12話:無いから在る*1
「絶対に駄目よ!この子は売り物じゃないわ!」
カーネリアちゃんは慌ててフェニックスを抱きしめる。フェニックスも大急ぎでカーネリアちゃんの腕の中に潜り込んで、そのふわふわの羽にカーネリアちゃんを埋めさせた。
そんな1人と1羽の様子を見た男性は、残念そうに、かつ諦めきれない様子でカーネリアちゃんに話しかける。
「どうしても、駄目かね?」
「ええ!どうしたって駄目よ!」
けれどカーネリアちゃんだって負けていない。彼女はしっかりとフェニックスを抱えて、フェニックスもぴったりカーネリアちゃんにくっついて、絶対に離れない姿勢だ。
「大体あなた、失礼だわ!いきなり他人の子を『売ってくれ』だなんて!」
そして精一杯の怒りの形相でそう言うカーネリアちゃんを見て、男性は流石にちょっと自分が失礼だったって思ったのだろう。居住まいを正して、ばつの悪そうな顔で弁明を始める。
「いや、申し訳ない。私は商人でね。ゴート・バーインという者だ。バーイン商会というと、聞いたことがあるだろう?」
僕は無い。
カーネリアちゃんを見ると、首を傾げている。アンジェは勿論だし、リアンは……あれ、ちょっと思い当たるものがありそうだ。
ちょっとリアンに聞いてみると、『王都に店があった。客も店も羽振りがよくて、いいカモだったから……』とのことだった。聞かなかったことにしておこう。
「この町にフェニックスが居ると、とある貴族から聞いて慌てて訪ねてきたんだよ。半信半疑だったが、もし本当に居るなら是非手に入れなければと思ってね」
とある貴族?ジオレン家じゃないだろうし、となると……。
あ、カーネリアちゃんもリアンも、嫌そうな顔をしている……。
「折角ならフェニックスも、人の多いところで役に立った方がいいだろうと思って……」
「役に立つ、ですって?」
カーネリアちゃんが棘のある声で聞き返すと、バーインさんは頷く。
「ああ。フェニックスの涙は伝説によると、どんな傷でも癒すらしい。そんなものがあるなら、多くの人の傷を癒すために使われるべきだろう?」
カーネリアちゃんはちょっと、困っていた。多分、バーインさんの言うことも分からないでもないから、だと思う。
けれど……。
「涙だけでも、売ってくれないかね。金は弾むよ」
「あの、1つ、いいですか」
バーインさんがカーネリアちゃんに迫る前にちょっと割り込ませてもらって、先に気になることを聞いておくことにした。
「とある貴族から聞いた、というのは、その、ドラーブ家から?」
バーインさんは一瞬、表情を変えた。けれどその後すぐ、『それは言えないね』と言ってくる。
……多分、そうなんだろうなあ、と思うよ。だって、カーネリアちゃんがフェニックスと一緒に居るって知っているのは、ジオレン家の人と、後は彼女とインターリアさんの旅の途中で出会った人がもしかしたらしっているくらいで……その他には、ジオレン家と手を組まないか持ち掛けられたドラーブ家しかありえない。
「まあ、情報の出どころっていうのは黙っていないといけないのさ。そこは許してほしいね。それで……」
「あの、やっぱり駄目だわ」
僕の後ろに隠れたカーネリアちゃんは、改めて、断ることにしたらしい。
「涙が必要な人には分けてあげるわ。でも、それをお金稼ぎに使われたら絶対に碌なことにならないもの」
バーインさんはちょっとたじろぐ。その隙に、リアンとアンジェが両脇からカーネリアちゃんをそっと引っ張って、さっと連れていってしまった。勿論、フェニックスも一緒に。
よし!いいぞ!
「ああ、待ってくれ!せめて、連絡先を……」
「あの……」
バーインさんがカーネリアちゃんを追いかけようとしたので、取り残された僕が、また彼の前に割り込んでみる。
「こ、こら。なんだね君は。邪魔をしないでくれ」
「……その、やめてください」
少し苛立った様子のバーインさんに、一応、お願いだけはしておくことにする。
「あの子、色々あったばっかりなんです。今はそっとしておいてあげたい」
「しかし、フェニックスの涙を待ち望む人々もまた、多いのだよ、少年。邪魔をしないでくれんかね?」
「なら、お金抜きで僕らでやります。……今、あなたがあの子をそっとしておいてくれないなら、騎士団に入ってもらうことになります」
渋るバーインさんに森の騎士団の存在をちょっと伝えると、流石にちょっと分が悪いと思ったのか、たじろいだ。そうだ。石膏像達は強いんだぞ。
「それにあの子達、森の子です。フェニックスも」
「そ……それは?」
「だから駄目です。精霊は絶対にあの子達を手放しません。……それじゃあ、失礼します」
僕は、取り残されたままだったカーネリアちゃん達の買い物の袋を持って、カーネリアちゃん達を追いかけることにした。
「ま、待ってくれ!」
待たない!こういう時はすぐに退散するに限る!逃げろ逃げろ!
カーネリアちゃん達は、森の騎士団の詰め所に避難してくれていた。リアンの提案だったらしい。流石だ!
僕はとりあえずお菓子屋さんの方を見て回ろうとしていたのだけれど、妖精達が飛び出してきて、こっちこっち、と詰め所に案内してくれた。アンジェから頼まれたのかもしれない。
「あ、トウゴ。よかった。買い物の荷物、置いてきちまった、って話してたところだったから」
そして詰め所に入った僕と僕の手の買い物袋を見て、リアンは安心した顔をした。見る限り、カーネリアちゃんもアンジェも、ちょっと不安そうではあるけれど、ここに来るまでの道中で何かあったっていうことは無さそうだ。
テーブルに着いて、そこで温かいお茶を貰いつつ、大人しく待っていた。よかった。
「話は聞いたよ。大変だったね」
そして、詰め所ではマーセンさんが難しい顔をして、子供達の向かい側に座っている。
「必要とあらば、今後はそういう連中に対する警備もしないとな。うん……それから、カーネリアちゃんには常にインターリアか誰かがついていた方がいいだろうな。彼女にも相談してみよう」
マーセンさんは早速、騎士団の見回りのシフトを変えているらしくて、紙にペンで色々書き込んでいる。お世話になります。
「ねえ、どうしましょう、トウゴ。きっとオレヴィ様のお家よね?あそこの人達が、私のフェニックスの話、したんだわ……」
「だろうね……」
一方、カーネリアちゃんは今後が不安そうだ。
そうだよね。多分、バーインさんが言っていた『とある貴族』って、ドラーブ家のことだろうし。
「ドラーブ家の野郎共も碌なことしねえよな」
リアンはちょっとやさぐれた調子でそう言う。君の気持ちは分かる。うん。
そしてその一方で、マーセンさんがちょっと難しい顔をする。
「ドラーブ家が関わっているのか?」
「あ、はい。多分、今回、フェニックスを買いに来た人の情報源が、ドラーブ家みたいで……」
僕からも事情を説明すると、マーセンさんはより一層、難しい顔をして、『碌なことをせん奴らだな』と言った。リアンと同じ事言ってる……。
「……ところでドラーブ家は、近々裁判に出るんだったな?」
「はい。ジオレンさん達の犯行についての証言者なので」
フェイの話だと、『ドラーブ家はジオレン家の犯罪を証言することと引き換えに罪を軽減してもらったり見逃してもらったりするつもりだろうなあ』っていうことだったので、間違いなく、ドラーブ家はジオレン家の罪について証言する。
「となると……そこで、フェニックスの話も、出るか?」
……うん?
「裁判の中でフェニックスの話が出ると……その、多くの人間に、フェニックスの存在が、知れ渡らないか……?」
……うん。
え、ええと……た、大変だ……!
「まあ元気出せよな。俺だって元気にやってるぜ。レッドドラゴン連れ回してさ」
「ええ。そうね……。フェイお兄様だって、レッドドラゴンと一緒に居て、やっかまれても、ひがまれても、元気に過ごしてらっしゃるものね……」
それから、『伝説の生き物を所有しているために厄介ごとに巻き込まれることについての先輩』にお越し頂いて、カーネリアちゃんを元気づけてもらうことにした。
つまり、フェイ。……彼はレッドドラゴンのことで散々な目に遭ってるから。うん。いや、カーネリアちゃんを元気づけてもらう為だけじゃなくて、フェニックスについての報告や相談も兼ねて呼んだんだけれど。
「この森に居ると感覚狂っちまうけど、本当だったらペガサスだのユニコーンだのも、結構珍しいんだからな?」
「時々、町の中にも馬、居るけど」
「ああ、そうだな。お使いに出てるよな、馬が……」
うん。天馬は羽が生えてるから、一角獣とは違って壁を越えてこられる。だから、壁を越えて、時々お使いにくるんだ。自分達の抜けた羽とか、森の奥の方に生えてる薬草になる草とかを売って、そのお金で人参とか買って帰ってる。けれど馬達は宵越しの金は持たない主義らしくて、馬の買い物はいつもお釣りを持って帰らない。おかげで困ったお店の人が、僕に『これ、馬のお釣りです』ってお金をくれる。ついでにパンとかチーズとかもくれる。嬉しい。
……いや、ええと、つまり馬は器用だし賢いし、けれど、その、もう、どこから何を言ったらいいのか……。
「……ま、まあ、ペガサスもユニコーンもすっかり町に馴染んじまってるけどよ。でもまあ……その中でも特に、レッドドラゴンとかフェニックスとかは珍しいから、こういうこともあるよな」
フェイは馬達からは一度意識を離して、ひとまずそう締めくくった。うん。馬はともかく、レッドドラゴンやフェニックスについては、特に特別だ。何せ、もう絶滅してしまっている生き物なんだから。
……そう考えるとちょっと、悲しい。
僕が、自分で描いて生み出してしまったレッドドラゴンやフェニックスについて色々考えていたら、ふと、カーネリアちゃんが零した。
「さっきのおじさま、この子の涙を欲しがってたわ」
うん。バーインさんは、フェニックスをフェニックス自体というよりは涙に価値を見て、欲しがっていたように見えた。
「こんな所に居るよりも人が多い場所で、涙を役立てた方がいい、っていう風にも言っていたわ。……私、それを聞いて、確かにそうかもしれない、って思っちゃったの」
カーネリアちゃんは不安げにそう言いながら、お茶のマグカップを手の中でちょっと揉みつつ、僕に聞いてきた。
「ねえ、トウゴ。役に立たないものって、居ちゃいけないのかしら」
「……駄目だとは、思わないよ。役に立つに越したことはないと思うけれど」
難しい話だ。すごく。
役に立たないものは居てはいけないのか。役に立つものしか居られないのか。
そもそも役に立たないものってあるのか。すべてのものに何らかの価値は存在するのではないだろうか。
けれど確かに、有効利用っていうものは存在していて……フェニックスがあまり涙を流さずに森の町で過ごしていることは、フェニックスの無駄遣いなんだろうか。
「そう……。ねえ、マーセンおじ様はどうお考えかしら?」
僕が考え込んだのを見てか、カーネリアちゃんは少し身を乗り出して、マーセンさんに尋ねる。マーセンさんはまさか自分に聞かれるとは思わなかったらしくてちょっと驚いていたけれど、そこは流石の大人だ。少し考えて、すぐに話し始めてくれた。
「うーん……厳しいことを言うならば、役に立てない者は、共同体の中に居るべきではないな。役に立てない者が共同体の中に居るためには、役立っている者達の許しが必要、ということになるだろう。だが……」
マーセンさんはちょっと迷うように口を閉じて、でも、結局は言うことにしたらしい。
「フェニックスの涙は、必ずしも世界を平和にするものじゃあない」
「……怪我を治すものなのに?」
「ああ。例えば、金になるなら争いの元になる。それは、君も気づいているようだが……」
カーネリアちゃんははっとして、頷く。確かにそうだ。フェニックスの涙は使うならともかく、売るのならば……彼女の言葉を借りるなら『絶対に碌なことにならない』っていう奴だと思う。
「それに、怪我を治せるというのならば、悪用もできる」
「あ、悪用?」
「フェニックスの涙なんて、伝説上の代物だ。存在を知らない者だって多い。となれば……新しい治癒の魔法が開発されたと嘘を吐く材料にできるな。薬の効用についての詐欺にも使えそうだ。他にも、そうだな、傷を治せば死なないから、無限の拷問ができる」
……マーセンさんから、とんでもないことを聞いてしまった。む、無限の拷問……。想像してみたら、すごく怖かった。
「まあ……そういうわけで、必ずしもフェニックスの涙を売ることが正しいことだとも限らないんだよ。売らないにせよ、流通させたらまずいことになるだろうな」
マーセンさんはそう言って……カーネリアちゃんの頭を、ぽふ、と撫でる。
「そういう訳で、リトルレディ・カーネリア。君の判断は正しかったよ。フェニックスを『役立てる』ことを無理に考える必要はない。一長一短だ。だから、ひとまず保留にするのは間違った判断じゃあないし……それに、フェニックスは君の大事な友達だろう?」
マーセンさんは屈んで、椅子に座ったカーネリアちゃんとしっかり目線を合わせる。
「友達を『役に立つか立たないか』だけで考えるのは、ちょっと寂しくないかい?」
「……そうね。そうだわ」
カーネリアちゃんはちょっと恥ずかしそうに頷いた。
「ちょっとまだ、頭の中、こんがらがってるの。でも、ちょっとは整理がついたわ。……ひとまず、これでよかったのね」
カーネリアちゃんはちょっと元気になったみたいだ。ああ、よかった。
……ジオレンさんのことがあった直後にこれだから、たまったものじゃないよね。
「そうだ。……さて。じゃあ、カーネリア。リアン。アンジェ。君達は家に戻って、お片付けだな。買った服があるんだろう?」
「そ、そうだったわ!沢山買ったもの、クローゼットにしまわなきゃ!」
カーネリアちゃんはぴょこん、と椅子から立ち上がると、マーセンさんや、心配そうにこちらの様子を窺っていた石膏像の皆さん達にぺこり、とお辞儀して、そして、リアンとアンジェと一緒に詰め所を出ていった。
詰め所を裏口から出てからは、お菓子屋さんの裏庭に回って、そこにある大木のうろの中に入って、地下のトンネルを通って行けばすぐ、森の中だ。だから目立つこともなくて安心。
「……さて」
そして、マーセンさんは深々とため息を吐いた。
「いよいよ、裁判が心配だな……」
うん。僕も、心配だ……。




