5話:血塗られた発明*4
「おはよう!……トウゴ?なんだか今日はしょんぼりさんね!」
「あ、うん。おはよう……」
朝起きて、朝食の席に着いたら、向かいの席に居たカーネリアちゃんが僕を心配そうな顔で見ていた。うん。ちょっとしょんぼりさんだよ。
「私知ってるの!こういうの、ものうげ、って言うんだわ!」
「よく知ってるね」
ものうげ……物憂げ。うん。そういうかんじ、かもしれない。うん……。
「何も思いつかないから寝たんだけれど、起きたからって思いつくわけじゃないから、ちょっと、物憂げ」
「な、なるほど……つまりトウゴは、思いつきたいものが思いつかないから、ものうげさんなのね!」
うん。しょんぼりさんだしものうげさん。
……そんな僕らの会話を聞いていたインターリアさんが、くすくす笑いながら、僕とカーネリアちゃんの前にそれぞれ、スープのお椀を置いてくれた。
「成程。トウゴ殿はしょんぼりさんの物憂げさん、か」
「あ、はい……」
……なんか、カーネリアちゃんを相手にして言っている分には恥ずかしくないんだけれど、インターリアさんに改めて言われてしまうと、その、ちょっと、照れる。
「何か、私達に手伝えることはあるだろうか。あれば何でも言ってほしい」
「あ、ええと……うーん」
誰でも使えるインクってどういうのでしょうか、って聞くのも、なんか難しい気がする。インクの説明をするまでに時間が掛かりそうだし。うーん……。
「その、誰でも使える道具?みたいなのを、こう、探してるんですけれど、中々、どんな人でも使えるものが思いつかなくって」
結果、そういう言い方になってしまう。するとやっぱり、インターリアさんはちょっと首を傾げた。それに合わせて、分かっているのかいないのか、カーネリアちゃんも、こてん、と首を傾げる。
「その……道具、とやらは、妙な形をしているのか?どんな者にも使えるわけではない道具とは、一体?」
あ、うん。そうなるよね。ええと……。
「魔力の相性、みたいなのがあって、使える人と使えない人がいて……あの、形は別に色々あるわけじゃないんですけれど、色が色々あって、色によって、使える人と使えない人があって……」
「……そ、そうか」
僕の説明がよく分からなくなってきてしまった。これなら下手にたとえ話にしないで、最初からインクの話、しておけばよかったかな。
「……私は無学だからな、その、的外れな物言いになることは許していただきたいのだが……」
けれど、インターリアさんはそう前置きしてから、ちょっと首を傾げつつ、一生懸命、言ってくれた。
「道具であるならば、個人の魔力を用いるものではなく、屑魔石や何かで魔力を供給する方法もあるのではないか?その、そこのランプのように」
……インターリアさんが示す先には、ランプがある。
屑魔石を入れておくとそれの魔力で灯るランプだ。
ええと……魔法で光が灯るインク……?じゃなくて、自分の魔力じゃなくて、屑魔石の魔力でインクを動かす?うーん……?
「……何かの助けになっただろうか?」
「うん。なんかちょっと、進んだ気がする。ありがとう、インターリアさん」
なんというか、頭の中がまとまらないけれど、とりあえず、お礼を言う。するとインターリアさんはちょっとほっとしたような顔をした。うん……インターリアさんをほっとさせたのが嘘にならないように、頑張って、どんな人にも使えるインク、考えなくては。
色々な素材で試してみたし、色々な案を試してみた。透明な水晶なら個人の魔力に関わらず使えたりしないかな、とか。人の魔力によって使える使えないがあるなら、いっそ、3種類くらいインクを用意しておけばどれかは使えるんじゃないかな、とか、調合キットみたいなものとして販売すればいいんじゃないかな、とか。
……けれど、どれも上手くいかない。森の中でだけ実験していても、上手くいかない。
クロアさんに丁度いいインクが、ラオクレスには全然動かせなかったりする。アンジェに動かせるインクが、ライラには動かせなかったりもする。調合するにしても、どう調合したら自分に合うインクになるのかはすごく分かりにくい。
最終的に、僕の血で何とかなるかと思って駄目元でやってみたらやっぱり駄目だった。うーん、上手くいかないなあ。
上手くいきません、っていう進捗を持って、また妖精カフェでフェイと落ち合う。今日のケーキは、僕が紅茶のシフォンケーキ。フェイはカスタードプティングとリンゴのキャラメリゼのパフェ。
「……最近、トウゴとフェイ兄ちゃん、何やってんだよ」
「うーん……あ、リアン。逆。逆。僕がシフォンケーキでフェイがパフェ」
そして今日のウェイターさんはリアン。……彼は小さいけれど賢いし、お客さんに対してぎこちないところもあるけれど、接客は概ね、好評。だって天使だし。
「俺とトウゴで発明してんだよ。そりゃあもう、血の滲むような努力をしつつ……」
うん。血の滲むような……いや、滲むどころか、血を絞り出して実験に使ってるけれど。うん。血塗られた発明。
「な、なんの発明だよ。呪い?」
「いや!これが発明されればこの世界がより良くなる!っつうやつだな!」
「うん。あの、書いてある文字をそっくりそのまま別の紙に複製できるような発明なんだ」
僕らが説明すると、リアンはちょっと訝しげな顔をしつつ、何かに思い当たったように頷いた。
「ああ。朝、インターリアさんに話してた道具って、それのこと?」
「あ、うん……」
道具っていうか魔法だし、問題なのはインクなんだけれど……朝話していたのはこれについてです。うん。
……その時だった。
「道具、か」
フェイがそう言って、ちょっと、考え始めた。
「な、トウゴ。お前の居たとこには、『書類を複製する』みたいな道具、あったか?」
「ええと、あったよ」
要は、コピー機だよね。あったあった。
「10円入れると、コピーができる機械。コンビニにも図書館にもあったよ」
「こんびに……?」
あ、うん。こんびに。……この世界だと馴染みが無いよね。ごめん。
「とりあえず、あちこちにコピー機っていうのがあったんだ。こう、原稿を挟んで、がーっ、て読み取って、それと同じように印刷されたものが出てくるやつ」
「……がーっ、の中身が知りてえなあ」
「ごめんね。それは僕もよく知らない。光を当てて、反射ごとに白と黒のデータとってるんだっけ?ええと、詳しくないからなんとも……」
もうちょっと勉強しておけばよかったな。後悔先に立たず、ってやつかもしれない。
「でも、ま、いいや。成程な。……機械、かあ。道具だよな。要は。……そういうのは、考えてなかったな」
……あれ。まるで参考にならなかったと思うんだけれど、フェイは何事か頷いている。
フェイは目を閉じて、しばらくふんふん頷いていた。ぶつぶつ何かを言って、虚空を睨んで……そして。
「……そうだ」
満面の笑みを浮かべて、フェイは、言った。
「誰にでも使えるインクは、使う必要が無いんだ」
……うん。
「誰にでも使えるインクを用意するんじゃなくて、誰にでも使える魔道具を作ればよかったんだ!」
成程。
要は、コピー機を作る、のか!
魔法として普及させるんじゃなくて、コピー機として普及させる。そうすれば誰でも印刷ができる。
……そういうことで、僕とフェイは、それからまた、ああでもないこうでもないと色々やった。
内部機構というか、道具の中枢、つまり機械のソフト部分はフェイの担当だ。当然だ。だって僕、魔法のことはよく分からないから、道具に魔法を組み込むやり方なんて知らないんだよ。
どうやら仕組みとしては、光を当てて、原本を照らして、反射してきた光の魔力を溜めて、溜めた魔力を乗せた板(つまり、版だよね)に魔法画の要領でインクを吸着させて、それを紙に刷る、と。そういう仕組みらしい。僕が話したコピー機から着想を得たんだとか。……僕にはさっぱり分からない。
代わりに僕は、道具の外観……ハード部分を作った。コピー機、っていうくらいだから、どっしりしたもの。……あんまりすぐに移動させられない奴がいい、ってフェイが言ってたから、そういうつもりで大きく大きく作ってる。
何となく意味ありげにパソコンの基盤みたいな模様を彫り込んで金を流し込んでみたり。ちょっとした宝石を埋め込んでみたり。そういう、なんだかすごそうな奴を作ってみた。
……『魔法の道具!』っていうかんじの魔法の道具ができて、僕は満足した!
「よし、動かしてみてくれ」
「う、うん……」
ということで早速、試運転。
『祝・印刷機完成!』と書かれた紙を、そっと、機械の上面、魔石の板の上に伏せて乗せる。その上に、蓋になる部品を乗せる。
それから、機械の横の方から、屑魔石を数粒、さらさら入れる。
すると、印刷機が光る。光って、原本が強く照らされて、……そこで魔法が動いて、それに合わせて、インクが動いて……。
……そして、印刷機の横から、魔力を使い終わった石がころころ出てきて、それから、するっ、と、印刷された紙が出てきた。
「……出てきた」
蓋を外して原本の方を取り出して、見比べてみるけれど……しっかり、コピーできてる!
「おお……すげえ。やったぜ、成功だ!」
「成功だ!」
成功だ!やった!
嬉しくなって、僕らは色々なものをコピーしてみた。森の木の葉を印刷してみたり、僕の絵を印刷してみたり。
……僕らの血を沢山使って生まれた発明は、一際、輝いて見えた。
いや、物理的に光ってるんだけれど……。
……最初に印刷した『祝・印刷機完成!』という紙は、原本を僕が、印刷した方をフェイがもらうことにした。なんだか嬉しいから、額縁に入れて飾っておこう。
そうして、印刷機ができたおかげで、森の町には……図書館ができた!
フェイの家が所蔵している本を印刷機で写本して町に寄贈してくれたり、レッドガルドの町の図書館の本を借りてきて写本したり。
……そういうことをやる時、僕らは絶対に、本の代金の材料代を抜いた額……つまり、純粋にその本の内容のお値段を、ちゃんと、書いた人に支払うことにした。いや、もう死んでしまっている作者も居たから、全員に、っていうのはちょっと難しかったのだけれど……。
印刷が発達すると、著作権が必要になる。先生が前、そう言っていた。
だから僕らはその先駆けとして、印刷するなら印刷した時にちゃんと、その内容の代金を払うべきだって僕は思った。
フェイにはこの考え方が結構新鮮だったらしいのだけれど、僕が説明したら、ちゃんと頷きつつ面白がって聞いてくれて、そして、フェイのお父さんやお兄さんにも話を通して、僕の言う『著作権』を採用してくれた。
これで、レッドガルド領に居る人達は、自分の作品の著作権を保護されることになる!よかった!
……それから、1か月。季節はもうすっかり、秋。森は紅葉で真っ赤に染まって、これはこれで綺麗だ。森が大体全部、フェイ色。或いはカーネリアちゃん色。そして時々ヒヨコ色でラオクレス色だ。勿論、常緑樹も無い訳じゃないから、そういうのは未だ、クロアさん色。
森がいっとうカラフルになるこの季節は、中々いい季節だ。僕は秋、好きだよ。この森に居ると、食べるものも美味しいし。
「いやー、印刷機を導入してから、知識人の流入がすげえな!」
そしてフェイは、とても嬉しそうだ。
「そうなの?」
「ああ!自分が書いた本を多く広めたい、ってなったら、今や、レッドガルド領に来るのが一番の近道だからな!」
あ、そっか。印刷機ができると、本が広まって……つまり、本を広めたい人が寄ってきてくれるのか。それは考えてなかった。
「おかげで、文学者も研究者も、うちに来たがってる奴は多い。で、親父はちゃんと、そういう奴らを招致するために補助金とかを出すっていうようにしたしな!著作権もしっかり発表して民衆の支持を得ているし、まあいいかんじだな!」
うん。それはいいね!
……ちなみに、そうやってやってきた人達は、森の町に住むことになる。だって、今、ここが一番、土地が広く開いてて、広く人を募ってる町なんだよ。
「ってことで、近々、また移民が来るかもしれねえ。知識人層だな。いいか?あ、勿論、移民希望者は妖精に見てもらってるぜ」
「うん。どうぞ。まだ土地は空いているし、人が増えると僕も嬉しい。妖精が気に入った人なら森を大事にしてくれるだろうし」
じゃあ、住宅街の方にまた人が増えるなあ。となると、今度は住宅街の方からのお供えがまた増えるんだろうか。
最近は住宅街の人達も、お供え物をくれる。妖精のお菓子屋さんのクッキーとか、花とか。……こっちもありがたくいただいてるよ。花は飾ってるし描いてる。
なんというか僕、そろそろ、1日1食はお供え物だけで済ませられるようになりそうだ……。
そうして僕とフェイは、また色々と、移民について話し合う。知識人層が増えることで、色々な文化が発展しそうで楽しみだね、とか。これからもそういう人達がこの森に増えてくれると嬉しいね、とか。
……そういう話を、していたら。
「トウゴ殿!」
唐突に、声を掛けられた。顔を上げてみれば、インターリアさんが、こっちに向かってきていた。
なんだろう、と思って立ち上がると、インターリアさんは馬上から、続けて言った。
「町に向かっていたと思しき馬車が、賊の襲撃を受けているのを発見!現在、門番に当たっていた兵士達と、そこらを散歩していた森の騎士団とで応戦中だ!至急、応援を!」
……えっ!