7話:復讐の骨格標本*2
……こ、困った。これ、『僕がその精霊です』ってやるわけにはいかない、よね。
「あー……せ、精霊様、かあ。えーと……」
フェイも困りながら僕の方を見てくる。僕も困ってフェイの方を見ている。見つめ合う僕ら。困っている女性。流れていく時間。そして沈黙!
「や、やはり精霊様は、余所者にはお会いにならないのでしょうか……?」
その沈黙をどう捉えたのか、女性はちょっと慌ててそう聞いてくる。違う、そうじゃないんだけれど、そうじゃないんだけれど……!
「あー、その、お嬢さん。お名前は?」
そこでフェイが聞くと、女性は名乗っていなかったことに気づいたらしい。はっとして、慌てて居住まいを正して、ぺこん、とお辞儀をした。
「私、ええと、ジュリア、と申します」
「成程。ジュリアさん。……えーと、差し支えなければ、姓も……」
「ジュリア・ラルです。申し遅れまして、失礼致しました。あの、あなた方は……」
「俺はフェイ・ブラード・レッドガルド。この領地の領主の次男坊ですよ。で、こっちはトウゴ・ウエソラ。うちのお抱え絵師です」
フェイは僕のこともついでに紹介してくれたので、僕もお辞儀して応える。トウゴ・ウエソラです。よろしく。
「ああ、領主様のご子息でらっしゃいましたか!知らなかったとはいえ、ご無礼を」
「あー、いやいや、いいんですいいんです!俺のことはただの『フェイ』だと思っといてください。ここへも公務で来てる訳じゃない」
なんとも礼儀正しいジュリアさん相手に、フェイはちょっとやりづらそうにしている。……確かにフェイって、貴族扱いされない時の方が嬉しそうだよね。ラオクレスと何か話してる時とか、リアンと一緒に文字の勉強してる時とか、クロアさんに叱られてる時とか……。
「で、えーと、精霊様、でしたっけ?」
フェイはジュリアさんの気を逸らすためか、話題を元の所に戻した。……大丈夫?その先にあるの、沈黙じゃない?
「はい。精霊様に、どうしてもお会いしたくて……」
ジュリアさんはぱっと顔を輝かせてこちらを見ている。あああ、そんな目で見ないでほしい!そんな、期待に満ちた目で僕らを見ないで!
「そういうことなら申し訳ないんですけど、精霊様は、会おうと思ってお会いできるもんじゃないみたいなんです」
けれど、フェイはしっかりはっきり、そう言った。
「ほら、森だって、壁に囲まれてるから入れないですし。……あ、入ろうとしないでくださいね?」
「え、ええ。勿論。精霊様の御心にそぐわないことはしたくありませんもの。精霊様がお望みでないことは致しません」
そ、そっか……。信心深いというか、礼儀正しいというか……。
「なので、精霊様にお会いするためにいらっしゃったんなら申し訳ないですけれど、ちょっと、どうやったらお会いできる、とかは、俺達からは何とも……」
「そうですか……」
フェイが説明すると、ジュリアさんはとりあえず納得してくれたらしい。ちょっと残念そうな顔で項垂れた。でも、残念がっているところを僕らに見せたら申し訳ないと思ってるみたいで、すぐに居住まいを正す。
「ご丁寧に、どうもありがとうございました」
「いや、お力になれず、申し訳ない」
そしてまた、お互いにぺこん、ぺこん、とお辞儀。……このかんじ、僕の日本人としての感覚が、懐かしがっている!
「ううん、どうしようかしら……」
そして僕らがお辞儀を終えた後、ジュリアさんは悩み始めた。
「……あの、そんなに精霊様に、会いたいんですか?」
それを見て放っておくのもなんだか気が退けて、僕はそう、聞いてしまった。すると。
「ええ。どうしても、お会いして、お願いしたいことがあって……」
ジュリアさんはそう答えて、けれど、それ以降は言おうとしない。曖昧に笑って、ちょっと困った顔をしている。つまり、僕らには内緒、ってことかな。
「……毎日通えば、精霊様も目を掛けてくださるでしょうか」
「さ、さあ……」
今、既にちょっと掛けてますけれど……。
僕とフェイが何とも言えずに見守っていたら、ジュリアさんは真剣な顔で悩んで……やがて、結論を出した。
「……あの、この町に、私も住まわせていただくことはできますか?」
え、あ、移民の希望ですか……?
……それからジュリアさんにはレッドガルド家に出す移住申請書類を一式渡して、今日の所は森の町の宿をとるようにお勧めした。
ジュリアさんはあれこれ戸惑っている様子だったけれど、それでも意志は固いらしくて、精霊に会うためにここに住むことにするんだそうだ。
「なんか、ちょっと風変わりな人だったね」
「ん?ああ。そうだな。信心深いっつうか、世間知らずっつうか……色々と不慣れなかんじがしたよな」
……そしてジュリアさんと別れてから、僕らは妖精カフェへまた向かう。
「見たかんじ、庶民じゃなかったしなあ……」
「え、そういうの、分かるの?」
フェイの言葉にちょっと驚いて聞いてみると、フェイは頷く。でも、あの人、着ているものも普通だったし、荷物を入れてある鞄も古めかしいけれど普通の品だったと思うけれど……。でも確かに、言葉は丁寧だったかな。
「まあ、そりゃあな?手が荒れてなかったから、家事は召使いがやってくれてるってことだろうし。喋り方も上品だった。世間知らずもそれっぽい。だからありゃ、貴族の端っこか、はたまた、商家の次女とかか……まあ、ワケアリなんだろうなあ……」
あ、そういうところで分かるんだ。すごいなあ、フェイは。
そっか。でも、ジュリアさん、どこかの貴族とか、そういう人なのか……。あ、じゃあ、もしかして。
「あの馬車が襲われたのって、ジュリアさんが居たからなんだろうか」
僕がそう言ってみると、フェイは唸ってから、答えてくれた。
「え?あー、いや、どうだろうな。流石に貴族の端っこだの商家の次女以降だのを襲うために馬車を襲いはしねえだろ、と、思う、んだけどよお……確かに、あり得ねえ話じゃねえか。あの人がどこかの貴族の不義の子で、その存在を抹消しようとする貴族本家の刺客が彼女を馬車ごと襲った、とか?」
うん。そういうの、あるかもしれないよね。……荷物やお金に期待できなさそうな乗合馬車を襲う理由って、あとは人を襲うため、ぐらいしか思いつかない。
「あー……ま、移民希望なら、うちの屋敷に書類、ちゃんと出すだろ。それ見て判断するかな」
よし、これで話は終わり、とばかりにフェイはそう言って、妖精カフェに着いて、いつもの僕らの席に戻って……そこで、ライラがひょっこり出てきて、僕らの前にアイスクリームを置いた。
「え?頼んでないよ?」
「そりゃそうね。頼まれてないもの」
ライラはそう言って、ふふん、って笑って、それからにっこりして、言った。
「頑張った人にはご褒美があるもんでしょ?出動、お疲れ様!」
……わあ。
「やった。嬉しい」
「まあ、実のところは、リアンが氷の魔法で安定してアイスクリームを作れるようになる練習に付き合ってね、っていうだけよ。フェイ様もよかったら付き合ってくださいね」
「へへ。ありがとな。役得役得」
僕らはアイスクリーム用のスプーンを取って、白いアイスクリームをそっと掬って、口に運ぶ。
……ちょっと働いた後のアイスクリームって、どうしてこんなに美味しいんだろう!
それから1週間。
馬車の襲撃があった日から、森の騎士達はちょっと範囲を広げて警邏をしてくれるようになったし、門番の兵士の皆さんも、より気を引き締めて門番をしてくれるようになった。
……そんな中、移民は確実に増えていて、町にはどんどん人が増えている。
そして、その中には、ちょっと見覚えのある人も、居るのだ。
「あ、こんにちは」
僕が声を掛けると、銀髪に紫の目のジュリアさんは、ちょっとびっくりした顔をした。
「こ、こんにちは。……あの、何かありましたか?」
「え?あ、ごめんなさい。知った顔があったから挨拶してしまっただけです……」
突然、声をかけてしまったから驚かせてしまったらしい。そっか。ごめんなさい。
「あの、正式にここの住民になったんですよね?」
驚かせついでに、昨日フェイから聞いたばかりの話をしてみる。するとジュリアさんは、ふんわり笑って頷いた。
「はい。おかげ様で、無事に申請の書類を出すことができました。その後の審査にも通ることができて、晴れて、精霊様のお膝元に住まうことが許されまして……」
話はフェイからも聞いてる。ジュリアさん、無事に書類をレッドガルド家に提出して、レッドガルド家の審査に通って、妖精の審査にも通って、晴れて、この町の住民になれたらしい。よかったね。
……フェイから聞いたんだけれど、ジュリアさんは、王都で王城勤めをしている役人の娘、っていうことだったらしい。調べてみたけれど、特にどうということはない役職の人の娘だから、取り立てて何がどうってこともないだろう、と。
そっか。でもそういう人がこれだけ綺麗な所作になるんだから、やっぱり、育ちがいいんだろうなあ。
「……それで、こちらで精霊様への祈りを捧げておりました」
僕が『綺麗な人だなあ』なんて考えている間に、なんだかとんでもないことを言われてしまった。
……よくよく見てみたら、ここ、農夫の人達が用意した、『精霊様のお供え物置き場』だ!
「そ、そっか……」
なんというか、すごく、いたたまれない。僕がその精霊なんです。そこにお供えしてある蒸かし芋は、僕と鳥のおやつなんです……。
「……その、ジュリアさんは、どうして精霊様と会いたいんですか?」
いたたまれないから、ちょっと聞いてみた。自分が精霊じゃないような気持ちで、そう、聞いてみる。
「その……こちらの精霊様は、とても強い力を持ったお方だと聞いています。ですから……」
すると、ジュリアさんはそう言って、ちょっと口籠った。やっぱり、言いたくないのかな。何か、お願いを叶えてほしい、みたいなこと、前にも言ってたけれど。「ええと……そのお願い、叶うと、いいですね」
僕からはこのくらいしか言えない。あんまり突っ込んだことを聞くのも憚られるし。
「はい。ありがとうございます」
ジュリアさんはにこっ、と笑って、それからまた、真剣に何か、お祈りし始めた。
……うーん、やっぱり、いたたまれない……。
「……というわけで、僕は今、すごくいたたまれない気持ちで蒸かし芋を食べています」
僕は森に帰って、鳥と一緒にお供え物の蒸かし芋を食べながら、そう、ラオクレスに相談してみた。
「……それでも蒸かし芋は食うのか」
「食べないと勿体ないし申し訳ないから……」
農夫の人達がにこにこしながら毎日、お昼前ぐらいにお供えしてくれるんだよ。それで、誰も居ない時に僕がそれを回収してきて、それから少しして農夫の人達がお供えが無くなってることに気づいて『精霊様が召し上がってるのかなあ』ってにこにこしてるんだよ。だから、だから、なんか、こう、持っていかないと逆に心配をかけてしまいそうで……。
「まあ、精霊への祈りが籠った芋なら、食えばお前の力になるだろうな」
「うん。元気が出る」
ね、と鳥に聞いてみるも、鳥は特に気にせず蒸かし芋を食べていた。そして、蒸かし芋の欠片がついた顔で、ちょっと首を傾げつつ僕を見つめてくる。うん、君らしいね……。
「その、ジュリアという女は、どこかの貴族らしい、という話だったが……フェイは何も言っていないのか」
「ええと、『王都で王城勤めをしている役人の娘だ』って言ってた。あ、でもクロアさんは『少なくとも私の同業者じゃないわね』って言ってた」
「成程な。それならひとまずは安心か」
うん。クロアさん情報は、すごく安心感がある。とても大事だ。
「妖精も見てるわけだし、悪い人じゃない、とは思うんだけれど……」
どうにも、ひっかかる。主に、馬車の襲撃の事件について。
あの時、馬車が襲われた理由が未だに分かってない。お金がある人達ばっかりじゃなかったわけだし、どうしても襲わなきゃいけなかった人が乗っていたとも思えない。けれど、襲いに来た相手は、靄になって消えられるくらい不思議な人達で……つまり、ただの山賊とか盗賊じゃあなかった。
となると……色々考えれば考える程、『それ以外に馬車を襲う理由があった』のか、『何でもいいからとりあえず馬車を襲う必要があった』かのどちらかになると思う。
実際、マーピンクさんは『とりあえず』みたいな理由で畑を荒らしたり納屋に放火したりしようとしていたんだから、そういうのも十分、考えられる。
ただ、そういうのに関しては、マーピンク家を、その、言い方が悪いけれど『見せしめ』にすることで、今後、そういう人達は出てきにくくなっただろう、って、フェイが言ってた。僕もそう思う。今もマーピンクさんは大人しいままらしいし……。
……そうなると、ジュリアさんのお祈りの内容が、ちょっと、気になってしまう。
そしてそれ以上に……自分がお祈りされているという事実に対して、とても、いたたまれない気持ちになってしまう!
「まあ……お前が信仰されているのは、今に始まったことじゃない」
それが一番の問題のような気がする。なんで僕なんか信仰し始めちゃったんだよ、森の町の人達は。
「いたたまれんというなら、しばらく、森に籠るか?供え物なら、鳳凰に取りに行ってもらえ」
「そうしようかな……」
でも、それはそれでなんとなく、なあ……。うーん。
……そんな時だった。
「エド!敵襲だ!」
マーセンさんが、天馬に乗ってやってきた。……えっ、また?