11話:家族の夢*4
養子縁組。そんな言葉が僕の頭の中でふわふわしている。多分、リアンの頭の中でもふわふわしている。
リアンは多分、プロポーズのつもりで、カーネリアちゃんに言っていたのだけれど、カーネリアちゃんは……その、そういう意味じゃなくて、家族になろうとしている!夫婦じゃなくてきょうだいになろうとしている!
ああ、どうして人って、こんなにもすれ違ってしまうんだろうか……。
「あの、リアン?」
リアンが固まっているものだから、カーネリアちゃんはちょっと心配になったらしい。けれど、その、リアンが固まるのは、しょうがないと思うよ!
「な、なあ、カーネリアちゃん。別に、リアンが上とかカーネリアちゃんが上とか、そういうんじゃなくて、いいんじゃねえかな……」
固まっているリアンに代わって、フェイがちょっと助け船を出したのだけれど……。
「それもそうね!じゃあ双子ってことにさせてもらってもいいかしら!」
それも違う。違うんだよ、カーネリアちゃん。そうじゃないんだよ!
……とりあえず、この話はアンジェには大喜びで受け入れられた。カーネリアちゃんがお姉ちゃんになるのが嬉しいらしい。
けれど周りの僕らとしては、リアンの気持ちも考えてしまって、その、複雑な気持ちだ……。
「……ねえ、リアン。元気出してね。とりあえず、カーネリアちゃんは元気になったし。それは君の力だよ」
「うん……」
「おいおい、リアン。まだ何もかもお終いって訳じゃねえだろ?諦めんなよ?」
「でも俺、全然、そういう風に見られてないってことじゃ……」
「それはこれから頑張れよ!な!お前、もうあと2年もしたらいい男になってるって!な、ラオクレス!」
「あ、ああ、そうだな。そうだ、きっとお前は立派な男になっているだろう……」
……僕らでリアンを囲んで、リアンを慰める会を開催している。いや、だって、こんなの、こんなの……あんまりだよ!
リアンは『まだチャンスが無い訳じゃない』って思いつつも、すごく頑張ったプロポーズがまるで受け止められていなかったことにショックを受けているらしくて、やっぱり落ち込んでいる。あああ……。
……その一方で、女の子達は、嬉しそうだった。
「カーネリアおねえちゃん、おねえちゃんになってくれるの?」
「違うわ、アンジェ。私があなたのおねえちゃんにならせてもらう、のよ!これからもよろしくね!」
「うん。アンジェ、うれしい……」
にこにこしながら、2人の女の子はそう言って話している。平和だ……。ちょっとだけ憎らしくなってしまうぐらい、平和だ……。
……けれど、その平和は、ちょっと、崩れる。
「カーネリアおねえちゃんが、本当におねえちゃんになったらいいのにな」
アンジェはちょっとはにかみながらそう言った。
「本当の?」
カーネリアちゃんがきょとん、としていると、アンジェはもじもじしながらも、ちょっと期待に満ちた目でカーネリアちゃんを見上げる。
「あの、カーネリアおねえちゃんがお兄ちゃんのおよめさんになったら、ほんとうに私のおねえちゃんでしょ?」
……よし!いいぞ!
「……お、お嫁さん」
「うん。およめさん!」
アンジェが誰よりも強く、リアンの後押しをしている!素晴らしい!頑張れ!頑張れ!
「お、お嫁さんだなんて……」
一方、カーネリアちゃんはなんだか急に恥ずかしくなってきてしまったらしくて、頬を赤らめて照れ入ってしまっている。
「だ、だめよ、アンジェ。そ、その、私は家族に入れてもらうのであって、お嫁さんじゃ……」
「およめさんも家族でしょ?」
頑張れアンジェ!頑張れ!
「そ、それはそうだけれど……あの」
カーネリアちゃんはたじたじだ。珍しくもたじたじだ!
すっかり照れてしまって、真っ赤になりながらもじもじしているカーネリアちゃんを見ていると、なんだかすごく僕らが緊張してくる。
僕もフェイもラオクレスも、周りの石膏像の皆さんも、何なら従業員をやっているクロアさんにライラにラージュ姫まで、アンジェのファインプレーを見守っている。
僕はなんだかこの瞬間を描きたくなってしまって、描き始めた。なんというか、人間の、こういう、感情がすごく分かる表情って、見ていて描きたくなってしまう……。
……けれど。
「こら」
そこにリアンがやってきて、アンジェを軽く小突いた。それから、耳を真っ赤にしながらも表情はしっかり引き締めて、アンジェを諭し始める。
「……アンジェ。カーネリアは家族だ。お前のお姉ちゃんで、俺の妹か姉ちゃんかはおいておいて……とにかく、家族なんだからな」
「およめさん、だめ?」
「だ、だめじゃないけど……じゃなくて、カーネリアが困ってるだろ。急にこんな、その、無理言っちゃ駄目だ」
……リアンはどこまでも良心的にそう言う。フェイが隣で『そこは押しちまえよぉー!』って小声で嘆いている。僕もちょっとそう思うけれど、でも、こういうところがリアンのいいところだと思うよ。
「うん……ごめんなさい、おねえちゃん。困らせちゃって……」
「いいえ、その、びっくりしただけよ。心配しないでね」
アンジェがしゅんとして謝って、カーネリアちゃんは火照った顔でアンジェを元気づけて……そして、ちらり、とリアンを見て、また顔を赤くした。
「……その、カーネリア」
「は、はい!」
リアンが声を掛けると、カーネリアちゃんは緊張した面持ちで姿勢を正す。
「と、とりあえず、その、これからも、よろしく」
「え、ええ……私こそ、よろしくね」
なんだかぎこちなく2人は挨拶しあって、それで、その場はとりあえず収まってしまった。
……打ち上げパーティも終わって、翌日からまた、いつも通りの日が始まった。
ジオレンさん達は無事、王都に護送されて、そこで裁判を待つことになったらしい。オレヴィ君達の方もジオレン家に関連して事情聴取があるらしくて、ドラーブ家はちょっと忙しいみたいだぜ、ってフェイが教えてくれた。
そしてカーネリアちゃんはお父さんとお兄さんとさよならしてから、特に変化もなく過ごしている。元気がなくなったり落ち込んだりするんじゃないかと思っていたから、これには少し安心している。
リアンとカーネリアちゃんはまた楽しそうに遊んでいる様子だったし、僕らもそれを見守りながら、特にどうということもなく過ごしていたのだけれど……。
「あ、あの、トウゴ?」
カーネリアちゃんが、僕に相談してきたことだけは、大きな変化だ。
「な、なんだか最近、不思議な夢を見てしまって……」
「不思議な夢?」
どういう夢だろう、と思って聞き返してみると、カーネリアちゃんは頬を赤くして、むにゅむにゅと口の中で何かを言う。
聞こえない聞こえない、と、彼女の口元に耳を近づけてみると。
「……その、リアンのお嫁さんになる夢なの」
……うん。
「あ、アンジェがあんなこと言うからだわ!そ、それで……その」
カーネリアちゃんはもじもじしながら、僕にそっと教えてくれた。
「リアンを見ている時にね?その、時々、夢を思い出してどきどきしてしまうの……。おかしいわ、家族なのに、なんだか一緒に居て落ち着かないの……」
……うん!
すばらしい!これには僕も馬達もにっこり!
カーネリアちゃんはリアンと一緒に居るとちょっとどきどきするようになってしまったらしいのだけれど、リアンは一周回って吹っ切れたらしい。
なんというか、落ち着いたというか、余裕ができたというか、そういうように見える。
「……俺より落ち着きがないカーネリア見てたらさ、そりゃ、落ち着くよな」
「そういうもの?」
「うん」
リアンはそんなことを言いながら、カーネリアちゃんを見ている。
カーネリアちゃんは現在、アンジェと一緒に町の服屋さんの品物を見ているところだ。そしてリアンはそれを見守っているところで、僕は彼らを描いているところ。
恋する彼らは描いていてすごく楽しい。ちょっとした表情の違いとかで、一枚の絵なのにすごく物語が伝わるような、そういうものが表現できるのがすごく楽しいんだ。今まで描いていた人物画が静物画だったんじゃないかって思ってしまうくらい、感覚が違う。勿論、どちらがより良いっていうものでもないけれど。
「……なんか、その、俺はさ。別に、いいと思ったんだ。カーネリアがそれがいいっていうんなら、兄妹みたいになるんでも」
「……うん」
リアンの話を聞きながら筆を動かす。カーネリアちゃんの話をするときのリアンは、特別にいい表情をするから。
「カーネリアだってさ、親父さんとか兄さんとかのことでいっぱいいっぱいだっただろうし、その、恋、どころじゃないよな、って、思って」
「うん」
「でも、別に、家族の穴を埋められるのって、家族だけじゃ、ねえよな」
「……うん。きっとね」
お父さんやお兄さんのことで悲しい思いをしたカーネリアちゃんは、別に、新たな家族に元気づけられなきゃいけない訳じゃない。彼女を元気づけるのは、友達や、仲間や、恋人だっていいはずなんだ。
欠けたものを同じ形のもので補う必要なんてない。僕はそれを知ってる。
「お待たせ!」
それから、カーネリアちゃんとアンジェがお店から出てきた。成長の早い彼女達の服は、1年前のものがもう小さくなっていたりするから、時々買い替えなきゃいけない。そして、こうして服屋さんが森の町にもできた今、彼女達が自分で服を選んで買えるようになって、すごく便利だ。
「結構買ったね」
「ええ!春物まで買ってきなさい、ってクロアさんに言われたの!アンジェの分も買えたわ!」
ちなみにリアンの分は、近々僕と一緒に買う予定だ。僕ら2人とも服の選び方がよく分からないから、フェイに教えてもらう予定。
「荷物、持つよ」
大きな紙袋を持ったカーネリアちゃんに、リアンが歩み寄って手を差し出す。……するとカーネリアちゃんは、ぽん、と音がしそうなくらいの勢いで赤くなる。
「だ、大丈夫よ!フェニックスに持ってもらうわ!」
カーネリアちゃんはそう言うとフェニックスをペンダントから出して、早速、フェニックスに荷物を預け始めた。
ちなみにフェニックスはすごく力持ちだ。僕も運べるし、カーネリアちゃんなら上に乗せて運べる。この間、どこまで運べるのか試してみて、『マーセンさんにしがみつかれた状態でインターリアさんを片腕に抱いたラオクレス』が限界だということが判明したばかりだ。
つまり、ものすごくフェニックスは力持ちなので……荷物持ちには何の心配もない、のだけれど。
「じゃあ帰ろうか。ええと、いつも通り、お菓子屋さんの方から回って帰る道で……」
僕らが帰る相談をしていた時だった。
「……信じられん!まさか、本当に居るとは!」
そんな声が聞こえて、僕らは振り返る。
……するとそこには、知らない中年の男性が立っていて、カーネリアちゃんのフェニックスを見つめていた。
「……あの、私の子に何かご用かしら?」
カーネリアちゃんが少し不安そうに尋ねると、中年の男性はカーネリアちゃんを見て少しびっくりしたような顔をして……その後、気を取り直したように、言った。
「このフェニックスを売ってくれないか?」