14話:無いから在る*3
僕らはリアンの到着を見守った。リアンは着地しながら僕らを不思議そうに見まわして、それから、カーネリアちゃんに封筒を差し出す。
「カーネリア。手紙」
差し出された手紙は……王家の紋章入りだ。
「待って!」
それを見たクロアさんは、カーネリアちゃんの手に渡る前の封筒を、さっと取り上げた。
「……先に私が読むわ。いい?あ、いいえ、許可は出さないでね。カーネリアちゃんは後ろを向いていて」
そんなことを言いつつ、クロアさんは封筒を開けて、中に入っていたちょっと立派な紙の上の文字を読んでいって……ものすごく苦い顔をした。
「……当たりよ」
そして、クロアさんは、言った。
「差し押さえの令状だわ。……ジオレン家の財産として、フェニックスを差し押さえる、ですって」
「無理矢理フェニックスを盗むのは難しいっていう話だったんじゃ」
「そりゃあね?武力でっていうのは当然難しいでしょうし、魔術的に、っていうのも難しいわよ。けれど、『正当な』理由付きで、法的に、っていうのは……考えてなかったわね」
クロアさんはそう言うと、焦りの浮かんだ顔で髪を掻き上げつつ、数歩、意味も無く歩き回った。
……大変だ。クロアさんがこんなに焦っているっていうだけでも、十分、大変だってことが分かる。
まさか、『正当な理由』でフェニックスを持っていかれてしまうなんて!
「いや……っつーかよ、そもそも、カーネリアちゃんってジオレン家の一員として認められてんのか?不義の子だろ?」
「そうね。血統書には私の名前、無かったわ!お父様だって、私のこと、実の娘じゃない、って言ってたもの!」
あ、血統書とか、あるのか。そっか。なら……。
「血統書ぐらいなら、後から書き換えることだってできてしまうでしょうね。特に、ご先祖様に書き足すわけじゃなくて、末のところにちょっと足せばいいだけなんだから」
あ、駄目なのか……。
「そうだな……ジオレンがカーネリア様を実の娘ではないと言い張っていたというのであれば、逆に、カーネリア様のことを娘だと、ジオレンがそう言い張ったなら、カーネリア様は、ジオレン家の一員ということになるのではないか?」
「……やるでしょうね。ジオレン共なら。カーネリアちゃんの財産まで『ジオレン家の財産』っていうことにしたなら、自分達の財産は一気に膨れ上がるわ。フェニックスもそうだし、宝石類も含まれる。それを見越している可能性は、高いわね……」
……そっか。
ジオレン家の人達が、今更、カーネリアちゃんを娘扱いする可能性があるのか。お金のために。
……すごく、嫌なかんじだ!
「そもそもどうして、王家はフェニックスが欲しいんだろう……やっぱり魔王と戦うため?」
「ま、だろうなあ……。フェニックスの涙は、ほら、人の怪我を治せるだろ?あれって特殊なもんだからよ、やっぱり欲しいと思うぜ。王家としては」
「怪我が治せるなら、多少の無茶だってできるでしょう?怪我をしたって、フェニックスの涙を持っている人に助けてもらえばいい。……要は、人を安心させたり、人を動かしたりする材料になるのよ。フェニックスの涙は。……国王は単なる統治者としても、フェニックスの涙が欲しいと思うわ」
そっか。……フェニックスを買いに来たバーインさんも言っていたけれど、やっぱりフェニックスの涙って、すごく価値があるんだ。
この森でも、何度か、フェニックスの涙のお世話になってる。前回、魔物に襲われた時とか。だから……フェニックスの涙のありがたみはよく知ってるし、だからこそ、悩んでしまう。
王家はなんとしてもフェニックスが欲しい。そして今回、正当な理由を上手くつけて、フェニックスを奪いに来た。
……どうやって、逃れようか。
僕らが悩んでいたら、カーネリアちゃんはおろおろし始めて、それで、リアンもおろおろし始める。
「ど、どうする?俺、何したらいい?」
「大丈夫よ、リアン。この手紙のことはなんとかするから……」
リアンは落ち着かなげだけれど、今回は彼の出番じゃないだろう。リアンにできることがあるとすれば、カーネリアちゃんと一緒に居ること、だと思う。僕はそう思って、フェイに、リアンとカーネリアちゃんは2人で遊んでいてもらった方がいいんじゃないかな、と提案しようとしたのだけれど。
「……だったらこの手紙、無ければいいんじゃねえの?」
リアンはそう言って、さっ、と、クロアさんの手から手紙を奪った。
気もそぞろとはいえ、プロのクロアさんから、手紙を奪った。……びっくりした。クロアさんもびっくりしている。この天使、ただの天使じゃない。スリの天才の天使だ。
スリ天使は奪い取った手紙をひらひらさせながら、硬い表情で言う。
「俺がこの手紙、失くしちまったことにしようよ。郵便配達員は俺だ。だから、この町に届いた手紙の中から、カーネリア宛の手紙だけ、失くしちまった、ってことにすればいい」
「相手はちゃんと、正式な方法取ってくるんだろ?だったら手紙が届いてなかったら確認とかで時間がかかるんじゃねえの?その間にカーネリアとフェニックス、逃がすとか……」
「駄目よ」
リアンの言葉を遮って、クロアさんはそう言う。その手にはいつの間にか、リアンの手から奪い取ったらしい手紙が握られていた。
クロアさんは少し屈んで、リアンをじっと見つめる。
「もし、そういうことをやるのなら、それは私みたいな人間の仕事よ。あなたの仕事じゃない」
「でも」
焦ったように言い募ろうとするリアンの口を、クロアさんは、むにっ、と指でつついて黙らせる。……そして、安心させるようににっこり笑って話しかけた。
「大丈夫よ。私はそういうの、得意なの。あなたよりはずっと、ね。……それに、あなたにはあなたにしかできないお仕事、他にあるでしょう?」
「……俺にしかできない仕事?」
「ええ。あなたの仕事は、カーネリアちゃんと一緒に居ることだわ。不安な彼女と一緒に居て、一緒に不安がってあげられるのは、あなたやアンジェなのよ」
クロアさんはリアンの両肩を優しく掴みながら、真正面からそう言う。
はっとした様子のリアンは、カーネリアちゃんを振り向いて……リアンより不安そうな顔でそこに居る彼女を見て……きゅっ、と、カーネリアちゃんを抱きしめた。それに続いて、リアンの鸞も出てきて、きゅっ、と、カーネリアちゃんをリアンごと羽で包む。するとそこにフェニックスも寄ってきてくっついた。
「よし、いい子!」
クロアさんはくっつきあう2人と2羽を見て、元気にそう言う。さっきまで焦っていたクロアさんも、彼らの姿に元気をもらったみたいだ。僕も貰った。フェイも、インターリアさんもちょっと元気が出てきたみたいで、ちょっと前向きな顔になってる。
……よし。僕も、焦るのはやめよう。
落ち着いて、今、できることを考えなくては。
「リアンの案も、悪くはないと思うのよね。相手は一応、正規の手順を踏んできているのだから、それに真っ向から対抗する、っていうよりは、第三勢力から突っついて崩した方がいいと思うの」
「つまり、クロアさんが手紙を盗んで逃げる、っていう?」
「ええ。そうね。リアンがやるよりは私がやった方がいいと思うわ」
クロアさんはそう言うけれど……それって、クロアさんを逃げ場無しの犯罪者にしてしまう、っていうことになる。クロアさんは『そんなの今更よ』って涼しい顔をしているけれど、でも、僕としては、それはちょっと……。
……僕と同じく、クロアさんを犯罪者にしたくないらしいフェイは、難しい顔で考えて、考えて……そして、言った。
「ちょっと今思ったんだけどよ……その、カーネリアちゃんを俺か親父の養子にしちまう、ってのはどうだ?」
「えっ!?わ、私、フェイお兄様の娘になるの!?」
カーネリアちゃんは驚いていたけれど、僕らも驚いてる。フェイに娘ができるって、なんか、すごい。
「いや、そうしたらカーネリアちゃんはジオレン家じゃなくて、レッドガルド家になるだろ?そうなったらそうそう、取り立てには来られねえだろうし……それでも来たら、俺達が差し押さえの分の金を用立てることだって、できるだろ」
そう言って、フェイは……気まずげに、頬を掻く。
「まあ……その、金貨20000枚は、流石にちょっと、俺の一存じゃあどうにもならねえ金だからよ、親父達と相談になるけど……」
そ、そうだよね。貴族だって、ちょっと動かすのを躊躇う額だよね。うう……。
大体、フェイにいきなり娘ができたら、フェイだけじゃなくて、フェイのお兄さんやお父さんにだって、影響するわけだし。それは流石に、相談無しじゃ、駄目だと思うし……。
「そうね……。金貨20000枚は、ちょっと難しいわね……。どうしましょう。王家に財宝でも盗みに入る?」
「くそ、私に財力があれば、カーネリア様をお守りできるのに……!やはり、王家の連中を皆殺しにするしかないのか?」
……うん。過激だ。この森の女性達は、こう、揃って、過激だ。筆頭はカーネリアちゃん。『ぜんめんせんそうだわ!』は僕、忘れない。
「い、いや、流石にもうちょっと平和に解決しようぜ!な!……い、いや、でも、確かに、そろそろ王家と縁切っちまうのも、手、なのか……?ラージュ姫には覚悟決めてもらうことになっちまうが……」
……フェイもちょっと過激になりつつ、困ってる。
全員、困ってる。
カーネリアちゃんとフェニックスを助けるために、何とかしたい気持ちは全員にある。けれど中々、勇気がいる行動というか……。
今のところ、フェイの養子にしてしまう、っていうのが一番いいやり方、なのかな。
クロアさんを犯罪者にすることは無いし、カーネリアちゃんは正式に、ジオレン家じゃなくてレッドガルド家になれるから、財産を押収されないかもしれないし、もし財産を押収されることになっても、レッドガルド家が正式に肩代わりできるし……。
いや、でも、そうなると、フェイの家が金貨20000枚を支払うことになってしまう。それって、結構大きな打撃、なんじゃないだろうか。領地が傾くくらいの。
それは避けたい。けれど王様としては、きっと、フェニックスを押収できないならせめてレッドガルド家に嫌な思いをさせてやろう、ってするだろうし、そうなると金貨20000枚……。
金貨20000枚って、僕が描いて出す宝石何個分ぐらいなんだろう。ちょっと想像もつかな……。
……うん?
カーネリアちゃんは『ジオレン家の者』なので、カーネリアちゃんの持ち物は『ジオレン家の財産』で、だから『罰金の金貨20000枚』を補填するためにフェニックスが差し押さえられてしまう。
……これ、別に、フェニックスじゃなくても、いいんじゃないかな。
うん。ええと、僕……その、ちょっと、気づいてしまった。
「……あの、そもそも、今の状態でも、カーネリアちゃんにお金を用立てることは、できるんじゃないかな」
カーネリアちゃんがレッドガルド家じゃなくても、お金さえ持っていれば、解決なんじゃないかな。
「お、おう……?」
「ええと……ちょっと待ってて」
僕は家に戻って、自分の部屋に置いてあるクッキーの空き箱を持って、戻る。
……そこで、にっこりと呆れ顔のクロアさんや、不思議そうなインターリアさん、興味津々のカーネリアちゃん達の前で、箱を開けて……。
「宝石なら、あるよ」
「うおっ眩しっ」
箱の中には、宝石がざらざら入ってる。
「お金で解決できるなら、お金で解決しようよ」
お金にできる宝石なら沢山あるんだから、これで解決できるんじゃないかな。