14話:緋色の竜*1
その日の夜、僕はベッドじゃない所で夜を明かした。
外だ。外の、家の前。
木の下で、ブランケットに包まって……馬達に囲まれながら寝た。
結局レッドガルドさんを見送ってから夕方まで泉でのんびりしていたのだけれど、その後、家に入ろうとしたら馬達が帰してくれなかった。
多分、不安なんだろうと思う。馬達も酷い目に遭わされたばかりだし、僕が倒れていたせいで心配をかけてしまったようだし。
……ということで、僕は外で、馬に囲まれながら寝ることになった。
のだけれど、落ち着かない。
……基本的に僕は、寝る時は自分以外の生き物が近くに居ると落ち着かない性質、なんだと思う。特に馬って、人間より体温が高いし、近くに居ると近くに居ることがよく分かる、というか……まあ、落ち着かない。
馬も馬で、目を閉じていたと思ったら開いたり、寝ているんだか寝ていないんだか分からない。やっぱり落ち着かないのかな。……いや、もしかしたらそもそも馬という生き物がそんなに眠らない生き物だからかもしれないので、何とも言えないけれど。
眠れないので、色々と考えてしまう。
まず、密猟者達のことだ。彼らはちゃんと、罰せられるだろうか。
……この辺りを考えると、なんとなくもやもやした気持ちになる。罰せられてほしいけれど、『罰せられてほしい』と思うことに罪悪感がある、というか。
まあ……うん、しょうがない。僕はそういう人間だ。
それから、あの鳥のこと。
密猟者達を懲らしめる材料になるであろう証文を持ってきたのは、あの鳥だ。
……あの鳥、本当に何なんだろう。羽が生えた馬や角が生えた馬が居る世界だから、巨大なコマツグミも普通に居るものなのかな、とも思ったのだけれど、でも、それにしてもなんだか……あいつはおかしい気がする。
表情豊かだし。人を怖がらないし。僕に抱卵させるし。どこから持ってきたのか、証文まで持ってくるし。
あれは一体、何なんだろう。
……そして最後に思考が行きつくのは、元の世界のこと、だ。
もう、この世界に来て1か月くらいになるのかな。日数はきちんとカウントできているか怪しいけれど。多分、大体1か月。
1か月、というと……僕、元の世界に戻った時、大丈夫だろうか?高校の単位は?出席日数は足りるんだろうか?
その辺りの仕組みは全然気にしたことが無かったから分からない。……まあ、風邪を引いたりしない限りは学校を休んだことがなくて、だから、気にする必要が無かった、ってことなんだけれど。
うん、まあ、今までほとんど全部出席してるんだから、多分、単位は大丈夫、だろう。
もし駄目だったら……うん、あんまり考えたくないな。やめよう。
けれど、高校の単位は置いておくにしても、きっと、毎日塾通いになるな。欠席で遅れた分の勉強をしないといけないから……絵を描いている暇が無くなるかもしれない。
……嫌だな。
元の世界に帰るのが、嫌だ。
帰りたい明確な理由は1つだけあるけれど、それだけで……他にあまりにも、煩雑なことが多すぎる。
今、この世界に来て中々楽しく暮らしているから余計になんだろうけれど……僕は少し、元の世界に帰るのが嫌になっているみたいだ。
考え事をしながら馬の間でごろごろしていたら、いつの間にか夜が明けていた。徹夜しちゃったのか、それともいつの間にか眠れていたのかは分からないけれど。
……まあいいや。
夜明けの空は、ピンクっぽく光って、とても綺麗だ。これを見られただけでも、よく眠れなかった分の価値はあったと思う。
それから……まあ、多分、馬は満足してくれただろうし。
その日、僕は馬に世話を焼かれていた。
寝て起きたらもう馬が朝食の果物を運んできてくれていて、その後、一角獣に運ばれて泉で水浴びさせられて、天馬の羽で体を拭かれて、着替えは流石に自分でとってきて着替えて、そうしたらまた、馬に囲まれて昼寝することになった。
……なんだこれ。
代わる代わる、いろんな馬が僕の隣に来る。どうやら彼らは、きちんと順番を守っているらしい。うーん、なんで順番こなのかは分からないけれど、とりあえず、彼らは賢い……。
そしてその日の夜も馬に囲まれて寝ることになって……流石に地面でブランケットと馬を寝具に寝るのは辛くなってきたから、木にハンモックを吊って、そこで寝ることにした。馬はそれでも納得してくれたらしい。それでも僕のハンモックの下に潜り込んで眠ったりして、何だかんだ一緒にいようとしたけれど。
そして翌日。
……僕はなんだか元気になっていた。
昨夜もその前も馬に囲まれていてあまり眠れなかったから、回復も特にしていないかな、と思ったのだけれど、そうでもなかったらしくて……体の違和感は無くなっていた。
「馬に囲まれて寝たからかな」
馬に呟いてみるけれど、馬は特に何を答えるわけでもなくのんびり歩いて草を食べているだけだった。……アニマルセラピー、馬セラピー、っていうのも無い訳じゃないとは思うけれど。うーん。
体が少し元気になったので、また絵を描く。
今回描くのは、単なるスケッチ。……レッドガルドさんが身に着けていた中に綺麗な石があったから、あのかんじを記録しておきたくて、描いた。
深い赤の石がついた腕輪。左の手首に嵌ってたよな、と思い出しながら、描いていく。
そんな時だった。
「おーい!トウゴ!」
……遠くから、レッドガルドさんが笑顔でやってくるのが見えた。
「やったぜ!密猟者共を全員とっちめてやった!」
どうやら彼は、あの後無事に証文を使って、密猟者達を罪に問うことができた、らしい。
「まだこれから色々手続きはあるけどな。でもとりあえず、これで一件落着だ!」
「そっか。よかった」
これで密猟者はもう出ないだろう。そうすれば、馬達も安全だ。よかった。
よかったね、と馬に声を掛けてみたら、ひひん、と元気に嘶いてくれた。うん。よかったね。
「今回、お前には本当に世話になっちまったな。密猟者を捕まえてもらったし……証文まで用意してもらった」
「助けたのは馬と鳥だよ。僕じゃない。しかも密猟者については要らない手間かけさせちゃったようなものだし」
「いや、助かったさ。今回、証文まできっちり出してやったからな。割と簡単にとっちめられたし、売買してた奴らも一緒に引っ張れた」
あ、そうか。馬の羽や角を売る奴らが居れば、それを買う奴らもいるってことだ。そして、今回はその『買う奴ら』も捕まえられた、のか。
それは、よかった。そこも全然、僕の力じゃないけれど。
「……それにやっぱり助けてくれたのはお前だよ。お前が居なかったら、きっとペガサスもユニコーンも、その……ええと、鳥?っつうのも、きっと動いてくれてなかったさ」
けれどレッドガルドさんはそう言って、僕の背中をばしんと叩いた。
「ってことで、ありがとうな、トウゴ!」
うん。お役に立てたなら、何より。
……でも、叩く力はもうちょっと弱めでお願いします。
「……で、お前への礼、どうしようかな、って思ったんだけどさ。物、ってのもなんか違うよな?お前、欲しいものは全部描いたら手に入れられる訳だし……」
レッドガルドさんの目は、スケッチブックに描きかけの腕輪を見ている。
「あの、違う。これは欲しくて描いたんじゃなくて、綺麗だったから、記録用で……」
「ん?あ、そうなのか。記録、ねえ……ま、確かに実物がそのまま残ったら最強の記録だよなあ」
それも違うんだけれど……実体化させるつもりは無かったし、だからあんまり描きこまないようにしながら描いていたんだけれど……黙っておこう。
「何がいいかなあ……やっぱ勲章か?親父と相談になっちまうけど」
「あの、そういうの、別にいい」
「そうか?じゃあ領土?」
「いらない」
土地とか貰っても困る。……けど、うん。
「じゃあ何なら欲しい?お前が望むものがあれば、叶えられる限りで用意したいんだが」
「……何でもいいの?」
レッドガルドさんを見上げながら、ちょっと迷ったけれど……今後の為にも、言う事にした。
「じゃあ、ここに住む許可、ください」
「……お前、欲がねえなあ……」
安全志向って言ってほしい。
……それから。
レッドガルドさんはその後も色んな手続き?をして、密猟者の人達をなんとかしてくれたらしい。忙しそうだったけれど、その合間を見て、遊びに来てくれた。
お土産に食べ物を持ってきてくれたり、馬の為のブラシを持ってきてくれたり。
あと、色々な話を聞かせてもらったり……何より。
「じゃ、俺、ちょいと昼寝させてもらうぜ!」
「うん。じゃあ、ちょっと描かせてもらうね」
「ははは。いいぜ。ごゆっくり」
「そちらもごゆっくり」
レッドガルドさんはここへ遊びに来ては昼寝したり休憩したりして帰っていく。要は、息抜きにここへきているみたいだ。
そして、彼が昼寝したり休憩したり本を読んだりしている間、僕は……彼を使って、人物デッサンをさせてもらっている。
今日も、ハンモックで昼寝を始めた彼で早速、デッサンの練習だ。
人間って形が複雑だ。面白いな。
……うん。レッドガルドさんが来てくれるようになって、よかった。楽しい。