15話:無いから在る*4
「……人生で一度は言ってみたい台詞だなあ。『金で解決できるなら金で解決しよう』。いや、それが金貨20000枚のやりとりだとなると、いよいよ物語の中の出来事、というような雰囲気だが……」
「だが、目の前にある光景はそれ以上に物語じみているな……」
マーセンさんとラオクレスが、僕の横で呆れた顔をしている。
……僕は今、ひたすら宝石を描いては出し、描いては出しているところだ。
床の上に魔法画用の画用紙を何枚も何枚も広げて、その間を歩き回りながら、紙の空いているスペースにどんどん宝石を描いていく。すると宝石が出てくるから、それをカーネリアちゃんとアンジェとリアンが拾って箱に詰めて、そうして空いた紙のスペースにまた僕が宝石を描いていく。
ちょっと楽しい。宝石を拾い集めるカーネリアちゃん達の姿は、なんというか、ミレーの『落穂拾い』みたいだ。いや、落穂じゃなくて宝石だし、拾っているのは子供達だし、これを描くとしたらふんわり優しくてくすみの無いパステルカラーで、っていう具合になると思うけれど。
「トウゴー!次はピンクのがいいわ!この箱のこの隙間に詰めるなら、ピンクがいいと思うの!」
「分かった。じゃあ次はピンクだね」
「トウゴ君。ピンクもいいけれど、今、王都の女性の間で流行しているのは紫らしいの。紫の宝石なら高く売れる可能性が高いわ。紫を多めにお願い」
「うん。紫のやつも描くね」
「ちなみに、どうして紫の宝石が流行していると思う?あなたが紫の宝石を身に着けた美女美少女達を絵に描いたからよ」
「あ、そうなんだ……」
そっか。僕、ファッションリーダーになってしまった。なんだかちょっと照れるなあ。
カーネリアちゃんの希望通り、ピンクの宝石……ローズクオーツをいくつか描いて出した後、クロアさんの希望通り、紫水晶も描いて出していく。
宝石を描いた端から、絵がふるふる、と震えて、きゅ、と縮まって、ぽん、と出てくる。描いた順に出てくるから、ちょっと時間差があって面白い。それを順番に拾っていく子供達の姿も面白い。
「宝石って、なんだっけなあ……こんな、森のどんぐりみてえに拾うもんだったっけか……」
フェイがちょっと遠い目でそう言う。そっか。どんぐりか。前、公園で先生がどんぐり拾ってた時もこういうかんじだった気がする。うん。落穂拾いよりもどんぐり拾いが近いなあ、これ。
どんぐり拾いみたいな宝石拾いが終わったら、それは一度、フェイとクロアさん、そしてラージュ姫によって検品される。
「……これは駄目だなあ」
「あ、駄目だった?」
「おう。お前、結構力んだだろ……。魔力たっぷりだぞ」
検品の理由は、魔力の調整だ。僕、結構気を付けて描いたんだけれど、それでも、ちょっと魔力が籠りすぎてしまった宝石があるみたいで……そういうのは見つけ次第、はじいてもらってる。
「すごい魔力……。こんな宝石、存在するのですね……」
「そうなのよ。存在しちゃうの。こんな風にごろごろと……。トウゴ君。こっちの一山、駄目だったやつよ」
……け、結構たくさん、駄目だったみたいだ。ごめん。
「あの、トウゴ様。こちらもちょっと……」
「ラージュ姫。トウゴ君に遠慮しないでどんどん弾いちゃっていいわよ。これとかも。あ、こっちも」
「しかし、そうなるとトウゴ様のお手間が……」
うん。あの、これ、もう一回描くようだよね。ということは、描き直しで……。
……楽しい!
「いいの。トウゴ君はとりあえずお絵描きしてる分にはご機嫌なんだから。手間になるって思わなくていいわ。多分彼、喜ぶだけだから。ね?」
「うん!」
楽しい!
そうして宝石を用意して、駄目だった宝石はクッキーの空き箱に収まりきらなくなったので新しく宝石用の引き出し付きの棚を作って僕の部屋に設置して、そこに宝石をざらざら入れておくことにして、時々、欲しい色を作りたい時にはそこから宝石をとって絵の具にすることにして……。
「これで大丈夫だわ!金貨20000枚分の宝石だわ!」
カーネリアちゃんも、出来上がった宝石を箱詰めし終わって、無事、差し押さえられる準備を整えた。
「いつでも差し押さえに来てくれていいわ!」
「相手もまさか、こんなに差し押さえを待たれてるとは思っていないでしょうね……」
「父も驚くでしょうね。まさか、こんなに上等な魔石が、お菓子の空き箱に沢山詰められてくるなんて思ってもいないでしょうから……」
宝石箱は僕もいくつか描いて出したのだけれど、それだけだと今一つ足りなかったので、しょうがない、ある程度は宝石箱に入れて綺麗にディスプレイすることになったのだけれど、半分以上はお菓子の空き箱に宝石が入っている。
これが送りつけられたら王様もびっくりすると思う。うん……。
「それにしても……案外、来ねえなあ」
フェイは宝石どんぐり拾いの日からずっとこっちに泊まり込んでくれているのだけれど……来ない。
「そうね。てっきり、大急ぎで来るものだと思っていたわ」
クロアさんも毎日秘書スタイルでバッチリ臨戦態勢なのだけれど、来ない。
「……差し押さえの書状は来たのだから、さっさと派兵してくればよいものを」
ラオクレスも毎日、剣と鎧と盾とを念入りに手入れしているのだけれど、来ない。
……差し押さえの書状が来た割に、差し押さえに来る人達が、一向に、来なかった。
「何かあったんだろうか……」
「何だろうな。今更揉めてるとかもねえだろうし……いや、もしかして、もっと大量に色々毟り取る準備とかしてんのか!?」
「可能性は無い訳じゃないけれど……一度、正式に差し押さえの書状を送りつけてきたんですもの。その内容をひっくり返すようなことはできないはずよ。相手は『正式な』手順を踏むのが今回の強みなんだもの」
僕らとしてはやきもきするしかないのだけれど、一向に、差し押さえの人達は来ない。
事情もよく分からない。説明の手紙とかも特に来ない。
「どうしましょう。来てくれなかったらこの宝石、せっかく詰めたのに無駄になっちゃうわ」
「その時はカーネリアちゃんの部屋に飾ろうか」
「素敵!……あ、だったらリアンとアンジェにも分けてあげるわ!私達、家族だもの!それから、森の皆に一粒ずつ配って回るわ!」
カーネリアちゃんはすこぶる元気なのだけれど……僕は割と、やきもきしている。
一体、いつになったら差し押さえの人達、来るんだろう……。
差し押さえに来る人達の差し押さえの現場を描く準備はできているのに……。
「……ねえ、トウゴ。あんたさ、差し押さえを描こうとか、してる?」
「うん……」
折角差し押さえられるなら、ただで差し押さえられるのも癪だし、描いた方がいいと思うし……それに、きっと、今までに見たことが無い雰囲気が見られると思うし……。
差し押さえって、レンブラントの『夜警』みたいな雰囲気なのかな。ドラクロワの『民衆を導く自由の女神』みたいな雰囲気なのかな。今から楽しみだ。
「……あんたってさ」
「うん」
「生きてるの、楽しそうよね……」
「うん。おかげさまで」
この世界に来てから生きてるの、楽しい。すごく。だって、いくらでも描けるし、描いてて怒られないし……。
「……私も描こっかな。折角だし」
「そうするといいよ」
ライラは呆れたような顔をしていたけれど、一周回って笑顔になって、画材の準備とかを始めた。
……早く差し押さえ、来ないかなあ。
……そうして、差し押さえの書状が来てから、なんと、10日。
随分と待った僕らの元に……差し押さえの人達は相変わらず来なくて、その代わり、手紙が届いた。
「カーネリアに手紙!これ、王家の紋章だよな!?」
手紙を持ってきてくれたリアンが慌てて僕らのところに駆けてきて、そして、僕らはカーネリアちゃんを中心にして、手紙を、開く。
……すると。
「……あ、あら?」
「これは予想外だったよなぁ……」
文面を読んで、僕らは皆、困惑する。
お互いに顔を見合わせながら……もう一回、文面を読んで、益々、困惑する。
『ジオレン家の血統に関する訴えがあったため、裁判に出席を求む』。『訴えに決着がつくまで差し押さえは一時保留とする』。
ざっと読むと、文面はそういう内容だったのだけれど……ええと。
「僕ら、カーネリアちゃんについて、何か訴えたっけ……?」
……皆が、首を横に振った。うん。そうだよね。文面をよくよく読んでみると、カーネリアちゃんに求められているのは原告や被告の立場じゃなくて、参考人とか証人とか、そういう立場での出席らしいし……。
文面から読み取れることはあまり多くなくて、裁判は『ジオレン家の血統に関する訴え』っていうことしか分からない。ジオレン家の血統が一体何なのかは分からない。
けれど、とりあえず差し押さえが一時保留、っていうことで……ええと……。
……これ、どういうことだろうか?