3話:血塗られた発明*2
「魔法画って、多分、最初の段階で躓く人が多いんだと思うんだよ。合う絵の具と合わない絵の具があるんだから、色んな絵の具を試してみないといけないんだと思う」
僕はそう言いつつ、フェイの前に沢山、絵の具を並べる。要は、宝石の粉。
「……そりゃ、ここまで魔石を大量に用意できる奴って、貴族でもちょっと中々いねえだろ……」
うん。でもほら、その点、この森では絵の具も宝石も使いたい放題だから。何も、木炭の粉から始めなくったっていいんだよ。
「動かしやすい奴、ある?」
聞いてみると、フェイはちょっと首を傾げつつ、色々と絵の具を弄り始めた。
……すると、絵の具が、ぴくぴく動く。な、なんか、変な眺めだ。
「……どう?」
「……滅茶苦茶重い岩に体当たりしてる気分だな」
そ、そっか……。つまり、動かしにくい、ってことか。
ええと、確か、魔力が少ない人は魔力が少ない宝石の絵の具の方が使いやすいみたいだから、そういうの、描いてみよう。ええと……できるだけ魔力を込めたくないから、魔法画じゃなくて、水彩で。
「……描くの、速いなあ、お前」
「あ、うん……」
僕はざっと、水彩で色々な宝石を描いていく。勿論、封印具付きで、かつ、できるだけ魔力は入れないように気をつけながら。
……そして出来上がった宝石を、今度は、粉になった絵でうまく粉にして、それを絵の具にして……。
「はい。じゃあ、どうぞ」
「お、おう……あ、さっきよりは動かしやすいかもな」
フェイが、紙の上に絵の具を動かしていく。絵の具の動き方はたどたどしくて、ぷるぷる震えながら浮いて、動いて、時々紙の上じゃない所に着地してそのまま動かなくなったりしている。生まれたての生き物みたいだ。
「……お?」
そんな中、すっ、と動く絵の具があった。……あれっ。
「この絵の具、滅茶苦茶動かしやすいなあ……」
「あ、うん……うん?」
フェイがするする動かしている絵の具は、赤い絵の具だ。すごく赤い奴。
……鮮やかな緋色の絵の具で描いた宝石で作った絵の具だ。
「なんか、レッドドラゴンっぽいよな。この色」
「……うん。そりゃ、だって、レッドドラゴンの鱗で作った絵の具だから」
「へー……じゃあ、この絵の具、レッドドラゴンの鱗を使って作った絵の具で描いた宝石からできてる、ってことか」
「うん。ややこしいね。なんだか」
ちょっとややこしいんだけれど、でも、そういうことだ。この絵の具の元を描いた絵の具って、フェイの肖像画を描く時に、どうしても納得のいく瞳の色が無くて、それで、レッドドラゴンから鱗を1枚提供してもらって、それで作った絵の具なんだ。
「そっか。だからこれ、動かしやすいのかもな」
フェイはそう言いつつ、面白がって絵の具を動かす。……すると、紙の上に絵が描かれていく。あ。案外上手い。少なくとも、先生よりはフェイの方が、絵が上手い。
「へえ、面白いもんだなあ……あ、じゃあ、もしかしたら、レッドドラゴンの鱗をそのまま粉にして絵の具にしたら、もっと動かしやすいか?」
「そればっかりはなんとも……」
分からない。やってみないことには。……だから、やってみたい気持ちは、すごくあるんだけれど、そうするとレッドドラゴンから鱗を剥がさなきゃならなくて、それって、レッドドラゴンには痛いんじゃないかな、とか、思ってしまうのだけれど……。
「剥がれた奴は集めてあるんだよ。ええと、確か今朝剥がれた奴がポケットに……」
あ、心配要らなかった。フェイはマメだなあ。
「よし!トウゴ!これ、絵の具にしてみてくれるか?」
「うん。分かった」
フェイから受け取った鱗は、僕の掌くらいの大きさがある。これを粉になっていくように絵に描き表して……よし。完成。
「できたよ」
「おう。ありがとな。……で、これを、こうすると……おっ!動いた!」
……フェイがちょっと力を籠めると、すぐ、絵の具が動き始める。するすると、自由自在に。
「……これ、面白いなあ!」
「うん」
レッドドラゴンの鱗から作った絵の具は、見事、フェイの制御によって動いて、どんどん絵になっていった。あの、僕としては、フェイの絵が結構上手かったことにびっくりなんだけれど……。
「やっぱり、絵の具にも合う合わないってあるんだなあ」
「そうみたいだね。ちょっとびっくりしてる」
それにしても、やっぱり人によって、動かしやすい絵の具とそうじゃない絵の具があるんだなあ。びっくり。
「……これ、結構すげえ発見かもな」
「そう?」
「いや、だって、魔法画なんて、画家しかやらねえだろ?でも、絵の具が自由に動かせるってなったら、便利じゃねえか」
うん。確かに。……確かに?え?そんなに便利だろうか?
「同じ文面を何枚も書かなきゃならねえ時には魔法画の要領で何枚も瞬時に書けるし、魔法陣が一瞬で描ければデカい魔法も簡単にできるようになるかもしれねえしさ」
あ、そう言われてみると、分かる。描くだけじゃなくて、書く方にも使えるのか。これ。
「っつーと、インクは黒の方がありがてえんだけど……あ、この絵の具、炭にしたらいけるかな」
「えええ……」
乱暴だなあ、と思いつつ、フェイが楽しそうなので、止めない。あと、僕も楽しい。こういう試行錯誤って、楽しいよね。
「成程なあ。どうやら俺は、レッドドラゴンからとった絵の具なら、割と操れる、と。そういうことか」
それから30分ぐらいして、結論が出た。
どうやらフェイは、レッドドラゴンの鱗を粉にした奴や、レッドドラゴンの鱗をレッドドラゴンの炎で蒸し焼きにして粉にした奴、あと、レッドドラゴンの鱗から作った絵の具で描いた宝石の絵の具や、『レッドドラゴンを描いた絵の具で作った絵の具で作った宝石の絵の具』なら、操れるらしい。
……ええと、最後の奴は、要は、僕の血で作った絵の具で描いた宝石で作った絵の具。
「……つまり、俺と元々気が合う奴の魔力が籠った品で絵の具を作れば、俺にも魔法画ができる、ってことか?」
「そうなんじゃないかな。レッドドラゴンの鱗関係は全部、良い具合だったみたいだし……」
……うん。けれどこれ、気になってしまう。
「あの、フェイ。ちょっと試してみてもらいたいんだけど……」
「あ、その前にちょっとナイフ、借りていいか?」
僕がそわそわしながら申し出ようとした、その前に、フェイからそう、言われてしまった。……いや、確かに、僕、鉛筆削る用のナイフは持ってるし、それ、使おうとしたけどさ。
なんとなく察しつつ、僕はナイフを渡す。するとフェイは、ナイフの刃の具合を確かめて……そして、ちょっと半笑いぐらいになりながら、それを腕に宛がった。
「へっへっへ……俺に一番近い絵の具っつったら、これだろ」
す、と、ナイフが躊躇いなく引かれる。そこでフェイの腕がすぱり、と斬り裂かれて、綺麗に切れた傷口から、じわり、と赤い色が滲んだ。
「おーおー……出てる出てる」
「あっ、零れちゃうよ。はい、パレット」
フェイの腕から出てくる絵の具をパレットに受け止めながら、僕は、フェイの腕を治すためにフェイの腕の絵を描き始めておくことにした。
「……なあ、トウゴ。ふと思っちまったんだけどよ、俺、おかしいか?絵の具にするために自分の血、出すってのはよお……」
「いや、別におかしくないんじゃないかな。フェイがやらなかったら、僕の血で試してもらうところだった」
僕もやったよ。血を絵の具にするの。レッドドラゴンだって、血で描いたし。うん。だからおかしくない。
そうして集まったフェイの血は……無事、フェイの為の絵の具になった。
「ああー……まあ、これは納得だよな。自分の血を媒介にして色々操る魔法とかもあるんだし」
あ、そうなんだ。知らなかった。……いや、まあ、そうか。魔法画だって、絵の具を動かす魔法を独自に生み出したっていう訳じゃなくて、多分、何か別の用途で使われてた魔法を絵に転用できるようにした、っていうのが始まりなんだろうし。
「って考えると、やっぱ、一番自分の力を発揮できる絵の具って、自分の血なんだな。そりゃそうか。自分の魔力が流れてるもんだしな」
「そう聞くと、なんだか納得できるなあ……」
僕が今使っている魔法画用の絵の具って、要は、僕が描いて出した宝石を粉にしたものだから、僕の魔力でできているようなものなのかもしれない。だから余計に、操りやすいのかも。
「……ふーん。そっか。でもまあ、お前が楽しがるの、分かる気がするなあ」
フェイは自分の血で絵を描きながら、ちょっと楽しそうに笑った。
「絵なんて描くの、ひっさしぶりだけどよ。でもやっぱり、なんか楽しいもんな」
「うん!」
伝わったみたいで、何よりだ。ついでに、フェイの息抜きにもなったみたいだから、よかった。
「それに、収穫だったなあ。これ自分の血を炭にしても操れるわけだろ?ってことは、そのインクでやれば、書類関係、書くの滅茶苦茶楽になるんじゃねえかなあ……」
そして、何やらこれ、フェイにとっては中々の技術革新だったみたいなので、うん、なんか、その点もよかった。
「これ、応用したら、文字とかを写す魔法、できねえかな……えーと、あ、駄目だ。わかんね。兄貴に聞いてみっかなあ……」
ええと……よく分からないけれど、フェイが楽しそうで、何よりです。
……そうやって僕らが壁の近くで絵を描いて遊んでいると。
ぴるるるる、と、声がする。……あ、フェニックスだ。
「すっかりヒヨコじゃなくなっちゃったね」
やってきたフェニックスを抱きとめると、フェニックスはふわふわの羽毛で僕の首のあたりをふわふわやりながら、ご機嫌なかんじにまたぴるぴる鳴く。
……フェニックスは、ヒヨコじゃなくなっている。それでも羽はふわふわしていてオレンジ色で、なんだかとても可愛らしい。
あと、あったかい。鳳凰や鸞よりも体温が高くて、火の鳥、っていうかんじがする。
ちなみに大きさは、鳳凰や鸞よりもちょっと小さいぐらいだ。けれどやっぱり力持ちらしくて、カーネリアちゃんを普通に運んで飛んでいた。中々、働き者だなあ。
「もうご飯かな」
それで、このフェニックスは多分、ご飯だから、っていうことで僕らを呼びに来たんだろうなあ、と思っていると、後から鸞が1羽飛んできて、きゅるる、と鳴く。あ、うん。やっぱりこれ、ご飯のお知らせだ。帰らなきゃ。
僕が鳳凰を出して、フェイがレッドドラゴンに乗ると、フェニックスと鸞は『よしよし』と言うように頷いて、2羽で家の方に飛んで行った。……いつの間にか、鳥同士、仲良くなったんだなあ。うん。いいことだ。
「あ、そうだ。絵描いてて忘れてたけど、報告、あるんだった」
フェイも一緒になってご飯を食べる。今日のご飯は枝豆パン。枝豆と角切りのチーズを生地に混ぜ込んだ塩味のパンで、これがなかなか美味しい。
そして、パンを食べている間に、フェイが突然、そう言いだした。
「なんか、移民の希望者が割と出てるんだけどよ、受け入れていいか?」
……えっ、移民?
「ざっと、200人ぐらい」
……えっ、200人も!?