8話:家族の夢*1
ジオレン家の人達については、すぐにフェイのお父さんが手続きをしてくれた。
一応、ジオレン家は貴族だ。他所の貴族が自分の領地で盗みを働いた、なんていうことがあれば、フェイのお父さんとしても動かない訳にはいかない。
ついでに、裁判所の方としては、もう、ジオレン家には前科もある上に色々と自供も出てきてしまっているので、ジオレン家から貴族位を永久剥奪して終わりだろう、ということらしい。ジオレン家を弁護するメリットがない、っていうことなのかな。シビアな世界だ……。
そういうわけで、ジオレン家の人達は、町の牢屋に閉じ込められたまま、裁判の日までを待つことになっているのだけれど……。
「ねえ、ラオクレス。お父様とお兄様、今日はどうだった?」
「いつもの調子だ。無実を訴え続けているが……」
「そう……」
カーネリアちゃんは今日もラオクレスにジオレンさん達の様子を聞いては、落ち着かなげにしている。
……カーネリアちゃんにとっては、彼らは、肉親だ。
どうやら、お兄さんのサントスさんとは、血の繋がりが半分しか無いらしいのだけれど、お父さんは実のお父さんなのだし、彼女としては複雑な気持ちだろう。
カーネリアちゃんは『別に私、平気よ。お父様とお兄様のことだもの。いつかきっと、絶対に何かやらかすと思っていたわ!』と気丈に振舞っているのだけれど、最近、ちょっと元気がないことが増えた。
そういう時は馬に埋もれながらぼんやりしていることが多い。馬の背中にぺったり寝そべると、あったかくて丁度いいのかもしれない。
そういう状態で段々眠くなってくるらしいカーネリアちゃんは、金柑の甘露煮みたいな目をとろんとさせて、そのままとろけかけの甘露煮みたいに全身がくたっとなって、そしてそのままうとうとしはじめたりもする。そうすると馬はそっとカーネリアちゃんを運んで、決まってリアンの傍まで連れていく。
……リアンは、カーネリアちゃんの運搬先にされてちょっと戸惑っている様子だ。
リアンはいい天使だから、今、こういう状態のカーネリアちゃんを見て、好きだとかそういうことより先に、心配だとか、そういう感情がいっぱいになってしまうらしい。
もう、好意も何もかも関係なく、カーネリアちゃんを元気づける方法を探しているみたいだし、それがカーネリアちゃんにとって気晴らしになっているらしいので……なんというか、この森にリアンが居てくれてよかったな、と思う。
「トウゴ。少し、いいか」
そんな日、ラオクレスがちょっと僕を手招きした。
僕がラオクレスの傍まで行くと、ラオクレスはちょっと周囲をきょろきょろした。どうやら、周りに人が居ないことを確かめているらしい。
何かな、と僕がちょっと心配していると……ラオクレスはちょっと身を屈めて、僕の耳元でこそこそ話す。
「ジオレンの奴が、『カーネリアに会わせろ』と言っている。……どうする?」
……ど、どうしようか。それは……困ったな。
……絶対に、ジオレンさん達、カーネリアちゃんが言われて嬉しいことは、言わないと思うんだよ。
いや、言うかもしれないけれど、それもきっと、『カーネリアちゃんが言われて嬉しいだろうことを言って喜ばせて思い通りに動かそう』とか、そういう意図があっての言葉になると思う。
だから正直なところ、カーネリアちゃんをジオレンさん達には、会わせたくない。
……でも、それも結局は、僕の我儘というか、カーネリアちゃんの意思を尊重できていないというか。
カーネリアちゃんはまだ小さい。子供だ。僕だってまだ大人になれていないと思うけれど、そんな僕よりもさらにずっと、子供だ。
そういう子供を守ってやらなきゃ、と思う反面……それって、大人側のエゴだよな、とも、思う。
子供には経験が足りなくて正しい判断ができないから、とか、子供だから傷つきやすいから、とか、子供には難しい話だから、とか、そういう言い訳は、あんまりしたくない。……僕が言われて嫌だったことは、他人にだって言いたくない。
カーネリアちゃんは、強くて賢い子だ。正しい判断を自分なりに考えられる子だし、傷ついたって折れない心を持っている。難しい話で理解できなかったとしても、だからと言って知らなくていい理由にはならない。
だから……ものすごく心配だけれどさ。
「カーネリアちゃんに聞いてみよう。会いたいか、会いたくないか。まずはそこから、彼女が決めるべきだと思う」
僕はやっぱり、彼女のことは彼女が決められる方がいいと、思うんだ。
『しゅっぽん』して自由になった彼女に、思いやりの形をした檻は必要ないだろう。
「お父様とお兄様が?」
「うん。会いたいって、言ってるらしい」
早速、カーネリアちゃんに話した。僕は、ラオクレスと一緒に話して、カーネリアちゃんはリアンと馬達と一緒に聞く。
「そう……」
案の定、カーネリアちゃんは戸惑っている様子だった。無理もない。
「どうして、お父様とお兄様は私に会いたいのかしら……」
「……分からん。あいつらはただ、カーネリアに会わせろ、としか言っていない」
カーネリアちゃんは益々困ったようにラオクレスを見上げるのだけれど、ラオクレスだって、困っている。
「その、トウゴはどう思う?私、会わない方がいいかしら?」
「僕からは何とも言えないけれど……」
続いてカーネリアちゃんは僕にも聞いてくる。
僕は考える。嘘でも言い訳でもない言葉を探して相手を傷つけないように伝えるのって、とても難しい。
「……僕が言うのも何だけれど、あの人達に会って、それで君にとっていいことって、多分、無いと思う」
「そうね。私もそう思うわ」
考えた結果、結構ざっくりすっぱりした言い方になってしまったけれど、カーネリアちゃんの同意は得られた。得られてしまった……。やっぱりカーネリアちゃんは強い子だ。
「でも、それだけで終われないから、悩んでいるんだよね」
「そう。そうなのよ。うーん……どうしてかしら。なんだかもやもやするの」
カーネリアちゃんは、我が意を得たり、とばかりに頷いて、それから胸のあたりをむにむに押したり揉んだりしながら首を傾げている。
「……このままだったら、そのもやもやしたものが残るんじゃないかな、って、僕は思う」
今正にもやもやしている彼女にこう言うのも脅すみたいで嫌だな、とは思うのだけれど、でも、嘘は吐きたくないから。
「勿論、ジオレンさん達に会って、そのもやもやが解消されるとは限らないし、何なら悪化する可能性だってある。もっと酷いことになるかも。だから会わない、っていうのも、正解だと思う。でも……」
金柑の甘露煮みたいな目が、僕のことをじっと見つめてくる。僕もそれに負けないようにじっと見つめ返しながら話した。
「もし、カーネリアちゃんの中に、ジオレンさん達に言いたいことや聞いてみたいことがあるんだったら、会ってみても、いいと思う」
「言いたいことや、聞いてみたいこと……」
カーネリアちゃんは戸惑ったようにそう呟いて、じっと考え込む。真剣に、難しい顔をして。
「このもやもやは何かしら、って、聞いて、みようかしら……」
「うん。それも、いいと思う」
「他に、言いたいこと……でも、言ったら、もっともやもやしちゃうかしら」
カーネリアちゃんがそう言うっていうことは、何か、言いたいことがあるんだな、と思う。それは彼女の中で形になっていない言葉なのかもしれないけれど、きっと、彼女の本心だし、彼女が大事にしなきゃいけないものだ。
『言ったら余計にもやもやしちゃう』としても、言うにしろ、言わないにしろ、大事にしなきゃいけないものだと、思う。
「……あの、さ。俺なら、会う」
悩むカーネリアちゃんにそう言ったのは、リアンだった。
「もし、俺の親父が俺とアンジェの家に空き巣に入って捕まって、それで俺に会いたいって言って来たら……会う」
「会うの?会って、それで……」
「会って、ざまあみろ、って、言ってやる」
「……まあ!」
思い切りのいいリアンの言葉に、カーネリアちゃんは目をぱちぱちと瞬かせる。『そういう考え方をしてもいいのね!?そしてそれを言ってしまってもいいのね!?』みたいな、そういう顔だ。
「俺に嫌われてないかも、なんて、一欠片だって思えないようにしてやる。俺にもアンジェにも、散々酷いことしてきて、それで、自分は俺らの家に空き巣かよ、って、馬鹿にしてやる。……そうしなきゃ、気が済まないと思う」
リアンはその空色の目を氷の刃みたいに鋭くして、じっと空中を睨んでいた。そこにリアンとアンジェのお父さんが居るみたいに。
……けれど途中で我に返ったみたいになって、それから、気まずそうにぼそぼそと続ける。
「……って、それは、俺達の親父の場合だけど。俺達の親父、ひでえ奴だったから。でも俺は、カーネリアの親父さんのこと、知らないし……」
「まあ。そんなこと、気にしないで。私のお父様とお兄様は、言ってしまえば大したこともないただのろくでなしだわ」
一方、カーネリアちゃんは目を輝かせている。
……多分、自分の知らない世界を知ってしまったというか、自分の中にあったものと似たものを見つけてしまったというか、そういうところで……好奇心と共感と、その他にリアン自身への興味とか、そういうものが混ざって目のキラキラになってるんじゃないかと思う。
「そ、そんなにかよ」
「ええ!……あ、でも、酷いことをされたかというと、ちょっと違うかもしれないわ。私は放っておかれただけなの。お家の中から出しては貰えなかったけれど、それだけね。あとは放っておかれて……お父様とお兄様が酷いことしたのは、私に、じゃなくて、他の人達に、だから」
カーネリアちゃんはふんふん頷きながらそう言って、それから、リアンの顔を覗き込む。
「ねえ、リアン。他には?他にはあなた、何て言うの?」
「え、他に?」
「ええ!もっと知りたいわ!参考にするの!教えてちょうだい!」
意気込むカーネリアちゃんに、リアンはちょっとたじろぎながらも、言葉を続ける。
「あと……どうしてアンジェを売っちゃったのかとか、俺に物盗りさせて自分は酒飲んで何とも思わなかったのかとか、聞いてやりたいことも、山ほどあるし……あ、でも、あんまり言うと、ボロ出そうでやだな……」
「今ここでだったらボロボロでも大丈夫よ、リアン!実際にあなたのお父様に言っているわけじゃないもの!」
多分、リアンにとってはお父さんの前でボロが出るよりもカーネリアちゃんの前でボロが出る方が一大事なんだと思うのだけれど、カーネリアちゃんはそこのところが分かっていないので、こういうことを言う。リアンは困っているけれど、カーネリアちゃんのお願いだから、断ることもできないらしい。がんばれ。
「え、ええと……あと、俺、お前に酒を飲ませるために物盗りしてた訳じゃねえんだぞ、とか、お前がやればよかっただろ、とか、母さんが死んだ時何考えてたんだとか、言ってやりたいし……アンジェがどれだけ怖い思いしたか分かってるのか、とか、あ、そうだ、親父には絶対、アンジェには会わせたくない。それから……」
そして、リアンは考えて……言った。
「……さよなら、って、言う」
「……さよなら、って?」
「あ、うん……なんか変だけど」
カーネリアちゃんに弁明するように、リアンは口を開く。でも言葉は出てこなくて、それから少しして……やっと、リアンの中で言葉がまとまったらしい。
「なんか、考えてたら、一応、挨拶くらいはしなきゃ駄目だよな、って、思って……いや、なんかそれも違う気がする……」
リアンは一応まとまった言葉を口に出しながら、でもなんか違う、と、悩んでいる。
それを眺めながら、カーネリアちゃんは……。
「……何となく、私も、私が言いたいこと、分かってきたわ」
そう言って、こくん、と頷いた。何かに納得するみたいに。何かを決めるように。
「ねえ、リアン」
「え?」
それからカーネリアちゃんは、ぎゅ、とリアンの手を握って、真剣な顔で言った。
「こんなことお願いするのは申し訳ないのだけれど……でも、恥を忍んでお願いするわ!」
「お父様とお兄様の面会、リアンについてきてほしいの!」