1話:絵に描いた餅は恋に似ているらしい
夏場ならともかく、冬場の午後6時はもう真っ暗だ。僕はそんな中、電車を降りて、改札を抜けて……けれど、まっすぐ家に帰る気には、なれなかった。
ひゅう、と吹いていく風が冷たい。学校で着用を認められているコートを着ているけれど、それでも少し、肌寒い。
駅を出たところで立ち止まって、これからどうしようかな、と考えていたら、その間にもみるみる体が冷えていく。
……家に帰りたくなかった。
それは、珍しいことじゃない。普段だって、喜んで帰ってるわけじゃない。そこ以外、帰る場所が無いからそこに帰っているだけで。
結局僕は、少し考えた後、そういえば赤のボールペンのインクのストックがもう無いから、と自分の中で言い訳を組み立てて、文房具屋に向かって歩き出した。
寒いときは、早足で歩くか、走ればいい。そうすれば体は温まる。
けれど今は、目的地にすぐには到着したくないから、のろのろ歩く。そうすると、ますます風が体に沁みる。中々温まらない体は、ますます動きが鈍くなっていく。ポケットの中につっこんだ手も、なんだか温まらない。
寒いなあ、と思いながら、ただただ、地面だけを見る。駅前の通りの、煉瓦風のタイルで舗装された道の、その模様をぼんやり眺めながら、歩く。
……そうして歩いて、歩いている内に、文房具屋に到着してしまった。
けれど。
「……やった」
文房具屋は、定休日だった。シャッターに貼られた定休日のお知らせを読んで、こんなに嬉しくなる客は僕ぐらいだろうな。
文房具屋が定休日だったから、別の店に行かなきゃいけない。この辺りだと、駅の近くまで引き返してショッピングモールに入るか、或いは、家からまた少し離れた方に向かってコンビニに入るか。
……僕は少し迷ってから、コンビニの方を選んだ。そっちの方が少し遠いだろうから。
ひんやり冷たい夜の中を歩く。歩く。ちっとも温まらない体を動かして、歩く。
……そうしていると、自分の頭の中にぐるぐると、考えが浮かんでは消えて、沈んではまた湧き上がってくる。
怒られるだろうなあ。
そう思って、憂鬱になる。別に、大したことじゃないんだ。怒られるのなんて、いつものことだし……ただ、いつも、嫌なのは確かだ。だから憂鬱で、でも、どうしようもないことだし……対処法だって、分かってる。
家に帰ってから、時間が経つのを待っていれば、その内親だって眠ってしまう。親が寝静まってから、僕は僕でベッドの上で、眠らずにじっとしていればいい。そうすればその内、嫌な気持ちは薄れていく。
分かっているから、大丈夫だ。大丈夫。
そう思いながら、歩く。歩いて、歩いたらその内、コンビニに到着した。
夜の住宅街の中で一際明るいコンビニは、なんとなく不思議なかんじがする。
夕方の遅めの時間だからか、そんなに人は居ない。特にこのコンビニ、そんなに人が多いコンビニじゃないから。
……そこで、僕は赤ボールペンを買う。できるだけ時間をかけて、ゆっくり。
そして意味もなく吟味を重ねた赤ボールペンをレジに持っていって、お会計。お釣りはぴったり。レシートを受け取って、買ったボールペンと財布を鞄にしまって、それから、店を出て。
「よお。トーゴ。赤ペン選びがマイブームなのか?随分とこだわって選んでいたみたいだが」
そこで、先生に出くわした。
「……あの、いつから?」
「ん?そりゃあ、君が赤ペンを選んでいる間に、だな。僕は……まあ、色々あったんでちょっと逃げてきたんだが、コンビニに逃げ込んだら、なんと、そこには赤ペンを真剣に吟味するトーゴの姿があるじゃあないか!」
先生はそう言ってちょっと大仰な仕草をしつつ笑う。先生はなんか、こう、舞台役者とかもいけると思う。言葉が達者だし、こういう時の仕草は芝居がかっていて、余計にそう思う。……先生自身としては、舞台の上よりも自分の家の居間とか書斎とかに居る方が好きなんだろうけれどさ。
「……ってことで君は僕に気づいていないようだったから、こうして出口で待ってた、ってわけだ。ほれ」
先生はビニール袋の中の紙袋の中をごそごそやって、取り出したものを僕に差し出してきた。
「肉まん。食うか?」
ほわり、と、湯気が立ち上る。
紺色の冷たい夜の中、コンビニ前の外灯に照らされた肉まんが、とても眩しく見えた。
それから僕らは近くの公園に移動して、そこで肉まんにかぶりつくことになった。
「いやあ、美味い!最近の肉まんは美味いな!特に、冬の夜の屋外で食うと殊更に美味い!」
先生はけらけら笑いながらそう言って、肉まんにかぶりついていく。
……僕は、肉まんなんて普段食べないから、その、あんまり食べ慣れなくて、ちびちびかじることになる。中の具がこぼれないように気をつけながら。
「……ところでトーゴ。君、珍しいんじゃあないか?あんなところで赤ペン探しとは」
先生はさっさと肉まんを食べ終えてしまって、次の肉まんを手にしつつ、そう尋ねてきた。
「何か、帰りたくない事情でもあるのか?」
……先生はすごい。僕が言いたいけれど言えないことも、言えなくて思っていることも、全部、知っているみたいだ。
それでいて、先生だったら、僕が何を思っていても馬鹿にしないって、僕は知ってる。
「テストが、返ってきたんだけれど……点が悪かったから帰りたくない」
だから僕は正直にそう言うことにした。
「テストの点が、か。……確かに君の親御さんは、そういうものに厳しそうだ。そうだな、子供ってのは、親を選べないものでありながら、親とは別の生き物であって……うむ」
先生は、ちら、と僕を見てから、ちょっと気まずげに首のあたりを掻く。何か、思うところがあるらしい。
「まあ……テストの点なんてものに意味はあまり無い。別に哲学的な話なんてしてないぜ。テストの点で決まるのは学校の成績ぐらいだろ?学校の成績で決まるのは精々、指定校推薦で進学する時ぐらいだ。ってことは、まあ、一般受験する場合、学校の期末テストの点数なんざ、関係ないのさ」
「うん」
「だから大切なのは、点数ではなく、その後どうするか、だな。折角テストなんてもんをやったんだ。できていない箇所が分かるんだから、そこを補強するように勉学に励めば、それでいいはずなんだよな」
……うん。そうだ。分かってる。テストの点が悪いことは、悪いことじゃ、ない。前向きに、点数じゃなくて、できたところとできていないところを見て、次回につなげていけばそれでいい。それだけで十分な意味になる。分かってる。分かってはいる、のだけれど……。
「別に、テストの点が悪いからって死にはしないだろう。絵を描けなくなるわけでも……いや、それは君に限っては……ない、とは、言い切れないのか」
「うん」
成績が悪くなったら多分また、僕の親はそこに理由をつけたがって、僕が何をしているのかを徹底的に暴こうとするだろう。そこで僕が絵を描いていることが知れたら、多分、今よりもっと酷いことになる。
……別に、絵を描かなくなったら成績が上がるって訳じゃ、ないと思うんだけれどな。絵を描くことを禁止したら絵を描きたくなくなる訳でもないのだけれど。
「あと、親の機嫌はいいに限るよ、先生」
「そうだなあ。うん。実にその通りだ……」
それから、親が怒ると、空気がぴりぴりする。いつも以上に、学校と塾の成績を聞かれる。やってる勉強の量を聞かれる。少しでも間違ったことをしたらもっと怒られるから、気が抜けない。それがいつも、ちょっと、疲れる。
どうして、僕の親は、僕みたいじゃないんだろう。もし僕の親が僕みたいな人達だったら、きっと、毎日が楽しい。
……いや、違うのか。
僕が、僕の親みたいになれなかった、のか。
どうして、親みたいになれなかったんだろうか。こんなにも望まれているのに。
……きっと、僕の親も、思ってる。どうして自分達の息子は、こうも自分達とは違って、こうも出来が悪いのか、って。
それが、悔しい。それでいて、申し訳ない。なのに、どうしようもない。
ひたすら、辛い。
「よしよし。泣くんじゃあないぜ、トーゴ。いや、泣いてもいいが」
「泣いてない……うわ、なんてもので拭こうとしてるんだよ、先生」
「ピザまん」
ふにゅ、と僕の顔に触れる温かいものがあってびっくりしたら、先生が手に持っていたピザまんだった!びっくりした!本当にびっくりした!この先生、本当に、何をするのか分からない!
「すまんな、ティッシュとかハンカチとか、気の利いたものは持ち合わせていないのさ」
「だろうと思った……」
先生がハンカチやティッシュをちゃんと持ち歩くイメージは、無い。悪いけれど。
……別に、泣いていないのだけれど、何かあったとしてもピザまんのびっくりで引っ込んでしまったのだけれど、でも、ちょっと鼻水は出てきたから、僕が鞄に入れてるポケットティッシュを使って処理した。先生がそこに、肉まんのお尻から剥がした紙とかが無造作に突っ込んであるレジ袋をそっと差し出してきたので、そこに捨てさせてもらう。
ぽす、と、レジ袋に丸めたティッシュが落ちる音がして、それを見た先生は気にせず、ピザまんに噛み付く。そしてピザまんを咀嚼する先生の口の端から漏れる湯気が、物語のドラゴンが吐き出す吐息みたいに見えて、ちょっと面白い。
「……まあ、親の問題は生涯ついて回るな。独り立ちすれば全くの無関係って訳にもいかん」
先生はピザまんを呑み込んでそう言うと、少し気まずそうな顔をして……それから、話してくれた。
「……実はな。トーゴ。僕も君と同じなのさ。親から逃げてきた」
そういえばさっき、先生は『逃げてきた』って言っていた、けれど。でも、親から、って……。
「先生にも親が居るっていう印象が無かった」
「おいおい、トーゴ。僕のことを何だと思ってるんだ?僕も人の子だぞ?」
いや、別に、先生がキャベツから生まれた、とか、そういうイメージを持っている訳じゃないけれどさ。でも……先生って、どうにも、そういう印象が無いんだ。先生は自分の家族の話、滅多にしないから。
「まあ、僕の親は……あんまりいい親じゃあ、ない。うん。少なくとも、僕にとっては。……『あなたが心配なの』って言われてもね。あなたが本当に心配なのは僕じゃなくてあなた自身なんだろう、と言ってやりたくなる」
先生はそう言って、皮肉気な顔をする。珍しく、ちょっととんがった先生だ。
「ま、僕は人の親じゃあないから、『親の心子知らず』って言われちまったらどうしようもないが。だが、案外そういうこともない気がしていてね」
更に、先生は公園のベンチから立ち上がって、さっきみたいにちょっと芝居がかった動作でそこらへんを歩き回る。
「『大人になれば分かる』って言われたことは未だに分からなかったりするし、『大人になってから困るぞ』って言われたことも困っていないし。ということは、『親じゃないから分からない』も案外、無いんじゃあないだろうか。どうだい、トウゴ。僕の推理は」
「名推理であってほしい」
「成程な。まあ、迷推理なのかもしれないが。答えは僕らの人生の中で、ってことか。ま、それはさて置き……」
先生は深々とため息を吐いて、白い息をふわふわさせてから、言った。
「……やっぱり、この齢になっても、僕は親の子なんだな。鬱陶しいことに。何なら、少しばかり、忌々しいことに」
「多分、認められたくはある。残酷なことだが、やっぱり子供ってもんにとって、親ってのはでかい。自分がやってることを全部否定されても、作ったものを捨てられても、馬鹿にされても、手の平返されても、金の無心をされても、それでも……」
先生は暗い顔でそう言って……それから僕を見て、気まずそうに笑って、その先は何も言わなかった。
……なんとなく、何が言いたかったのか、分かってしまったけれど。
「……まあ、僕の場合は、離れて暮らすようになって、相当改善したぜ。お互いに違う生き物なんだ、って知らしめるきっかけにはなったからな。ということで、トーゴ。待て、しかして希望せよ、だ。時間が解決してくれるようになるまで、我慢だぜ。そしてその我慢には僕も付き合ってやる。存分に活用したまえ」
先生はそう言って、レジ袋の口をきゅっと結んで、くしゃくしゃ丸めて、それをくたびれたコートのポケットにつっこんだ。
「だから、まあ、明日は放課後、うちに来なさい。そして僕の家の餅の消費に貢献していけ」
「お餅、まだあるの?」
「いや、それは夏頃に食いきった。君が。……ただし、ニューお餅が来やがったのさ。そろそろ年末だから、ってな!」
先生はやけっぱちな勢いでそう言うと、ちょっと肩を落とす。先生はあんまり餅が好きじゃないから。
「ところで、トーゴ。君、怒られるっていうテストの点数は何点だったんだ?科目は?」
「69点。数学A」
「嘘だろ?君の親、厳しすぎやしないか?僕なんか、数学Ⅰで18点くらい平気で取って帰ったぜ?んでこっぴどくやられたが」
先生はのんびり歩きだしながら、そう言って大仰に驚く。……今日の芝居がかった仕草は、先生がちょっと傷ついているからなのかもしれない。
「それで、他は?まさか、それが一番悪かったってことはないだろう?」
「ううん。今返ってきてる中では、数学が一番悪いよ。現代文は88点だった」
「何だって!?そりゃあすごいぜ、トーゴ!」
先生はそう言って、芝居がかりつつも本気で喜んでくれているって分かる顔で、僕のテストの点を喜んでくれる。
それが何故か、無性に嬉しい。
「現代社会は82点。家庭科は94点」
「ほう。素晴らしいな。これは褒めざるを得ない」
「英文法は90点ぴったりで、リーディングはちょっと駄目だった。75点。これは昨日怒られた。それで、保健体育は満点」
「満点?満点って言ったか?嘘だろ?そんなことってあるのか?」
「あるよ」
なんだか、ちょっと誇らしいような、そういう気分になる。おかしいな。どうしてか、先生に話すと、僕はこういう、ふわふわした軽い気持ちになってしまう。どうしてだろう。保健体育なんかで満点取ったって何の意味もないでしょう、って言われたばっかりなのに。
「僕は君が誇らしい!僕が誇る筋合いもないが、そこは広い心で誇らしさをお裾分けしてくれ!」
先生はそう言って、僕の隣を歩きながら、頭をわしわし撫でた。
「……君は実によく頑張っているなあ、トーゴ」
喉が詰まって何も言えなくなる。だから、俯いて、黙って先生の隣を歩く。
先生は僕の顔を覗き込んで、何か言いかけて、それから何か言う代わりにちょっと笑って、そして、また僕の頭をわしわし撫でた。
「トーゴ。今日はいい月夜だぜ。寝る前に一回、お月様を見るといい。悪いことがあったって、月は綺麗だし、星は瞬くし、肉まんは美味いのだ。それを忘れるんじゃないぞ」
「……うん」
なんとか絞り出すみたいに返事をして、それから、息を吐き出す。
白くふわふわ流れていった息も、月が綺麗なことも、星が瞬くことも、肉まんが美味しかったことも、ピザまんがびっくりするほど柔らかいっていうことも、忘れない。
忘れないから、多分、僕はもう、家に帰っても大丈夫だ。
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第八章:形のないものを見たい
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……カーネリアちゃんに、求婚。
いや、だって、カーネリアちゃんって、今……何歳?ええと、10歳ぐらい、だっけ?あれ?もう11歳かな。
いやでも、10か11の子に、求婚、って。……犯罪だよ、そんなの!
「駄目だよ、フェイ!その人、すぐに追い返さなきゃ!」
カーネリアちゃんは元々、ジオレン家でも望まない結婚をさせられそうになっていて、そこから出奔してきたんだ。今更また、結婚だのなんだのっていう話には巻き込みたくない。
「そ、そうかぁ」
……けれどフェイは、ちょっと困惑したような顔をした。
「……あのな、トウゴ」
「うん。絶対に駄目だよ」
「いや、すまん。俺も説明が足りてなかった。ええと……」
フェイはなんだかよく分からない事を言いながら、ちょっと考えて……。
「……確かに、その、気が早い話ではあるんだけどよ。その、12歳の男の子からの求婚は、許してやってくれねえかな」
……えっ。
あ、そういう……。
「……許す」
「お、おう」
僕てっきり、また40代とかの人からの求婚だと思ってた。けれど、そっか。同年代からの求婚だったら、まあ……。うん。
ということで、カーネリアちゃんに伝えてみた。一応。
「……私にきゅーこん者?よくある話だわ!」
カーネリアちゃんは、びっくりするほど落ち着いていた。彼女は僕らが思っているよりずっと、大人なのかもしれない。
「それで?今回はどういうおじ様なの?」
「いや、オジサマっていうか、同年代。12歳」
フェイがそう説明すると、カーネリアちゃんはびっくりした顔をした。
「そ、そういうのは初めてだわ!」
うん。そっか。うん……。世知辛いなあ。思わずカーネリアちゃんの頭を撫でてしまう。彼女からは『くすぐったいわー!』というかわいい抗議の声を頂いた。
「それで?相手はどういう人なの?」
「え?気になるの?」
「当然、気になるわ!」
カーネリアちゃんは目を輝かせながら、僕の手を握ってぴょこぴょこ跳ねている。
「だって、だって、……その人、私のこと、好きになってくれたんでしょう?」
う、うん。
「なら、もしかしたら私、恋ができるかもしれないわ!」
……うん?
「あこがれなの!してみたいわ!恋!」
……そ、そっか。その……。
「な、何?トウゴ!どうして私を撫でるの!?くすぐったいわ!」
すごく……すごく、辛い!ああ、どうか、彼女には幸せになってもらいたい!
カーネリアちゃんが存外乗り気だったので、とりあえず、フェイは相手方に連絡だけ入れてみた、らしい。『一応、モデルの方は会う気はあるみたいですよ』と。
そして、それ以来、カーネリアちゃんはなんだか楽し気にしている。
「恋!恋!どんなかんじなのかしら!ふわふわするのかしら、ちくちくするのかしら!楽しみだわ!」
楽しそうだなあ。うん。まあ、もし相手と仲良くなれるようだったらそれはそれでいいのかもしれないし……とりあえず、彼女の安全を守ることは考えておくけれど、基本的には見守る方針で行こうと思う。
「む……複雑な気持ちだ」
一方で、インターリアさんは複雑そうだ。
「カーネリア様をどこの馬の骨とも知れん奴にやる訳には……しかし、カーネリア様の幸せを考えれば、ある程度は……うーむ」
インターリアさんにとって、カーネリアちゃんは大事に大事に守ってきた主人だ。その主人が結婚するかもしれない、っていうのは、確かになんか、色々思うところがあるんだろうな、と思う。
「……いや、すまない。どうも、悩んでしまってな……」
「気持ちは分かりますよ」
僕は、インターリアさんよりもずっと、カーネリアちゃんとの付き合いは短い。けれど、それでもなんとなくちょっと寂しいような、そういう気持ちにはなるから……インターリアさんの気持ちはもっと複雑だろうな、ということは、分かるよ。
「まあ、粘り強く見守る、しかないのだろうな。私がカーネリア様にできることは……」
うん。僕も、そう思うよ。結局、彼女の幸せは彼女にしか決められないし、もし、彼女が恋をしてみたいっていうのなら、それはそれでいいのかな、と思うし……。うん。
粘り強く行きましょう、ということで、今日のおやつには餅を出した。大根おろしの絡み餅。ちょっと元気がある時の先生が作ってた奴だ。粘り強く絡んでいきましょう、ということで。
「これ、美味しいわ!しょっぱいのも合うのね!」
「うん。おかわりあるよ」
……けれど、餅はカーネリアちゃんの大好物になったらしくて、一番食べているのはカーネリアちゃんだ。
「あ、でも、食べ過ぎたら太っちゃうかしら。そうしたら嫌われちゃうかしら……」
「そんなことないと思うよ」
「そう?じゃあ、もう1つだけ頂くわ!」
カーネリアちゃんはお皿に1つ描いて出した餅をフォークの先でつつきながら、なんとも楽し気にしている。なんというか、正に、恋に恋している、というか。
「……ちょっと喉に詰まって、ちょっと苦しかったわ!」
「ゆっくり食べてね」
カーネリアちゃんはすこぶる元気なので、ちょっと餅が詰まっても元気だ。でも、本当に気を付けてほしい。お餅って危ないんだよ。
「ええ!次はゆっくり食べるわ!……でも、ちょっと胸が詰まって苦しくなるかんじって、恋に似てるのかもしれない、って思ったの。ねえ、トウゴ。お餅って恋に似てる?」
「え?いや、さあ、どうだろう……」
「ねえねえ、インターリア。お餅って恋に似てるのかしら?恋するとこんなかんじなのかしら?私、本で読んだことがあるのよ!胸が詰まる、って!」
「……カーネリア様。それはまた少し、違うかと……」
まあ、うん。粘り強く……いきましょう。うん。
「あれっ」
ちょっと水を汲みに外に出たら、そこにリアンが座り込んでいた。びっくりした。
「どうしたの、リアン。おやつ食べてるけど」
「……あんま、腹、減ってねえし」
あれ、珍しいな。リアンは最近成長期なのか、ことさら食べてる印象があるんだけれど。
「元気ないね」
「そういうわけじゃ、ないけど……」
……うーん、やっぱり、リアンは元気がないみたいだ。なんだろう。
不思議に思っていたら、家の中からカーネリアちゃんに呼ばれる声がした。多分、餅のおかわりだと思う。
「リアンも食べない?餅」
「え、あ、いや、俺は……」
折角だから、と思ってリアンにもう一度声をかけてみるけれど、リアンはなんだかまごまごして……そして。
「俺、馬の世話、してくるから」
さっ、と、駆けていってしまった。
……うーん、どうしたんだろうか。ちょっと心配だ。