17話:こうふく勧告*2
「……まずいな」
僕は皆を集めて、作戦会議を始めた。そして、書面を読んだラオクレスが、ただ一言、『まずいな』。……いつも以上に言葉が少ないラオクレスの表情が、事態の深刻さを物語っている……。
「……トウゴおにいちゃん、つかまっちゃうの?」
「つ、捕まっちゃう、かもしれない……。うーん」
アンジェが泣きそうな顔をしているけれど、僕もそういう気分だよ。
「と、トウゴが牢屋に入ったら、私、毎日差し入れに行くわ!」
カーネリアちゃんの前向き加減がちょっと沁みる……。うう。
……フェイの所に届いた書状は、簡単に言うと、『レッドガルド家のお抱え絵師であるトウゴ・ウエソラが第三王女ラージュを誘拐した恐れがある。王都より兵団を派遣するので、容疑者逮捕に協力せよ』っていう内容だった。
「あの、フェイ。これ、お父さんとお兄さんは?」
「対策中。とりあえずいつでも兵士を動かせる状態にするので少しお待ちを、ってことで時間稼ぎしてるな。あっちの時間稼ぎは任せてくれ。親父は言い訳させたら国一番だぜ!」
そっか。それは、それは頼もしい……のかな?うん。いや、いつも本当にお世話になってます。
「くそー、なんだってトウゴなんだよ。一番嫌なところに罪被せてきやがって。俺ならまだ分かるのによお……」
「あら。ラージュ姫との婚約を蹴った人がラージュ姫を誘拐するかしら?」
クロアさんが言うと、フェイはその気まずさを思い出したように天を仰いで呻いた。うん……確かに、婚約を蹴っておいて誘拐、っていうのも、変な話だよね。
「……まあ、普通に考えれば、ラージュ姫の行き先はある程度調べがついていて、その上で行き先の中、『一番嫌なところ』を狙ってきたんだと思うわよ」
そんなフェイを見てクロアさんはため息を吐く。
「だって、トウゴ君がこの町のまとめ役みたいになってるのはこの町に来れば分かることだし、大体、トウゴ君、レッドガルド家のお気に入りだって分かってるんですもの。レッドガルド家に思うところがある王家としては、トウゴ君を狙うのは当然よね」
そ、そっか。僕は、レッドガルド領で一番発展している町のまとめ役みたいなもので、だから、僕を攻撃すればレッドガルド家への攻撃になる、っていうことか。それで、ええと、僕は……。
「……あの、フェイ。僕のこと、お気に入り……?」
「ったりめーだ、お気に入りだばかやろー」
そ、そっか。僕、お気に入られなのか。……ちょっと照れてしまう。
「もう!トウゴ君!そこでにこにこしないの!」
あっ、顔に出てた。よくない。ちゃんと、表情を引き締めていかないと。
「……で、これ、どうする?トウゴを出さねえとあいつら、『容疑者確保のため』っつって森の町に踏み込むだろうな。むしろ、森の町を兵士に荒らさせるために吹っ掛けてきたのかもしれねえし」
……どうして町を荒らしたいんだろう。その気持ちは、僕には分からない。それでいて、相手は僕らを放っておいてくれない。だったら僕らも、王家の人達を放っておく訳にはいかないんだ。
「かといって、下手に戦うのもな。レッドガルドの兵士達を使う訳にはいかない。レッドガルド家が王家に反逆していることになるからな」
「じゃあ骨の騎士団は?」
「彼らを出してみろ。魔物と内通しているととられて、いよいよ焼き討ちになりかねん」
う。そうか……。
「そうよねえ……がしゃ君達、慣れれば可愛いのだけれど、この町の人以外には、受け入れにくいかもしれないわ」
うん。骨格標本達は……その、王家の人達には不評な気がする。だから、表には出せない、よね。
「となると、森の騎士団は……」
「俺達はどうなろうと構わないさ。だが、俺達が動くと、この町が王家に反逆していることになってしまうからな……」
こっちはこっちでやっぱり駄目だ。森の騎士団はこの町の騎士団だ。だから、彼らが王家の人達に反逆したら、この町自体が王家に反逆していることになってしまって、そうしたら、王家にこの町を攻撃する口実を与えてしまう。
……うーん。本当に、どうしよう。これ。
「やっぱり僕、牢屋に入る?」
「駄目だぜ、トウゴ。んなこたー俺が許さねえぞ!お前は絶対に牢屋になんか入れさせねえからな!」
あ、うん。……ちょっと、安心した。安心してしまってごめんなさい。
「牢屋に入れられて、無事に出てこられると思わない方がいい。奴らは俺達よりも余程残酷な連中だ。少年相手でも、惨い拷問を躊躇わないだろうな」
……痛いのは、やだなあ。うん。やっぱり、できるだけ、あんまり牢屋には入りたくない。
「トウゴおにいちゃん、つかまらない?ほんとに?」
「あ、うん……できれば捕まりたくないから、捕まらないように頑張るよ」
僕が答えると、アンジェはちょっと安心した顔で、よかった、と言った。……こうやって安心してくれる人が居るって、嬉しいことだ。
「しっかし、どうすっかな。抵抗はできねえ。トウゴは出せねえ。となると……」
僕らが悩んでいたら、かたり、と控えめな音を立てて、ラージュ姫が立ち上がった。
「私が、出ていって話をします」
そして、ラージュ姫は蒼白な顔で、そう言う。
「全て、私が招いた責任です。私がここに、逃げ込んでしまったから……このようなことに」
……ラージュ姫はそう言うけれど、多分、元々王様はこの町をどうこうしたかったんじゃないかと思うよ。ラージュ姫が逃げ込んできても来なくても変わらなかったんじゃないかな。うん。
「いやー、まあ、ラージュ姫は確かに口実にしやすかっただろうけどよ。でも、気にすんなって。遅かれ早かれ、どうせこうなってたさ。口実なんて、捻りだそうと思えばいくらでもなんとでもなるだろうし」
「しかし」
「それに、あなたが出ていっても何も変わらないと思うわ。恐らくあなたは『トウゴ・ウエソラに誘拐されて監禁されていた』っていう事にされるんじゃないかしら。あなたがどう主張してもね。それに、あなたが勇者の剣を王家に戻さなければ、どちらにせよこの町は王家の捜査の対象になるでしょうから」
うん。そうだ。ラージュ姫だけじゃなくて、勇者の剣のこともある。王家の人はそれを狙ってるんだろうし、どうせ、この町は王家の攻撃の対象になるだろう。
「ってことで、それもナシだ。抵抗はできねえがトウゴは出せねえ。ついでにラージュ姫も勇者の剣も出さねえ!剣も姫もトウゴも全部、うちのもんだ!」
そう言い切るフェイが、格好いい。フェイはいつも格好いいけれど、こういう……戦う時に、一番格好いいと思う。
「……いいのでしょうか」
そんな中で、ラージュ姫は、そう、零した。
「ここには、腹の内を探り合うことも無ければ、無用な争いも無い。皆が精霊の加護の下、平和にあろうとして平和が保たれている。……こんなに美しい場所に、私が居ても、良いのでしょうか。この美しい世界に災厄ばかり呼び込む私が」
「いいんだよ。ラージュ姫が居ても居なくても、この森は狙われてるみたいだし」
「それでも、私が居なければ敵の力を分散させることができるのでは?」
「どうせ撃退すんならまとめた方が楽だろ?」
僕とフェイが答えるけれど、ラージュ姫の表情は晴れない。
「……私が父の前に出ていけば、父も一度は引き下がらざるを得ないはずです。父は、表立って私と対立するわけにはいかないのですから。あとは、トウゴ様には森の奥に隠れていて頂いて、その間に勇者の剣を、なんとか……真の勇者の手に、渡していただければ……」
「それでも駄目だ。ラージュ姫がどっちみち戻らなきゃならなくなる。そしたら、表向きには何も出来ねえっつっても、裏で何をされるかは分かったもんじゃねえだろ?」
フェイがそう尋ねると、ラージュ姫は一層、思いつめた表情を浮かべる。
「どうして皆さんは、そのように言ってくださるのですか?今回のことは、私の落ち度です。私のせいで、呼びこまれた災厄です。それなのに、どうして私を庇ってくださるのですか。私さえ来なければ、このようなことにはならなかったのに!」
確かに、そう、なのかもしれない。ラージュ姫を庇う必要は、無い、のかもしれない。
でも、今回のことってラージュ姫が悪いのかってなると違うと思うし、彼女がここに来なかったらもっと大変なことになっていた気がするし、森は迫ってきている危険に気づけないままだった。
それに……そういう理屈抜きにしたって、きっと、僕は彼女を差し出したくない。
「ここがあなたの場所なんじゃないかって、思ったから」
森の町で、なんだか幸せそうにしていた彼女を見て、僕も嬉しかったから。
「……私の」
ラージュ姫は、ぽかん、としていた。けれど途中で、ちょっと苦笑いする。
「……確かにここは、あまりにも、居心地が良すぎて……本当に居るべき場所を、忘れてしまいそうです」
本当に居るべき場所。
そう言うラージュ姫を見て、なんとなく、僕は……あの時の先生もこういう気持ちだったのかな、と、思った。狭い世界に居た僕に、『こういう場所もあるし、僕みたいな人間も居るんだぜ、少年』ってやってくれた先生も、こういう気持ちだったんじゃないだろうか。……僕もこう思えたことを、嬉しく思う。
「ねえ。あなたの居場所は、王城、なんだろうか。こっちの方が、向いてないかな。別に、あなたにとって居心地が悪い場所に、自分を縛り付ける必要は無いと思うのだけれど」
「……え?」
「僕は、あなたはここに居るのが向いてる気がしてる。色々な事情も理屈も抜きにして、『ここに居た方が得になる』とかじゃなくて……純粋に、あなたにここが向いてると思う。それで、だったら、僕はこの場所に居る一人として、それをあなたに伝えるべきだって思った」
ラージュ姫はまた、ぽかん、としている。というか、みんな、ぽかん、としている。……唐突過ぎたかな。でも、理屈を全部差っ引いたって残るものが確かにあるんだっていうことは、ちゃんと伝えたい。
「居心地の悪い場所で無駄に頑張ったって疲れるだけだ。何も生まれない。だから、頑張らなくても色々生まれてくるような、そういう場所に居ればいいよ。ここに居る人達には、それができるんだから」
僕は、ラージュ姫の手を握る。
「どうせ頑張ってくれるなら、一人で王様と戦おうとしないでほしい。ここで、一緒に頑張ってほしい」
ラージュ姫は、迷っているようだった。握られた手を握り返していいのか、すごく、迷っているみたいで……すると、ひょい、と横から手が伸びてくる。
「へっ」
ラージュ姫がびっくりしている間に、フェイが、ラージュ姫の手の上から僕の手を握り返した。要は、フェイの手が、ラージュ姫の手に僕の手を握らせた、というか。
すぽん、とフェイの手に包まれて、それで僕の手を握ることになったラージュ姫は、ぽかん、としていたけれど……僕が、「よろしくね」と言うと、やっと、笑顔を見せてくれた。
「はい。ここで、許されるのなら……ここに居させていただけるなら。いくらでも、尽力させていただきます。だから、どうか……一緒に」
「うん。一緒に!」
今度は、フェイの手関係なしに、ラージュ姫自身の意思で、僕の手を握ってくれた。僕の手よりも細くて柔らかい手が、きゅ、と僕の手を包む。それがなんだか暖かくて、僕は嬉しい。
これでまた、森の町に住民が増えた。ようこそ!
「……で、どうするよ」
しばらく僕とラージュ姫がにこにこした後、フェイがちょっと遠い目でそう切り出してきた。
「いやー、色々言ったけどよー、結局、解決策は何も思いつけてねえんだよな」
うん。そうだった。本題本題。
「なら、せんそうだわ!ぜんめんせんそうだわ!」
「カーネリア様。お気を確かに。もう少し穏便な方法で」
カーネリアちゃんは過激派だ。うん。全面戦争はちょっと……。
「いいじゃない!トウゴが連れてかれちゃうのは私、嫌だわ!だったら王家の兵隊さん達が連れていかれちゃえばいいんだわ!……でも、寒い牢屋に入れられるのはかわいそうだから、マシュマロの床に飴の鉄格子の牢屋にしてあげるの!」
あ、よかった。カーネリアちゃんは過激派だけれどふわふわの過激派だった。そっか。マシュマロの床の牢屋。うん。なんか柔らかそうでいいね。
「ねえ、トウゴ。あんたさ、町の周り全部川とかにできないの?それで防衛しちゃえば?」
「いや、龍に助けてもらえばできるだろうけど、それをやっちゃうと、森の町の人達に多大なる迷惑が掛かるから……」
水路ってそう簡単に作れないし、そう簡単に撤去できないし。いや、確かに防衛としてはいいのかもしれないけれどさ。
「うーん、駄目だわ。何も思いつかない。戦っちゃったら全面戦争になりかねないし、そうなったらレッドガルド領はこの国の中で最も不安定な場所になるでしょうし……それはフェイ様達だって望むところじゃないわけだしさ」
うん。だから難しい。
「戦えないけどトウゴは出せない。戦わなくてもトウゴを出す以外で解決策って無いのかしら……。でも、相手はレッドガルド領に損害を与えることも目的なのかもしれないし、そうなると話し合いに応じて引き下がってくれるはずが無いわよね……」
「骨で脅かす?」
「……あのさあ、それ、あんたが本格的に討伐対象になるだけじゃない?」
「骨がいっぱい居る町で、骨と一緒に散歩してるトウゴ、どっからどう見ても怪しいもんな……」
「おにいちゃん。トウゴおにいちゃん、あやしくないよ」
「そりゃ、俺もアンジェもトウゴがただの変なやつだって知ってるからだろ。知らない奴からしたら魔王か何かだって」
そっか。……僕が魔王だって勘違いされたりしたら困るし、やめておこう。うん。
……ん?
「あ、いいのか」
「……おい、トウゴ。また何か、妙なことを思いついたんじゃあないだろうな」
失礼だな。変なことじゃないよ。我ながら名案だよ。
「僕、魔王になる。それで、王様達には申し訳ないけれど、ちょっと脅かして、帰ってもらう。その後……フェイかラオクレスか、誰かが勇者やってよ。それで、勇者が僕をやっつけて終わり。王様にはそれを見てお帰り頂く。どう?」
「そ、それは……」
皆が考え始めた。うん。考えてほしい。案外悪くないと思うんだけれど。
「……それ、モロに王家に目ェつけられる奴じゃねえか?いや、お前もだけど、勇者役の方も」
……あっ、そ、そうか。うん。そうだ。王様は、勇者が魔王を倒して権力を得ちゃうのが嫌なんだった。だから、それをやってしまうと、勇者役の誰かに多大なるご迷惑をおかけすることになってしまう……。
「え、ええと、じゃあ僕だけ魔王」
「そしたらお前が討伐対象になっちまうだけだろうが!」
「そもそも、お前が魔王になった後、お前はどうするんだ。討伐された後は二度と町に出られんぞ」
あ、そっか。駄目だった。早速、僕の意見、駄目だった……。
「……いえ、いいんじゃないかしら」
けれど、クロアさんはそう言って……にっこり笑って、ラージュ姫を示した。
「国王陛下が王家以外に権力者が生まれることを忌避するあまり、勇者を生みたくないのなら……ラージュ姫が勇者になればいいのよ」
「わ、私ですか!?」
「名案だ」
「うふふ。でしょ?」
うん。名案だ。名案。すごく。そうだ。ラージュ姫は僕らの味方をしてくれる王家の人だ。だから、ラージュ姫が嬉しいなら、僕らだって嬉しいし、王家の人達だってそう嫌ではないんじゃないかな。
「え、あの、私、勇者の剣も使えませんし……」
「あら、それなら精巧な偽物を作ればいいんじゃないかしら。……ってことで、トウゴ君。勇者の剣っぽい剣、描いて頂戴ね」
成程!それなら早速、小道具づくりを始めなければ!