18話:こうふく勧告*3
「ええと、確認だけれど、ラージュ姫は本物の勇者の剣は使えないんだろうか」
試しに聞いてみたら、ラージュ姫は申し訳なさそうに頷いた。
「ええ。私程度の魔力では、到底……。そもそも私には、光の魔法の素質が無いようですので」
光の魔法の素質、か。……光の魔法って、そういえば僕、見たことが無い気がする。フェイは火の魔法が少し使えるし、ラオクレスは雷が少し使える。クロアさんは風や魅了の魔法を使えるし、リアンは氷の魔法。ライラは……見たことないな。カーネリアちゃんもよく分からない。
「ええと、あの、ラージュおねえちゃんは、どんな魔法がおとくいですか?」
そして、ラージュ姫にアンジェがそう尋ねると。
「私?ええと、私は……その、闇の魔法が、得意なんです……」
ラージュ姫は、そう、答えた。
……そっか。闇。じゃあ、どちらかというと、魔王の方?ま、まあ、人には向き不向きがある。うん。
「僕、なんとかしてまずは勇者の剣を実体化させたい。流石に、何も見ないでは描けないよ」
さて。僕はこれから、ラージュ姫の為の勇者の剣を作るわけなんだけれど、やっぱり、実物を一回見てみたい、よね。うん。
「成程。そういうことでしたら……トウゴ様、どうぞ」
そう言って、ラージュ姫は僕に勇者の剣を渡してくる。
……うん。
「え、あの」
「せいれ……いえ、トウゴ様ほどの魔力であれば、勇者の剣を使うこともできるのではないかと思います」
……僕は精霊じゃないけれど、うん。まあ、試すだけなら。うん。精霊じゃないけど!
ということで、試してみた。
恐る恐る、ちょっと緊張しながら、剣の柄をそっと握ってみる。
……特に何もない。
「もうちょっと力入れて握ってみろよ」
「う、うん」
フェイに言われてもう少し強く、ぎゅ、と握ってみるのだけれど、やっぱり、変化がない。……ええと。
「もしかしてお前、封印具着けっぱなしか?」
「あ、そうだった」
慌てて、僕は封印具を外す。すると、自分の体を思いっきり伸ばした時みたいな開放感があってちょっとすっきりする。ああ、このかんじだ。
「じゃあ、いきます」
改めて、勇者の剣を握る。今度は、優しく握っただけで反応があった。
手の中で脈打つような、そういう感覚があって、それから、手の中が熱くなってくる。あと、体がむずむずしてくる。あ、これ、魔力の制御の練習を始めた時の奴だ。
……ということは、魔力の注ぎ方がよく分からないから、魔力が体の中でぐるぐるしていて、それで僕は今、むずむずしてるのかな。そう見当をつけて魔力を流してみると……明らかに、手ごたえがあった。
むずむずの端っこ、僕の魔力の一部が僕の手を通して勇者の剣へ注がれていく。前、フェイに貰った魔力制御用の魔力ランプをつける時と一緒だ。僕は、剣の柄を強く握って、それで、魔力を流す意識をして……。
すると。
ぽうっ、と光が灯って、部屋が明るくなる。
剣の柄から伸びた光が、段々、形を作って……そして。
「……おー」
フェイがひゅう、と口笛を吹いて、にんまり笑った。
「すげえなあ。お前、こういうところまでトウゴなのか」
……いいだろ、別に。
剣じゃなくて、光の筆が生えてきたってさ……。
「これすごい!すごく楽しい!」
「あんたにとっては光も画材なのね……はー、もう、羨ましいとも思わなくなってきたわ」
僕は、勇者の剣改め勇者の筆を使って、絵を描いている。これがすごく、楽しいんだ。
光でできた筆の穂先でそっと絵の具を撫でると、そこに絵の具の色の光をたっぷりと含む。その筆を使えば……なんと、空中にだって絵が描ける!
「絵がお空飛んでる……」
「キャンバスとかじゃねえもんな、空中に直接、絵を描いちまうんだもんな……」
アンジェとリアンのために、僕は果物を空中に描く。光が滲んで広がって、見事、彼らの目の前に果物を出すことができた。
「この筆で描くと、光の絵の具で描けるみたいだ」
色んな色の光を空中に固定して、そこに絵が描ける。新感覚だなあ。
「……で、トウゴ。俺はすげえことに気づいたぜ」
「うん」
そんな中、フェイは神妙な顔をして……言った。
「これ、勇者の剣の参考にならねえよな?」
……あっ。
「困った。僕は勇者の剣を使えるけれど、僕が使うと剣じゃなくて筆になってしまう……」
困ったな。これじゃあ、参考にならない。できるだけちゃんと、それらしい小道具を作りたいんだけれど。
「あ。でも、トウゴ君。光の剣の刀身は、この光の絵の具で描けばいいんじゃないかしら」
「うん。資料としては役に立たないけれど、画材としてはすごく優秀だね、これ」
「……その辺りも含めて、お前らしいな」
うん。僕もそう思う。
「これ、僕以外の人だと使えないんだろうか」
「魔力が足りねえだろ、多分」
そっか。……ということは、魔力が多い人にちょっと頼んで、剣を出して見せてもらわないといけないのか。ええと……。
「フェイは」
「俺、この中で一番魔力が少ない自信があるぜ」
そっか。そうだった。フェイは魔力が少なくて、だから魔力に敏感なんだった。うん……。
「ラオクレスは……」
「フェイほどではないが、俺も似たり寄ったりだぞ」
そ、そうか。うーん、勇者になるならこの2人のどっちかだと絵になるかな、と思ったのだけれど。剣のデザインを見るついでに、勇者の絵を描かせてもらいたかったんだけれど……。まあ、そういうことならしょうがないか。
「大体ね、トウゴ。あんた並みに魔力が多いやつなんて、そうそう居ないわよ」
僕がちょっとがっかりしていたら、ライラにそう言われてしまった。
「それにあんたさ……なんか、私が初めて見た時より、その、魔力、増えてない?」
……増えてる?僕、魔力が増えるようなこと、しただろうか。
「あー、そりゃ、当然かもな」
僕が不思議に思っていたら、フェイはそう言って頷く。えっ。僕についてのことなのに、僕には心当たりが無くてフェイには心当たりがあるって、なんだかちょっと解せない。
「だってよ、ほら、毎日お供え物、食ってるだろ」
……あ、うん。食べてる。してた。魔力増えるようなこと、僕、してたね……。
「毎日毎日民の祈りを美味しく食べて、魔力が増えねえ訳がねえよなあ……」
うん……。そうか、お供え物を食べていると、どんどん魔力が増えちゃうのか。そうすると僕、ますます人間から離れてしまうのかな。いや、でも、お供え物を捨ててしまうのは、あんまりにも申し訳ないし……。うう。
「……あら?外に誰か居るわ!」
僕がちょっと落ち込んでいたら、カーネリアちゃんが窓辺に駆け寄って……パタン、と窓を開けると、そこから、ぬっ、と、ふわふわの頭が突っ込んできた。キョキョン。
……あ。
「勇者の剣、使えそうなのが居た!」
この鳥なら僕と一緒にお供えを頂いているし、魔力も多いはずだ!そうだ!鳥に勇者の剣、出してみてもらおう!
僕は事情を説明して、鳥に『やってくれる?』と聞いてみた。すると鳥は頷いてくれたので、僕はワクワクしながら、鳥に勇者の剣を咥えさせてみる。
……すると、鳥はちょっと首を傾げつつ、勇者の剣を咥えて……そして、きゅっ、と眼を瞑って、ぶわ、と羽毛を逆立たせた。そうすると鳥の大きさが1.2倍ぐらいになる。
そうやって鳥が膨らみつつふるふる震えると……勇者の剣が、輝く。
そして。
「……お花の剣だわ!」
「お花の剣だね……」
鳥に勇者の剣を咥えさせたら、見事な細工の剣が生まれた。
蔓草や花に飾られたデザインで、なんというか、この鳥には似つかわしくないくらい、凛々しくて繊細で、かわいらしくて、綺麗だ。
「へー。見事なもんだなあ。そうか。こういう風に剣になるのか……」
フェイがそう言って眺めると、鳥は胸を反らして剣を見せびらかした。剣を咥えてるから、キョキョン、と鳴きはしない。
「きっと人によって、どういう形になるかが違うのね、これ」
クロアさんはそう言いつつ、鳥が咥えた剣の刀身にそっと触れる。花の細工を指先でなぞりつつ、クロアさんは『私にも勇者の剣が使えたらどういう形になるのかしら……』と呟く。うん。僕もちょっと気になる。でもクロアさんなら……やっぱり、繊細な細工の、細身の剣になるんじゃないかな。うん。
そうして皆で『自分だったらどういう刀身になるだろうか』っていう話をしている中……ラオクレスだけ神妙な顔をしている。どうしたの、と尋ねたら。
「……鳥ですら剣の形になるのに、筆の形になったトウゴは一体何なのか、心配している」
う、うるさいよ!
とりあえず、勇者の剣の参考例は1つ手に入ったので、これを参考にして頑張っていこうと思う。小道具づくりは楽しいので全く苦にならない。
「そういえばトウゴ君。あなた、勇者の剣もいいけれど、魔王役をやることも考えておかなきゃだめよ?」
あ、そうだった。すっかり忘れてた。
……うーん、魔王、か。
魔王も参考資料が欲しい。……流石に駄目か。となると……。
「あー、まあ、最悪の場合は『お前が』魔王になる必要はねえよ。何ならお前、ラージュ姫と一緒に魔王に攫われた、とか適当に言っておけばいいって」
「それでいいんだろうか……」
「いいだろ。王家の軍勢は『ちょっと脅かす』んだろ?どうせ町の中には入れねえんだろうし、だったらいいだろ、別に」
そっか。なら別にいいか。ええと、つまり、僕の仕事は表に立つことっていうよりは、天変地異とかを起こして、王家の人達を森の町に入れないようにすること。うん。分かった。
「じゃあ龍に乗ってチャコールグレーのふわふわ着て絵を描けばいいだろうか」
「あー……な、なんかそれ、精霊様の仕業だってバレバレだよな。いいのか?ま、まあ、いいのか……?」
とりあえず、チャコールグレーのふわふわを宝石から出してみる。すると出てきてすぐ、早速僕の首にくるんと巻き付いて、すりすり擦り寄ってきた。かわいいなあ、こいつ。
服になってほしい、とふわふわにお願いすると、ふわふわはすぐに形を変えて、襟巻きから羽織に変わってくれた。優秀だ。
「……こんなかんじ」
「おー……確かにそれ着るとちょっと魔王っぽいか?うーん……魔王っぽいけど、ふわふわしてるな……」
「遠目に見てそれっぽければいいと思うんだ。僕、ラージュ姫に倒される立場だし」
ね、とラージュ姫に聞いてみると……彼女は彼女で、悩みに悩んで唸っているところだった。
「うう……魔王を倒した後、トウゴ様の無実を証明しなければならないですから、ええと……」
「そうね、やっぱりあなたを誘拐したのは『魔王』だった、ってことにして、トウゴ君は全くの無実、っていう風にした方がいいかしら。王家だって、まさか本気でトウゴ君があなたを攫ったなんて思っていないのだろうし、証拠なんてある訳も無いんだし。歴史と事実は勝者が作るものよ」
「しかし、私が自分の意思で出奔したということにした方が、こちらにご迷惑が掛からないのではありませんか?攫われたのではなく、あくまでも自分の意思で城を出てこちらへ向かった、と……」
「うーん、あんまり気にしなくていいけれど……そういうことなら、あなたに精霊様のお告げがあった、っていうことにしましょうか。そうね。その方がいいかも」
ラージュ姫はクロアさんと一緒に作戦会議中だ。クロアさんは敏腕プロデューサーだから、存分に頼るといいと思う。何と言っても、僕のことも精霊っぽくしてくれたし。
「そうね、そうしたらトウゴ君の無関係はものすごく声高に主張できるわけだし……その代わり、あなたには『魔王』を倒した後にまた矢面に立ってもらうことになるけれど」
「望む所です。……私、ここに居たいんですもの。そのためなら、王城に『出向く』ことだって厭いません」
ラージュ姫の表情は、明るい。この間までの、ちょっと寂し気な笑顔は、もう無い。
彼女はここに居ることにしたみたいだ。そのために頑張る、って。
……それが僕には、嬉しい。
「あ。だったらそもそも、あなたが『魔王』を倒すっていう筋書きを変えちゃいましょうか。とりあえずあなたが『勇者』なら、そこに魔王は居なくていいのよ。本物の魔王が出てきちゃった時に困るし……」
「では、トウゴ様には魔王ではない魔物の役を担って頂く、ということでしょうか」
「そうね。三下だとちょっと迫力と危機感に欠けるから、魔王の直属の部下、とか、魔王の復活を望む邪教徒のリーダー、とか、そういうかんじで……」
「或いは何かの犯罪組織の一員、ということでもいいかもしれません。トウゴ様を矢面に立たせないように……」
……あれ?
僕、なんか、どんどんランクダウンしていってる気がする。な、なんか、雲行きがおかしい……。
「ということで、トウゴ君。あなた、姿は見せなくていいわ。魔王の魔法だけがラージュ姫を襲ってた、っていう設定にするから。あなたはひたすら、天変地異の絵を描いて頂戴ね。それで最終的には『魔王が攫おうとしていたトウゴ・ウエソラを勇敢なる女勇者ラージュが救出』っていう筋書きにするわ」
「父は、トウゴ様やレッドガルド家よりも、勇者が生まれてしまった事実の方にかかりきりになってしまうはずです。トウゴ様については『情報が錯綜してしまったようですね。トウゴ様は攫ったのではなく攫われたのですよ』と主張しますので」
「精霊様のお膝元の町の長だから、魔物に攫われて精霊の力を引き出す材料にされていた、とか、なんか適当に理由はつけられるでしょうし。ね?それでいきましょう?トウゴ君、あなた、魔王役をやるにはちょっとふわふわしてるのよ……」
……うん。
あの、僕、その、ちょっとだけ、気合を入れていたのだけれど……うん。いや、いいけれど。別に。魔王役から攫われる役になっても……。
「トウゴはお姫様役なのね!さらわれるのはお姫様だって、そーばが決まっているわ!」
「トウゴおにいちゃん、おひめさま?あの、あのね。じゃあ、アンジェのおリボン、かしてあげる。ふわふわしてて、おひめさまみたいなおリボンなの」
でも、お姫様役、っていうのは、ちょっと……あの、そういう目で見ないで!
僕、魔王役でもいいし魔王の部下でもいいし、犯罪組織の一員役でもいいよ!単なる音響さんとかでもいい!
でも、でも……お姫様は、お姫様は……嫌だよ!