8話:復讐の骨格標本*3
僕らが街壁の北の方へ行ってみたら、もう、粗方終わっていた。
「全く!我ら森の騎士団を舐めるなよ!」
「そうだ!我ら壁の兵団も舐めてもらっては困る!」
……どうやら、壁の門番をしてくれている兵士の皆さんは、『壁の兵団』ということで落ち着いたらしい。そっか。壁の兵団。壁の兵団……。彼らに支給した装備に壁の紋章か何か、入れた方がいいかな。
「襲ってきた奴らは?」
「おっ、エド!マーセンさん!遅かったな!それならとっくに討伐済みさ!」
ラオクレスが彼らに近づいていくと、騎士の1人がにやりと笑って答えてくれた。頼もしい。
「前回と同じような奴らだったぜ。黒い靄みたいな奴だな。そいつらが門を突破しようとしてきたから、それを盾で防いで、壁の兵団が壁から弓を放って応戦した。……その辺りでフェイ様がいらっしゃったからな。レッドドラゴンが炎を吐いて、一網打尽だ!」
あ、よく見たら、フェイも居る。どうやら、たまたまこっちに来たところだったらしい。ナイスタイミング。
「俺達はペガサスで空から狙撃。お陰で矢の在庫がちょっと足りなくなっちまったかもな」
そっか。じゃあ、矢、出しておこう。うん。忘れないようにメモして、と……。
「……それで、今回も逃げられたか?」
ラオクレスとマーセンさんが、そう言ってちょっと、門の外を覗いて……。
「いーや?見ての通りだ!」
そこには、縄でぐるぐる巻きにされた人が1人、転がっていた。
「生け捕りにしたか!でかしたぞ!」
「ええ。他のには逃げられましたけど、こいつだけは捕まえましたよ!褒美は妖精の菓子屋のケーキでお願いします!」
あ、騎士の人達にも妖精のケーキ、人気なんだ。そっか。後で買って差し入れに持っていこう。……何となく勝手に、石膏像達は甘いものが嫌いなイメージがあったんだけれど……よく考えてみたら、ラオクレスだって、ケーキ、普通に食べてるか。食べながらちょっと口元が緩むの、僕は知ってる。
「よしよし。確かにこれは褒賞ものだ!では早速、こいつから情報を出してもらうとするか……」
マーセンさんはにやり、と笑うと、ぐるぐる巻きの人に近づいていって、早速、取り調べを開始することにしたらしい。周りをぞろぞろと騎士達が囲んで、ぐるぐる巻きにした人を起こして……。
その時だった。
がつん、と殴られたような感覚があった。それと同時に、僕の中に、鋭く痛みが走る。
「……トウゴ?おい、どうした!」
ラオクレスの僕を呼ぶ声が、遠く感じる。だって、今、僕の意識は、ずっと離れたところにあるから。
がつん、がつん、と、殴られるような感覚は続いている。その度に僕は痛くて、殴られている個所を守るのに精いっぱいで……でも、伝えなきゃ。
「……南、側」
僕がなんとか声を絞り出せば、ラオクレスも、駆け寄ってきたフェイも、森の騎士達も壁の兵士達も、皆、聞いてくれる。
「結界、破られそう……。何か、居る……」
それから、フェイとラオクレス、そして森の騎士達が飛び立っていくのを、僕は見送った。
今も絶えず、殴られ続けている。誰かが僕の体の一部に穴を開けようとしているみたいだ。
その『誰か』の姿も、僕には見えてる。いや、見えてる?見えてないけれど分かる?そういうかんじだ。
……黒い靄が、僕に衝突してる。溶かして穴を開けてこじあけて、中に入ってこようとしている。それが分かるから、僕は、丸くなって縮まって、身を固くしていることしかできない。
「だ、大丈夫ですか、トウゴさん」
「どうなさったんですか。顔色が悪いですよ。うわ、こんなに冷えて!しっかりしてください!」
壁の兵士達が心配して、僕にマントを掛けてくれる。僕は丸くなって縮こまって、しっかりマントに包まって、ここにない僕の体を狙う攻撃から身を守ろうとするのだけれど、今、ここで僕が体を丸めたって、結界への攻撃は止まらない。
……でも、耐えて、耐えて、我慢して、痛みに慣れてきたら……マントに包まっている体が少し温まってきて、それからちょっと、意識がしっかりしてきた。
落ち着いてきたからか、色々、感じられるようになった。目の前の地面。生えている柔らかい草。それらの匂い。心配してくれている兵士達の声。
うん。大丈夫。落ち着いてきた。……まだ、頭を殴られてるみたいな揺れというか、そういうかんじはある。でも、大丈夫だ。多分、これは痛みじゃない。だから、痛がってる暇なんて、無いんだ。
「ありがとう!もう大丈夫!行ってくる!」
まだ体が少しふらついたけれど、僕はすぐに鳳凰に捕まって森へ飛ぶ。向かう先は、森の結界を維持するための遺跡だ。
……僕はこの森の精霊なんだ。ちゃんと、この森を、そしてこの森の町を、魔物の群れから守らなきゃいけない。
遺跡に到着すると、先客がいた。
「先輩、よろしくね」
僕の呼びかけに、巨大コマツグミはいつも通り、キョキョン、と鳴いて応えてくれた。いつも小憎たらしい鳥だけれど、今日はちょっぴり頼もしい。
「……この日のために、君は、僕を精霊にしようとしたの?」
遺跡の中を走りながらそう聞いてみると、鳥は、キュン、と返事をしつつ、曖昧に首を傾げる。てけてけ走りながら。……器用だけれど、全然伝わらない!
もういいや、と思いながら走って、遺跡の奥へ到着する。
結界を維持する魔法は、幾らか綻びを生じさせているけれど、でも、壊滅的な被害は受けてない。まだ、修復可能な段階だ。常々メンテナンスしておいてよかった!
「このやろ、よくも殴ってくれたな!」
僕は森の精霊なので、結界をしっかり、組み直す。僕だって、殴られっぱなしじゃないんだぞ!
まずは、結界を補強。穴が開いてしまった部分を編み直して、魔力をたっぷり流して固める。……すると、丁度、結界を通っていた黒い靄は、ギロチンに掛けられたみたいに、結界のところでぶつりと切断された。
更に、結界の外側から結界を殴ってくる他の靄を、絵に描く。僕は僕だけれど森だし結界だって森の一部なんだから、こいつらのことは見えてるんだ!
……描く絵は、風船。黒い靄が風船に詰められてしまって、ふわふわ浮くだけになっている絵を描いてやる。
すると、黒い靄は見事、風船詰めになってしまった。そこでしばらくふわふわしてろっ!
次は、真っ黒い、大きな蝙蝠みたいな、そういう生き物。
結界に開けた小さな穴から潜り込んできたそいつは、今、森の町に侵入して……ジュリアさんに襲い掛かっている。
だから僕は、そいつらに風船をたっぷり括り付けてやった。
……すると蝙蝠はいきなり大きな枷をつけられたようになってしまったから、身動きが取れなくなってしまった!やった!
ジュリアさんを庇って戦っていたクロアさんが、風船付きになってしまった蝙蝠を見て、ぽかん、としている。その表情が、さっきまで勇ましく戦っていた彼女らしくなくて、なんだか可愛らしいなあ、なんて思ってしまう。
そして最後に、人間の形をしたそいつらを……。
……やっつけよう、と思ったのだけれど、僕がやる前に、フェイとラオクレスがやってしまっていた。いや、フェイとラオクレス、というか、レッドドラゴンとアリコーン。
人間の形をしているだけの人間じゃない奴らは、アリコーンの雷に撃たれて動きを止めて、その間にレッドドラゴンが吐き出した炎で一気に焼き上げられていく。焼き上げられて、纏っていた衣類は全て灰になって、そして、後に残ったのは……骨。
動く、骨だ。
動く骨。……骸骨が動いている。いや、雷と炎にやられて、もう、大分大人しい動き方だけれど……でも、あれは!
「……骨格標本!」
人骨だ!動く人骨!やった!僕、あれ、ほしい!人体模型!筋肉の模型は居るけれど、骨の模型は無いから、是非、デッサンしたい!
……『描きたい!』って思った途端、なんか、こう、力が抜けてしまって、その代わりに別の力が湧いてきたような、そういう変な感覚があった。
えーと……鳥が隣で、僕のことをちょっと呆れたような顔で見ている気がする。な、なんだよ……。
「……あの、結界はもう、大丈夫だよね?もう僕、ここに居なくても、大丈夫?」
聞いてみると、キョキョン、と返事をして、鳥はふりふり、尾羽を振った。『早く行ってこい』みたいなかんじだ。いや、或いは、特に何も考えずに鳥式の背伸びとかをしているだけかもしれないけれど。
鳥の許可も多分出たので、僕はまた、鳳凰に捕まって空を飛んで……森の南側へ向かった。
「フェイ!ラオクレス!大丈夫!?」
空から声をかけてみたら、フェイもラオクレスも、鷹揚に片手を挙げて応えてくれた。どうやら、大丈夫みたいだ。よかった!
そして、動く骸骨達にとどめをさそうとしていた彼らを止めて……僕は、動く骸骨の内の1体に、近づいた。
なめらかですべすべした白い体。うーん、正に、骨。
人間じゃないし、なんなら、生き物とも違うような気がする。そっか。これが『魔物』なのか。
「魔物、かあ……」
僕が呟くと、フェイとラオクレスはそれぞれに頷く。
「おう。魔物だ。……こんな人里の近くに、それも、こんな群れで来るなんて、普通じゃねえ」
フェイは険しい顔をして、骸骨を睨んでいる。
「……お前こそ、体はもういいのか。先ほど、蹲っていた時は酷く具合が悪そうだったが」
「うん。大丈夫」
とりあえず、僕は大丈夫だ。こっちは、ちょっと怪我人が居るけれど、それはもう、鳳凰が治し始めてる。フェニックスがやってたのを覚えたらしくて、鳳凰は早速飛び回っては、怪我人達に涙を提供していた。たまねぎ出した方がいいかな、と思ったら、鳳凰に通りすがりに尾羽で思いっきりくすぐられてしまった。
……はい。玉ねぎは出さないでおきます。
とりあえず、これで一件落着だ。森への被害は少なかったし、怪我人も着々と治っているところだし……。
……あっ。
「そういえば、クロアさんとジュリアさん、大丈夫かな」
そういえばさっき、蝙蝠に風船をつけてふわふわにしてしまったっきりだった!まずい!様子を見に行かなきゃいけない!
僕はすぐ、鳳凰に掴まって町の方へ向かう。すると、後からラオクレスとフェイもそれぞれの召喚獣でついてきてくれた。
「クロアさんとジュリアさん?何かあったのか?」
「あ、うん。さっき、ジュリアさんに大きな蝙蝠みたいなやつが飛びかかってた」
僕がさっき森の目で見たことを伝えると、フェイは怪訝な顔をする。
「……クロアさんならギリギリ分からねえでもねえけど、なんだってジュリアさんを?」
「さあ……」
そういえば、どうしてだろう。ジュリアさん、壁の傍に居たっていうわけでもないし、何なら、精霊へのお供え物置き場を掃除していたから、むしろ、奥の方に居たと思うんだけれど……。
「……今回の魔物の襲撃といい、何か、ありそうだな」
うん。
……ちょっと、ジュリアさんに、事情を聴いてみた方がよさそうだ。