13話:無いから在る*2
そうして裁判が始まった……らしい。
『らしい』っていうのは、僕は裁判所に行っていないからだ。カーネリアちゃんも行かない。偵察、っていうことで、クロアさんとインターリアさん、それにフェイが裁判を傍聴しに行っただけだ。
カーネリアちゃんを、ジオレンさん達やドラーブ家の人達の目に触れさせたくない。だから、僕らは留守番だ。
僕とカーネリアちゃんは森の前、切株の上に座りながら、お互いの鳥で暖をとりつつ話す。
「オレヴィ様達、黙っていてくださるかしら」
「あんまり期待はできないんじゃないかな……」
「そうよね……」
カーネリアちゃんは、ため息交じりにそう言って、フェニックスを撫でる。フェニックスは座ったカーネリアちゃんの膝の上に頭を凭れさせて、悠々と撫でられ心地を味わっている。幸せそう。
僕の鳳凰は僕を背中からすっぽり羽で覆ってしまうのが好きみたいで、おかげで僕は背中がほかほかしている。代わりに膝には管狐。こいつ、撫でられるの大好きだから。
「フェニックスのことが公になってしまったら、もっと大変なことになるのかしら」
「その時はフェイみたいに開き直ればいいんじゃないかな」
「そうね……。フェイお兄様のああいうところ、ちょっぴり憧れだわ」
「うん。僕も」
フェイの堂々としていて判断がぱっきりしていて、明るくて社交的なところ。ちょっと憧れる気持ちは僕にもあるよ。
「……私、フェイお兄様には程遠いわね。もっと頑張らなきゃ」
「うん。僕も……」
僕ももうちょっと、堂々としていられたり、優柔不断じゃなかったり、明るかったり社交的だったりした方がいいよね。うん。頑張らなきゃ……。
「なーに落ち込んだ顔してるのよ」
僕らがフェイのことを考えつつ自分と比べてちょっとしょげていたら、ライラがお盆を持ってやってきた。
「元気がない時には甘いものよね。ついでにまだまだ寒いから、あったかいもの、ってことで。はい、どうぞ」
そしてライラは僕らの前に、マグカップを差し出す。マグカップの中身はミルクセーキ。近々妖精カフェのメニューに加えたい、って、ライラとクロアさんが話してるの、この間聞いた。
「で、どうしたの?なんか落ち込むこと、あった?……あ、裁判が心配?」
ライラは自分の分のカップを手に、僕らの向かいの切り株に腰かける。
「それもあるんだけど、今は『フェイには程遠いね』って二人で落ち込んでた」
「は、はあ?何よ、それ」
「フェニックスのことが知られてしまっても、堂々としていたいわね、っていうお話なの」
「ああ、そういう……」
ライラは頷きつつ『カーネリアちゃんは分かるけれどトウゴも?』みたいな顔をしてきたけれど、僕は頷く。僕もフェイみたいに格好良く堂々としていたいです。
「……まあ、フェイ様は貴族だしね。生粋の、っていうかんじ、するわ。振る舞いもやっぱり、人の上に立つ立場の人のものよね。というか、悪意ある声を無視するのが上手いっていうか」
ライラはそんなことを言いつつ、カップの中身を飲む。僕は猫舌なので、ミルクセーキを吹いて冷ましつつ、飲める温度まで待つ。カップの中に息を吹き込むと、ふわふわっ、と湯気が出てくるのがちょっと面白い。
「私は別に、あんた達がそういうの苦手でも、いいと思うけど」
湯気がふわふわするのを楽しんでいたら、ライラがそんなことを言うので、慌てて顔を上げてみる。ライラはちょっと笑って僕の顔を見つつ、もう一口、ミルクセーキを飲んだ。
「いいじゃない。人に悪意向けられて傷ついたり困ったりしたって。そういう人が居たって、いいわよ」
「……そうかしら?頼りないんじゃあないかしら?」
「全員が全員、頼れる人だったら頼られ甲斐が無いわよ」
た、頼られ甲斐って……。い、いや、ちょっと分かるけれどさ。うん……。
「……それにしても、あんた達見てると、私、ちょっと優しくなれる気がするわ。人って傷つく生き物だ、って思い出せるからかな」
ライラはちょっと笑って僕らの顔を見る。
……僕らを見て『人は傷つく生き物だって思い出す』っていうのは、僕らとしてはちょっと複雑な気持ちではあるんだけれど。
「ミルクセーキ、おかわりいる?」
「ほしいわ!」
「僕はもうちょっと冷めてから」
でも確かに、僕らみたいなのも居て、それで、世界はちょっと平和、なのかもしれない……。
「ただいまー」
数日が経って、フェイ達が帰ってきた。
女性2人とフェイ1人なら、レッドドラゴン1匹に乗れるらしい。レッドドラゴンに乗っての帰還だった。
「はあ、疲れちゃったわ。久々ね。こういう恰好も、『調査』の類も」
クロアさんは秘書スタイルでフェイについていっていたから、タイトスカートでちょっと窮屈そうにしている。新鮮なかんじだ……。
……ん?調査?
「ああ、ちょっと、ジオレン家の様子を見てきたの。お屋敷はどんなかんじかしら、っていう具合にね。それで帰ってくるのが少し遅れてしまったのだけれど」
「そっか」
何故か、クロアさんはジオレン家の様子を見てきたらしい。要は、人じゃなくて、お屋敷の方、らしいけれど。
……なんでだろう。
「インターリアさんも疲れたんじゃない?ずっと気を張っていたでしょう?」
「そうだな……気を張っていた、というか、緊張していた、というか」
インターリアさんはちょっと苦笑いする。……確かに、王都とか裁判所とかが得意なタイプには見えない。
「悪ぃなあ、インターリアさん。騎士が1人は居てくれた方が俺としては心強かったし、カーネリアちゃんに近しい人が1人居た方がいいと思ってさ」
「何も悪く思われる必要は無いとも。今回、私が騎士として役に立つ場面はまるで無かったが、カーネリア様をお守りする立場としては、有用な情報を得られたと思う。ご同行できてよかった」
「そっか。それなら俺も嬉しいけどさ」
フェイはちょっと笑ってそう言って……それから、僕に、裁判の内容をざっくり教えてくれた。
「とりあえず、やっぱりドラーブ家からフェニックスの話は出てたぜ。しょうがねえけどさ」
「やっぱり……」
「まあ、フェニックスの目撃情報が出せれば、自分達の家にかかった諸々の嫌疑も吹き飛ぶぐらいの衝撃を与えられる訳だし、言わねえ訳がねえよな」
フェイはそう言って、ため息を吐いた。
……これで、フェニックスの所在は知られてしまった。となると、カーネリアちゃんは今後、ちょっと隠れて過ごすか、いっそ、フェイみたいに堂々と開き直って過ごすか、どちらか、ということになる、のかな。
「……とりあえず、フェニックスは魔術的にも決して弱くない生き物だわ。カーネリアちゃんとの結びつきもとっても強いから、カーネリアちゃんとフェニックスの意思を無視して人間の魔法でどうこうされてしまうことはほぼ無いでしょうし、そうそう盗まれたりもしないでしょうけれど」
「カーネリア様の心身が心配だ。ご家族に空き巣に入られたりして傷ついておられるところにこれだからな……全く!」
インターリアさんが怒っている。うん。僕もちょっと怒りたい気持ちだよ。どうしてこう、立て続けに色々あるのかな……。全部繋がった事件だからしょうがないけどさ……。
「まあ、そこは俺達で助けてやろうぜ。幸い、カーネリアちゃんはしっかりしてる。フェニックスを売れって言われてもちゃんと断れるくらいには、さ」
フェイはそう言って、こちらに駆けてくるカーネリアちゃんに手を振った。どうやら彼女、レッドドラゴンが飛んできているのを遠くから見つけて、駆けてきたらしい。
「大体、この町は精霊様のお膝元だ、っつって、結構王都では噂になってるみたいだったしな。攻めてくる奴らは居ないと思うぜ。そこは安心だな」
フェイはそう言って笑顔を見せる。
……そっか。精霊のお膝元だから、攻めてこない……ん?
「そ、そんなに?」
「おう。チョコレートとマシュマロまみれにされた兵士達が王都の酒場でその恐るべき体験談を語りに語ってるらしいからな。皆ビビってるらしい」
……そっか。いや、それは、それは……ええと、それは何より!
「ってことで、カーネリアちゃんのフェニックスを盗む方法はほぼねえよ。それこそ、トウゴみてえなのが居りゃ、話は別かもしれねえけど、そうじゃなきゃ召喚獣を盗む事なんざできねえだろ。ついでに、カーネリアちゃんの財産に手ェ出すならカーネリアちゃんの許可が必要なわけだしさ」
「そっか。じゃあ、あんまり心配要らないのかな」
「俺はそう思うぜ。一応、親父にも確認しとく」
無理矢理フェニックスをどうこうすることはできない、っていうのなら、ちょっと安心だ。逆に言えば、無理矢理どうこうされる可能性があるのはフェニックスよりカーネリアちゃん、っていうことになるのかな。そこは気を付けていかなきゃいけないけれど、それにしたって、この町に居る限りはある程度、安全を保てそうだ。少なくとも、無理矢理襲われる、みたいなことは、あんまり無いんじゃないかな。
何と言っても、この町は、チョコレートとマシュマロで怖いことになる町、っていう、そういう印象がある、みたいだから……。
……つくづく、あの時、ちょっと派手にやっておいてよかった。
カーネリアちゃんが寄ってきたので、彼女にももう一度、説明。
オレヴィ君の所からはフェニックスの情報が出てしまいました、というところと、無理矢理フェニックスを奪い取られることは無いだろう、っていうところ。
……勿論、完全に安心、っていうわけではないだろうけれどさ。カーネリアちゃんを殺害してフェニックスの所有権を奪い取る、とかならできてしまうらしいし……。でもカーネリアちゃんには常に騎士が誰かついているようになっているし、そもそも、フェニックス自身も強い生き物だ。護衛はばっちり。
それから……その次の話も、出た。
「そう。じゃあ、お父様達はゆーざいなのね!」
僕もまだ聞いていなかった……ジオレンさん達の、判決について、だ。
「ジオレンさんの親父さんの方も兄さんの方も、有罪。情状酌量無し。貴族位は剥奪。領地は接収。それで、貴族でありながらみみっちい犯罪やったことについての国への罰金は、ジオレン家の財産の差し押さえで補填、ってことになったみたいだぜ」
財産の差し押さえ……。
そっか。この世界にも差し押さえとかはあるよね。当然。
「そ。屋敷とか家財とか、残ってるんだろ?だからそういうの差し押さえて罰金の補填、ってことらしい」
成程。家を取り潰すついでに、財産も全部没収しよう、っていうことなのかな。ということはジオレンさん達は一文無しになってしまうのか。……出所した後が大変そうだ。出所できるのかは知らないけれど。でも、青少年の誘拐とか貴族の庭で大暴れとかの罪が2年経たずに服役終了してるんだから、案外すぐに出てきそうだ。
僕がそんなことを考えている中……フェイは、ちょっと、難しい顔をしている。
「けど、なあ……」
「どうしたの?」
僕が聞いてみると、フェイは……言った。
「……それで、どれぐらい補填できるんだろうなあ」
「え?」
ちょっと不思議なことを言っていたので聞き返すと、フェイはちょっと困った顔をしながら、クロアさんに視線を送った。クロアさんはその視線を受けて、フェイの代わりに喋り出す。
「私達、それを調査しにジオレン家に寄ってきたの。それでね、私の見立てだと、ジオレン家にはもうほとんど、財産は無いはずなのよね。だからこそ、カーネリアちゃんの家に空き巣に入ったわけだし」
あ、うん。そうだよね。財産があったら空き巣はやらない……と思う。いや、世の中には財産があっても空き巣に入る人も居るのかもしれないけれど……。
「そしてそれは、裁判所側……つまり、王都の公的機関としても、知っているはずなのよね。国の公的機関が関わることだから、調査だってできるわけだし。なら、その辺りは調査してから裁判になっているのでしょうから」
そういうものなんだ。そっか。……ということは、どうしてクロアさんは公的機関でもないのにジオレン家の財産について調査……あ、なんでもないです。
「まあ、そういうわけで……今回の判決って、王家側には嬉しくない判決だと思うのよね。財産の無い相手から財産を没収したって、旨味が無いでしょう?見せしめにするにしても、美味しくないやり方よね」
クロアさんはそう言いつつ、首を傾げる。
「今回の判決で出た罰金額、金貨20000枚なのよ」
そっか。金貨20000枚。……分からないぞ。
「……それってどれぐらい?」
「えーとな、ライラん時のブロンパ家の罰金が2500枚。ライラは1000枚」
そっか。あの時のブロンパ家の罪状って、『知的財産権の侵害』の緩いやつと、『レッドガルド家に迷惑をかけた罪』だったから……『貴族にあるまじき行動をした』で20000枚なのは、まあ、そういうものなのかな……。いや、うーん、やっぱりちょっと多い気がする。
「ジオレン家の屋敷と家財、その他の諸権利なんかを全部合わせても、金貨3500枚ぐらいだと思うわ。多く見積もっても、ね。……そもそも、ほとんどの財産は前回で既に没収されているのだし」
ということは、ジオレン家に金貨20000枚を請求してもしょうがない、っていうことじゃないだろうか。だって、4分の1すら払えないっていうことだし。
「だからなあ、まあ、不思議っちゃそうだよな。額だけでかく出して他の貴族達に見せしめにする、ってのも、なんかなあ……説得力がねえんだよなあ……」
クロアさんもフェイも、判決に今一つ納得がいかないような顔をしている。うん。僕も話を聞いたら、なんとなく納得がいかなくなってしまった。
「ジオレン家が自分の家の財産について虚偽の申告をしてる、とかは?」
「ないない。罰金額を少なくするために財産を少なく申告する、っつう具合に、逆ならあるかもしれねえけどさあ……」
「そうね。或いは、ジオレン家に隠し財産でもあるのなら、話は分かるんだけれど……そんなものがあったら、私が知らないのはおかしいし」
あ、おかしいんだ。そっか。クロアさんはすごいなあ。
「隠し財産じゃないけれど、隠し子なら居るわよ!ここに!」
「ふふ、そうね。カーネリアちゃんがジオレン家で何よりの財産かも」
ちょっと反応しづらいブラックジョークを軽快に飛ばすカーネリアちゃんに、クロアさんは優しく、くすくす笑って……。
「……ん?」
「……あ」
……フェイとクロアさんが、固まった。
僕も、すごく嫌な予感がして、固まった。
「……ねえ、フェイ君」
「……おう」
クロアさんは、すごくぎこちない様子でフェイの方を向きながら、言った。
「もしかして、不義の子の財産も、ジオレン家の財産として、差し押さえの対象になる、のかしら?」
「……王家は、フェニックスを差し押さえるつもりなのかも」
クロアさんの言葉を裏付けるように、空にはリアンが鸞に乗って戻ってきている姿がある。
リアンの手にあるのは……封筒だ。