表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日も絵に描いた餅が美味い  作者: もちもち物質
第一章:僕は死んでも描くのをやめない
19/555

19話:緋色の竜*6

 その日から僕は本気でリハビリに取り組んだ。体を動かせるようになって、指先を、腕を……つまり、筆を思った通りに動かせるようになるまで、必死に体を動かす。多分、人生の中で一二を争うくらい一生懸命体を動かした。

「おいおいおい、あんまり無理すんなよ?お前、10日も寝たきりだったんだぜ?」

「うん」

「あんま無理すんなって。森に早く帰りたい気持ちは分かるけどよ……」

「うん。早く描きたいから」

「……あ、そっちか」

 早く描きたい。この人を描きたい。治せるかは分からないけれど、それでも、怪我をしていない、元気な状態のレッドガルドさんを描きたい。描くことでなんとかなることがあるのなら、描きたい。

 ……僕がそう思いながら、体を動かしていると。

「はぇー……お前、本当に絵、描くの好きなんだなあ」

 レッドガルドさんは、そう言って感心したみたいにため息を吐いた。

 ……そうか。

 うん。僕は、本当に、絵を描くのが、好き。

 絵が実体化するのも、絵が実体に反映されるのも、居ないはずの生き物を生み出してしまえるのも、全部置いておいても……うん。好きだ。

 好きなんだ。僕は、絵を描くのが。そうだった。思い出した。

「……うん」

 僕が頷いて答えると、レッドガルドさんは……。

「おお、トウゴが笑った!」

 そう言って、なんだか嬉しそうにするのだ。

「お前、いっつもそういう顔してろよ。いつものむすっとした奴じゃなくてさあ」

 むすっとしてるだろうか。あんまり自覚はない。けど……うん、まあ、これからも好きなだけ好きなように絵を描いていていいのなら、多分、僕は『そういう顔』ばっかりになってしまうだろう。きっと。




 それから体が戻ってきて、僕は絵が描ける体調になった。

 そこで一度、レッドガルドさんと一緒に森へ帰ることにした。僕の画材を取りに帰るためだ。

「よし。じゃあお前はそっちな」

 ……そして僕は早速、困っている。

「あの……これ、何?」

「ん?俺の召喚獣だ」

 僕の目の前には、炎でできた狼がいる。


 狼は僕よりも大きい。そして、レッドガルドさんはもう1頭の方に乗っている。……狼に乗っている。

「ああ、大丈夫だぜ。こいつら俺が乗っても普通に走れる。トウゴはどう見ても俺より軽いし、心配要らねえよ。大体こいつら、火の精だからな」

 熱くないのかな、と思いながら、そっと、炎の狼の背中に触れてみる。

 ……ふわ、と、毛皮じゃなくて、もっと軽い何かの感触がした。それから、あったかい。

「そいつらにはトウゴのことはちゃーんと言って聞かせてあるからな。大丈夫だ」

「……うん」

 僕は思い切って、炎の狼の上に乗らせてもらった。

 すると、思っていたよりもずっとしっくり乗ることができたのだ。……どうやら火の精が、僕に合わせて形を変えてくれているらしい。道理でジャストフィットするわけだよ。

「よし!じゃあ、あんまり飛ばすわけにもいかねえけど、のんびりいこうぜ。のんびり」

 そして僕が炎の狼に乗るや否や、レッドガルドさんがそう言うと……狼2頭は、すごい速度で走り出した。




 2時間ぐらいで森についた。

 ……多分、『あんまり飛ばすわけにもいかねえ』速度だったんだろうな。でも僕には速すぎたよ。うん、ちょっと、ちょっと疲れた……。

「お。お前ら久しぶりだな!」

 そして、森の家に着いたら、そこには……馬が沢山居た。一角獣も天馬も、皆で僕に寄ってくる。

「ほら、約束通りだ!ちゃんとトウゴは連れて帰ってきたぜ!」

 レッドガルドさんがそう言うと、天馬が彼を羽でぱたぱた撫でていった。多分あれは、『よくやった』みたいなかんじだ。

「ただいま」

 僕も馬達に挨拶すると、馬達はますます僕に寄ってきた。……ぎゅうぎゅう押されてちょっと苦しい。あと、羽や尻尾でくすぐられて、ちょっとくすぐったい。

「おー、大人気だなあ、トウゴ」

「んー……ちょっと退いて。画材、取ってきたいんだ」

 とりあえず馬達にはなんとか退いてもらって、僕は家の方に戻る。画材が入った鞄を持って戻ってくると……そこでまた馬に囲まれる。

「あの、ちょっと」

 僕が抗議の声を上げても、馬は退いてくれない。全然、退いてくれない。しかも、森の奥の方からどんどん馬がやってきて、僕らの周りを囲んでしまった。

 どうしよう。これだと動けない。

「……これ、もしかしてうちに戻れねえやつ?」

「うん……」

 ……どうやら、僕とレッドガルドさんは、レッドガルドさんのお家に帰してもらえないらしい。


 仕方が無いので、ここでレッドガルドさんの絵を描くことにした。

 レッドガルドさんには申し訳なかったんだけれど、彼も笑って許してくれた。『ここでまたトウゴを連れて帰ったら、ペガサスとユニコーン達が今度こそ怒るぜ』と、面白そうに言っていた。うん。確かに、怒られる気がする……。

 レッドガルドさんにはソファにゆったりと座ってもらって、僕は彼に向かい合うようにしてイーゼルと、水彩画用紙を水張りした木の板とを置く。そして、彼を描かせてもらうことにした。

 ……人物をこうやって描くのは初めてだ。こういう大きな紙を使うのも初めてで……ちょっと、緊張する。

 でも、レッドガルドさんのことは何度もデッサンさせてもらっている。顔のかんじは、見なくてもある程度描けるくらいに頭に入ってる。

 たとえ、今の彼が顔の半分を包帯で覆っていても、片腕を包帯でぐるぐる巻きにしていても、そんなのが無い彼を描けるくらいには、ちゃんと覚えてる。

「よし!カッコよく描いてくれよな!」

「うん」

 そして何より、彼の緋色の瞳がこちらを向いて、力強く輝いている。

 ……大丈夫。ちゃんと描ける。




 1日目は下描きで終わってしまった。僕の体力が持たなかったからでもあり、レッドガルドさんの体力が持たなかったからだ。

 ……モデルの人って、大変なんだよ。何時間も動かずに座っているのって、絶対に辛い。

「あー、体が固まっちまいそうだ!」

「ごめんなさい」

「ん?いいぜ!その分カッコよく描いてくれるんならな!」

 レッドガルドさんは動く方の腕を伸ばして背伸びしつつ、ソファから立ち上がって僕の方へやってきた。

「どれどれ、ちょっと見せてみな……お」

 彼は下描きを覗いて……そこで、目を瞬かせた。

 当然だけれど、画用紙の上にあるのは、怪我なんてどこにもないレッドガルドさんの姿だ。


 それを見て、彼は大体、僕がやろうとしていることを察したらしい。

「まさかお前……俺を治そうと?」

「……うん」

 少し緊張しながら僕が頷くと……レッドガルドさんは、目を瞬かせた。

「そうか、そりゃあ……すげえな!」

 彼はたっぷり数秒、画用紙を見つめて……それから、堰を切ったように僕に尋ねてくる。

「なあ、これ、どれくらいで完成する?あ、勿論、お前の無理のない程度でな!」

「え、ええと……3日、くらい……?」

 下塗りをして、色を重ねて足していって、それから細部を描き込んでいくと、多分、3日くらいだ。本当はもっと早く仕上げたいんだけれど、僕の腕だと無理かもしれない。だから、できる限りのスピードで、3日。

 ……レッドガルドさんを描くなら、淡い水彩じゃなくて、重厚な油彩の方がいい気はした。けれど、僕はとにかく、速く仕上げたかったから、乾きがずっと速い水彩を選んだんだ。勿論、油彩はあんまり慣れていないから、というのもある。

「そうか!俺、あと3日くらいで治るのか!すげえじゃねえか、トウゴ!お前、やるなあ!」

「え、あ、まだ治るって決まったわけじゃ」

「いーや!治るね!治る!あ、じゃあ薬の手配、止めてもらっといた方がいいな。無駄になっちまう。あ、この紙貰っていいか?」

「あ、どうぞ。……じゃなくて、あの、え?」

 それからレッドガルドさんはそこらへんにあったメモ用紙を1枚とって、そこに鉛筆で何か書きつけて……それから、突然、炎でできた鳥を出した。

 ……これも彼の召喚獣、なんだろう。炎でできた鳥はレッドガルドさんの耳飾りから出てくると、レッドガルドさんからメモ用紙を受け取って、そのまま窓の外へ飛び出していった。多分、レッドガルドさんの家に帰るんだな、あの鳥。

「よし!薬の手配は止めた!あと、4日くらいこっちに泊まるって伝えたから大丈夫だぜ!」

「え……?」

 それ、よかったんだろうか?薬の手配を止めた、って、それ、大変なことなんじゃないだろうか。

 じわじわと、僕は緊張してくる。

 ……けれど、レッドガルドさんは僕の背中をぽんぽん叩いて笑うのだ。

「自信持てよ。お前はレッドドラゴンを蘇らせちまったんだぜ?なら、俺っくらい、余裕だろ!」

 そう言われてしまうと、何とも……。

 ……うん。頑張ろう。頑張って、絶対に、成功させよう。




 その日、僕は馬に囲まれて寝ることになった。外のハンモックで。

 ……体は怠かったし、本当ならベッドで寝るべきだったような気もするんだけれど、馬達があんまりにも僕を引きずっていこうとしたので……うん、流石に折れた。

 ハンモックの下にも横にも馬がみっしり、というよく分からない状況で、僕は寝た。落ち着かなかったけれど、疲れていたせいか、体力が落ちていたせいか、割とすぐに寝付くことができた。

 そうして次の日の朝には、僕はなんだか体調が良くなっていた。

 ……前にもあったけれど、もしかして、やっぱり馬セラピー?




「もしかしてお前、ペガサスやユニコーンから魔力分けてもらってたんじゃねえの?」

「え?」

 その日、またレッドガルドさんを描かせてもらいながら、僕は馬セラピーについて、レッドガルドさんからそういう見解を貰った。

 貰った、のだけれど……。

「ほら、あいつらも仲がいい相手には魔力を分けてやること、あるらしいじゃねえか。怪我した仲間が居ると、順番に周りを囲むみたいにして一緒に居て、魔力分けてやるって、なんかの本で読んだことあるぜ」

 ……確かに、馬達が順番に入れ替わりながら僕の周りを囲んでいたことはある。

 けれど、覚えはあっても、その先が分からない。

「一緒に寝たがるのって、そういうことなんじゃねえの?お前が魔力不足で弱ってる時には自分達の魔力を分けてやりたい、っつう、そういう健気な奴らなんじゃねえの?」

 レッドガルドさんがそう尋ねてくるのに対して、ちょっと申し訳なく思いつつ……僕は聞くことになる。

「……魔力って、何?」

「え!?あ、そっか、お前、そういうことも分かんねえのか!あー、そっかぁ!」

 そして僕は早速、異文化の壁を感じている。多分、レッドガルドさんも感じている。うん、申し訳ない。




「ええとな、魔力ってのは……力だな。魔法は魔力によって起きてるし、生き物は魔力によって生きてる。体の中にもあるし、ある程度は体の外にも流れてる。あー……血みたいなもん、って言えば分かるか?」

「うん」

 なんとなく、『そういうもんだ』と思って聞くことにする。『うん』って答えたけれど、実はよく分かってない。

「で、な?まあ、人によって、魔力の多い少ないはあるわけだ。例えば、俺は少ねえから、召喚獣もよっぽど気が合う奴しか従えられねえし、あんまり長くも使役してられねえんだ。うん、その点、レッドドラゴンは……俺も不思議なんだよなあ。なんで俺に懐いたんだ?あいつ。明らかに魔力不足なのになあ……」

「……もしかしたら、あなたの血を使って描いたからかもしれない。目とか、あなたの血で描いた。だから親だと思ってるのかもしれない」

「そ、そうだったのか。うーん……親だと思われてる、ってことはねえと思うが、確かに、俺の血を使って描いたんだったら、俺の魔力でできててもおかしくはねえか。なら相性がいいのも納得だな」

 えっ、さっき『魔力は血みたいなもの』って言ってたけれど、本当に血って魔力、なの?分からなくなってきた。

「……まあいいや。話戻すような戻さないような微妙なところだけどな?魔力って、やっぱり相性もあるもんだ。人によって、魔獣によって、魔法によって……合う合わないは幾らでもある。例えば、俺の魔力は火の魔法とは合うが、それ以外はサッパリ、って具合だな」

 そっか。ということは……もし、僕の絵が実体化する奴が魔法、なんだとしたら、それは僕の魔力が絵の魔法に合ってる、ってことなんだろうか。

「ってことはお前、ユニコーンやペガサスと相性いいんだなあ」

「うん……そうかもしれない」

 馬と仲良くやれるのは、嬉しい。うん。よく分からないけれど、それはよかった。




「それで、だな……今度こそ話戻すぞ。いいか?トウゴ。『人間は魔力が尽きると死ぬ』。これはちゃんと覚えとけ」

「え」

 絵が魔法なのか、とか、色々考えていた僕は、ぎょっとさせられた。つまりそれって……。

「お前が絵を実体化させてる時、多分、お前は魔力を消費してるんだ。それで、絵を描きすぎて気絶してる、ってのは、要は、魔力不足で気絶してんだろ」


 ……思い出すと、何となく、思い当たる節がある。

 天馬の翼を治して気絶した時、体の中から何かが抜け出していくような感覚があった。あれ、魔力が抜けてた、ってことなんだろうか。

 けれど。けれど……『人間は魔力が尽きると死ぬ』って、ことは……。


「……つまり、僕が今回、10日起きなかったのって……」

 僕が恐る恐る聞くと、レッドガルドさんはゆっくり重々しく頷いて……言った。

「滅茶苦茶、ヤバかった」




 僕は、死んでも絵を描くのをやめないつもりでいる。

 たとえ死ぬとしても描く。描けなくなるんだったら死んでやる。

 けれど……うん。できるだけたくさん、描きたいから……。

 ……気を付けます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] トーゴの血でもあるんだよね。
[一言] MPマイナスでペナルティ付きの生死判定に成功!
[一言] 自分の腕とか吹っ飛んだ時用に自分自身を描いて未完成の状態で一筆描くだけで完成の状態にしたら緊急用として良さそう
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ