10話:復讐の骨格標本*5
「うーん……どうしようか」
『精霊様に相談してきますね』でうまく煙に巻いてラージュ姫と別れた僕らは、森に戻って早速相談する。……嘘は吐いてないよ。僕と他の皆が相談してるんだから、森の精霊と相談してるのは嘘じゃないよ。
「どうするっつってもなー、まあ、とりあえずこのまま出ていけサヨナラ、っていうのはナシだろ?」
うん。それはよくない。
……森の平和を考えるなら追い出した方がいい、ってラオクレスはさっき言っていたけれど、でも、それも巡り巡ったら森の危険に繋がる気がしてしょうがない。
勇者も魔王もよく分からないけれど、そういうのが野放しになってしまったら、こう……森とか町とかそういう単位じゃなくて、世界が、危ないんじゃないかな、と思う。
「そうねえ……とりあえず、ラージュ姫本人については、嘘をついている印象は無かったわね。『ジュリア』さんにはちょっと違和感があったのだけれど、それはどうやら、自分の身分を隠していたことについてだったのでしょうし」
あ、クロアさんはジュリアさんの正体について、なんとなく違和感を覚えていたらしい。流石に本職の人はすごい。
「本人も、まあ、悪い人じゃあなさそうだよな。うん。……俺としては気まずくってしょうがねえけどさあ」
うん。それはまあ、ええと、どんまい。
「王家の人が、王の欲しがってるものを持って逃げて、身分を隠してここまで逃げてきた、っつうのは、その、大変だったんだろうしさ」
フェイはそう言いつつ、ちょっと溜息を吐いた。
「……誰が味方かも分からないから、誰にも相談できなかったのかもね。王城の中にもどうやら『敵』が居るようだし」
「そして城の外にも、か。……その結果、精霊の力を頼ってきた、というのは、どうかとも思うが」
正直、僕より頼りがいがある人、居ると思うよ。……でも、やっぱりこの世界の人にとって、『精霊』って、こういう世界の危機とかに力を貸してくれる存在、っていうかんじなんだろうか。実際は絵を描いて枝豆を食べて生活しているだけの、ただの人なんだけれど……。
「もし、ラージュ姫をこの町で保護するならば、守りは今まで以上に強固にする必要がある。一度しくじった相手が、次も同じ戦力で来るはずがない。次に来る時は、より強い力を備えて来るだろう」
ラオクレスはそう言って、ちょっと溜息を吐いた。
「……そこも踏まえて、俺は反対する。今回、トウゴが体調を崩したのは、結界に穴を開けられたからだ。違うか?」
そう言われてしまうと、はいそうです、と言うしかない。特に、ラオクレスの声がちょっと厳しくても、表情が、ものすごく、僕を心配しているので。
それに……事実だ。結界を叩かれて痛かったのも、穴を開けられて痛かったのも。
でも逆に言えば、結界があったから、今回も魔物の襲撃から耐えられた、っていうことじゃないかな。これ、他の町だったらどうだったんだろう。もうちょっと、苦戦したんじゃないかと思う。
そういう意味で……ラージュ姫に、この町に居てもらうのは、最適解、じゃないかな、と、思うのだけれど。
「……ねえ。君、もしかしてこういうのを予想して、僕を精霊にした?」
ちょっと試しに、巨大なコマツグミに聞いてみた。この鳥は、僕を精霊にする時、僕にもラオクレスにもフェイにも……この森全体にも被害が出るから、だから、僕は精霊になるべきだ、っていうようなことを言っていた、と思う。もしかしてそれ、今のこれのことなんじゃないだろうか。
……そう思って聞いてみたのだけれど、鳥はきょとんとしながら、キュン、と鳴くだけだ。もうちょっと何か無いんだろうか、と僕が困っていたら、鳥は『なんなんだこいつは』みたいな、そういう呆れたような顔で首を傾げる。こ、こいつ……。
「まあ……結界があったからこそ、この町はほとんど無事だった、っつうのは確かかあ……」
僕と同じく鳥の様子を見ていたフェイは、鳥をちょっと小突きつつ、そう言った。ちなみに小突いた手は鳥の羽毛に埋もれただけで、鳥にダメージは入ってない。この鳥、すごくフカフカだから……。
「あの勇者の剣とやらを魔物に渡しちゃいけねえ理由はまあ、何となくわかる。ただ、国王陛下にも渡しちゃいけねえとなると、事情をもっと聴きてえな。ついでに、魔物にも王家にも渡しちゃいけねえ代物を無事に保管できる場所は……世界中探しても、確かに、この森しかねえ」
フェイはそう言って、表情を引き締めた。僕もそれに倣って、表情を引き締める。
「……あの、アンジェね、お姫さま、たすけてあげたい」
そこで、アンジェがそっと、控えめにそう言った。控えめだけれど、しっかりした口調で。
「困ってる人は、たすけてあげなきゃ。だから、お手伝い、がんばるよ。妖精さんもお手伝いしてくれるって」
ね、とアンジェが後ろを振り返ると、どこに隠れていたのか、木の陰や葉っぱの裏から妖精達がたくさん出てきて、うんうん、と頷いた。……この森、また、妖精が増えている気がする……。
「お、俺も手伝う。何手伝えるか分かんねえけど……俺、まだ、ガキだから、できることもそんなに無いけど……あ、トウゴのケツ引っ叩くくらいならできる!」
リアンも張り切ってるけれど、それはしないで!叩かないで!
「お人よしよね。トウゴもフェイ様もさ。私はどっちかっていうとラオクレスに賛成の方だけど……ここでお姫様を放り出しても、問題を先送りにするだけかもしれないんだもんね」
ライラはそう言って、深々とため息を吐いた。
……うん。なんというか、僕より大人びてる。現実的だ。でも、何かを諦めることが『大人びる』『現実的だ』って表現されるのは嫌なんだ。僕は。
「ってことで、あんたの仕事、決まったんじゃない?この森の防衛力の増強よ!描けば出る力なんて持ってるんだから、防壁とか武器とか出せるでしょ?魔獣も妖精も沢山いるんだから、結界の増強だって手伝ってもらえそうだし」
だから、こういう風にちゃんと解決策がある『現実的』で『大人びた』ライラの意見は、大好きだ。
「ねえ、トウゴ!私、思うのだけれど……」
そして、カーネリアちゃんが、ちょっとドキドキした顔で、こう言った。
「お姫様がここに居ると、あの魔物がまた来るのかしら!」
「ええと……うん。多分」
僕が答えると、カーネリアちゃんは、顔を、輝かせた。
「わあ……!そうしたら私、今度は図鑑をちゃんと、持っていることにするわ!魔物なんて、めったに見られないもの!」
そういえば、僕も、あれ、描きたかったなあ。ほら。あの、生きた骨格標本……。
……うん。
「僕、やっぱりラージュ姫を助けてあげるべきだと思う。それで、世界を平和にする役に立てるなら、ぜひ、そうしたい。……駄目だろうか」
僕が伺いを立てると、ラオクレスはため息交じりに、仕方ないな、と言った。ただ、その表情はなんとなく嬉しそうだから、ラオクレス自身、この結論を望んでいたんじゃないかな、っていう気がする。
「それで、ライラにも手伝ってもらうことになると思うけれど……」
「いいわよ。あんたがやるっていうなら、幾らでも手伝ってあげるわ」
ライラの了承も取れた。よし。
……他の皆は、元々、賛成派だ。だから、皆ちょっと笑って頷いてくれた。僕、本当に良い人達に恵まれたなあ。
「まずはラージュ姫に詳しい話を聞こう。どうして王様からも勇者の剣を守らなきゃならないのか」
「そうだな。場合によっちゃ、王家を敵に回すことになるけどよ……ま、今更かあ」
あ、そっか。そこ、考えてなかった。でも……うん。僕が言うのも何だけど、今更、だと思うよ。本当に。フェイは王女様との婚約を蹴っているし、王家の人は王家の人でレッドガルド領を虐めてるんだから……今更仲良く、っていう訳にはいかないと思う。
「それで、ラージュ姫の事情をもう少し詳しく聞いてから、改めて決定するとして……でも、一度でも彼女を町に入れている以上、この町が今後も全く狙われない保証って、もう無いと思う。だから、戦力の増強はしなきゃいけない。まずは結界の強化からやってみようと思う」
計画を少し立ててみると、先が見えてくるような気がする。他にも色々、設備を増強したり、人員を補強したりしなきゃいけないだろうけれど……設備は僕がやるとしても、人員はフェイあたりに任せることになってしまう気がする。うん。よろしくお願いします。
「それで、その、あわよくば、なんだけれど……」
そして僕は、皆に、ちょっと、言ってみる。叶えたいものがあるなら、周囲に言っておくといいって先生が言ってた。『羊羹が好きだ!って言っておくとな、トーゴ。何かの土産とかに羊羹を貰える可能性がものすごく上がるんだぜ!』って。羊羹の箱を手ににこにこしながら。
……だから、言っておかなきゃいけない。やりたいことがあったら、人に言っておくべきだから。
「僕、魔物、描きたい」
……ということで、僕の意見は皆に受理された。概ね、ラージュ姫を保護する方針で。まずは彼女から事情を詳しく聞くところから。そして結界の強化や他の戦力設備の増強をして……魔物描きたい。
ええと、最後の奴は呆れられてしまったけれど、でも、最後の奴も含めて、認めてもらえた。やった!骨格標本!骨格標本!
「あ、あの、精霊様とお話しされた、のでしょうか?」
そして僕らはまたラージュ姫の前に戻ってきた。ラージュ姫はそわそわしていて、どきどきしているようで、表情からして緊張感が伝わってくる。
「ええと、ラージュ姫」
「は、はい」
緊張しきった彼女の前で、僕が言うのもなんか変だよなあ、と思いつつ、もう皆と話し合った結果僕が言うことに決まっているので、僕が言う。
「あなたと勇者の剣は、この森の町および森で保護します。ただし、そちらの事情をもっと詳しく聞かせてください。そして、もし、僕らが王家と対立することになったら、あなたは僕らが被る不利益を最小限に留めるように尽力してください。それが条件です」
ラージュ姫は、暗闇の中で一粒の豆電球を見つけた時みたいな、そういう表情で、ありがとうございます、と言った。それから、僕の前に膝をついて、どうぞよろしくお願いします、とも。……うわ、うわうわうわ、あの、ちょっと、頭上げて……。
……僕が困っていると、ラージュ姫は僕を見上げて、そしてもう一度、深く頭を下げた。
「このような人間の言葉をお聞きくださり、どうもありがとうございます。精霊様。つきましては、供物としてはあまりに不足でしょうが、私の命も魂も、全てあなたに捧げます。どうか、この国を、この世界をお守りください……」
……ええと。
ええと、ええと……こ、これは……。
「……あ、あの」
僕は、ラージュ姫にそう声をかけて……無駄だろうなあ、と思いつつ、一応、言っておくことにした。
「あの、僕、精霊じゃ、ない、ですよ……?」
……ラージュ姫はきょとん、としていた。けれど、ちょっと周りを見て……『ああ、そういうことなら』みたいな、合点がいった、みたいな、そういう顔で、それは大変失礼しました、って言って笑ってくれた。
ああ……これ、絶対に、僕が精霊だって、思われてる!
「では、お話しします。魔物であるならばともかく、何故、国王が勇者の剣を狙うのか、ということについてですが……」
そして、ラージュ姫がそう、話し始める。僕らはそれを、じっと見守った。
「……事の始まりは2年ほど前です。魔王の復活が予言されたことで、父は動き始めました。勇者を……勇者を、生まれさせない為に」




