12話:復讐の骨格標本*7
骨格標本は、カタカタ動きながら僕らを見回した。それから、自分の足元……フェイの血で描かれた魔法の模様も見て、自分の状況を把握した、んだと思う。
囚われの身になっている骨格標本は、困ったように、カタカタ動いて……とりあえず、といった様子で、僕に向かって手を動かした。
それを見たラオクレスが割って入ろうとしたけれど、それより先に、僕が骨格標本の手を掴まえる。
……すごい!本当に骨だ!こういう風に手の骨を観察できることなんて滅多に無いし、骨だけなのにバラバラにならずに動いてくれる骨格標本なんて、本当に本当に他には無い!
「綺麗だなあ……」
白くてすべすべした手を握って撫でていたら、骨格標本はカタカタいいながら首を傾げている。
「あの、モデルって、分かる?」
尋ねてみると、骨格標本はまた首を傾げた。そっか。モデルって、分からないよね。骨だもんね。
「ええと、君の絵を描きたいんだ。駄目だろうか。勿論、お給料は出すから。ええと、勿論、僕に出せる範囲でになるけれど、その、寝床とか、食事とか……あれ?骨ってものを食べるんだろうか?」
聞いてみるけれど、骨格標本はきょとんとしている。カタカタしてもいる。うーん……鳥以上に意思の疎通が難しいな。ええと、どうしよう。
「おいおいおいおい、トウゴ。トーウーゴー。そいつ、魔物だぞ?飼おうとするんじゃねえ」
困っていたら、横からフェイがそう口を挟んできた。
「飼うんじゃなくて雇うんだよ」
「もっと駄目だろ!」
そっか。もっと駄目か。じゃあ飼うんでもいいか……。
……どうやって骨格標本を飼おうかな、と思っていたら、骨格標本が、動いた。
「どうしたの?」
骨格標本はゆっくりと動いて、僕の腰……ベルトにくっつけている鞄に、骨の手を伸ばした。僕に危害を加える意図は無いらしくて、そうと分かるようにふるまっているらしい。優しい骨格標本だ。
「あ、宝石?」
骨格標本の手が伸びていく先には、宝石がある。鞄に『偽物の武器』としてセットしてある水晶が2本。骨格標本は、そのうちの1つに手を伸ばしているらしかった。
「欲しいの?骨って宝石を食べるんだろうか?」
食べるんだったらカルシウムの方が良いんじゃないだろうか。小魚とか。
そう思っていると……ひょい、と、後ろから、水晶を抜き取られてしまった。ラオクレスに。
「……おい、トウゴ」
「うん。やっぱり骨には牛乳だろうか。水晶ってケイ素だよね?骨の成分としてはどうかと思ってたんだけれど」
僕がラオクレスに同意を求めると、ラオクレスはものすごく、呆れた顔をした。
「……お前が何を考えているのかは俺にはまるで分からんが、そっちの魔物の考えは分かった」
えっ。ラオクレス、流石だ。石膏像と骨格標本は何か通じるものがあるんだろうか。
「その魔物は恐らく……お前の召喚獣になろうとしているぞ。いいのか」
……えっ。
「僕の召喚獣になろうとしてるの?」
聞いてみたら、骨格標本がカタカタ頷いた。そ、そっか。……もしかして、モデルの勧誘を、召喚獣としての勧誘だと思ったのかな。
でもまあ、いいか。召喚獣になってくれたらモデルにもなってくれるだろうし。いいことづくめだ!
「分かった。だったら、もっと君っぽい宝石を出すから、ちょっと待ってね」
「おい、いいのか」
「うん。駄目?」
「お前がいいなら構わないが……」
ラオクレスは何となくちょっと渋い顔をしている。
「どこの馬の骨とも知れない魔物を召喚獣にしていいのか」
「馬の骨っていうか、人骨だけれど……うん。まあ、いいんじゃないかな。こんなに綺麗なんだからさ」
「諦めろ、ラオクレス。俺はもう諦めた!」
「そうか……」
……ということで、僕は皆に見守られつつ、大粒の真珠を描いた。
真珠って、歯の例えとかにされることがあるし、骨が入るには丁度いいんじゃないかと思って。
「これ、気に入ってくれるだろうか」
直径4cmくらいの真珠をそっと差し出すと、骨格標本は何の躊躇いも見せずにすぐ、真珠に触れてその中に吸い込まれていった。
……そしてちょっとしてから、また出てくる。
「ええと、これからよろしくね」
僕が挨拶すると、骨格標本はカタカタ頷きながら、片膝をついて、僕の手をそっと取って、手の甲にそっと、頭蓋骨の額の部分をくっつけた。
……ええと、骨格標本式の挨拶、なのかな。ピシッとした動作でかっこいい。これも描きたい!
「……大人しい捕虜だなあ」
「ね。私、魔物ってもっと狂暴なものだと思っていたわ。それが、『モデル』だもの、ねえ……」
「トウゴがあまりにも規格外だということもあるのだろうが……それにしても、どうしていつも、こいつに関わったものはこうなるんだ」
フェイ達がなんかそういう話をしている中、僕とライラは並んで、骨格標本をデッサンさせてもらっている。
……なんと、骨格標本は実に協力的だった!『早速モデルになってほしい』とお願いしたら、なんと、モデルになってくれた!ポーズも取ってくれた!とても嬉しい!
「わあ……骨さん、すごいわ!骨なのに生きてるなんて、すごいわ!すごいわ!」
「あ、危ないだろ。近づいたら駄目だって!」
「妖精さん、妖精さん。今、トウゴおにいちゃんはお絵かきしてるところだから、おじゃましちゃだめよ」
他の皆もデッサン会に協力的なので、僕とライラは存分に、骨格標本をデッサンすることができている。
すごいなあ、骨格標本。人間ってこういう風に骨が入ってるのか。すごい。あ、こういう風に骨も反るのか。で、人体だったらここに筋肉がついているから……あ、ええと。
「ラオクレス、ちょっと」
「……なんだ」
「ちょっと隣で同じポーズしてほしい」
……ラオクレスは黙って、骨格標本と同じポーズをとってくれた。骨格標本の方が身長が低いけれど、人体だから、そんなに大きな違いは無い、はず。
よし。これで、筋肉と骨を両方見ながらデッサンができる!なんて素晴らしいんだろう!僕の中で人体の構造への理解が深まっていくのが分かる。
筋肉の張りも、皮の伸び方も、骨が分かるとよく分かる。説得力のある画面を作れるようになるというか……ああ、とりあえず、すごい!楽しい!すごく楽しい!
「……満足したか」
「とりあえずは」
「ありがとう、ラオクレス。私もすごく勉強になったわ」
そうして2時間。僕らはデッサンを終えた。とりあえず、満足!
「満足したなら何よりだが……そろそろ、そいつから情報を抜き出すべきだろうな」
ラオクレスはちょっと頭痛を堪えるみたいな顔をしつつ、そっと、骨格標本の肩を叩いた。すると骨格標本はカタカタ頷く。え、情報?何かくれるんだろうか?
「とりあえず……こいつが文字を書ければいいんだがな」
ラオクレスが骨格標本に紙とペンを渡している。けれど、骨格標本は……紙の上に、見たことが無い文字を書き始めた。な、なんだこれ。
「……魔物の文字?へー、初めて見たわ。トウゴ。あんたは?」
「僕も初めて見た」
「読める?」
「よ、読めるわけないだろ。初めて見たんだってば」
ちょっと何を言われているんだか。でもライラは特に悪びれるでもなく、『あんたなら読める気がしたのよ』と言うばかりだ。どういうことだろう……うーん。
「困ったなあ。これ、どうやって意思の疎通を図ればいいんだよ」
「まあ……鳥の時と同じように、はいといいえだけで答えられる質問をするしかないんじゃないかな……」
僕の頭の中で鳥が、キョキョン、と鳴く。……やっぱりちょっと小憎たらしいぞ、あいつ。
それから僕は、ひたすら質問を続けて、なんとか、骨格標本から情報を聞き出すことに成功した。
……まず、この骨格標本。本来の雇い主を裏切る気満々らしい。
うん。びっくりしたよ。すごく。でも、『元々誰かに雇われていたんだよね?』にYESで、『それって魔王?』にNOで、『じゃあ魔物の誰か?』でYES、『僕の召喚獣になってその誰かに怒られるんじゃないかな』にYESで、『本当にいいの?』にYES。
……そして、『元々の雇い主を裏切ることになるけれど、本当に、いいの?』って聞いたら、大きく何度もカタカタカタカタ頷いてくれた。
それから色々聞いてみたら……どうやらこの骨格標本、フェイが魔封じの魔法を使わなかったら、消されてしまっていたらしい。
……うん。消されて、しまっていた、らしい。
他の骨格標本や蝙蝠達は消えてしまっているけれど、あれ、本人が何かしたわけじゃなくて、雇用主から『おしまい』っていう具合に魔法を送られて、それで消えてしまうらしい。ええと……つまり、死んでしまった、と言うべきか。
どうやらこの骨格標本も蝙蝠も、誰かに生み出された存在らしくて、その誰かの意思1つで生き死にが決まってしまうんだとか。シビアな世界だ……。
まあ、そういうわけで……この骨格標本は、どうやら、僕らに恩を感じている、らしい。僕の召喚獣になった以上、もう、その『誰か』の意思で生き死にが決まるようなことはないんだそうだ。うん。よかった。
……ここまで聞き出すのに、結構質問が必要だった。でもそれ以上に、この骨格標本の態度がすごく恭しいというか、協力的というか、そういうのが分かるから……状況の細部を知るのに時間が掛かっただけで、気持ちはすぐに分かったよ。
「これがこの周辺の地図だ」
骨格標本の気持ちがよく分かったところで、ラオクレスが骨格標本の前に地図を置く。
「お前の元の雇い主はどこに居る」
……すると、骨格標本はすぐ、地図の一点を示してくれた。積極的かつ、見事な裏切り行為……。
「ここを叩けば、当面、この町への襲撃は抑えられるか?」
これには骨格標本も首を傾げる。まあ、そういうのは流石に、消されちゃう予定だった骨格標本には分からないよね……。
「まあ、それなりに獲るべき首があるのは確かだろうな?」
あ、これは大きな頷き。ううーん、この骨格標本、すごくやる気だ。
「よし。ならお前の言葉を信じてみよう」
ラオクレスはちょっと笑って骨格標本に……躊躇いがちに、手を差し出した。
骨格標本はそれを見てカタカタ首を傾げて……それから、やっと気づいたように、ラオクレスの手を骨の手で握って、カタ、カタ、とそっと振った。すごい!骨と筋肉の握手だ!
こうして一緒に帰ることになった骨格標本は、カーネリアちゃんと遊び始めた。というか、カーネリアちゃんに遊ばれ始めた。でも大人しくしているから、この骨格標本、良い奴なんだと思うよ。
「ところでこいつ、何ていう魔物だろうなあ」
そんな1人と1体を見ながらフェイがそう、零した。
うーん……骸骨?スケルトン?骨格標本?色々あるけれど……うん。
「……がしゃどくろ?」
これのような気がする。
「が、がしゃどくろ?なんだそりゃ」
「……それはお前の国の魔物か」
「うん。魔物っていうか、妖怪だけれど」
確か、そういう妖怪が居たはずだ。骸骨のお化け。うん。なんか違ったとしても、この骸骨はがしゃどくろっていうことで……。
がしゃどくろー、と呼んでみたら、がしゃどくろはきょとん、として……それから、自分が呼ばれたことに気づいたらしくて、カタカタ骨を鳴らしながら、手を挙げて応えてくれた。
「これからも協力をお願いします」
そう言ってみると、どことなく嬉しそうに、またカタカタする。
……うん。これからもよろしくね。
そして、翌日。
僕は、ラオクレスやクロアさん、フェイ達と相談して、僕はこの町の防衛策を講じると共に……骨格標本の元の雇い主の拠点を攻撃しに行くための準備も始めることになった。
「防衛もいいけれど、あんまりにもここを魔物に襲われ続けていると、この町の評判が落ちるわ。住民の安全の保障も難しくなってくるし……」
「その通りだ。あのがしゃどくろとやらの情報がどこまで信用できるかは分からんが、そこに本当に敵の本拠地があるなら、潰しに行くべきだろうな」
すごい。皆、すごくやる気だ。
「ね、がしゃどくろさん。あなただって、元の雇い主さんにちょっと復讐してやるくらいは、したいでしょ?だからこそトウゴ君の手を取ったのでしょうし」
クロアさんがにっこり笑ってそう言うと、がしゃどくろはカタカタしながら手を高く挙げた。うーん、こっちもやる気だ……。
「……んじゃあ、決まりだな!敵の本拠地に乗り込むか!」
フェイが最後に明るく軽くそう言って、終了。僕らはがしゃどくろの教えてくれた地点に攻め入ることになった。いいのかなあ、というような気もするけれど、皆やる気だし、がしゃどくろ本人もやる気だから……まあ、いいか。うん。
ところで、敵の本拠地に乗り込むとなると、すごく大事なことがある。
「そこ、魔物いっぱい居るだろうか」
「……居るだろうな」
そっか。なら、ちゃんと準備していかなきゃ。
ええと……召喚獣用の宝石って、どういう形状にしていったら持っていきやすいかな。




