボタンを外され始める。更にはズボンのベルトにも髭が伸び始めるので、流石にちょっと鼻面を押さえて止めさせてもらった。
「ど、どうしたの?何かあった?」
今までこんなこと無かったぞ、と思いつつ龍に聞いてみると、龍はちょっと不機嫌そうに、僕のポケットをつついた。
……あ。
「もしかして、これ?」
そこにはレネの鱗が入っている。取り出してみるとそれは相変わらず星空の欠片みたいにきらきらして、すごく綺麗だった。
……ただ、レネの鱗を見つめる龍は、やっぱりちょっと不機嫌そうだ。
「ええと……もしかして、やきもち焼いてる?」
聞いてみたら……龍は、ふん、と鼻息も荒く……僕を掴んで、投げ飛ばした!
それから僕は湖の中に投げ込まれて、冬の終わりの水の中にしては妙に温かいそこで揉みくちゃにされて、全身を洗われて……そして引き上げられて、龍に匂いを嗅がれて、それから満足気に頷かれて、そして一瞬で水気を飛ばされてふんわり乾かされた。
な、なんだったんだ……。
「ねえ、シャツも乾かしてよ」
脱がされる前に水の中に放り込まれた上、水の中で器用に水を操って脱がされてしまった僕の服一式は、見事にずぶ濡れだ。これをもう一度着る気にはなれない。けれど何も着ないで居るのも嫌だ。
……けれど龍は『洗ってやった上に乾かしてやったんだから文句なんて受け付けない』みたいな顔をしている。シャツを乾かしてくれる気は無さそうだ。こいつめ……。
龍の狙いは何となく分かる。狙い通りにするのはちょっと癪なのだけれど、多分、僕が起きるまでに魔力を分けてくれたりしていたのだろうし、僕が目覚めるまでは洗うのを待っていてくれたんだから……しょうがない。
「これでいい?」
その場で描いて出した着物を着ると、龍は途端に嬉しそうに尻尾をぱたぱた振りつつ、僕をくるんと巻いてとぐろの中にしまって、嬉しそうにし始めた。現金だなあ……。
……そうして僕はとりあえず鳳凰に頼んで『今起きました』の報告をラオクレス達に届けてもらいつつ、龍のご機嫌斜めについて考えることにした。
いや、確かにこの龍、自分勝手だし、何かと僕をいじめてくる奴なのだけれど、でも……今回のは何となく、理由が分かる、んだよな。
「あの、やっぱり匂いが気になった?」
僕が聞いてみると、龍は鷹揚に頷いた。ああ、やっぱり。
……いや、多分、臭かった、っていう話じゃないと思う。多分。レネの所でお風呂は毎日入っていたし、魔力切れになっている間は代謝の類、止まってるみたいだし。
だから多分、この龍が言っているのは……夜の国の魔力、とか、レネや他のドラゴンの気配、とか、そういうことなんじゃないかな。
懐にしまってあるレネの鱗を取り出して眺めていると、龍はまたちょっと不機嫌そうな顔になった。あ、やっぱり他のドラゴンは嫌なのかな。その割にフェイのレッドドラゴンについては特に嫌がる様子、無いけれど……あ、そっか。あのレッドドラゴンはフェイと僕の血でできてるやつだった。そっか。だからレッドドラゴンは嫌じゃなくて、レネは嫌なのかな?
「……他のドラゴンの匂いがするのが嫌なの?」
一応、確認してみたら、龍はそうだと言わんばかりに頷いて……それから、龍の体の一部から、剥がれかかっていた鱗を1枚取ると、僕に、ずい、と押し付けてきた。
「え、あ、く、くれるの?」
龍の鱗は透き通ってほとんど透明だ。薄くて、でもすごく硬い。レネの鱗と同じくらいの大きさだけれど、レネの奴よりもカクカクした形をしている。うん。個性が出てるね。
「失くさないように加工しようかな」
龍の鱗もレネの鱗も、そのままだと失くしてしまいそうだし、ちょっと加工してみてもいいかもしれない。でも、なんとなく穴を開けるのは抵抗がある。じゃあ縁取りして紐を通せるようにするとかかな。うーん、どうしようかな。
……そうして龍のやきもち焼きが一通り収まって、でもまだ放してはもらえない、という状況になった。
動けないのでしょうがない。ぼんやりと青空を見上げていたら、なんとなくレネのことが気になってきた。
レネ、あの後大丈夫だっただろうか。あの灰色ドラゴンはレネには攻撃を当てないように気を付けていたから、レネが酷い目に遭うようなことは無い、とは思うし、レネにはタルクさんも付いているから大丈夫だとは思うのだけれど……。
でも、怒られる、ぐらいはあるだろうし、降格とか、軟禁とか、そういう処罰はあるかもしれないし。
それに……多分、レネは本当は、僕を餌にして青空の木にやらなきゃいけなかったんだ。
本当だったら多分、もっと大きな太陽が実るはずだったんじゃないかな。
フェイが本から知った内容によれば、『魔王は光を食べてしまう』らしいし、だとすると、大きめの太陽が生まれないと、レネ達の分まで光を食べられてしまって、夜の国の人達全員、困ってしまうんじゃないだろうか。
うーん……。
「レネ、大丈夫かなあ……」
ふとぼやいたら、途端に龍が僕のお腹を尻尾で軽く叩いてきた。い、いつものやつだ!
ただ、龍としてもそこまで僕をいじめる気は無いらしくて、僕が慌て始めたらすぐ、引っ込めてくれた。うう、よかった……。
「……他のドラゴンのこと考えちゃ駄目、って?」
ちょっとそれはないんじゃないのか、と思いつつ龍を見てみたら、龍は何とも言えない顔でそっぽを向いてしまった。大人げなかったかな、って反省してるのかな。そういうかんじ。
それにしても、そっか。龍もドラゴンだからか、他のドラゴンのことが分かるんだな。それで、ちょっと縄張り意識というか、そういうのがある、と。
……うん。そっか。
「ねえ」
試しに、龍に聞いてみる。
「他のドラゴンのこと、何か知ってる?この鱗のドラゴンのこととか」
……こいつ、何か知ってるかもしれない。
例えば、レネにもう一度会いに行く方法とか。