18話:不思議なお客様*1
……なんだかすごいことになったなあ、と思いながら、フェイに一応、確認してみる。
「ええと、つまり、この間、フェイのお父さんが色んな貴族に話をし始めてる、って言ってたのって……」
「あー、それだ、それ。うん。いきなり色々動き始めても周りが付いてこねえから、予め、色々手ェ回してたらしい」
ということは、結構前から、この話って進んでたのか。そっか。いや、前からそういう気配はあったけれどさ。
「それで今回、ジオレン家が正面切って王家と対立してくれたろ?だからそれに乗っかっちまえ、っていうことらしい」
「つまり、悪いことした人を使って、悪いことしてる人を、攻撃している……?」
「ま、そうだな。言いがかりつけてるようなもんだ」
い、言いがかり……。まあ、王家からも言いがかりみたいなのつけられてるし、どっこいどっこいか。
「ただ、ジオレン家のことについてはオマケみてえなもんで、他にも色々、用意してるみたいだぜ。ほら、うちなんかは王家に攻め込まれた実績がある訳だしさ」
そっか。つまり、ジオレン家は……ええと、枯れ木も山の賑わい、みたいなかんじなのか。あと、単に一番槍。
「ジオレン家だって、一応は代々名前が続く貴族だ。で、王家に物申す貴族の名前は多けりゃ多いほど良い。多少アレな家だって、揃って王家に剣を向ければ、それは大きな力になる。だからこれはいい機会なんだよな」
フェイはちょっと難しい顔をしつつ、うんうん頷いてみせた。
確かに、いい機会、なのかもしれない。
良くも悪くも、ジオレン家は動き出した。それに追随するのは、悪いことじゃない、と思う。
ジオレン家の動きはともかく、それにレッドガルド家だけじゃなくて他の貴族達も揃って動くのなら、多くの人がそういう意思を持って動いている、っていうことだと思う。なら、それはきっと、世界の、時代の流れになるんじゃないかな。
小学校の頃やった『流れるプール』と同じだ。全員が揃ってプールの中をぐるぐる回って動いたら、プールの水全体が動くんだ。それと同じで、多くの人が一斉に動こうとしたら、きっと、そういう風に世界中が動く。
ところで。
「……あの、王家を攻撃して、その後は、どうするの?」
皆が動くのはよしとして、それがレッドガルドにとって嬉しいことなら僕も嬉しいし、それは良いのだけれど……その先は、気になる。
王家を攻撃して、それで、その後って……。
「ん?あー、そうだなあ、その時は……」
フェイはちょっと唸って、答えてくれた。
「……独立国家、ってのも、考えてたんだよ。レッドガルド王国の建立も」
「おおー」
そうしたらフェイは王様……じゃないか。王子様だ。レッドガルド家を継ぐのはローゼスさんの方らしいし、フェイは王様にはならないね。でも、それはそれで自由で楽しいのかもしれない。うん。フェイには王様よりも王様の兄弟とか親戚とかの方が向いてると思う。
「ただ、それをやるとなると、うちは他の領とやりとりできなくなっちまうだろ?独立した裏切り者と自国の貴族が取引するのを喜ぶ王は居ねえって」
あ、そっか。そういうことになるのか。
レッドガルド家だけが抜け駆けしたら、今の国に残っている他の領地は全部、レッドガルド王国とは国交断絶になるよね、それは。王様がそう命令するはずだ。じゃなきゃ、他の貴族達にも抜け駆けされてしまいかねないし。
「だから、抜けるんだったらうちだけじゃなくて他所も一緒に、ってことになる。この話したら、サフィールさんとこは乗り気だったしな」
あ、サフィールさんもこの話、乗ってるんだ。そっか。……赤ちゃん生まれたばかりだけれど、お元気だろうか。
「で、オースカイアとレッドガルドが揃って抜けるってなると、影響がでかい。ある程度他のところにも話を通して……とかやってたら、『俺達が抜けるより王家が抜けた方が早いな!』ってなった」
うわあ。
なんというか……ちょっとだけ、王家がかわいそうになってきたというか、うーん……。
「ってことで、俺達が目指してるのは連合王国、っつーか、現王政の打破、っつーか……要は、王様抜きでこの国を回さねえか?っつう話だな」
つまり、民主制の始まり?いや、民主制っていうよりは、貴族達による合同の政治、みたいになるのかな。要は権力の分散、っていうことになるんだから、一歩、民主制に近づく、みたいなかんじ、なんだろうか……。
「簡単に言っちまえば、この後、貴族達で国王つっついて話をする。その話に王家が乗れば、王権の解体か権力の譲渡かそこらで終わり。そうじゃなきゃ、王家反対派の貴族達で集まって独立連合王国。そういうかんじになりそうだなあ……」
「結構、話、進んでるんだね」
僕がそう言ってみると、フェイは何とも申し訳なさそうな顔をする。
別に、僕はこの話を知らなかった事について拗ねてる訳じゃないんだけれど、フェイはそこを申し訳なく思ってくれているらしい。
「いや、隠してた訳じゃないぜ。俺だってほとんど知らなかった」
「ええ……」
けれど後に続いた言葉が、とんでもない。
し、知らなかった、って。フェイも知らなかったって……。
「……ほら、途中で話が漏れたりして、王家に処分されるようなことになったら、その時は兄貴が『親父が勝手にやっていたことです』ってやって責任逃れすれば済むだろ、ってことで……」
「……フェイのお父さん、かっこいいね」
「おう。尊敬する自慢の親父だぜ」
フェイは呆れ混じりのため息を吐いて、それから、何故か僕の頭をわしわし撫でた。な、なんで撫でるんだろう……。
「ただ……俺はともかく、お前には知らせとくべきだったよなあ……。お前、絶対に巻き込まれちまうのに。ごめんな……」
「いや、いいよ別に」
びっくりしたけれど、別に構わない。フェイ達の手伝いはする気でいるし、どんどん巻き込んでくれていいよ。レッドガルドの子達が幸せになるためならいくらでも手伝うよ。
「あの、僕はいいんだけどさ」
「おう」
それに、僕はレッドガルド領の者だし、全然いいんだけれど、けれど……その、僕じゃない人が、大変なんじゃないだろうか。
「ラージュ姫、どうなるの……?」
「……それ、俺達も困ってる」
うん。そっか。じゃあ、一緒に困ろう。困った困った……。
「けど、まあ……彼女、案外、強かだよな」
「うん」
それは思う。
……うん。ラージュ姫は、それはそれで、上手くやってるんだ……。
ラージュ姫はモデル業だけじゃなくて、王家とのパイプ役もやっている。
だから、1週間に1回くらい、王家の人達が森の町にやってきて、そこで色々と話していく。
……その間、僕はモデルさんが居なくなってしまうので、他のことをやったり、他の人を描いたりしている。最近だとカーネリアちゃんを描くことが多い。森でヒヨコフェニックスと一緒に遊んでいるところとかを描かせてもらってる。
「今週もあまり捗々しくありませんね」
「そうですか……まあ、仕方ありませんね」
そしてラージュ姫は今日も、王家の人と話している。そこで『精霊の力はまだか』って催促されることもあるのだけれど、『精霊様はお疲れのようで、あれからお話しになれないようです』とか『今週は少し具合が良くなったとのことで、トウゴ様がお話をしてくださりました。私がお会いするにはまだもうしばらくかかりそうですが……』とか、のらりくらりやっているらしい。
……そして、王家のお使いの人達は、悉く、妖精洋菓子店のファンになっていった。ラージュ姫は狙ってか狙ってじゃないのか、王家のお使いの人達との打ち合わせの場所に妖精カフェを使ったから。
今日も王家の人達は、アンジェが「きせつのケーキ、です。どうぞ!」ってやるのをにこにこ眺めながら、和やかな雰囲気でラージュ姫と話している。
「いや、レッドガルド領を接収しようなんて、流石に横暴が過ぎましたからね。国王陛下には申し訳ないが、貴族からの反発は大きく……」
「どうやら影ではレッドガルド家の先導で貴族達が動いているとか。我々もそれらをなんとかしろ、と仰せつかってはおりますが、中々ねえ……」
「そうですか。国が割れたところを、魔物に狙われなければいいのですが……」
ラージュ姫は心配そうな顔をしていたけれど、王家のお使いの人達は満面の笑みだ。
「大丈夫でしょう。何せ、ラージュ姫が居て下さる。姫様は正しいことに勇者の剣をお使いになるお方だ。何も心配していませんよ」
「それは買いかぶりすぎというものですよ」
ラージュ姫は勇者……ということにしてあるだけだ。そういえば、本当の勇者の人も探さなきゃいけないな。
王家の方はごたごたしているらしいし……うん。結局、魔物が悪さをするときに、何とかするのは僕らの役目になりそうな気がする……。
「あなた達も日々の激務、ご苦労様です。せめて、今日くらいはゆっくりしていってくださいね」
「ええ!ありがたいことです!」
……なんというか、王家のお使いの人達は、王様とのやりとりに疲れて、ラージュ姫の味方になってきている、みたいだ。要は、王様を勇者にしよう、とかそういう話は無しにして、ラージュ姫がやれることをやればいいんじゃないか、みたいな。
……このままいくと、ラージュ姫は貴族連合国ができた時、こっちに来そうな気がする。
そして、それにつられて、王家に付いている人達も、結構こっちに来るんじゃないかな……。
「フェイもラージュ姫も、大変そうだね」
さて、そういうごたごたが沢山ある中、僕は……絵を描いている。
僕の隣ではいつの間にか我が物顔で陣取っていた巨大コマツグミが丸くなって、キョキョン、と鳴いている。描いていて疲れてきたらちょっと埋もれさせてもらって休憩してるから、ここに居てくれるのはちょっとありがたい。……時々、キャンバスを覗き込んできたりして集中を削いでくれるのはあんまりありがたくないけれど……。
「僕にも何かできることがあるといいんだけれど……」
鳥にぼやいてもしょうがないよなあ、と思いながら、ちょっとぼやかせてもらう。
……僕は政治のことはよく分からない。人とやり取りするのはどっちかっていうと苦手だ。
だから、貴族をまとめ上げて現王権と対立する、なんていうことのお手伝いは、できそうにない。精々、裏方として頑張るぐらいなのだけれど、まだ、裏方の仕事が生まれるところまで話は進んでいないみたいなので……。
だから、フェイが頑張っている時にも僕はできることが無い。
僕も親友を助けたいし、レッドガルドの子孫達の力になりたいのだけれど、でも、できることが無い。
精々、資金調達の手伝いぐらい、だろうか。
ただ、宝石どんぐり拾いは『あれ、王家に対してやるのは良くても、俺達が稼ぐためにやるのはなあ……』というフェイの言葉を貰っているし、何より『市場価値が下がるから控えめにした方がいいわね……』というクロアさんの言葉も貰ってしまっているので、ちょっと別の方向で……。
「……まあ、今できることをするしか、ないよね」
だから僕、今、本業に戻っている。
ええと、つまり、画廊に飾る絵を、描いてる。
「ちょっと久しぶりだね」
画廊に絵を飾りに来たのは、アメジストで飾った森の女性陣の絵を飾った時以来だったから、ちょっと久しぶりだ。
レッドガルド家の敷地内の僕の画廊に行ってみると、画廊を守るトレント達が、ふるふる枝を震わせて歓迎してくれた。
「元気?水は……足りてそうだね。栄養は?あ、そうだ。お給料、出すね」
トレント達には今回の宝石どんぐり拾いで生まれてしまった宝石を1粒ずつ木のうろの部分に入れて、それをお給料とする。
高いところにあるうろには入れられないので、鳳凰に運んでもらったり、管狐がするするトレント達を登っていって渡してくれたり、ラオクレスが僕を肩車してくれたり、色々。
……そうして僕は一通り、トレントにお給料を渡し終わって、画廊の中に入る。
「あ、嬉しい。売れてる」
「良かったな」
画廊の中に入ったら、いくつか、絵が新しく売れていた。森の風景画がやっぱり人気みたいで、最近は森の雪景色をよく描いているから、それが何枚か、売れていた。
森の冬の夜の景色は、すごくいい。月灯りに照らされる真っ白な雪と、その雪で化粧した木、木が落とす透き通った青の影……。それらが満天の星の下で強いコントラストを生んでいて、すごく綺麗だった。だから最近はそればっかり描いている。楽しい。今回、新しく持って来た絵も、冬の風景画が多い。
「妖精の絵も結構、売れてる」
「まあ、妖精を実際に見ながら描く絵師は少ないだろうな」
ラオクレスが運んできた絵を下ろしながら、ちょっと愉快そうに笑う。ちょっと珍しい表情だ。
「……さて。飾る位置はここでいいか」
「あ、うん。もうちょっと高い位置で……」
ラオクレスは荷物運びを手伝ってくれるし、更に、その高い身長を生かしてディスプレイでも役立ってくれる。
純粋に高い場所に行くには鳳凰に掴まって飛べばいいんだけれど、ちょっと高い場所で作業する、みたいな時にはちょっと向かない。その点、ラオクレスは僕の手が届かないところにも絵を掛けてくれるから、すごく助かる。
「それにしても……骨の騎士団の絵も、飾るのか」
「あ、やっぱりまずいだろうか。フェイとフェイのお父さんの許可はもらってるんだけれど」
「いや、構わんが。どうせ魔物の絵だとは思われないだろう」
……僕が描いたのは、骨の騎士団の日常風景、だ。
つまり、うららかな日差しの下、街角の木の下に足を投げ出して座って昼寝している骨格標本に、町の子供達が編んだ花冠を被せている風景、とか。
或いは、月光の下、雪の上、静かに佇む骨の騎士の絵、とか。花畑の中、肋骨の中に妖精が入りこんで遊ばれている様子、とか。
「……お前が描くと、骨も何故か美しいな」
「僕が描かなくったって綺麗だよ」
褒められてちょっと嬉しくなりながら、僕も低めの位置に小さめの絵をいくつか飾っていく。
「そういえば最近、妖精のお客さんも増えてるってアンジェが教えてくれた」
「妖精が画廊を見ていくのか」
「うん。他所から来た妖精がここに遊びに来るみたいだ」
どうやらこの画廊、妖精達の観光スポットになっているらしくて、妖精達も遊びに来ているんだとか。ここの妖精からアンジェがそれを聞いて、アンジェが僕に教えてくれた。
「人ならざる者も来るんだな、ここには」
「うん。ちょっと嬉しい」
僕も人間を中退してしまった身だからか、ここに人間じゃないのが来ると、なんとなく、ちょっと、嬉しい気がする。うーん、この感覚、まずいだろうか……。
「……まあ、いいんじゃないか」
僕が何を考えているのか見透かしたみたいに、ラオクレスは僕の頭を軽く叩くみたいに撫でた。あの、なんでみんな、僕の頭を撫でていくんだろう……。
「俺はそういった方面には疎いが……種族を超えたとしても伝わる美しさというものが、あるのだろうから」
「……そっか。嬉しいな」
芸術って、確かにそういうもの、なのかもしれない。
うん。そっか。なんか、嬉しい。
……妖精以外の、人間じゃないお客さんも来るといいな。いや、具体的に何、って言えないけれど。ええと、幽霊、とか……?
そうして画廊が賑やかになってから、数日。
僕は依頼の絵を描いていた。……魔法画ができるようになってから、依頼がすごいスピードで片付けられるようになって、ますます楽しい。あれこれ試行錯誤するのに時間が掛からなくなってるから、その分、試行錯誤できる。おかげで評判もちょっと良くて、それがまた嬉しいんだ。
だから今日もちょっと夜更かしして、絵を描く。依頼されたのは馬の絵だから、月光と雪明かりに照らされる一角獣の姿を描いて……。
……そんなところに、アンジェがとてとて駆けてきた。
「トウゴおにいちゃーん」
「えっ、アンジェ。まだ寝てなかったの?」
ネグリジェの上にマフラーとコートを引っ掛けて出てきたらしいアンジェは、僕のところまで辿り着くと、首をフルフル横に振った。
「起こされちゃったの」
あ、そうなの。ええと……あ、妖精に、か。アンジェの後ろで、妖精達がきらきらさわさわ、何か言っている。
「あのね……」
アンジェは走ってきて切れてしまった息をちょっと整えてから……教えてくれた。
「がろうに、変なお客さまがきてる、って」
……うん。
変な、お客様……?