16話:無いから在る*5
そうして僕らは、王都の裁判所へ向かうことになった。
裁判所へ向かう面子は、フェイとクロアさん、インターリアさんの3人に、あと何かあった時の為の僕とラオクレス、そして主役ながら不安そうなカーネリアちゃんと、どうしても付いてきたがったリアン。
……この7人だ。ちょっと大所帯。
「本当ならフェイ君とトウゴ君とインターリアさんとカーネリアちゃんの4人でもいい気がするんだけれど……」
「俺としてはクロアさんに居てもらった方が心強いんだよなあ……」
「そうよねえ。案外あなた達、小汚いこと、できない性分みたいだし。何でもかんでも真っ向から解決しようとしちゃうものね。嫌いじゃないけれど」
ちなみに、インターリアさんとラオクレスは単純な武力解決要員だし、僕は何かあった時のお絵描き要員なのだけれど、クロアさんは『小汚いこと要員』らしい。
……すごく単純に言ってしまうと、いざとなった時、裁判所の中の人達を魅了の魔法で篭絡してしまえ、っていう係。武力解決より平和なのか、平和じゃないのか……どっちだ。
「……まあ、人数がいっぱい居た方が、カーネリアちゃんも安心かしら。どう?」
クロアさんが気遣うように、それでいてちょっと茶化すみたいにカーネリアちゃんに話しかけると、カーネリアちゃんは緊張気味の面持ちで頷いた。
「ええ。皆居ると、心強いわ!」
「そう。よかった」
カーネリアちゃんは幾分元気づけられた顔で笑うと……それから、ちょっと神妙な顔で呟いた。
「……アンジェやライラお姉様も、ラージュ姫様も居てくれたら、もっと心強いのだけれど……あと、森の騎士様達と、骨の皆……」
……大所帯になりすぎるから、それは駄目だね。
あと、骨は別の理由でもっと駄目だね……。
フェイとクロアさんはレッドドラゴン、僕とラオクレスはアリコーン、インターリアさんとカーネリアちゃんは天馬に乗って、リアンは鸞で移動する。
そうして王都が近づいてくると、なんとなく、僕も落ち着かない。
……カーネリアちゃんが関わる事で、血統について、って、一体何の用事だろうか。全然想像がつかない分、困ってる。
「……そんな顔をするな。お前が心配そうにしたところでどうにもならん」
「分かってるよ」
僕の顔をちらりと見たラオクレスに呆れたようにそう言われてしまうけれど、落ち着こうと思って落ち着けたら苦労はしない。
「どうしても落ち着かんなら、王都で食うものでも考えておけ」
「うん……」
「……或いは王都で描きたいものでも考えておけ」
「あ、うん」
……けれど別のことを考え始めてみたら、少し、そわそわが収まった、かもしれない。
描きたいものについて考えるって、考えたくないのに考えてしまうものがある時とか、落ち着きたい時とかに丁度いいかもしれない。
王都に着いた僕らは宿をとって、そこで一晩過ごす。
そして次の日、裁判所に向かった。……すごく、警戒しながら。
「入った途端に拘束、みたいなことは無いみたいね」
「退路は断たれていない。これなら最悪、中で騒動があっても逃げられるだろうな」
「その時はカーネリア様をフェニックスで逃がす。天窓から出られそうか」
「もしカーネリアちゃんがあの天窓から鳥で飛んで出たら、2件目になっちゃうね……」
裁判所の中に入った僕らは好き勝手に話しながら、開会を待つ。カーネリアちゃんは今回、参考人、っていう立場らしいので、部屋の隅の方に固まって陣取ることにして……。
「私に娘は居ない」
……裁判が始まって最初に、ジオレンさんは、そう言った。
ざわつく裁判所の中で、僕らは、言葉を失っていた。
「であるからして、フェニックスはジオレン家の財産ではない。フェニックスを考慮した罰金額は不当な要求だ!……私からの主訴は、ジオレン家への不当な罰金の要求の取り下げだ。ジオレン家に課される罰金額は不当であると主張する!」
ジオレンさんはそう、大きな声を張り上げた。
裁判所の中が、ざわつく。なんのために、とか、ありえない、とか、そういう声が沢山、聞こえる。
「……フェイ。これって」
「びっくりだよな」
フェイも僕も、クロアさんもインターリアさんも、何ならラオクレスだって、びっくりした顔だ。カーネリアちゃんとリアンは、もっとびっくりした顔だ。
……ジオレンさんが、カーネリアちゃんを娘じゃないって、主張している。
フェニックスはジオレン家の財産じゃない、って、主張している。
「王家が要求してきた罰金額は金貨20000枚であるが、これはジオレン家の支払い能力を大きく超過したものであり、また、過去の判例から鑑みても高額に過ぎるものだ!」
ジオレン家の主張は、『罰金が高額すぎる』っていう内容だ。そこだけ見れば、ジオレンさんが判決にごねているように見える。
王家に文句をつけているようにも見えるし、罰金の減額を狙っているのも本当なんだろうけれど……でも、罰金を払いたくないんだったら、カーネリアちゃんのフェニックスを差し押さえしてくれ、って、むしろジオレンさん自らそう言えばいいと思う。
それなのに、わざわざ王家の人達を敵に回すような事をして、こうして罰金の減額を訴えて、カーネリアちゃんとの血縁を否定しているのは……。
「いいえ。ジオレン家には財産があります。それはフェニックスという、あまりにも大きな財産だ」
ジオレンさんに対して、王城の役人らしい人が反論し始める。資料をたっぷり用意してきたらしくて、それを捲る手がなんとなく勿体ぶって見える。
「フェニックスを王家で買い上げることで金貨20000枚分とすれば十分に支払いが可能です。ジオレン家は確かにそれを隠しておきたいのでしょうが……」
王家の役人の人は、資料の内の1枚を捲って、声高らかに宣言した。
「ジオレン家には不義の娘が居るということは明らかです!ここに、ドラーブ家からの証言もあります!」
どうやら、資料はドラーブ家からの証言らしい。ということは、オレヴィ君達が、カーネリアちゃんがジオレン家の娘だって証言した、っていうことになるのか。リアンじゃないけれど、本当に碌なことしない……うう、こういうこと思っちゃ駄目だろうか……。
「先程も申し上げた通り、私に娘は居ない。たかが貴族1人の証言とやらだけで、私に不名誉を着せようというのか!繰り返すが、私に娘は居ない!私の子は息子のサントス1人だけだ!」
ジオレンさんは王家の役人の人に対して、ちょっとヒステリックに反論し始めた。
「王家はカーネリアという少女の所有するフェニックスをジオレン家の財産と当て込んで不当に高額な罰金を要求してきたのだろうと考えていたが……さては、違うのか?」
ざわつく裁判所の空気をますます煽り立てるように、ジオレンさんは声高らかに叫ぶ。
「王家はフェニックス欲しさに、私の不義の子を捏造しようとしているのだ!そうだろう!」
「口を慎め!王家に対する冒涜だぞ!」
「なんだと!?貴族や国民の財産を不当に奪おうと目論む王家に冒涜も何もあったものか!」
ざわざわと、室内がざわつく。反王家派らしい人達はジオレン家の味方をして野次を飛ばして、王家側の人達はジオレンさんを罵る言葉を浴びせている。
……こ、これは。
「無関係な人間のフェニックスをジオレン家の財産として没収するという行為には全く何の正当性も無い!そして、私に不義の子が居るなどという流言を宣った王家とドラーブ家は我々に対して謝罪すべきだ!」
ジオレンさんは国王側の人達やドラーブ家を攻撃し始めた。なんというか、カーネリアちゃんが血縁なのかがどうでもよくなる盤面になってしまっている。
「……すげえなあ。ジオレン家。王家に喧嘩吹っ掛けてらあ」
フェイが、ひゅう、と口笛を吹く。裁判所の中だと不謹慎な行動なのかもしれないけれど、罵声と野次の飛び交う今の裁判所の中を見ている限り、このくらいで見咎める人はいなさそうだ。
「まあ、ここまで来たら王家に喧嘩吹っ掛けて、反王家の貴族達に擦り寄った方が得だって考えても、おかしくは、ないわ……」
クロアさんは『予想外だったけれどジオレン家としては悪くない手だわ』みたいな顔をしつつ、そうぼやく。そっか。ジオレンさんの行動は、そういう意味もあるのか。
……でも。
「……でも、それだけじゃないって、思いたいわね」
うん。
……カーネリアちゃんは、ぎゅっと手を握りしめたまま、じっと、ジオレンさんを見ている。
複雑そうな表情で。でも、複雑さを全部掻き消してしまうくらいの大きな感情でいっぱいになって。
「何度でも言おう!ジオレン家に娘など居ない!そこの娘は……」
ジオレンさんはちょっとヒステリックでちょっと暴走気味な訴えの末に、ちら、とカーネリアちゃんを見た。じっとジオレンさんを見つめているカーネリアちゃんを、本当に一瞬だけ、ちら、と見て……。
「……私とは何の関係もない、そして何の罪もない少女だ」
「私が不当な罰金を支払う義務が無いのと同じように、その少女もまた、不当に財産を奪われてはならない」
それきり一度も、カーネリアちゃんのことを、見なかった。ジオレンさんはただ真っ直ぐ、裁判長の方だけを見て、そう言った。
……それから、ジオレンさんの息子さんが用意して来たらしいジオレン家の家系図が証拠品として上がったり、ジオレン家の屋敷を捜索しても娘の痕跡は無いと主張が出てきたり、逆に王家の役人の人がドラーブ家の証言をもう一度出してきたり、カーネリアちゃんについての今の情報を出してきたり、色々とあったのだけれど……。
「……分かっては居たが、堂々巡りだな、これは」
「どうせ水掛け論にしかならん。カーネリア様のことは血統書には残っておらず、お母上の墓標さえもジオレン領には無いのだからな。証拠などどこにも無いのだ」
勿論、証拠が無い事を証明するのって、難しい。悪魔の証明、っていうんだっけ。先生が教えてくれたことがある。
でも逆に、無い証拠を持ってくるのって、多分、もっと難しい。この世界、DNA鑑定とかも無いみたいだし。
……ということで、ジオレン家の主張と、王家側の主張は、見事に堂々巡りの水掛け論になっていた。
『カーネリアは血縁ではないのでフェニックスはジオレン家の財産ではない。よって罰金金貨20000枚は多すぎる』っていう主張と、『カーネリアは血縁らしいのでフェニックスを押収させろ』っていう主張は、延々と決着がつかない。
「この裁判、終わるのかしら……?」
「まあ、証拠不十分なら、カーネリアちゃんを娘だって言い張るのは難しいと思うけれど……」
……心配しながら、両者の言い争いを延々と見ていた僕らなのだけれど。
きゅ。
小さく鳴き声が聞こえたなあ、と思ったら、リアンの鸞が、出てきていた。
「う、うわ、お前、なんで出てきたんだよ」
リアンが小声で言いながら、脱いだ上着をさっと鸞に掛ける。鸞はコンパクトに丸くなって椅子の下に出てきているから、あんまり目立っていないけれど……。
「お、おい。何してんだ」
「へ?あ、ちょ、ちょっと。駄目よ!」
そして鸞は、首を伸ばしてカーネリアちゃんのスカートの裾をついつい引っ張る。カーネリアちゃんは慌ててスカートの裾を抑えるために身を屈めた。
……その時だった。
「あっ」
カーネリアちゃんの胸に光るペンダントの宝石を、鸞が、勢いよくつついてしまった。
ぱきん、と、宝石が砕ける。
唖然とする僕らの前で、砕けて落ちた宝石の欠片が、ぼうっ、と燃えて消えていった。
「……え」
カーネリアちゃんが、顔面蒼白になって、ペンダントを確認する。
ペンダントには、割れ砕けて3分の1ぐらいの大きさになってしまった宝石の欠片だけが残っている。けれど、その宝石の欠片も、炎を上げて、床に落ちる。
……フェニックスが入っていた宝石が、消えてしまった。
「……ああ!」
カーネリアちゃんがか細い悲鳴を上げる。周りの人達が何事か、とこちらを見てきたけれど、それどころじゃない。
「ど、どうしましょう、どこに、どこに行っちゃったの?私の、私の……」
そして、目に涙を浮かべながら必死に、ペンダントや、床に落ちた宝石の燃えかすを探す。けれどどこにも、フェニックスは居ない。
……けれど。
「あ、あの、カーネリアちゃん……」
僕には、見えてる。
あの……そこでまだ燃えてる宝石の欠片。
その火が、段々、大きくなってきて、いるんだけれど……。
……あっ。
……それからも裁判は進んで、堂々巡りを何回か繰り返して、掛け合う水も無くなってきた、みたいな頃。
「……参考人に問う」
疲れた顔をした裁判長が、カーネリアちゃんの方を向いた。
「あなたの名前は?」
カーネリアちゃんは一瞬、竦んだ。けれど、リアンがその手をそっと握ると、それに勇気づけられたように、その場で起立して、堂々と答える。
「カーネリア。カーネリア・セレスです」
……カーネリアちゃんの返答に、周囲がざわついた。『セレス』なんて家名は聞いたことがない、っていう声も聞こえた。あ、リアンが、照れてる……。
「そうですか。では、カーネリア・セレスに質問します。あなたは」
「娘じゃないわ」
そして、カーネリアちゃんは堂々と、そう答えた。
「私、その人の娘じゃない。ジオレン家の娘じゃありません」
カーネリアちゃんは、じっと、ジオレンさんを見た。ジオレンさんは意図して、カーネリアちゃんの方を見ないようにしているらしくて、じっと、裁判長の方だけを見ている。
……けれど、カーネリアちゃんはちょっとだけ、ジオレンさんの方に、微笑んだ。
「だから、私のフェニックスは差し押さえしないでほしいの。それにこの子、きっと、そんなに価値は無いわ」
「か、価値が無いだって!?フェニックスは、貴重な魔獣です!絶滅したとも言われていた、非常に貴重な、癒しの力を持つ生き物で……その価値が分かっているのか!?」
「ええ!この子の価値、よーく知ってるわ!かわいくってふわふわなの!あと、あったかいわね!でも、かわいくってふわふわでほかほかの子なら、他にもいっぱいいると思うの!」
カーネリアちゃんは堂々と王家の役人の人にそう言う。それに、王家の役人の人はすごく怒っているみたいだったけれど……。
「見る?……これが私のフェニックスよ!確かに可愛いけれど、この子、本当に金貨20000枚になるのかしら!」
カーネリアちゃんは、よいしょ、と、『それ』を抱き上げて、部屋中の皆に見えるように、掲げた。その途端、王家の役人の人が、唖然として、体の力が抜けたようになってしまった。
「この子、どこからどう見ても、おっきいヒヨコだわ!そうでしょ!きっとそんなに偉い生き物じゃないわ!」
ぴよ。
すっかりヒヨコに戻っているフェニックスは、カーネリアちゃんの腕の中で、満足気に鳴いた。
……うん。
そういえば、フェニックスって、不死鳥だったよね……。