13話:復讐の骨格標本*8
そうして、僕はちょっと、町の防衛設備を整えた。具体的には、壁。壁に、矢を撃てるようにスリットを入れた。これで森の騎士や壁の兵士達が戦いやすくなる。
それから、情報伝達用に、森の騎士1人につき1匹、雷の精をつけることにした。
……雷の精は、きらきらぱちぱちしている小鳥だ。飛ぶと速いから、彼らを採用した。あと、割と少ない魔力でも描いて出せるんだ。こいつら。
あと、雷の精は、撫でると、ちょっと静電気みたいにぱちぱちして面白い。ちょっと癖になる感覚だ……。
他にも壁の兵士達に装備を支給したり、僕らの留守の間に怪我をしても治せるようにフェニックスの涙を小瓶に採っておいたり、動く骨格標本コレクションのために宝石を出して数珠つなぎにして、色々と準備をして……そして最後に、僕は、とても大事なことをやる。
「君、他の骨格標本と見分けがつかなくなりそうだよね……」
僕がそう言ってみると、がしゃどくろはカタカタ頷く。うん。そうだよね。ごめん。僕、流石に骨格標本の見分けは咄嗟にできる自信が無いよ。
「じゃあ、目印になるようなもの、着けておかなきゃね」
僕が更にそう言うと、がしゃどくろは頷いて、大人しく待っている。……この骨格標本、大人しいなあ。そういう性格なんだな、っていうのが分かって、何となく面白い。
そうして、僕のがしゃどくろには、装備を支給することにした。白い鎧と細身の剣。どうやらこのがしゃどくろ、剣を使って戦うらしいので。
あと……腕輪、というか、骨輪。その、何かアクセサリーがあるといいかな、と思って。
最初は人間規格の腕輪を出したんだよ。けれど、肉の無い、骨だけの腕だと、うまく腕輪が着けられないので……もういいや、と思って、骨1本の太さの輪をつけておくことにした。
輪はプラチナのイメージで作った。そこに磨いた真珠貝の飾りを嵌め込んだデザインで……邪魔にならないように気を付けてみた。骨ってどう動くのか分からないから、どういうものなら邪魔にならないかもよく分からなくて、だから、極力シンプルに。
がしゃどくろはこれらの装備を気に入ってくれたらしくて、カタカタいいながら腕輪に触ったり、鎧を着てみたり、剣を素振りしたりしている。
うん。気に入ってくれたなら何より。
こうして準備も整ったので、僕らはがしゃどくろが教えてくれた地点に向かうことになった。
場所は、レッドガルド領から王都を背にして南東に向かった方。レッドガルド領の隅っこの荒れ地に拠点があるらしい。
「……本当にお前もついてくるのか」
「うん」
そして僕もついてきた。がしゃどくろもついてきた。……なので、拠点に攻め込むのは、フェイとラオクレスとクロアさんとマーセンさん。あと、僕とがしゃどくろ。
「まあ……いざとなったら、鳳凰で逃げてもらうことになるが」
「足手纏いにはならないようにする。なりそうだったらすぐ逃げるよ」
僕がここに来たのには、いくつか理由がある。
1つは、がしゃどくろを連れてきたかったから。……この骨格標本、ものすごくやる気だったので。だから、彼にもお手伝いしてもらおうと思った。
それからもう1つに、僕が居ると何かあった時にも怪我を治したり壁を生やしたりできるから。まあ、なんというか、描いたものを何でも出せるって便利だよね。
そして……最後の1つは。
「……楽しそうねえ、トウゴ君。召喚獣いっぱい捕まえるの?」
「うん!」
「……虫取りを楽しみにする子供のようだ」
骨格標本やその他の魔物をたくさん採って帰るためだ!
そのために、宝石を沢山持ってきた。準備万端!
そうして、召喚獣で旅して、半日くらい。
「……あ。アレか?」
あちこち探し回った僕らは、遂に、それらしいものを見つけた。
荒れ地に出来上がっている、地面の裂け目というか、洞窟というか。……縦穴っぽいけれど、よくよく見てみたら、目立たないように梯子がかけてある。これは中に誰か住んでる気配がする。
「ここで合ってる?」
一応、念のためがしゃどくろに聞いてみたら、カタカタ頷いてくれた。あと、すごくやる気に満ち溢れたジェスチャーをしてくれた。うん、そっか……。
「気持ちは分かるわ。気に食わない雇い主を一発殴ってやるのって気分がいいわよ」
クロアさんががしゃどくろに、またにっこりと微笑みかけている。今日はすこぶる森っぽくないクロアさんだ!
「……準備がいいなら、もう行くぞ。いいか?」
今回の引率役のラオクレスがそう言ってくれるので、僕はがしゃどくろと一緒に頷く。準備オーケー。
「よし。トウゴ君はもし疲れたり怪我をしたりしたら、すぐ我々に言ってくれ。我々に余裕が無いようなら、1人で逃げるように。いいね?」
「はい」
マーセンさんにも念押しされる。今回の僕の仕事は、皆の邪魔にならないこと。足を引っ張らないことだ。頑張ろう。
「……では、これより侵攻開始だ」
ラオクレスが颯爽と穴の中に入っていくのを見ながら、僕は携帯用の画材をしっかり確認して、後に続いた。
縦穴の中は鳳凰で降りる。ラオクレスはアリコーンで降りたしマーセンさんも天馬で降りていた。フェイはレッドドラゴン……だとちょっと大きすぎるから、火の精の鳥型のやつで降りている。クロアさんはアレキサンドライト蝶の羽でぱたぱたと。
……そうして穴の底に着いたら、そこでがしゃどくろを真珠から出す。ついでに管狐も。
「……奥から気配がする。気をつけろ」
「あらそう。じゃあ私は単独行動させてもらうわ。お土産、楽しみにしててね」
ラオクレスが警戒を呼び掛ける中、クロアさんはするり、と何処かへ行ってしまった。……えっ。
「……クロアは密偵だからな。あれはあれで上手くやるだろう」
あ、そっか。クロアさん、こういうののプロだった。彼女の特技は人間関係の方だけじゃない。こういうところも彼女の得意分野なんだ。……すごいなあ。
「では、我々は精々、彼女がやりやすいように敵の注意を引きつけていくとしようか。フェイ様は俺達の後ろにどうぞ。前衛はお任せください」
「おう。悪いな。前は任せる。その代わり、後ろは任せてくれよ!」
マーセンさんとフェイがお互いににやりと笑って、作戦会議は終了。前にラオクレスとマーセンさんが居て、その後ろから僕とフェイがついていく形で、穴の中を進んでいくことになった。
穴の中は暗い。けれど、ラオクレスとマーセンさんが出した雷の小鳥がぱちぱちきらきら照らしてくれるおかげで、大分、視界が確保されていた。
「これ、便利だなあ……。いいもん出してくれたな、トウゴ君」
「それはよかった」
マーセンさんは雷の小鳥をそっと撫でる。すると雷の小鳥はそれが嬉しいみたいで、ぱちん、とちょっと大きめに火花を散らしている。
……そんな時だった。
「来るぞ」
ラオクレスがそっと剣と盾を構える。マーセンさんも即座に構えた。フェイは火の精をしっかり出して、更にレッドドラゴンも出せるように準備している。僕は画材を確認。魔法画用の絵の具よし。画用紙よし。準備よし!
……そして穴の奥から現れたのは、黒い靄だった。
決着は早かった。ラオクレスとマーセンさんが盾を構えた直後、2人の頭上をぱっと飛んでいく火の精が、黒い靄を蹴散らしてしまったからだ。
「こういうのには火が強いって相場が決まってるよな」
フェイがにやりと笑って、戻ってきた火の精を撫でている。おおー……。
「助かった。剣が通用する相手には見えなかったからな」
「ま、だろうな。こういう奴のために俺が居るんだから、まあ、これくらいは任せてくれよ。よし、後ろも大丈夫、と。じゃあ行こうぜ」
フェイが促して、また僕らは先に進む。……ただ、その後も、そんなに苦戦しなかった。
大きな蝙蝠は僕らを見るなり逃げ出してしまったし、黒い靄は火の精が蹴散らしてくれるし、骨格標本は……。
「……相談中だろうか?」
「説得中、かもしれないな」
「俺には宣教中に見える」
うん。なんというか、確かにそういうかんじだ。
……僕が連れてきたがしゃどくろは、他の骨格標本達に行き会うや否や、すぐ、何か喋り出した……んだと思う。
なんというか、全然音が聞こえないから、話しているのか、と言われると、すごく微妙なところだと思う。妖精は喋るときらきらしゃらしゃら音がするけれど、骨格標本にはそれすら無い。ただ、カタカタ骨が鳴る音がするぐらいで……けれど、がしゃどくろを見る限り、彼はかつての仲間達に何かを必死に説いているように見えた。
けれど、がしゃどくろの説得も空しく、骨格標本達の反応は芳しくない。皆、困ったようにしつつ、武器は下ろさず、ただ、まごまごしているだけ、というか……。
あっ。
「あの、フェイ。魔封じの魔法の模様って、どういうやつ?」
「ん?……ああ、そういうことかあ。よし。任せろ任せろ」
フェイはにやりと笑うと、赤い液体が入った小瓶の蓋を開けて……魔法画の要領で、魔法の模様を描き始めた。それはまごまごしている骨格標本達の足元にするする伸びていって……魔封じの模様を描き出す。
模様が完成した時、骨格標本達は、ピクリ、と動いた。
「よし。これでお前ら、自由に動けるんじゃないか?」
フェイがそう呼びかけると、骨格標本達は……恐る恐る、武器を下げた。
武器を下げた骨格標本達は、武器を下ろしても何ともないことに気づいたみたいで、そこからはカタカタ体を震わせながら武器を捨てて、僕のがしゃどくろの周りに集まってきて、カタカタと再会の喜びを分かち合っていた。……表情も何もない骸骨の顔なんだけれど、何となく嬉しそうに見えるから不思議だ。
「あの……骨格標本の皆さん」
彼らの再会を邪魔するようでちょっと申し訳なかったのだけれど、僕はそっと、骨格標本の群れに近づいていって、声をかける。すると、僕のがしゃどくろが、何やら僕を仲間達に紹介し始めた。あ、初めまして。どうぞよろしく。
……そしてがしゃどくろの紹介が終わったらしい。骨格標本の皆さんは、僕に近づいてきてカタカタいっている。……何を言いたいのかはよく分からない。ええと、駄目だ。僕から聞かなくては。
「あの、もしよかったら、僕と一緒に来てくれないだろうか。それで、モデルになってほしいんだけれど……」
そして僕らは、骨格標本の集団プラス人間4人、という大所帯になってしまった。人間がおまけ。骨格標本が主体。そういう配分だ。
「……こいつらの元の主は、よほど人望が無かったと見える」
「まあ、転職してくれて何よりだけれど……よかったのかなあ」
僕のがしゃどくろをリーダーにして、骨格標本達が揃って手を高く挙げて、多分『打倒・元の主』をやっている様子を見ながら、僕はちょっと、骨格標本達のやる気に気圧され気味になっていた。うーん、すごい……。
「こいつらの事情はよく分かんねえけどさ。ま、いいんじゃねえの?こいつらが復讐したいって言うんならそれはそれで」
うん……。まあ、じゃあ、そういうことで……。
その後、僕は骨格標本達を宝石に収納して、すっかりみんな召喚獣にしてしまった。これでこの骨達は無事に生きていられる!
僕らはすっかり大所帯になったまま、進む。骨格標本達は道が分かっているから、迷うことも無い。素晴らしい。
……そうして、骨格標本達に案内されながら進んでいった先には。
「……扉、か」
扉が、あった。
洞窟の岩石の中に木製の扉。どう見ても不自然だ……。この奥に、絶対に何かがある。そういう気配がしている。
あと、骨格標本達が、ものすごくやる気を見せている。ということは、やっぱり、この先に何かがあるんだ。
「……気を引き締めていくぞ」
僕らは緊張しながら、ラオクレスがドアを開けるのをそっと見守る。
……そして。
「あーら、いらっしゃい、可愛い坊や達」
そこに居たのは、黒いドレスを着た、透けるように青白い肌の女性だった。
「お邪魔します」
僕もラオクレスとマーセンさんに続いて、挨拶しながら入る。
「あら……そこのは、レッドガルドの次男坊かしら?」
フェイが僕に続いて入ってくると、女性はそんなことを言った。……知り合い?
「おう。そういうあんたは……あー、どちら様だっけかなあ……」
あ。どうやら一方的な知り合いらしい。そっか。でも、知り合いだと、色々とまずいだろうか……。
「それにしても、よくもまあ、ここまで来れたわね。道中にはスケルトン達が居たはずだけれど……あの雑魚共、役に立たないじゃない」
女性はそう言ってわざとらしくため息を吐く。……けれど。
ぞろぞろと、入ってくる。僕のがしゃどくろを先頭に、後ろからは骨格標本達がぞろぞろ入ってくる。
そうして、女性がぽかんとしている間に、すっかり、骨格標本達が部屋の中に収まった。背後がいっぱいで、すごく安心感。
「あ、あら……?ど、どうしてあんた達、そっちに居るの!」
女性はぎろり、と、骨格標本達を睨んで、ヒステリックに叫び声をあげる。骨格標本達は震えあがったけれど……でも、僕のがしゃどくろを筆頭に、皆勇気を出して、武器を構え始めた。すごく頼もしい。
「まあ……こういうことだ。あんたの事は知らねえが、うちの領地に魔物を寄越してたのはあんただろ?ならキッチリ、出るとこに出てもらうぜ」
フェイがそう言って、火の精を出す。僕も、鳳凰と管狐と画材を出した。
「……出るとこ出る、ですって?」
僕らを見て、女性が笑う。ちょっとヒステリー気味な甲高い笑い声で。
「随分と自信があるようだけれど、雑魚スケルトン如き、いくら寝返らせたって無駄よ!……さあ、あんたたちはここで全員死になさい!」
女性の手が、僕に向かって伸びる。
……その時、女性の黒いドレスの裾が、動いた。
女性が翻したドレスの裾は、ひらひらとたなびきながら、薄まって、広がって……黒い靄になってしまった。
「……わあ」
このドレス、生きてる!