11話:復讐の骨格標本*6
2年前、魔王の復活が予言されて、それで、勇者を生み出さないために国王が動く。
……よく分からない。そもそも僕、勇者と魔王についてもよく分かってないんだからしょうがない。
けれど、多分、2年前、って、大体、僕がこの世界に来る半年前ぐらいなんじゃないかと思う。僕がこの世界に来てから季節が一巡りして、今はもう秋だから……うん。多分僕が来る半年弱前、ぐらい。
「えっ、魔王って本当に出てくるのか!」
そして、フェイはそこに反応する。するとラージュ姫は、知っておいでだったのですか、と、ぽかん、とする。ええと、うん。マーピンクさんが、ちょっと……。あ、でも、あんまり詳しくはご存じないです。マーピンクさんからそういう話が出た時にも、魔王なんてないさ、っていう話をしてたぐらいだし。
「ご存じでしたら、話は早いですね。その通り、魔王の封印の地にて、封印の力が弱まっていることが判明し……どう足掻いても、魔王は遠からず復活するであろう、と、城の魔術師達もそう言いました」
封印……。上手く想像ができない。どういう状態なんだろう。真空パックとか冷凍保存とかそういうかんじだろうか。SFっぽくやるならコールドスリープ、だけれど、多分、そういう技術はこの世界には無い気がする。
僕らはそれぞれに色々思うところがあったのだけれど、とりあえず、ラージュ姫は続けた。
「そこで本来ならば、勇者を選定し、その者に勇者の剣やその他の力ある武具を与えて、復活して間もない魔王を討伐し、再び封印するよう命じることになります。勇者とは、光の性質を強く持った者。勇者の剣を身に着けることでその能力を最大限に発揮し、魔王相手であっても、復活直後のものであれば実に容易く倒すことができると伝えられています」
そういうものなのか。なんだか、何かの儀式っぽいな。
……僕がそんなことを考えていたら、ラージュ姫は、表情を曇らせて、こう、続けた。
「……でも父は、そうしたくなかったのです。父は、勇者を勇者にしたくなかった」
「勇者を勇者にしたくない……?」
「はい。父は、『勇者』の誕生を阻止したかった」
分からない。何が何だか、さっぱり。ええと、もしかして王様は、魔王をやっつけたくない、んだろうか?
……僕が色々考えている間に、クロアさんとフェイは、ちょっと分かったような顔をしている。ということは、貴族とか人間関係とかの話、だろうか。
「そもそも私達王家の者は、勇者の血を引く者達です。勇者がその名声を権力と成した結果、生まれた王家です。……城の大広間の壁画は、初代の王、つまりその時の勇者の物語ですね」
「それなら分かるよ。見事な壁画だった」
言われて、納得がいく。そうか。あの見事な壁画は、初代の王様の話でもあったのか。……道理で、すごく綺麗に描かれていると思った。王家の権威を示すためのものなんだから、当然、綺麗に描くよね。そのおかげであんなに素晴らしい絵が残っているんだから、僕としては感謝したいくらいの気分だ。
「……歴史が繰り返す可能性は、十分にあります。次の勇者が生まれたら、次の王は勇者その人かもしれないのです」
けれど、ラージュ姫のその言葉を聞いて……やっと僕も、分かった。
どうして王様が勇者とやらを生み出したくないか。
それは、その勇者に王権を奪われる可能性があるからだ。
かつて、今の王家が王権を奪った時のように。
「だから父は、勇者無しで魔王を倒す方法を探しているのです。……愚かなことに」
ラージュ姫はそう言って、深々とため息を吐いた。
「地位を脅かされることを恐れるあまり、とらなくてもよい危険をとろうとしているのです。……勇者に脅かされるような脆い地位を築き上げたのは自分自身だというのに」
なんというか、ラージュ姫はちょっと嫌そうな顔をしてそう言うものだから、少し意外なかんじがする。こういう表情もする人なんだなあ。
「……もしかして、王様がレッドドラゴンを欲しがっていたのって、勇者無しで魔王を倒したいから?」
話題を逸らすついでに僕が聞いてみると、ラージュ姫は深く頷いた。
「ええ。その通りです。父は武力を求め始めました。勇者無しで、魔王に対抗するために」
「あー、だからレッドドラゴンが欲しくて俺にちょっかいかけてたし、あちこちの貴族に『武力が欲しいから召喚獣が欲しい』みてえなこと言ってたのか」
ジオレン家のあれも、そういうことだったのかな。ジオレン家の人達は、アリコーンとかフェニックスとかの生き物を王家に献上するために僕に描かせようとしていたみたいだし……。
「はい。……その節は大変、ご迷惑をおかけしました」
もしかして、ジオレン家のあれこれって、ラージュ姫の耳にまで届いているのかな。あ、でもそっか。ジオレン家の人達、今、牢屋に入っちゃってるんだから、当然、公的機関は知ってるよね……。
「……召喚獣が欲しければ、自分で召喚すればよいのです。ところが、父は大規模な召喚を行ったにもかかわらず何も召喚できず、それ以来、『勇者の陰謀』に疑心暗鬼で……」
「『勇者の陰謀』?……ああ、つまり、国王様は、本来なら勇者になるはずだった誰かさんが自分の邪魔をしようとしてる、って考えてるのかしら?だから召喚に失敗したと?」
クロアさんが、呆れた、と言いつつため息を吐く。容赦が無い……。
「その後も1年ほど前に、霊脈を大きく捻じ曲げて召喚を行おうとしたのですが……何を思ったのか、途中でため込んだ魔力を全て解放し、直轄領を1つまるごと枯らし始めて……家臣の中にも、父の乱心を囁くものは多いのです」
あっ、それ、龍の時の話か。そっか。
……ええと、なんだか、ごめんなさい。
「それ以来、父はすっかり、武力集めに執着するようになって……王権を勇者に奪われるという考えに支配されるあまり、召喚獣のみならず、様々な武力を自分の手中に置こうとし始めました。より強い武具、より強い魔法……。その中の1つが勇者の剣です。そして父は、勇者の剣を、何かの魔法の為の供物にしようとしていました」
「……それって、いいの?」
「よくありませんね。勇者の剣は、魔王に対抗する数少ない手段の1つです。それが失われてしまえば、勇者が見いだされたとしても、魔王を封印することは難しくなるでしょう。なのに父は……勇者にしか使えない剣など、あっても邪魔なだけだろう、と……」
な、成程。そういう事情だったのか。だからラージュ姫は、勇者の剣を持って逃げ出してきた、と。そういうことか。
うーん……。
ややこしい。
「こちらの事情は以上です。主に父の乱心をお話しするばかりとなってしまいましたが……」
「い、いや、よく分かった。うん。大変だったな、ラージュ姫……」
フェイは貴族だからか、色々思うところがあるらしくて、複雑そうな顔をしている。うん。まあ、仕える相手がご乱心だと、ちょっと嫌だ。
「じゃあ、勇者の剣は魔物だけじゃなくて、国王様からも守らなきゃならない、ってことよね。彼はきっと血眼になって剣を探しているでしょうし……」
クロアさんはちょっと険しい顔で勇者の剣を見つめる。
「はい。魔物は魔王の復活を妨げるであろうこの勇者の剣をなんとしても奪い、破壊したいでしょうし、父も……これ以上の供物は中々ありませんから、今頃必死になって、それでいて秘密裏に私を探しているはずです」
「秘密裏に?」
「ええ。魔王の復活の予言は外に出せませんから。魔王が復活すると知れれば、民衆は皆、勇者を望みます。或いは、王家の転覆を願う貴族達も。ですから、父はできる限り、魔王の復活など隠し通したいのでしょう」
……なんというか、変な意地なんて張らずに、いっそ全部、皆に教えてしまえばいいんじゃないかな、とも思うのだけれど、そうもいかないのか。うーん……。
「分かった。ってことはつまり、王家は秘密裏にここに攻めてくる。或いは、目的を隠して攻めてくる。……んで、魔物は特にそういうの関係なく攻めてくる、と」
「やった!……あ、なんでもないです」
魔物は色々関係なく攻めてくる、と聞いて思わず喜んでしまったけれど、喜んでいる場合じゃなかった。ごめんなさい。
「……まあ、そういうことなら、こっちも色々準備しねえとなあ。うん……。トウゴ。ラオクレス。あとクロアさんも。手伝ってくれよ」
「勿論だ」
「そうね。王家が密偵の類を雇ってきた時の対策は私に任せて」
フェイもラオクレスもクロアさんも頼もしい。僕も頑張って、色々描いて出さないとな。
僕はこの森の精霊だ。だから、この森も、この森の周りの町も、平和なままにしておかなきゃいけない。僕の力の限りを尽くして。
……だから、そのついでに魔物を描くのは、その、いいよね?
それからフェイを中心にして、この町の防衛設備について色々と話し合った。
流石と言うべきか、フェイはそういうのをちゃんと勉強しているようだったし、それを運用する話についてはラオクレスがプロだ。……ラオクレス曰く、『俺は護衛であって兵士ではない。人を守るには向いているが、町を守るのは不得手だぞ』ということらしいけれど、それでも、彼の視点は十分、フェイの役に立っているみたいだった。
それからクロアさん。……彼女もやっぱり、プロだから。だから、フェイとラオクレスが作った計画を見て、『私ならこの穴からついて攻めるわね』とか、そういうことをさらりと言う。うーん、流石だ。
「……ねー、トウゴ。私達、こういう時、ヒマよね。できること無いっていうか」
「うん」
そして、僕ら、『プロじゃない』人達は、適当に固まってお茶の準備をしている。だって他にやること無いし。
「私も兵法書とか読もうかしら」
「うーん……止めはしないけれど、適材適所だと思う」
ライラはあんまり、そういうの向いてない、と思うよ。……あ、でも妖精達を働かせるの、すごく上手いから、指揮官とかは割と向いてるのかもしれない。お菓子屋さんの台所は、毎朝毎朝、戦場みたいになってるし……。
「ま、そうよね。ああいうのはプロに任せるわ。ただ、そうすると私の仕事って、本当にただの雑用しか残ってないのよね……」
「描けばいいと思う」
「私は描いても出てこないのよ。……ま、でも、描くことが無駄になる訳じゃない、か。うん。そうね。次に魔物が出てきたら、私もそれ、描いてやろうかしら」
うん。そうするといいと思う。一緒に骨格標本、描こう!
そうして話し合いは進んで、ライラとアンジェと僕とで全員分のお茶とケーキを用意して休憩を挟んで、カーネリアちゃんはインターリアさんが詰め所の方に行ってしまっていてやることが無いからリアンにちょっかいをかけていて、リアンは落ち着かなげにもぞもぞしている。
……そんな折。
こんこん、と。ドアがノックされた。
ちょっと警戒しながらラオクレスがドアを開けてみると……そこに居たのはマーセンさんだった。
「すまないな。お取込み中だっただろうか」
「いいえ。大丈夫です」
僕らの話し合いの様子を見てか、ちょっと申し訳なさそうな顔をするマーセンさんにこっちも申し訳なく思いつつそう答えると、マーセンさんはちょっと困った顔で、ラオクレスに向き合った。
「あー、なら少し失礼して……エド。あれどうする?」
「……あれ、とは」
「ほら、北門で捕まえた捕虜だ!……あれ、魔法を使わないとも限らないからな。魔封じしてぐるぐる巻きにして転がしてあるが……」
……えっ。
あの、もしかして、まだ、骨格標本、残ってる……?
とりあえず、話し合いは後だ。僕らはまず、残った骨格標本の方を優先することにした。ラージュ姫も了承してくれたし、何より骨格標本が待っている!行かねば!
「おー。来た来た。トウゴ様、こいつどうします?」
「とりあえずすぐにぐるぐる巻きにしちまったんで、顔も見てねえんですよ」
街壁北門の方に行ってみると、そこでは騎士達がにこにこしながら『捕虜』を囲んでいた。『捕虜』は見事にぐるぐる巻きにされて、なんだか、その、魔法の模様の上に寝っ転がされている。時々もぞもぞ動いているから、中身があることは間違いない!
「お。咄嗟にやったけど、上手くいってたみたいだなあ」
それを見て、フェイがにやにやしている。おや、と思ってよくよく見てみると、地面に描かれた模様は、赤い絵の具で描かれたものに見えた。
「……これ、フェイが?」
「おう。魔法画の要領で、ちょっとな。俺だって魔封じくらいはできる。こうやって模様を描ければな!」
フェイはそう言って、さりげなく、左の腕を後ろに隠した。……フェイのことだ。咄嗟にレッドドラゴンの鱗の絵の具とかを出したとは思えないから、多分、腕の内側を切って血を出したんだろう。後で治しておこう。
「えーと、じゃあ、開封します」
それから僕らはしっかりと周囲を取り囲んで、そっと、ぐるぐる巻きを解いた。
すると……。
滑らかな白くて細いボディ。繊細な関節。そして、微かに光がぼうっと灯る、空洞の眼窩。
……中から、骨格標本が出てきた!
「あの!」
早速、骨格標本に僕は、声をかける。
「絵のモデルになってください!」
……皆が緊張しながら見守る中、骨格標本は、カタカタ動きつつ、首を傾げた。
あ、もしかして、『モデル』の意味が分からないんだろうか……?