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今日も絵に描いた餅が美味い  作者: もちもち物質
第七章:おいでませ変な場所
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4話:血塗られた発明*3

 ……そうして、季節が秋になる頃。

 村は、町になった。


「……立派になったね。この辺りも」

「そうだなあ。いやー、うちの領地が栄えてるってのは嬉しいぜ。やっぱり」

 うん。僕も、レッドガルドの子孫が嬉しそうにしているのを見ると嬉しい。恩返しができて森も嬉しいし、親友が嬉しそうで僕も嬉しい。それに、やっぱり、森の周りで人が嬉しそうにしているのを見ると、これまたやっぱり森も嬉しいし、僕も嬉しい。

 もう、ここにあるのは村じゃなくて町だ。

 東側は農業地帯。作物が作られて、ついでに、作物を売ったりもしている。作物の売り上げは全額レッドガルド家に納めている都合で、ここは特に、レッドガルド家との直接の交流が多い。もう、フェイもフェイのお兄さんやお父さんも、すっかり農夫の人達と顔見知りだ。彼ら、人任せじゃなくて直接、お金を取りに来るから。

 お金を取りに来るタイミングで、フェイ達は農業地区の不満とかを聞いて回ってる。それもまた、この地区がどんどん良くなっていく理由なんだと思うよ。

 北側は商業地区。色々なお店があったり、商品の取引があったりする地区だ。夏の最初に建て始めたお店ももうすっかり完成して、衣料品や食料品、加工品や娯楽の品なんかまで、色々と取り扱いが出てきた。すごく町っぽい。

 西側は工業地区。……とは言っても、そんなに工業工業していない。僕の想像する工業ってつまり、機械を扱ったりするかんじなんだけれど、この世界での工業って言うと、主に、食料品の加工とか、機織りとか、そういうものだ。この世界、あんまり機械の類が無いよね。魔法があるからかもしれないけれど。

 そして、今回、人が一気に増えたのは南側。ここが、居住区。人がたくさん、住んでいる。

 住んでいる人達は、北の商業地区で働いたり、西の工業地区で働いたりしながら生活している。……移民が一気に増えたから、色々と混乱もあったけれど、とりあえず今は落ち着いている。ちょっといざこざがあっても、森の騎士団が見回りついでに仲裁してくれるから、この町は本当に平和だ。

「壁で区切っちまったのが良かったんだろうな。壁で囲まれた中が全部、埋まっていくように発展してくんだもんなあ……」

 森を囲む壁と街を囲む壁、その間に区切られたドーナツ状の土地が、今や、どんどん町になっていくんだ。なんというか、『ここからここまでが町だよ』と壁で区切ったことによって、却って遠慮なく発展し始めた、というか。なんだかおもしろい。




 ……そうして人が大分増えてきた、そんな中。

「いらっしゃい。森土産に森の名物、リーフパイはいかが?……あ、トウゴじゃない。それにフェイ様も。今日はどうしたの?何か買ってく?それとも食べてく?」

 妖精のお菓子屋さんは、今日も大盛況だ。

「ええと、食べてく。……あ、でも、忙しくしちゃうかな」

「別にいいわよ。トウゴの分の給仕は雑にやっちゃうから。はーい、2名様、ごあんなーい」

 ライラはてきぱきと動いて、僕をお菓子屋さんの隣のカフェに連れていく。僕はそっちの、チョコレートケーキみたいな色合いの建物の、ウッドデッキの屋外席の端っこに陣取らせてもらう。

 ……この席、気に入ってるんだ。けれどなんだか、『座ると幸せになれる席』っていう謎の噂が広がっているらしくて、僕が来る時間以外は大体いつも、この席には誰かが座ってる。でも僕が来る時間はいっつも空いてるんだ。不思議なことに……。

「注文、決まったら妖精に伝えてね。妖精が運んでくるから。じゃあ、トウゴ。フェイ様。ごゆっくり」

「ありがとな。……えーと、あ。新しいケーキ、できてるのか」

「うん。僕、これを食べに来た」

 僕が妖精に頼むのは、とろとろクリームのケーキ・栗味。

 秋だから、さつまいもとか栗とかブドウとかリンゴとか、そういうケーキが新しく出てきてる。森の中から精霊の目でお菓子屋さんを見ていて、すごく美味しそうだったから、フェイが来るのに合わせてちょっと久しぶりに森の外に出てきたんだ。

「へー。じゃあ俺はアップルパイ。アイスクリーム添えで」

 フェイも注文を決めると、妖精は元気に敬礼して、きゃらきゃら笑い声みたいな音を立てながら飛んで行った。……そしてすぐ、ケーキとお茶のセットを運んできてくれる。ありがとう。

 僕らは早速、ケーキをつつきながら……フェイが、机の上に出してくれた紙2枚を、見る。

「で、これ。どうだ?」

「……うん。すごく精巧だ」

 フェイが出してくれた紙2枚は……1枚が、原本。そして、もう1枚が……写本、だ。

「ちょっと魔法画のやり方を改良したんだ。んで、この通り。1色しか使えねえけど、まあ、本とか文書とかならこれで事足りるだろ?」

「うん。すごい。これはすごいよ」

 フェイがやったのは、つまり、コピー。元の文書の上のインクの通りに、別の紙にインクを乗せて、それで、そっくりそのままなものを2つ作った、っていうことになる。

「後はこれを俺以外の奴も使えるようにしたら完璧だよな。まあ、俺に使える魔法なんだから、誰にでも使えそうな気もするけどよ」

「あ、普及させるつもりなんだ」

「おう。これ、普及すればその分、皆が便利になるだろ?」

 ……フェイはすごいなあ。こういう時、フェイって貴族なんだなあ、って思う。皆のために、っていう考えがすぐに出てくるところが、貴族っぽい。

「……レッドガルド領はいい領地だね」

「ん?どうした?いきなり」

 うん。フェイ達はいい領主さんだっていうことだよ。




 翌日。

「やっぱり魔導書って書くの、才能要るんだな……」

「えええ……」

 フェイはしょんぼりしながら、妖精カフェでケーキをつついている。今日は僕がブドウのムース。フェイはさつまいもタルト。

「こう、全員に伝わるように、この魔法を説明するのって、すっげえ難しい……。魔法画だって、結構感覚頼りだろ?」

「うん」

 僕もライラも、難しいこと何も考えずに、とりあえず『イメージ通りに絵の具を動かす!』っていうことしか考えてない。魔法は手段であって、目的じゃないから。

「だよなあ……っつーか、魔法ってもの自体がそもそも、感覚頼りで口伝頼りなんだよな。もっとちゃんと本になってりゃいいのによー……その本も中々出回らねえしさあ……」

「うん……」

 なんというか、色々と難儀なんだなあ。この世界は魔法の世界だけれど、言われてみれば確かに、僕、この世界でそこまで多くの魔法を見ていない。

 魔法を見ていないのは森に引きこもっているからでもあるのだろうけれど、それ以上に、魔法があんまり使われてないからじゃないのかな。それで、魔法があんまり使われていないのは、普及していないから……なのかな。うーん。

「火を起こすとか、水を浄化するとか、そういう魔法ならもう、昔っからあるし、簡単だから子供でも親に教わって身に着けられる。けど、それ以上になるともう、趣味と勉学の世界だからな」

「そういえばこの世界の本って、すごく高いよね……」

 僕、レッドガルドの町の本屋さんにちょっと入って、びっくりしたよ。本って、高いんだ。すごく。絵本は版画らしくて、まだ手が届くような値段だったけれど、分厚い専門書みたいなやつは、ものすごい値段だった。

 ……あと、図鑑。とんでもない値段だった。うん。レッドガルド家の肖像画の報酬に図鑑を貰ってるけれど、本当に、図鑑って、そういう値段のものだった!

「あと万人にこれを普及させるためには、自分に合うインク探しから始まるんだよな」

 う、うん。問題は山積みだ。

「……そして普通、トウゴと俺がやったみたいに、大量の魔石絵の具を使ってみる、なんてことは、できねえわけだ」

「うん……」

 僕は宝石を出せてしまうから、それで絵の具を出せる。けれど、他の人はそうもいかないから……。

「俺も、自分の血で書きまくって実験してたんだけどよ、やっぱり限界はあるよなあ……」

「えええ……それ、貧血にならない?」

「なるなる。ちょっとなってるぜ」

 うわあ。フェイも結構中々、やるなあ……。とりあえず、フェイの腕の内側にできていた切り傷は描いて治しておこう。血は治せないけれど、傷は治せるよ。

 血については……ええと、ほうれん草とか、食べる?




「……ってことで、誰にでも使えるインクが欲しいんだよな。何か心当たり、ねえ?」

「うーん……」

 フェイはそう言って、僕に聞いてくるのだけれど……。

「……魔力の差がある以上、難しいんじゃないかな」

 僕とライラでは、使える絵の具が大分違う。ライラに丁度いい絵の具は僕には軽すぎて、僕に丁度いい絵の具はライラには重くて動かせない。だから、誰にでも丁度いい絵の具、って、すごく難しいんじゃないかな。

「まあ、そうだよなあ……。うん。皆、魔力の質も量も違うんだもんなあ」

 うん。フェイはあったかいけれど、クロアさんは涼しいし。ラオクレスは固いし。セレス兄妹は透き通っていてふんわり軽いし。ライラはちょっとつんつんぴりぴりするかんじ。そういう風に、皆、持ってる魔力が違いすぎるんだ。だから、全員が使えるインク、って、すごく難しいんじゃないかな。


「……ま、いいや。色々素材拾って帰って、また実験してみるわ」

「ああ、最近、葉っぱとか土とか拾って帰ってたのって、それ?」

 最近、フェイがこの辺りの土とか葉っぱとか木の実とか、そういうものを持って帰っていくから、何かと思ってた。そっか。インクの材料にするためだったのか。……フェイの家の庭の土とかじゃ、駄目なんだろうか?

「おう。やっぱりこの辺りって魔力の多い土地だからな。ただの土とは違うんだよ。この町の作物がやたらとよく育つ理由も分かるよな!」

 あ、そうなんだ……。




 ……フェイが帰ってしまって、夜になってからも、僕は、ちょっと考えていた。

 皆が使えるインク。それがあれば、皆が、印刷みたいなことができるようになる。それって確かに、すごく便利だと思う。……この世界でどういう需要があるのかは僕にはよく分からない部分もあるのだけれど、少なくとも、単色印刷はできるようになるわけだから、本は安くなるんじゃないかな。

 文字を書き写して本にするよりはずっとローコストになるだろう。それって、きっと、良いことだ。本が出回ると、人は自分と他人が違う生き物だって気づくことができるって、先生が言ってた。

 だから、この町に本がたくさんになるといいな、と思う。町立図書館とかが造れたら最高だ。

「誰にでも使えるインク、かあ……」

 僕も試しに、自分の血で文字を書いてみた。……あ。魔法画の要領で文字も確かに書けるね。うん。これは便利。次回から、依頼の絵につけるお手紙は手書きじゃなくて魔法書きにしてみようかな。いや、流石に血で書いた手紙は怖いだろうから、ちゃんとしたインクを使うけれど。

 ……文字を魔法画の要領で書くのは、絵を描くよりも楽だった。多分、文字のイメージって頭の中にはっきりあるから、書くのが楽なんだと思う。成程、確かにこれなら、誰にでも扱える魔法になるかもしれない。少なくとも、文字を書けるようになればこの魔法、使えるんじゃないかな。

 だから是非、フェイが見つけ出したこの発明は世に出てほしいし、そうでなくても、大切にしていきたいし……。

 ……でも、ものを開発するのって、難しいな。誰にでも使えるインクって、どうやったら作れるんだろう。

 僕はまた考えてみたのだけれど、やっぱり何も思い浮かばない。自分で自分にちょっとがっかりしながら、僕は諦めて、寝ることにした。

 魔法のランプの光を消して、就寝。おやすみなさい……。


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― 新着の感想 ―
[一言] お菓子屋さんの二人のシーン カフェで仕事の打ち合わせしてるサラリーマンみたいですね。いや最終的に売り出すなら仕事であってるのですが、なんとなくトーゴとフェイが二人でいると学生っぽいので不思議…
[一言] うん。僕も、レッドガルドの子孫が嬉しそうにしているのを見ると嬉しい。 びっくりした!何百年後かと思った。
[良い点] うーん。 髪の毛と切った爪とかを粉にひいて それで書けたりしないものかなあ。 血を出すより痛くないし、 いま現に使ってる血を使うよりは 使い終わった爪や髪のほうが いいかもしんない。 …
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