2話:血塗られた発明*1
フェイの反応を見て、僕は、すごく、心配になった。
もしかして、この世界では枝豆が美味しく感じられないんだろうか。
とても心配になった僕は、ラオクレスに聞くことにした。
「あの、枝豆って美味しくないんだろうか」
「……枝豆?ああ、お前がやたらと栽培を推奨していた豆か」
「うん。ついでに、さっきの餅の餡の材料」
ラオクレスは木陰でインターリアさんと話していたのだけれど、顔を見合わせると……2人で首を傾げた。
「先程の餅は非常に美味だったが」
「俺も、不味いとは思わないな。そのままでも甘みがあって、美味い。豆のままならやはり、塩茹でがいいとクロアが言っていた。……あれは俺よりもクロアが気に入っているようだったな」
そっか。……ついでに、珍しく、ラオクレスの傍に居たリアンにも聞いてみると。
「俺、あれ好きだ!それから、妖精が鞘から豆出すのが楽しいみたいで、アンジェと一緒に茹でた奴つまんで楽しそうにしてる。で、豆はライラ姉ちゃんがつまんでいったり、クロアさんがつまんでいったり……」
そ、そっか。ラオクレスにもリアンにも、あとアンジェと妖精と……クロアさんにもライラにも、人気らしい。よかった。よかった!
この世界の人にとっては美味しくない、とかだったら、枝豆特区を作ってしまった僕の責任がとても重いことになるところだった。よかった……。
「どうかしたか」
「うん。フェイが、枝豆食べて、『魔法薬の原料か?』って」
僕がそう答えると、僕の後ろに居たフェイも、ちょっと渋い顔で頷いた。
「なんつーか、こう、酔うよな、あれ」
……うん?
「魔力たっぷりなんだろ?まあ、トウゴの世界の作物だって聞いてたから、そういうもんかと思ったんだけどよお」
……あれ?
おかしいな、と思ってラオクレスの方を向いてみると、ラオクレスは『よく分からない』みたいな顔をしている。
うーん……?
「はい、どうぞ。私の分も残しておいて頂戴ね」
「うん。勿論」
その後、クロアさんが茹でた枝豆を分けてくれた。……クロアさん、枝豆、気に入ってくれたらしい。たっぷり塩茹でしていたので、丁度、茹で上がった枝豆を2鞘くらい貰う。
「……えーと、じゃあ、貰うぜ」
「うん」
そして、僕らが見守る中、フェイは恐る恐る、枝豆を食べて……ぱっと顔を明るくした。
「ん!あ、なんだ、うめえなこれ!」
どうやら、フェイも枝豆を気に入ってくれたらしい!よかった!
それから、フェイは枝豆を食べた。すごく食べた。すごく食べたので、クロアさんに怒られていた。『私の分も残しておいてって言ったでしょ!』と。
なので今、僕とフェイは、クロアさんの分の枝豆の下処理をしている。鞘の端っこをハサミで切り落とすやつ。先生の家でやったことがあるから、僕も分かる。
「……さっき食ったのは何だったんだろうなあ」
フェイもちまちまと枝豆の下処理をしながら、そう言って首を傾げている。うん。さっきと感想が全然違ったけれど、本人としても不思議らしい。
ただ、僕、これの理由はなんとなく、分かってしまっている。
「それなんだけれど……あの、さっきの枝豆は、お供えだったんだ」
「……成程。精霊様へのお供え物かあ」
「うん。それがもしかすると、関係しているのかもしれない」
僕がそう言うと、フェイは納得がいったような顔で深々と頷く。
「それなら分かるぜ。要は、農夫の祈りが籠った枝豆だもんな。そりゃ、魔力が乗るわけだ」
そうか。お供え物には、お供えした人の魔力が乗っかるのか。……それを僕と鳥は、美味しく頂いてるんだよな。本当に、『いただきます』で『ごちそうさまでした』だ。
「じゃあ、お供え物は僕と鳥で食べた方がいいかな。……クロアさんなら大丈夫かな。魔法、よく使ってるし。あと、リアンとアンジェも大丈夫だろうか」
「いや、やめとけやめとけ。食うならお前とあの鳥だけにしといた方がいいぜ。なんてったって、精霊様に宛てたもんだ。祈りってつまり、信仰だぞ?そんなもんが込められてるんだから、魔力の質が合わねえだろ。多分」
そういうものなのか。そっか。まあ……あ、思いだしてしまった。そういえば僕、信仰されている、のだったっけ。……なんか、気まずいというか、恥ずかしいというか……。
「分かった。じゃあ僕と鳥で食べるよ。ところでフェイって、割と魔力に敏感な方?それとも、皆そうなんだろうか」
前、龍の木の実を食べた時にも吹き出して大変なことになってたけれど、フェイだけじゃなくて他の人もああなるんだろうか。
「あー……そうだな。多分、ここの面子の中じゃあ、俺が一番、魔力に敏感なんじゃねえかな。ラオクレスもそんなに魔力が多い方じゃねえけど、でも、ラオクレスだって魔法使えねえわけじゃねえし、そもそも、色々と、こう、耐性あるみてえだし……」
うん。僕らの鋼のラオクレス。
「クロアさんも魔法の類は強そうだし、リアンとアンジェは妖精の加護とかありそうだし、ライラは……魔法画やる奴がそこまで魔力に弱いわけはねえか。うん。カーネリアちゃんは……まあ、子供だけどよ。フェニックス従えてる時点でなんかこう、色々、違うよな。多分ありゃあ、天性の魔法使いだぜ」
そっか。つまり、僕らの中ではフェイが一番、敏感肌。
そう思って納得していると……フェイが、下処理の終わった枝豆に塩を揉みこみながら……ちょっと情けない顔をして、聞いてきた。
「……情けねえって思うか?」
「特には思わないけれど」
強いて言うなら、今のフェイの顔が大分情けないかんじはする。言わないけど。
「ありがとな。お前はまあ、そうだよなあ……」
フェイは何か頷きながら、僕の頭をわしわし撫でる。やめてやめて。僕の頭、塩まみれにしないで。僕は枝豆じゃないよ!
「……俺ももっと、魔法の才能とか、ありゃあなあ、って思うことは、あるんだよな。まあ、無いものねだりなんだろうけど」
……うん。なんというか、ちょっとは、分かるよ。分かる、って言ってしまったら失礼な気がするから、言わないけれど。
「なんつーか……うー、いっそのこと、王家と婚姻とかした方がいいのかな、俺……」
「ええ……なんで急に……」
フェイはちょっと気まずげに、肩を竦めて答えた。
「一応、来てるんだよ。そういう話も。ほら、前、王城のパーティ、行ったろ?」
ああ、あの、クロアさんと会った時の、壁画見学会。うん。覚えてる覚えてる。
「あの後、一度、ぱったり王女様の婿探しが止んだらしくってさ。俺もまあ、そういうもんかと思って気にしてなかったんだけどよ……最近、また、それがぶり返してきて。俺の所にまた、そういう話が来てて……」
……つまり、お見合いのお誘い、とか、そういうことなんだろうか?
「なー、トウゴー。どう思う?」
「僕の頭を塩まみれにする人は結婚とかしちゃいけないと思います」
「悪かったってさー、なー、トウゴー」
「うーん……そう言われても」
僕の方が年下だし、僕、結婚なんて全然考えない齢だし。うーん。
「……フェイがしたいなら、すればいいんじゃないかな、としか」
「だよなあー……分かっちゃいるんだけどよー」
ありきたりなことしか言えないのがちょっと申し訳ない。うーん。
……フェイはそれからまた、ちょっと沈んだ顔をして、言った。
「レッドガルド領が繁栄していくのは見てて楽しいし、ガンガン繁栄させるためにも、その基盤として、王家との繋がりとか、持ってた方がいいのかな、って思っちまって……あ、おまえのせいじゃねえからな?俺らが楽しくて進めてるようなもんだし、お前は気にするなよ?」
う、うん……。
「俺がレッドドラゴン以外に誇れるところ、ありゃあよかったんだけどな。うん。あんまり真面目に磨いてこなかったからな、そういうの。どうせ領地は兄貴が継ぐし、俺は放蕩貴族やってりゃいいか、って……そのツケが回ってきてるんだよな」
……なんか、そう言われてしまうと、悲しい。
僕の親友にはいいところがいっぱいあるのに。確かにそれって、はかるのが難しいものかもしれないから、誰かと比べてどうこう、っていうことはできないだろうけれど、でも、それでも、フェイにいいところが無いっていうことにはならないのに。
「お、おいおい。なんでお前がそんな泣きそうな顔してるんだよ」
「なんか、悔しくて……」
「何が!?」
僕、誰かが怒られてると自分が怒られてる気分になるし、誰かが悔しいと自分が悔しくなっちゃうタイプなんだよ。しょうがないだろ。
「……ま、いいや。なんか、お前見てたらどうでもよくなってきちまったわ」
フェイはけらけら笑いながら僕の頭をわしわしやった。また塩まみれ!
「俺にはお前みたいな力はねえけど、でもまあ、お前みたいなのと仲良くなれる能力はあったな、って思いだした」
「……うん」
それはすごく、貴重な能力だよ。僕、友達らしい友達があんまりいない人だから。だから、フェイはすごく貴重な人だ。
「ついでに、レッドドラゴンとも仲良くやれてる。森の面子とも仲良くやれてるし、貴族の社交界とかでもぼちぼちうまくやれてる。だからこそもっと能力があれば、って思っちまうけど、逆に言えば、能力が無くてもこんぐらいはできてるんだもんな。小器用、ってことか」
フェイはそう言って笑って、立ち上がって背伸びした。
「ま、いいや。結婚の話は断っとく。気、乗らねえし。あと、ぜってえなんか裏あるし」
「うん。気乗りしないならやめた方がいいと思う。あと、僕も絶対に何か裏があると思う」
よく分からないけれど、結婚って、気乗りしないんだったらやめておいた方がいいと思うよ。うん。ましてや、何かありそうな奴は余計にやめといたほうがいいと思うよ。
「さて。んじゃあ枝豆、茹でるか。トウゴ、手伝え!」
「うん。あ、そうだ。フライパンで蒸し焼きにするやり方でやりたい」
「な、なんだそれ」
「美味しいらしいよ。ええとね……クロアさーん、フライパン、どこ?無いなら出すけれど」
「戸棚の下!勝手にフライパン増やさないで頂戴!家の中がフライパンだらけになっちゃうでしょ!」
……ということで、僕らは枝豆を調理し始めた。少ない水で、フライパンで蒸し焼きにするやり方で。たまに、先生もこっちのやり方でやってたの、思いだしたから。
フライパンでの枝豆の調理は初めてのことだったけれど、楽しかった。それでフェイがちょっと元気になってくれたから、やっぱりやってよかった。
ちなみに、枝豆は美味しかった。嬉しい。
そして、次の日。
「よお!トウゴ!遊びに来たぜ!」
またフェイが来た。元気そうだ。よかった。
「断りの書面、出してきた!んで、気分がすっきりしたから遊びに来たぜ!」
うん。なんだかすごく元気そうだ。よかったよかった。
「……で、お前は何やってんだ?」
「壁画描いてる」
そして一方、僕は、壁画を描いてる。
……ほら、壁がいっぱいあるから。絵、描き放題だから。だから、魔法画で、壁画、描いてる。楽しい!楽しい!
「おー……すげえな。色んな動物の絵か」
「うん」
森の中の壁画だから、そういう絵にしてる。思いつく限りの種類の動物をどんどん壁に描いていって、ぐるりと一周、森を囲む壁の内側を壁画にしてしまう予定だ。楽しい。すごく楽しい!
「……楽しそうだなあ」
「うん!」
すごく楽しいよ。ものすごく楽しいよ。僕はそう、伝えたくて……ふと、思う。
「じゃあ、フェイもやってみる?」
「……え?」
うん。絵。