6話:人の恋路を邪魔する馬*5
それから、オレヴィ君と護衛の人は別々に、事情聴取することになった。それぞれの部屋に僕とマーセンさんが入って、僕がオレヴィ君、マーセンさんが護衛の人を担当する。
あと、骨の騎士団が半分ずつ同席した。事情聴取の参考にしたいのかな、と思ったから、マーセンさんの方を見学した方がいいんじゃないかと勧めたのだけれど、僕のがしゃどくろを筆頭に、きっちり半分が僕の方の部屋に残ってくれた。
……連れてきた人に対して、最後までしっかり務めを果たそうとしてるのかな。責任感が強いんだなあ。
そして僕らはオレヴィ君から話を聞くことになったのだけれど……。
「……つまり、君はドラーブ家の三男で、だから、没落貴族と結婚しても大丈夫で、何なら、別に妻が何人居ても良くて……そして何より、フェニックスが欲しかった、っていうことでいいのかな」
「は、はい……」
……オレヴィ君は、ものすごく協力的に色々話してくれた。勿論、12歳の男の子が知っている範囲の内容、ということになるのだけれど、それでも大体のところは分かる。
まず、オレヴィ君は突然、彼の父から『お前の結婚相手が見つかったぞ』と持ち掛けられたらしい。
彼のお父さんと一緒に向かった先は、レッドガルド領。そして僕の画廊。そこで僕が描いた絵を見せられて、『これだ』とお父さんから教わったのが、カーネリアちゃん。
カーネリアちゃんについてはオレヴィ君も大体素性を聞かされていて、ジオレン家の不義の子だということも、だけれど出奔中の彼女の親権というか諸々の権利はまだジオレンさんが持っている、というか……まあ、ジオレンさんが色々と口を出せる状態にある、っていうことも、知っていた。
オレヴィ君のお父さんにカーネリアちゃんとオレヴィ君の婚姻の話を持って来たのはクロアさんの予想通り、ジオレンさん。オレヴィ君自身は……その、ジオレンさんにあまりいい印象は無いらしいのだけれど、フェニックスには惹かれるものがあるらしく、また、カーネリアちゃんに対しては……お父さんから『別に正妻にしろとは言わない』と言われていることもあり、軽い気持ちで今回、カーネリアちゃんに手紙を出した、ということらしい。
……うん。まあ、12歳の子だから、結婚とか、あんまり深く考えないよね。特にこの世界、貴族なんかだと一夫多妻のところも多いみたいだし。
ただ、僕としてはちょっと複雑な気持ちだ。
すごく自分勝手な気持ちであることは分かっているのだけれど……オレヴィ君には、本当に、カーネリアちゃんを好きでいてほしかった、というか、あれだけ恋に浮かれてふわふわしているカーネリアちゃんを、こういう形でがっかりさせたくはないな、というか。
……いや、自分勝手だよね。オレヴィ君がカーネリアちゃんに対して失礼なのは確かだとは思うのだけれど、だからって、僕がオレヴィ君に怒る筋合いは無い。オレヴィ君にも失礼だし、何より、カーネリアちゃんに対して、失礼だ。
けれど、どうしても僕は、なんとなく、拭いきれない無念みたいなものがあって、骨の騎士団達と一緒にがっかりしながらオレヴィ君の話を聞き終わった後……オレヴィ君に、聞いてみた。
「オレヴィ君」
「は、はいっ!」
肩を落とす僕らを恐々見ていたオレヴィ君は、姿勢を正して、元気よく返事をしてくれた。……あれかな。僕らをがっかりさせてしまったことについては、申し訳なく思ってくれてるのかな。多分、根っからの悪い子ではない、と思うし……いや、思いたいだけなのかな。
いや、でも、ここは聞いてみないといけない。はっきりさせておかないといけないんだ。
貴族同士のやり取りとしては全く関係無いところなんだろうし、無駄なところなんだろうけれど、でも、12歳の男の子と、何より、恋に恋する11歳の女の子には、大切なことなんだ。
「君、カーネリアちゃんのこと、好き?」
僕がそう尋ねた途端、オレヴィ君は、ぽかん、とした。
……予想外な質問が来た、みたいな、そういう顔だ。或いは、考えたことも無かった、みたいな、そういう顔。
ということは、やっぱり……別に好きじゃなかったけれど、お父さんに勧められて、カーネリアちゃんにアプローチし始めただけ、だったのかな。
「え、あ、その……つ、妻として、迎え入れたいと、思っています。それは本当で……」
「もし、君にフェニックスを1羽やるからカーネリアちゃんのことは諦めろ、って言ったら、どうする?」
聞き方を変えてみたら、オレヴィ君は目を輝かせた。
「フェニックスが居るのですか!?」
「いや、居ないけど……」
「で、では、フェニックスを頂けるというのは……」
「いや、結局はカーネリアちゃんの許可無しにフェニックスを譲渡するしないっていう話にはならないけれど」
フェニックス、出せば出るけれどさ。でも、今は居ないし。そういうつもりでそう言ったら、オレヴィ君はちょっと、じっとりした目を僕に向けて、「人を揶揄うなんて」ってぼやいた。ええと、ごめん。
「……ということはやっぱり君は、カーネリアちゃんよりフェニックスが好きなのかな」
そして僕もちょっと残念に思いつつ、でも、ちょっと安心してもいた。
カーネリアちゃんに好意と好意以上の利害が絡んだ人付き合いは、させたくない。なんとなく。……いや、これも僕の自分勝手な考えなんだろうけれど……。
オレヴィ君が骨の騎士団に囲まれつつ、どうしていいか困っているのを見て、とりあえず骨の騎士団には退席してもらうことにした。いや、だって、狭いし。この部屋、骨の騎士団がみっちり詰まるにはちょっと狭いし。
ついでに、ジオレンさんの方の尋問が終わっているようならラオクレスかクロアさんを呼んできてほしいな、という旨を伝えておいたので、きっと骨の騎士団はどっちかは連れてきてくれるんじゃないかな。彼らは賢いし、何より、交渉力や気遣いに優れた素敵な人材だから。
「……さっきの、魔物は一体」
骨の騎士団が居なくなった途端、オレヴィ君はちょっと、不審げな態度を表に出した。あ、もしかして骨の騎士団が見慣れなかったから緊張していたんだろうか。気づかなくてごめん。
「彼らはこの森の守護者だよ。骨の騎士団」
僕が説明すると、オレヴィ君は分かったような分からないような顔で頷きつつ……一息ついて、それから、僕に質問してきた。
「先程の件ですが」
「うん」
ちょっと元気になったオレヴィ君は、僕をちょっと睨むみたいにしながら、言う。
「僕がカーネリアさんと結婚することには、何の問題もありませんよね」
「え?うん。あ、やっぱりカーネリアちゃんのこと、好きなのかな」
ちょっと期待しながら質問し返してみたら、オレヴィ君はそれには答えずに、確認するように次の言葉を発し始めた。
「彼女が僕のことを好いて結婚したいと言うのなら、あなた達にだってそれは止められないはずだ」
「うん……」
ちょっと複雑な気持ちなんだけれど、でも、確かにそれは止められない、というか……いや、止めたいけれど。止めてもいいのかは、ちょっと迷う。
「だったら、僕がやることは変わらない。彼女は……」
……僕がしょんぼりしていたら、そこに、カタカタカタカタ、音が戻ってくる。
それに合わせて、オレヴィ君は、またちょっと体を固くして……けれど、骨の騎士団達はドアのところからそっと僕らを覗き込むだけで、部屋の中には入らなかった。代わりに、クロアさんがするり、と入りこんでくる。
「トウゴ君。こっちも終わったわ。いくつか確認したいことがあるから、オレヴィ君をジオレンさん達に会わせたいのだけれど、いい?」
成程。クロアさん達のことだからもう終わっているだろうな、とは思っていたけれど、案の定だった。やっぱりプロは違うなあ。僕はあんまりオレヴィ君から話を聞けていないのだけれど。
「うん。僕は構わないけれど……オレヴィ君も、いいかな」
確認すると、オレヴィ君は嫌そうな顔で頷いた。やっぱり、ジオレンさんには思うところがあるのかな……。
それから、ジオレンさんとオレヴィ君を対面させてみたのだけれど……。
「こ、このガキが我々に命じたのだ!宝石を盗め、と!」
「そんなこと言う訳が無い!恥を知れ!お前達だけじゃなくて、僕らの名前にまで泥を塗るつもりか!」
……大喧嘩になった。
「これだから嫌だったんだ!没落貴族のジオレン家なんかに関わるなんて!父上は何をお考えだったのやら!」
「こちらの話に飛びついた癖によく言う!ドラーブ家とて、我が娘カーネリアのフェニックスなくして没落を回避する方法があるとでも!?」
「そうだ!お前達こそ、カーネリアが身に着けていた宝石に興味があるようだったじゃないか!あれだけあれば今期の損失を埋め合わせるどころか、それを遥かに上回る収入になると喜んでいたな!?」
「嫁入り道具にさせるから半分はこちらに寄越せと息巻いていたのはお前達だろう!」
「ああ、オレヴィ様!これだから下賤な没落貴族如きと関わるべきではなかったのです!どうして没落貴族の、それも不義の子の手に、フェニックスが渡ってしまったのか……ああ、なんたる不幸だ」
僕はジオレンさんとジオレンさんの息子さん、そしてオレヴィ君と彼の護衛の人も交えた喧嘩を眺めつつ、ああ、オレヴィ君も貴族なんだなあ、と思った。口が達者というか、現実的というか……その、割と残酷、というか。割り切れてしまうあたりが。
……そして、その大喧嘩の様子を見守っていたクロアさんとラオクレス、マーセンさん、そして骨の騎士団達は、納得したように頷いて……そして、クロアさんが言った。
「全員見苦しいわね」
ば、ばっさりと!
それから、ジオレンさん達については、牢に入れさせてもらうことになった。マーピンクさんの時に牢を設置しておいたから、それが今、役に立っている。
……本当は、牢なんかが役に立つの、喜ばしくないんだけれどな。
そして、オレヴィ君達については……何かするにしても、裁判所を通す、っていうことになりそうだから、今日のところはお帰り頂くことになった。
「……ま、うちの親父からなんか書状とかが行くと思うから、そうそちらのお父上にお伝えしてくれよな」
フェイがちょっと困った顔でそう言うと、オレヴィ君は硬い表情でこくり、と頷いた。
そして、オレヴィ君は彼の護衛の人と一緒に、とぼとぼと、森の町から去っていくことになったのだけれど……。
「待って!」
……そこに、カーネリアちゃんが飛び出していった。
「カーネリアさん!」
それを見たオレヴィ君は、ぱっ、と表情を明るくする。
……さっき、オレヴィ君が言っていたことが思い出される。『彼女が僕のことを好いて結婚したいと言うのなら、あなた達にだってそれは止められないはずだ』と。
確かに、僕らがいくら止めても、カーネリアちゃんの中にすごく強い気持ちがあったのなら、彼女はいくらでも『しゅっぽん』できる。フェニックスに乗って飛んでいけば、彼女はどこにだって行けるんだから。
……けれど。
「カーネリアちゃん!待って!」
僕は飛び出していきそうになったカーネリアちゃんの手を掴んで止めようとして……。
……ひひんひひん、ぶるるる。ひひーん。
何故か突然、馬の嘶きが空から聞こえてきて、僕もカーネリアちゃんもオレヴィ君も、何ならその場にいた人全員が、空を見上げることになった。
空からは……凄まじい数の馬達が、飛んできていた。
「へ?きゃあ!」
そして、馬達は地上に降り立つと、僕とカーネリアちゃんの眼前を駆けていく。まるで、馬の川だ。馬の川。それも、流れがすごく速いやつ。渓流みたいな。
……こうして、僕らとオレヴィ君達との間には、馬の川ができてしまった。
そんな中、川からはぐれた天馬……仔馬の天馬が数頭、僕らの方にとことこやってきて、カーネリアちゃんを囲んでしまった。
そして彼女の隣に居られるのが嬉しいみたいに、ひひん、とかわいく鳴いて、翼をぱたぱたさせる。更に、懐っこく擦りついてくる様子は……ええと、なんとなく僕の頭の中に、『ハニートラップ』っていう言葉が浮かんでいる。
「……ど、どうしたのかしら?」
カーネリアちゃんは不思議そうにしながらも、馬の川を眺めつつ、仔馬達を順番に撫でてやっていた。
……そして、仔馬達を撫でながら、ふと、カーネリアちゃんは、呟いた。
「お馬さん達、私がオレヴィ様と会うのが嫌みたいね」
僕は、カーネリアちゃんの横顔を見た。
11歳の女の子の顔にしては、大人びた様子で、じっと馬の川の向こうを見透かすように見つめる目は、僕が思っていたよりずっと、はっきりと現実が見えているみたいだった。
「……恋をするのって、難しいのね」
そして、ちょっとため息を吐いて、カーネリアちゃんは僕を見上げた。
「ねえ、トウゴ?オレヴィ様は一体、何をしてお馬さん達に嫌われちゃったのかしら?」
説明していいのか、迷った。
でも、説明しないっていうのも勝手だよな、と思った。
これだけ大人びた顔をする子に、子供扱いするのだって失礼だ。だから僕は口を開く。
「あのね、カーネリアちゃん。実は……」
その時だった。
「……カーネリア!」
リアンが、カーネリアちゃんの手を、ぎゅ、と掴んだ。
カーネリアちゃんはちょっと驚いた顔をしていたのだけれど、リアンは驚くカーネリアちゃんよりも更にまごまごしていた。
……そして、リアンがカーネリアちゃんの手を握ってから、たっぷり1分ぐらいした頃。
「その、あんまり、落ち込むなよな……」
リアンは、そう、言った。
ぽかん、としていたカーネリアちゃんが、ゆるゆると、瞬きをする。
「……落ち込んでるように、見えた?」
そう、首を傾げながら尋ねると、リアンは縮こまるみたいにしながら、そっぽを向いて、でもカーネリアちゃんの手を離すことはせずに、ぼそぼそと呟いた。
「え、いや……そういう、気がした、だけ……」
……リアンの答えを聞いたカーネリアちゃんは、また数度瞬きをして……。
「……ふふ」
カーネリアちゃんは小さく、息を漏らす。
「ふふふ……やだ、リアンったら!」
そして、堰を切ったように笑いだした。ころころくすくす笑い出したカーネリアちゃんを見て、リアンは、ぽかん、としている。
「大丈夫よ。私、落ち込んでなんかいないわ!」
カーネリアちゃんはそう言って……それから、ちょっと考えて、言った。
「私、オレヴィ様のことは振っちゃうことにしたの」
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