22話:こうふく勧告*7
「……というわけで、私、しばらくこちらでお世話になることになりました。これからもどうぞ、よろしくお願いします」
ぺこり、とラージュ姫が頭を下げる。僕らはそれを笑顔で歓迎した。
「それにしてもトウゴ君。あなた、中々やるじゃない。ラージュ姫をこっちで預かれるように交渉しちゃうなんて」
クロアさんが僕を横からつついてくる。
……いや、交渉、というか、僕はただ、『描きたいです!』っていう希望を述べただけだったんだよ。
けれど、その後王様との話の中で『できれば1枚じゃなくてもっとたくさん描きたいです』『戦う姿も描きたいです』『そういえばシェーレ家の人は娘さんを2か月モデルとして貸してくれました』『勇者でもあるお姫様を描けるなんて光栄です』『精霊様もラージュ姫のことは大変気に入っているみたいですよ』っていう話をしていたら、いつの間にか『ラージュ姫を半年くらいは森の町に住まわせる。その代わり、精霊への交渉はラージュ姫が行う』っていうことになっていた。
……王様は、すごく、複雑そうな顔をしていた。梅干と思わずに梅干を食べたみたいな顔してた。でもこれでとりあえず、森の町が王様にいじめられることは無くなったみたいだし、ラージュ姫はここに居られる。
うーん、なんだか上手くいってしまった。まあ、上手くいく分にはいいか。
「……あ、そういやトウゴの方でも、森の町を王家直轄領にするって話、出たんだろ?」
「うん。フェイも?」
フェイに尋ね返すと、フェイは頷いた。
「つっても、まあ、こっちは結局、その話は無し、ってことになりそうだけどな」
フェイはそう言ってにやりと笑う。
「親父と兄貴が『こんな話を持ち掛けてくるということは、周辺の貴族達を悉く敵に回すという覚悟がおありなんですね?』って詰め寄ったら、相手が『とりあえずこの話は一度持ち帰ってから……』って折れた」
そっか。よかった。僕の方も森の町を王家直轄領にするっていう話は『非公式』だから無しってことになったし、とりあえず、僕はレッドガルド家と一緒に居られそうだ。……あ、僕っていうか、森。うん。森が。いや、僕もだけど。
「でも、まあ、これで『やっぱり何も無かったことにしましょう』って訳にはいかねえっつってさ。親父が王家を疑ってるふりしてるぜ。『トウゴ君が姫君を攫った、という話だったが、実際には魔物がトウゴ君を攫ったようですね?あまりにもできすぎている。もしや、王家と魔物は繋がっているのでは?』とか」
……フェイのお父さんは裏側全部知っててそれを言っているんだから、なんか、その、すごいなあ。
「で、王家に反感持ってる貴族達と手を組んでる。王家が魔物と手を組んで貴族達から所領を奪おうとしているぞ、っていう風に危機感煽りつつ」
……う、うん。
「……ま、こっちは王家が何もしてこねえ限りは何もしねえよ。やっぱ、戦争になっちまったら犠牲になるのは領民だしな。平和にやってられるならそれが一番だ」
あ、よかった。すぐに戦争だ何だ、ってなる訳じゃないのか。よかった。よかった!
「俺達の方にも、何とも失礼な物言いをしてきたな。あいつらは」
それから、マーセンさんがちょっと唸りつつ、そう話してくれた。
「森の騎士団はレッドガルド家の戦力なのか、だとしたらレッドガルド家は戦力を集めていることになるが、王家に反逆する為なのか、とかなあ。終いには『この騎士団は不審だ。この町には王家直属の騎士団を入れることにするのでお前達は出ていけ』ときたもんだ」
う、うわあ。騎士達も大変だったみたいだ。なんだか申し訳ないような、いたたまれない気持ちになる。
「それ、どうしたの?大丈夫だった?」
恐る恐る、僕が聞いてみると……ラオクレスが鼻で笑って答えてくれた。
「『俺達を退かしたければ力づくで退かせ』と言ってやった」
……かっこいい!流石は鋼のラオクレス!
「まあ、なんというか……こちらの方が体格が良かったからなあ。うん。王家の兵士達はちょっとばかり、怖い思いをしたかもしれない。エドは怒ると怖いからなあ」
マーセンさんがそう言いつつラオクレスを見てにやりと笑うと、ラオクレスはラオクレスで……あ、なんだか珍しい顔だ!描かねば!
「……人のことを言えるのか?騎士見習いだった頃の俺はあんたに怒られるのが中々怖かったものだが。その怖さは今も尚、健在と見える。なあ、マーセン『先輩』?」
「お、お前なあ……」
僕は魔法画でざっとスケッチしたラオクレスの表情を確認しつつ、満足する。よかった。今回は間に合った!魔法画ができるようになったら瞬時のスケッチができるようになって、こういう時にすごく便利だ!
……それから、はっきりと描きたいものを頭の中に描き出すっていう作業が段々、早くなってきている。自分の成長が分かるって、すごく楽しい!
「怒るっていやあ、こっちも親父と兄貴がそりゃあまあ、怒ってさ」
それから、フェイがちょっとわざとらしくため息を吐きつつ、ぼやく。
「いや、うちだと俺が一番喧嘩っ早い自覚はあるんだけどよ、まあ、いざ怒ったら、兄貴や親父の方が、迫力、あるんだよなあ……」
……うん。それは想像がつく。
フェイのお父さんもお兄さんも、穏やかで、すごく友好的で……僕はそういう面ばかり見ているけれど、あの人達がいざ敵に回ったら、すごく怖いだろうな、って思う。うん。いや、あんまり想像したくないな、これ。想像だけでも十分に怖い……。
「トウゴの方は大丈夫だったか?ラージュ姫が怒ったりしたか?」
「わ、私は……ああ、少しばかり、声を荒げてしまいました。父が、あまりにも横暴な事を言うものですから……」
ラージュ姫はちょっとしょげた様子でそう言った。……多分、ラージュ姫にとっては、怒ることって、よくないことだったり、恥ずかしいことだったりするんだろうな、と思う。
「どちらかというと、ラージュ姫よりも僕が怒ったよ」
なので僕は助け舟を出すようなつもりで、そう、言ってみた。
……すると、フェイはちょっと驚いたような顔をして、ひゅう、と口笛を吹いた。
フェイだけじゃなくて、そこに居た人全員が、驚いた顔をしている。特にライラとリアンは遠慮が無い。「嘘ぉ」とか言ってる。嘘じゃないよ。ほんとだよ。失礼な。
「……マジか。お前も怒るのかあ」
「怒るよ。怒らなきゃいけない時は怒る。怒ることにした。僕だって腹が立つことはあるし」
……それとも、怒らない方がよかったかな。なんというか、小学生みたいな悪口も言ってしまったし、やっぱりまずかったかな。うーん……。
「そうか。よくやったな」
ちょっと悩んでいたら、ラオクレスが僕の頭をわしわししていった。び、びっくりした。
「やっとお前も怒るようになったかと思うと、少し安心した」
ラオクレスは僕を見下ろしつつ、ちょっと笑う。……そんな、褒められるようなことかな、これ。
「見てみたかったなあ。あんたさ、ふわふわしてるから、怒ってるところがすごく貴重なのよね……」
「俺も見てみたかったなあ。なー、トウゴー。もっかい怒らねえ?なあなあ」
「怒らないよ!」
それから、ライラとフェイにも、野次馬根性みたいな方面で好評だった。うう。なんか嫌だ……。
その後、カーネリアちゃんに「トウゴえらいわ!よしよし!」って頭を撫でられて複雑な気持ちになったり、リアンに「弟の成長を見守る兄ってこういう気持ちなのかなあ……」って言われてもっと複雑な気持ちになったり、いつの間にか祝杯っていうことでお酒を開け始めたマーセンさんに存外優しく撫でられてやっぱり複雑な気持ちになったり、お酒のせいかほんのり桜色の頬になったクロアさんにぎゅうぎゅうやられて落ち着かなかったり、よっぱらってお酒の中で溺れそうになった妖精達をアンジェと一緒に大慌てで救出したりして過ごしていたのだけれど。
「……しかし、これからも私は、皆様にご迷惑をお掛けすることになりますね」
ラージュ姫が、そんなことをぽつりと言った。
「父はやはり、私が『勇者』となったことについて、厄介に思っているようです。時を置いて、手段を変えて、またこの町が狙われるでしょう」
「え、そうなの?」
僕はてっきり、王家の中から勇者が出るんだからいいのかな、と思っていた。でも、そんなに単純じゃないのか……。
「はい。……それに加えて、魔王の復活は止められません。それまでに私は真の勇者を探し出して勇者の剣を託すことになります。そして、真の勇者が生まれた時、きっと、父は激怒するでしょう」
あ、そうか。王様の方は何とかしたけれど、魔王の方ってどうにもなってないのか。僕らが魔王の方に関してやったことって、骨格標本を連れて帰ってきたことぐらいだ……。
「ま、いいじゃねえか。それは後で考えようぜ!な?」
フェイもいつの間にかお酒を飲んでいるらしくて、いつもより更に陽気に、ラージュ姫に笑いかける。
「ラージュ姫はもうここの住民だ。だからここで楽しく過ごさなきゃならねえ。この町は精霊様の町だぜ?ここに居る以上、幸せにならなきゃあ駄目だろ!」
ラージュ姫はちょっと驚いたようだけれど、それに構わず、フェイはラージュ姫の手を取って続ける。やっぱり酔っぱらってるな、フェイ。
「困った事がありゃ、ここに居る皆が助けてくれるさ。俺だって助けてもらってる。姫様だからって遠慮することはねえよ。俺達だって遠慮しねえからさ」
……でも、酔っぱらったフェイぐらいで、ラージュ姫には丁度いいのかもしれない。いつもよりも更に行動的で人の心に入り込む力が強いフェイだからこそ、ちょっと引っ込み思案に見えるラージュ姫に丁度よかったみたいだ。
「……はい。ありがとうございます。その……約束、ですよ?本当に、私に遠慮、しないでくださいね?私もしないように、努力しますので」
ラージュ姫は、くす、と笑って、フェイの手をそっと握り返した。……ここらへんでフェイはちょっと冷静になったみたいだけれど、でも、これで良かったと思うよ。ラージュ姫は遠慮しない。僕らも遠慮しない。だってここは、そういう場所だから!
「……本当に、何と言っていいか。ああ、私、こんなに幸せでいいのかしら?こんな、不思議な場所……夢みたいだわ」
不思議な場所、っていうか、ちょっと変な場所なんだろうなあ、とは思うよ。だって骨がうろうろしてるし。町の人達は骨がうろうろしていても気にせずにこにこしていてくれるし。そして今日から、お姫様も正式にうろうろする。うん。ちょっと変な場所だ。ここ。
……でも、変なのって、悪いことじゃないと思うよ。
「うん。いっぱい幸せになってほしい。改めて、ようこそ!森の町へ!」
……ということで、森の町防衛記念とラージュ姫歓迎会、そしてライラ曰く『トウゴ怒りの記念日』も兼ねて(最後のは兼ねないでほしい)、ちょっとしたパーティになった。
町の人達には詳しい事情はほとんど伝えていなかったのだけれど、とりあえず外が大変なことになっていて、それが落ち着いた、っていうことは伝わったらしくて……いつもより陽気に楽しく、ちょっと羽目を外している様子が見られた。
なので僕達も、妖精達のお菓子やいつの間にか生産されていたお酒、そして町の人達が次々にやって来ては差し入れてくれた食べ物なんかで楽しくやりながら過ごしていた。
……そんな時。
「そういえば、この町に正式な名称は無いのですか?」
「え?」
ラージュ姫が、そう、聞いてきた。
……そういえば、無いね。森の町、森の町、って皆で呼んでいるから。
「……そういや名前、つけてなかったか。んじゃあ折角だから今、付けちまうか?」
「え、そんな適当でいいの?」
犬や猫の名前じゃないんだから、もうちょっと真面目に付けた方がいいんじゃないだろうか?
「いいのいいの。親父も兄貴も笑ってくれるだろ」
けれどいつもより楽しいらしいフェイは、止まらない。まあ、いいか。うん。
「……ってことで、ラージュ姫!」
「わ、私ですか!?」
「おう!姫様に命名してもらったとなったら、この町だってより一層の発展を望めるってもんだろ!頼むぜ!」
フェイがそう、ラージュ姫に振ると、ラージュ姫は、悩み始めた。
……ものすごく、悩み始めた。
すごく、すごく、悩んでくれた。
……そろそろストップをかけた方がいいかな、って僕とフェイが話し始めた頃。
「え、ええと……で、では」
ラージュ姫は改まって……言った。
「命名、にこにこトウゴ村です!」
……うん。
「あの、それはちょっと……」
「だ、だめですか!?」
うん。駄目。それは絶対に、駄目だ!
駄目だ!ラージュ姫って……ものすごく、ネーミングセンスが、無い!