4話:人の恋路を邪魔する馬*3
「住所を聞きたい時?……相手の居場所を突き止めて、討ち入りに入る時、だろうか」
ラオクレスに相談してみたら、とんでもないことを言われてしまった。いや、流石に、討ち入りじゃないと思う。思いたい!
「私だったら、相手に会いに行きたい時かな。手紙のやり取りだけじゃ不満なんじゃない?……あ、でも、相手ってそういうことしなさそうな、お育ちのいいお上品な奴なんだっけ」
ライラからはちょっと納得のいく内容と、ちょっと棘のある考察が出てきた。そ、そうだね。お育ちのいいお上品な奴、だね……。
「で、でも、素敵じゃありませんか?相手の家に夜な夜な通って、相手が眠る窓辺に一輪ずつ花を置いていく、とか……そういう目的なのかもしれませんよ」
ラージュ姫からはとても素敵な考えが出てきた。そっか。そういう考え方もあるのか。まあ、そうだよね。何事にも悪意がある、なんて思っちゃいけない。
「……クロアはどう思う」
そしてラオクレスが、今回の大本命、こういうことに一番詳しいことは間違いないクロアさんの意見を聞く。
「そうねえ……」
クロアさんはちょっと悩んでから、口を開いた。
「そもそも、オレヴィ君は、カーネリアちゃんを何だと思っているのかしら」
「え?」
何だと思ってる、って、ええと……恋の相手?いや、クロアさんが言ってるのってそういうことじゃないんだろうな、とは、思うんだけれど。
「平民の子だと思って動いているのか、貴族の子だと思って動いているのかで大きく理由付けが違う気がするわ」
……成程。そういえば、盲点だった。
カーネリアちゃんは、貴族の子だけれど、貴族の子だって、言ったことがない、と思う。
「カーネリア様には常に私がついている。高貴な身分のお方だということは、相手方にも伝わっていると思うが」
「そう。そうね。まあ、ワケアリ、ぐらいに思っているのかもしれないけれど……」
クロアさんはちょっとまた悩んでから、喋り出す。
「もし、相手がカーネリアちゃんのことを平民だと思っているのなら、住所を聞いてきた理由は、誘拐したいからだと思うわ」
「……ゆうかい」
とんでもないことを聞いてしまった。急いでカーネリアちゃんとインターリアさんの家の周りに壁とか作らなくては!
「ああ、トウゴ君。早まらないでね。ちょっと聞いて」
あ、はい。
「……ええとね。まあ、傲慢な貴族連中には割と多いのだけれど……その、平民の綺麗な娘を妾として娶る、っていうことにして、誘拐同然に屋敷へ連れていく、っていうこともあるのよ」
それは酷い。断固として拒否する!カーネリアちゃんは森の子だ。もう森の子だ。絶対に誘拐なんてさせない!
「だから、トウゴ君。落ち着いて」
あ、はい……。
「……それから、もし、相手がカーネリアちゃんを貴族だと思っているなら、だけれど」
クロアさんはちょっとインターリアさんを見て、聞く。
「確認だけれど、カーネリアちゃんは自分の家の名前を出したことはないわよね?」
「あ、ああ。そこは気を付けておられる。やはり、ジオレンの名を出すと厄介なことになる、というお気持ちなのだろう。何せ、居ないものとして扱われていた不義の子だ。カーネリア様ご自身としても、ジオレン家としても、良いことにはならない」
インターリアさんが答えると、クロアさんは頷いて、ちょっと表情を曇らせた。
「そう。ならまだ、『どこかの高貴な貴族だと夢見たままカーネリアちゃんを狙っている』っていう可能性も、無い訳じゃないわね。絵を見てカーネリアちゃんに惹かれた、っていうのなら、その絵に一緒に描かれているラージュ姫にも気づくだろうし」
……カーネリアちゃんがラージュ姫と一緒の画面で描かれる身分、っていうよりは、ラージュ姫がちょっと特殊な人、っていう事情なのだけれど、流石にそこは相手には伝わらないよね。なら、そういう勘違いをした、っていう説は、濃厚のような気がする。
「……それ以外となると」
「まあ、没落貴族かどこかの三流貴族、ぐらいに思っている可能性の方が大きいと思うわ。ただ……その場合は、相手の家に何の利点も無いのよね。貴族の家で、息子が没落貴族の娘と結婚することを喜ぶ親はいないでしょうし」
あ、そうか。貴族ってそういう考え方になるんだよね。そっか……。だとすると……。
「じゃあ、カーネリアちゃん、やっぱり、攫われてしまう……?」
「まだ最後の可能性が残ってるのよ」
不安になりつつもクロアさんに『落ち着いて』って言われるより先に落ち着いて、彼女の言葉を待つ。
「カーネリアちゃんを平民だと思っているわけでもなく、高貴な身分の貴族だと思っているわけでもなく、没落貴族や三流貴族だと思っている訳でもないなら……それは、彼女が『ジオレン家の娘』だってことを知っている、っていうことになると思うの」
……うん?
「……カーネリアちゃんのフェニックスの存在は、誰が知っているのかしら?」
あっ。
そうか。カーネリアちゃんはジオレン家の不義の子で、それでいて……フェニックスの主人だ。
「フェニックス欲しさに彼女に手を出した可能性はあるわ。だから、誘拐されるにしても、カーネリアちゃんじゃなくて、フェニックスかも」
「その……フェニックス欲しさにカーネリアちゃんに近づく、なんてことも、あるんだろうか」
「ええ。十分に考えられるわ。だってフェニックスよ?」
うん、そうか。……フェニックスの価値が今一つ、僕には分からない。ふんわりして柔らかな肌触りで、他の鳥より体温が高いから鸞や鳳凰にくっつかれて暖をとられている、っていう印象が強くて、その、偉い生き物だ、とか、価値ある生き物だ、っていう印象があんまり無い、というか……。
「そもそも、召喚獣って、盗めるの?」
「うーん、難しいかもね。できない訳じゃないんでしょうけれど。……ほら、トウゴ君。あなたはやってるでしょう。骨達で」
あ、うん。そういえば、やったか。
そっか。召喚獣も、召喚獣自身が強く望んでいて、尚且つ、魔封じの模様を使ったりすれば、盗める、と。
……じゃあ、フェニックスが盗まれることは無いか。フェニックスはカーネリアちゃんによく懐いてる。いつも一緒だし、カーネリアちゃんに抱っこされている時、すごく幸せそうにきゅるきゅる鳴いているし、すぐ、カーネリアちゃんの指先や耳たぶなんかを甘噛みするし。
「……まあ、それにしたって、住所を聞く、っていう行動と一致しないような気はするのよね。リアンがカーネリアちゃんの身近な存在だってことを知らなかったにしろ、わざわざ郵便配達員にそんなことを聞く必要はないわ。だって、カーネリアちゃんとまた会う約束を取り付けて、段々仲良くなればいいだけなのだし」
「うん」
つまり、オレヴィ君がフェニックスを欲しがる場合、カーネリアちゃんごと手に入れるしかない、っていうことになる。だからカーネリアちゃんに求婚している、っていうのは納得がいくし……そしてその場合、やっぱり、住所を聞き出す理由には、ならないだろう。
「カーネリアちゃんが寝ている隙に何かしたかった、みたいなことなのか、空き巣にでも入るつもりなのか、はたまた……」
クロアさんは考えて、そして、ふと、妙な顔をした。
「……まさか本当に、空き巣目的なんじゃ、ないでしょうね」
……うん?
僕らは街の南部にある住宅街の中から空き家を一軒借りて、そこをカーネリアちゃんの仮住まいとした。
「ここに住むの?」
「ちょっとの間だけだよ」
カーネリアちゃんは、ふうん、と声を漏らしつつ、家の中をきょろきょろ見回して……にっこり笑う。
「素敵なお家ね!ここ、気に入ったわ!ここで暮らすの、大歓迎よ!」
そっか。それは何より。
……カーネリアちゃんには、諸々の事情を説明していない。騙すみたいでちょっと気が退けるけれど、しょうがない。申し訳ないけれど、もう少しの間、事情を知らないままでいてほしい。
「……トウゴ。無理はするなよ」
「大丈夫だよ。今更、家具を家1軒分出したくらいじゃ、へばらないよ」
僕は早速、家具をどんどん描いて出していく。空き家にこういうことするのって、楽しいなあ。
カーネリアちゃんの部屋だからあんまり重厚なかんじにはしたくなくて、白や淡いピンク、淡いオレンジなんかの色を中心とした家具を揃えていく。
床は明るい茶色。……こういう明るい色をたくさん使うと、部屋が広い感じがしていいね。
カーテンやテーブルクロス、クッションやベッドカバーなんかは、全部オレンジで統一した。カーネリアちゃんはやっぱり何となく、オレンジっぽい印象があるから。
……それから、大事なものを、2つ。
まず、1つ目。
「トウゴー。これ、運ぶのこっちでいいか?」
「えーと……クロアさん。どうしよう」
「そうね……リアン君。こっちにしましょう。この部屋の、ドレッサーの前。箱から出して、ここにお願い」
「ん。分かった」
リアンが運んできたのは……大粒の紫水晶がふんだんに使われたアクセサリー数点。僕が絵を描いた時、カーネリアちゃんが身に着けていたものだ。それらが、ドレッサーの引き出しの中に敷き詰められたビロードの上に、綺麗に並べられていく。
「うーん……トウゴ君。もうちょっと増やせる?この引き出しいっぱいに欲しいのよね。それから、ドレッサーの上に飾っておく分も」
「分かった。ええと……」
「引き出しの中身は、トウゴ君の好きにやっていいわ。けれど、ドレッサーの上に飾っておく分は……そうね、外に出しておいてもいいランクのものにしましょうか。宝石と金を使ってもいいけれど、レースやリボンと組み合わせてくれる?」
クロアさんからの指南の元、僕はひたすら、アクセサリーを増やす。楽しい。
クロアさんはこういう時、最高のデザインの先生だ。この世界で流行しているデザインやこの世界らしいアクセサリーの形、この世界で『現実的な』宝石の大きさとか、そういうの、全部教えてくれる。助かる。
「……ねえ、トウゴ?私、そこのレースの色、亜麻色、っていうのかしら?そういう色がいいわ」
「分かった。……どうしたの?白いレースは嫌?」
「ううん。リアンとアンジェの髪の毛を見ていて、綺麗だなあ、って思ったの!」
それから、カーネリアちゃんの意見も取り入れつつ、僕はひたすら、アクセサリーを出し続けて……ドレッサーをいっぱいにした。満足!
アクセサリーを出し終わったら、最後に、2つ目の方。……すごくすごく、大事な奴を出す。
「……ラオクレス。入れる?」
「狭いが、まあ」
「えっ、狭い?結構広げたつもりだったんだけれど……そっか、ラオクレス、大きいもんね。じゃあ、もうちょっと中、広げるから」
「……それはありがたいが」
ラオクレスは、僕の手元を見つつ、何とも言えない顔をしている。
「……それも必要か?」
「え、明かり、必要ない?あった方がいいよね?……あ、そうだ。それから、マーセンさん達って、ラオクレスと同じぐらいのサイズだろうか。全部同じぐらいのサイズで揃えていい?」
「俺が入れれば奴らも問題ないだろうが……そうだな。ベッドは大きくしておいた方がいい」
「分かった。じゃあマーセンさんが寝る係っていうことで……」
「いや、そこはお前だ」
「あっ、トウゴ君!それなら、ベッドの周りにはぬいぐるみをいっぱい出しておいたらいいわ。誤魔化せるから」
……ラオクレスやクロアさんの意見を聞きながら色々試して、そして……白く塗った大きなクローゼットと、淡いピンクの大きな衣装ケースが、部屋に増えた。ベッドの上にはぬいぐるみも増えた。
カーネリアちゃんはそれらを眺めてちょっと不思議そうにしつつ、『これはこれで楽しいわ!』って言っていた。うん。お気に召したなら何より。
……それから、カーネリアちゃんとオレヴィ君の約束の日が来て、2人はまたケーキか何かを食べて、帰って、次の約束が手紙でまた取り付けられて……。
そこで、カーネリアちゃんは初めて、自分の家の住所を書いた。つまり、町の住所だ。仮住まいの。
カーネリアちゃんは『お手紙に自分の住所を書くのって、なんだかわくわくするわ!』と喜んでいた。嬉しそうで何より。
……そして、今日。
カーネリアちゃんはオレヴィ君と3回目のご対面だ。インターリアさんが護衛についていって、そこで、ケーキを食べている。多分、今日から季節のケーキがとろとろクリームのケーキになったから、それじゃないかな。
そして、その一方で……僕は。
「……落ち着かねえ」
「そうだね」
カーネリアちゃんが新しく暮らすことになったこの家で、僕とリアンはカーネリアちゃんのベッドに潜んでいる。リアンはなんとなく落ち着かなげだ。まあ、確かに、カーネリアちゃんのベッドは落ち着かない。なんとなく、お菓子とミルクの匂いがする。落ち着かない。
……でも、落ち着かない理由はそれだけじゃない。
「……あ、来た」
リアンが小さく囁く。途端、カタン、と、物音がした。
物音は密やかに、それでいて、忙しなく、聞こえている。
台所の方、インターリアさんの部屋、そして……この部屋に近づいてくる。
僕とリアンが毛布の山の下からそっと覗いていると、そこには覆面姿の空き巣が居た。
空き巣だ。本物だ。……見ていて、すごく、嫌な気持ちだ。自分の友達の家を漁る空き巣って、見ていてすごく、不愉快だ。
絶対に、捕まえてやる。
空き巣はきょろきょろと室内を見回して、そして、ドレッサーの上の宝石を見て、小さく歓声を上げた。そうだろうね。クロアさん監修で作った、立派な宝石なんだから。
……でも、序の口だ。金の枠の中に収まった指の爪くらいの大きさの珊瑚がシルクのリボンについているチョーカーも、亜麻色のレースの花の中にロビンズエッグ・ブルーのトルコ石が銀の金具で留めつけられた髪飾りも、革紐を編んでカーネリアンとシトリンを編み込んだヘアバンドも、まだ、序の口。
空き巣はドレッサーの引き出しを開けて……そしてそこに、王女様だって中々お目に掛れないっていう大きさの紫水晶たっぷりと、それと同じくらいの大きさの宝石たっぷりを見つけて……。
「そこまでだ!」
空き巣が喜びのあまり意識を逸らしたそこを狙って、リアンが飛び出していった。ぴいい、と合図の笛の音が響く中、跳ね除けた毛布と布団とぬいぐるみが宙を舞う。
『空き巣』の人はそれを見て驚いて、すぐに逃げ出そうとする。……でも、それよりリアンが速い。
リアンの腕輪から、氷の小鳥達が飛び出していく。そして空き巣をつつき始めた。空き巣は小鳥たちを手で払って逃げようとするけれど……。
「おっと。逃がさんぞ」
マーセンさんが、ドアの横の衣装ケースから出てきた。
空き巣は慌てて、窓からの逃亡を試みる。
「こっちも塞いでるぜ」
けれど、窓の外からにゅっ、と顔を出した騎士達によって、空き巣はたたらを踏む。
そして。
「言い逃れの準備はできているか?」
ラオクレスが、ドア付近のクローゼットから出てきた。
……完璧だ!




