10話:家族の夢*3
……それから、夜。営業後の妖精カフェで、僕らはちょっとしたパーティをすることにした。
名目は、カーネリアちゃんのさよなら成功の打ち上げ。実質は……カーネリアちゃんを元気づけるための会、なのかもしれない。
「これ、すっごく美味しいわ!さくさくで、とろとろで甘酸っぱくって!」
カーネリアちゃんは早速、焼き立てのアップルパイに滑らかなアイスクリームを添えた一皿を食べながらにこにこしている。……ちなみに彼女、アップルパイの前には、ハンバーグとクラムチャウダーと野菜のグリル、っていう夕食をたっぷり食べている。中々の健啖家だ。
「よかった……妖精さんといっしょに、カーネリアおねえちゃんに食べてもらおうって、がんばって作ったの」
「まあ、アンジェと妖精さん達が!?すごいわ!」
「あのね、アイスはおにいちゃんが作ったの」
「リアンもすごいわ!……皆が作ってくれたって思うと、余計に美味しいから不思議ね!」
カーネリアちゃんはインターリアさんと一緒に、アンジェとリアンと同じテーブルに着いている。
そして僕とラオクレスとフェイが、ちょっと離れたテーブル。石膏像の皆さんがそれぞれのテーブルに居て、クロアさんとライラは従業員。ラージュ姫は本来、こういうことをすべきじゃないらしいんだけれど、今はエプロンをつけてクロアさんとライラのお手伝いだ。ちょっと楽しそうなのが印象的。描きたい。描こう。描いた。
……パーティの最中、僕は、そっと、ラオクレスに聞いてみる。
「カーネリアちゃん、大丈夫かな……」
「……まあ、割り切れないものは存分にあるだろうな。大人びて見えても、まだ11歳だ。肉親はどんな屑でも肉親だろうし、そいつらへの期待を捨てきれない気持ちはあるだろう」
僕らが見ている先で、カーネリアちゃんは殊更明るく振舞っている。それが、無理をしているのか、本当に吹っ切れているのか、僕の目には分からない。
「まあ、すぐに吹っ切れるもんでもねえだろ。人、特に血の繋がりがあるような相手との関係を躊躇いなく切って捨てられるなら、もうそりゃ人間じゃねえよ」
「うん……」
そうだろうな、と、思う。
牢屋の前で涙をこぼしたカーネリアちゃんを思い出すと、どうにも……やるせない。
「……僕、やっぱり、カーネリアちゃんに面会を勧めない方が良かっただろうか」
やっぱり、会わせるべきじゃなかったような気がする。カーネリアちゃんにとって、今回、お父さんとお兄さんに会ったことが、いいことだったとは思えないし……。
「ねえ、トウゴ!」
僕がぼんやりしていたら、カーネリアちゃんが目の前に居た。うわ、びっくりした。
「……大丈夫?ぼんやりしていたようだけれど」
「あ、うん……」
君について考えていてぼんやりしていました、とは言えないから、曖昧に答える。フェイとラオクレスも、僕がどうしてぼんやりしていたかを言うようなことはなかった。
……のだけれど。
「あのね、トウゴ。私、改めてあなたにお礼を言うわ」
カーネリアちゃんは僕の前で、ちょこん、とお辞儀した。
「お父様とお兄様に会うよう勧めてくれて、ありがとう」
僕の考えを見透かしたような彼女の言葉に、僕はすごく、慌てさせられた。
自分より年下の女の子に気を遣わせたんじゃないだろうか、とか、顔に出ていたんだろうか、とか、色々。
……色々思った結果、僕は正直に聞いてみることにした。
「……本当によかったのかな。僕、自分のアドバイスがあんまりよくなかったんじゃないかと思ってたところだけれど」
「まさか!私、やっぱり会ってきてよかったわ!」
けれどカーネリアちゃんはそう言って笑う。
「紙に書いて用意していったこと、結局、半分ちょっとしか言えなかったの。でも、それでも結構すっきりしたわ。それにお勉強になったし、あとは、やっぱり、もやもやが消えたもの」
カーネリアちゃんはちょっと神妙な顔をしながら、自分で自分に納得するように腕組みして、頷く。
「多分私、どうして自分がもやもやしているのか、っていうところに一番もやもやしていたんだわ。お父様とお兄様が私のことをどう思っているのかも気になっていたけれど、多分それよりも分からなかったのは、『私が』お父様とお兄様をどう思っているか、だったんだわ」
「……そっか」
「ええ。だから私、実際に会ってみてよかったの。私が彼らをどう思っているのか、分かったんだもの」
にっこり笑って、カーネリアちゃんはそう言う。
……うん。それは、分かったよ。カーネリアちゃんが分かったんだな、って、分かった。だからこそ余計に心配だったんだけれど……今の彼女のしっかりした様子を見る限り、杞憂だったみたいだ。
「で、実際、どう思ってるって分かったんだ?」
「それはね……」
フェイが優しく笑いながら尋ねると、カーネリアちゃんはちょっとはにかんだような表情を見せながら、答えてくれる。
「……どうしようもない人達だと思うけれど、やっぱり私、彼らのことを家族だと思っていたみたいなの」
カーネリアちゃんの、はにかんだような笑顔が、少しだけ、寂しそうに歪む。
「それできっと、ちょっぴりは彼らを愛していて、それで……ちょっぴりは、愛してほしかったみたいだわ」
「愛って、難しいわ。形が無くって見えなくって、だからそこにあるのかどうか、よく分かんないの」
カーネリアちゃんはいつの間にか僕とフェイの隣に椅子を持ってきて座りながら、そう話す。
妖精カフェの新メニュー、ふわふわソーダの入ったグラスのストローでソーダを吸って、ほう、とため息を吐く様子が、ちょっとおませに見える。
「だから、自分が愛されてるのかどうかなんて、分かりっこないんだわ。愛してるって言われたって嘘かもしれないし、愛されてるって思ったって勘違いかもしれないんだもの。逆に、愛されてるって思わなくたって、愛されているのかも」
「或いは、愛してるって言わねえ奴が愛してたりな」
フェイが頷きつつ、ちら、とリアンの方を見る。リアンはこっちをじっと見ながらやきもきしているようだったけれど、フェイがリアンを見た途端、ちょっと慌てたような怒ったような顔をした。ちょっと微笑ましい。
「……でも、そこにあるか分からないのって、悪いことじゃないのかもしれないわ。無くったって、あるって思えば、あるような気がしてくるし……」
また、カーネリアちゃんはソーダを飲む。ソーダの上に乗った白雲みたいなふわふわのアイスが、水面の下降に伴って沈んでいく。
「でも、うーん……お父様とお兄様が、本当にどうしようもなく私に何も思っていないなら、そっちの方がもっとすっきりするのかも。むずかしいわ」
カーネリアちゃんはひたすらソーダ部分だけを飲んでいくものだから、アイスだけが取り残されて、もうすぐグラスの底に触れそうだ。
「でも、まあ……家族ですらなんだか難しいんだから、恋人ができるのってもっと難しいわよね。よく分かったわ。……どっちもちょっぴり、私には難しそう」
カーネリアちゃんはそう言ってまたため息を吐く。
「確かにちょっと、憧れだったわ。一緒にお食事したり、一緒にご本を読んだり、お休みの日には一緒にピクニックに出かけて、花冠を編んだり……」
ちょっぴり詩人でちょっぴりおませで、そして物憂げなカーネリアちゃんに、何て声をかけていいのかよく分からないまま、僕はとりあえず、アイスを食べるためのスプーンを彼女のグラスの前にそっと置く。
ラオクレスはなんて声をかけていいのか、こっちも難しい顔をしているし、フェイは『そういうこともあるよなあ』と言いつつカーネリアちゃんのお皿に飴細工の蝶を乗せていた。ケーキの上に乗ってた奴。カーネリアちゃんはこれが好きみたいだから。
……そうして僕らが言葉に困っている中。
「む、難しくない!」
リアンが、席を立って、こっちに近づいてきて……カーネリアちゃんの手を握った。
「難しく、ねえよ。家族も、その、こ、恋人も」
僕ら、びっくりして何も言えなかった。
それと同時に、なんだかすごく嬉しくて、やっぱり何も言えなかった。
ただ見守るだけになっている僕らの横で、リアンが奮闘する。
「その、俺じゃ、駄目かな。俺、大したことはできないけど、その、元気ない時に話聞くとか、一緒にご飯食べるとかは、できるし」
カーネリアちゃんは、リアンの顔を見上げて、ただ、ぽかん、としている。
「本は、まだちょっと、読むの苦手だけど。でも、頑張って勉強するから、一緒に読もう。ピクニックは……森に住んでたら毎日ピクニックだし」
確かに。うん。確かに毎日ピクニックだ。
「アンジェはカーネリアのこと、姉ちゃんみたいに思ってるみたいだし……その、だめ、かな」
リアンの言葉は最後の方はちょっと尻すぼみだったけれど、きちんと、カーネリアちゃんに届いた。
届いて、そして……。
「……いいの?」
カーネリアちゃんが、頬を紅潮させて、目を輝かせる。
「う、うん。別に、すぐに、とは、言わないから……その」
リアンはカーネリアちゃんに応えるように、勇気を振り絞るようにして、ついに言った!
「カーネリア・セレスに、なって、ほしい。俺、カーネリアと、たくさん一緒に居たい!」
「カーネリア・セレスに?」
カーネリアちゃんが聞くと、リアンは真っ赤な顔で頷いた。
「つまり……私と、家族になりませんか、っていう、お誘い?」
それにもリアンは頷いて……そして。
「だったら私、今日からカーネリア・セレスだわ!カーネリア・セレスになるわっ!わあ、嬉しい!」
カーネリアちゃんは席を立って、リアンにぎゅっと抱きついた!
急に抱き着かれて、リアンはびっくりして固まってしまっている。多分、すごく緊張していたんだろうし、すごくびっくりしてて、すごく嬉しいんだと思う!
「なんだか変なかんじだわ。でも、嬉しい!私、私……別に、お父様とお兄様がああでも、全部諦める必要なんて無いのね!」
カーネリアちゃんはちょっと恥ずかしそうに、それでいてとっても嬉しそうに、リアンを見つめて表情をきらきらさせている。
「嬉しい……そうしたら、その、これから、よろしくね?」
「う、うん。こちらこそ、よろしく……」
カーネリアちゃんはきらきら、リアンはかちこち。そんな2人は手と手を取り合って、お互いに嬉しそうにしている。
なんというか……見ている僕らも、嬉しい。僕はちょっとリアンに肩入れしてしまいがちだから、その、ちょっと、リアンと一緒に嬉しくなってしまっているのかもしれない。勿論、カーネリアちゃんが嬉しいのも嬉しいんだけれど。
横を見たら、フェイは満面の笑みでにこにこしていたし、ラオクレスはちょっとそわそわしながら、ちょっと笑っている。よかった。僕ら全員気持ちは同じだ。
そんな僕らが見守る中、カーネリアちゃんはリアンをじっと見つめて……それから、はた、と気づいたように、小首を傾げて、尋ねた。
「……それで、私がお姉ちゃんなのかしら?」
……ん?
あれ?ええと……お姉ちゃん?カーネリアちゃんが?アンジェの、かな?
……あ、いや、違う、かな?もしかして……。
「それとも私は妹?リアンがお兄ちゃんがいいって言うんだったら、私、妹になるわ!あ、でも、アンジェの妹はちょっと嫌よ!」
……ねえ、カーネリアちゃん。
君、『結婚する』っていう考えは、あんまり、頭の中に無いみたいだね……?