1話:絵に描いたずんだ餅も美味い
じわじわと蝉の声が響く中。僕は図書館の前で、臨時閉館のお知らせの紙を見ていた。
たらり、と汗が流れる。暑い。クーラーの利いた館内を期待してここまで来たのだけれど、無駄足だった。
……どうしようかな。今からまた塾に戻るのは骨だし、何より、あそこは居心地が、あんまりよくない。『僕とは違う中学校に通う人』が塾に居るから、だから、居心地が、あんまりよくない。
塾に張り出されている模試の結果の上位者発表には、僕の名前が載っている。……それも含めて、あんまり、居心地がよくない。
くだらないだろうか。やっぱり、塾の自習室で勉強した方がいいかな。ひそひそ言われるのにも、もっと、ちゃんと、慣れて……普通にしていられれば、それがいいんだと、思うんだけれど。
……そんなことを考えていたら。
「うわっ休館!」
聞き覚えのある声が、情けない悲鳴を上げた。
「嘘だろ図書館!なんで急に!僕が珍しくこの暑い中家から出てきたっていう日に限って!しかもこれから10日も!」
細くて長いかんじの体躯を折り曲げるみたいにして、その人……先生は、図書館の開かない自動ドアのガラスに貼られた『休館のお知らせ』を見つめている。
「……先生」
僕がそっと、後ろから声を掛けてみると、先生はちょっと驚いて、さっと振り向いて……僕を見て、ぱっと顔を輝かせた。
「おお!トーゴ君じゃあないか!元気だったか!」
「うん。元気。……先生は?」
「僕かい?僕は、まあ……すこぶる元気だ。ただし不健康だ。見たまえ、この全く日焼けしていないボディを。これがその証明である」
見れば分かる。先生は多分、この夏、ろくに外に出ていないんだと思う。日焼けしてない。すごく。
「……いやあ、参った。ちょっと気分転換に、いつもと違う環境で仕事を、と思ってここまで来たんだが、図書館は臨時休館ときたもんだ」
「うん」
なんとなく情けない顔をする先生を見て、僕は頷く。見れば分かるよ。それも。
「だが!天は僕を見放さなかったみたいだな!」
そして先生は、満面の笑みを浮かべて、僕の手をがっしり握った。
「ってことで、トーゴ。君もどうせ、図書館の臨時休館にやられたクチだろ?いつもみたいに図書館を勉強場所にするつもりだったんだろ?」
「うん」
……この後に何が続くんだろう、と思いながら、僕は頷く。すると先生は、ちょっと僕の手を引っ張りながら、言った。
「なら、塾でも君の家でもない勉強場所を提供してやろう。冷房完備。お茶も出るぜ。麦茶だが。……ってことで、トーゴ。僕の家、来ないか?」
……なんというか、唐突だしとてもびっくりしたのだけれど、先生が満面の笑みだったから、僕も思わず、頷いていた。
先生の家って、どういうところだろう。……ちょっとだけ、興味も、あったし。
「お邪魔、します……」
先生の家は、図書館から割合近くにある、普通の家だった。
ちょっと古い見た目の一軒家。ちょっとだけ庭があって、そこに枝豆とかミニトマトがちょっとあって、後は宿根草っぽい花とか、こぼれ種で生えているんだろう花とかがちょこっとだけある。あと、雑草。
「どうぞどうぞ。汚い家だが、とりあえず遠慮は要らないぞ。無駄な広さが取り柄だからな」
「……先生、独り暮らし?」
「ああ。まあ、この家は貰いものだ。うん。僕の叔父が昔買った家でね。だが叔父は海外に行っちまったもんだから、しょうがない。家だけ腐らせておいても勿体ないって理由で、僕が住ませてもらってる」
そういえばそういう話を前、聞いたような気もする。うん。
家の中に入ったら、ふんわり涼しい。この季節にはこの涼しさがすごく嬉しい。
「……あ、トーゴ。適当にそこらへん座って勉強したまえ。僕はこっちで仕事する」
「えええ……」
先生はるんるんと鼻歌でも歌い出す勢いだ。それにしても、なんでこんなにご機嫌なんだろう……。
「いやあ、本当に君は丁度いい時、丁度いい所に居るもんだなあ!」
「……もしかして先生、今、勉強してる中学生を眺めたい気分だった?」
試しに聞いてみたら、先生はにこにこして頷いた。
「ああ。そう言ってしまうとなんというか、非常に犯罪じみているが、正にその通りだ。……それを観察するために図書館へ足を運んだんだよ」
成程。そういうことなら納得がいく。お役に立てるなら幾らでも観察してください。
……そして僕は、勉強を始めた。
先生は僕にダイニングテーブルを丸ごと1つ明け渡してくれたので、僕はそこで椅子に座って、ノートと参考書を開いて、勉強する。
……先生はリビングのローテーブルのソファに座って、時々僕を眺めたり、窓の外を眺めたり、虚空を見つめたりしながら、ノートパソコンをかたかたやっていた。あと、時々、紙にペンでメモを取っている。
僕は最初こそ、落ち着かなかった。先生のことは知っているけれど、先生の家は知らない。知らない場所で勉強するのは、なんとなく落ち着かない気がしたから。
……でも、やり始めてしまえばそんなに気にならなくなってきた。先生もその内、僕を観察する必要が無くなってきたみたいで、あとはひたすら、ノートパソコンをかたかたしていたし、僕は僕で、シャーペンをカチカチやりながらひたすら勉強を進めるだけで……。
「トーゴ。そろそろ水分補給の時間だぜ」
言われて、目の前に麦茶が入ったグラスを置かれて、僕はふと、時計を見た。
……16時。
うわ、先生の家に来てから、もう3時間ぐらい経っていた。
「随分と集中していたな。いやあ、見事だ」
「うん……すごくここ、落ち着くみたいだ。捗った」
「お。そうか。それは何より」
なんとなく、他所の家の匂いがするから緊張感があって、それがよかったのかな。でも、緊張感はあっても安心できて、なんとなく、落ち着けて……うーん、不思議だ。
「まあ、図書館で勉強できるタイプだからな、君は。僕は駄目だ。家の居間じゃないと勉強できないタイプの人間だったな……」
先生がちょっと遠い目をするのを見ながら、僕はまた、不思議に思う。
「僕、家の居間だと、全然落ち着かない。僕の部屋だと、ちょっと落ち着くけれど……」
「あー……まあ、君の場合はそうだろうな。うん。いや、本当に、本当に残酷なことだ。中学生が、家に居て落ち着かない、なんていうのは……」
先生はちょっと頭の痛そうな顔をしつつ、麦茶がたっぷり入ったマグカップを傾けて……渋そうな顔をした。
僕も試しに麦茶のグラスに口を付けてみた。ものすごく、渋い。苦い。……麦茶のパックを入れたまま放っておいた、とんでもない麦茶の味がする!
「まあ、しかし、それなら良かった。図書館が閉館じゃあ、君、他に勉強する場所、無いだろ?」
「あ、うん」
麦茶に気をとられていたら、先生がそんなことを言って笑った。
……ええと。
「……本当は、勉強は塾の自習室でやった方がいいんだ。図書館になんて、行かなくても」
なんとなく、嘘は吐きたくなかったから、そう、正直に白状する。先生の家にお邪魔しなくても、僕は良かったんです、でも、お邪魔しちゃったんです、という気持ちを込めて。
「塾の自習室で勉強した方がいいと、思うんだけれど、なんとなく……居心地が悪くて」
ついでに、僕の中にあるくだらないこだわりを吐き出してみたら、先生は、ふむ、と頷いた。
「うん。まあ、それなら丁度いい。トーゴ。君、図書館が臨時閉館してる期間中はここで勉強しなさい」
……えっ。
「えっ」
「うん。そうしよう。それがいい。僕も丁度いい気分転換になるし。君、ここの場所は覚えただろ?」
「え、あ、うん……うん?」
唐突な申し出に、僕は、すごくびっくりしている。
……いや、だって、家にお邪魔するのって、いいの?そんなに頻繁に来て、いいものなの?ええと、ええと……。
「あー……まあ、君だって、碌に知らない相手の家に来るのは憚られるかもしれんが、その……塾の自習室とやらの居心地が悪くて、ここの居心地はそんなに悪くないっていうなら、別に、ここでもいいんだぞ、っていうことで、どうだ」
「どうだ、って言われても……ごめんなさい、僕、びっくりしていて、それどころじゃない」
「なんと。……あ、成程。君、友達の家に行ったり、友達を家に呼んだりをあんまりしなかったタイプか」
うん。その通りだよ。けど、そういう問題でもない気がする。
「あの……すごく、ありがたいんだけれど、その、いいんだろうか」
「うむ。僕は気にしない」
そ、そっか。ええと、でも、そうじゃなくて……。
「……僕、やっぱり、塾の自習室に居るべきじゃないかな、って、思うんだけれど」
……不思議なことに、僕、先生に迷惑を掛けることよりも、そっちが気になるみたいだ。
「元々、図書館で勉強してるのも、良くないって。塾の自習室を使った方が移動時間が減るし、その分の時間を勉強に使えるし……我儘言って、許してもらってるけど、でも、本当はもっとちゃんと、普通に、勉強するべきだし……」
……僕は、あそこに居たくない。居ると、『なんでいつもここで勉強しないんだ』って言われるから、余計に居たくない。居心地が悪い。でも、居るべきなんだとは、思う。思っては、いる。
「だから、僕1人だけ、こんな、居心地のいい場所でのんびり勉強してていいのかな、って……」
僕は、自分でも何を言っているのかよく分からないまま、そういうことを言う。
すると先生は、ちょっと考えて……首を傾げた。
「別に、苦しまなくってもいいんじゃないか。誰かが苦しんでいるからって、一緒に苦しむ必要は無いだろう。いいじゃないか。君1人、のんびり居心地のいい場所で勉強しても」
……いいんだろうか、それ。そんなの、普通じゃない。
「大体な。適材適所って言葉があるんだぜ、トーゴ。魚が空に住む必要はないし、猫が水の中で暮らす必要もない。その人に合った場所に居るのが、その人にも、その場所にも、一番いい」
うん……。そっか。ええと、でも、それを言うと、そもそも、僕は……。
「あと、なんというか……今、勉強真っ盛りの君にこれを言うのもどうなんだっていう気もするんだが、君、あんまりこういうの向いてないんじゃないか?その、中学受験の云々の時にも思ったんだが……」
……うん。そう。それ。
「不向きだよ。僕、本当に受験、向いてない」
「だよなあ。……いや、能力には申し分ない、ってのは知ってるぜ。先週、君と図書館で話した時に模試の結果、聞いてるからな?僕は。……ただ、性格、というか、目標、というか、が、なあ……」
……うん。性格が、不向き。分かる。目標も無い。なのに、レベルの高い高校を受験しようとしてる。それも、分かってる。
「……だが、向いていないことを無理にやる必要が無い、とは、僕は言えないな。それを言ってしまったら、あまりにも無責任だ」
先生はまた唸りながら麦茶を飲んで、渋そうな顔をする。いや、渋いなら水とかで割ればいいんじゃないかな……。
「だが、無理に苦しむ必要は無い。ついでに、苦しい場所に居ることは美徳でもなんでもないぜ」
「……うん」
何となく、僕も色々、考えてしまう。
無理に、レベルの高い高校に進学しなくてもいいんじゃないかな、とか、そこに入って僕は何がしたいんだろう、とか、これって僕が本当にやりたいことなんだろうか、とか。
……でもそれらって僕がやりたくないからそう思うだけの、所詮、言い訳に過ぎないよな、とか。
「まあ……色々、思うだろうな」
うん。色々、思ってるよ。
「辛いだろうな。君はまだ子供だ。君の意思で君の人生を決定できない環境にある子供だ。時に、君の望まないことをやり、望まない場所で生きねばならない、そういう理不尽の渦中にある生き物だ」
……うん。先生の言葉は、僕の心をなぞっていくみたいだ。思っていて、でも言葉にできないものが、先生によって言葉になって出てくる。これ、ちょっと不思議な感覚だ。
「だからせめて、そこに、意味を見出そうじゃないか。君の意思で決めたことでもなく、君の意思でやりたいことでもない何かをやるために、君には、理由が必要だ」
先生はそう言って、麦茶を一気に飲み干した。うわあ、苦そうだ。
「ぷはあ。苦い。もう一杯。……で、そうだな。今、君は辛い。だが、辛いなら、辛いからこそ、頑張って生きねばならない。自分に適した場所があると信じて、いつか、旅に出るために」
「旅に」
「……今いる場所を出ていくための、準備を、目標にしたまえ」
旅に。今いる場所を出て行くために。……その為に、頑張る。
なんとなく、そう思うと、ちょっとだけ、気が楽になる、気がする。
「君は君にできうる限り、何所へだって行っていいんだよ、トーゴ。行き方は、まあ、アイデアを絞れ。進学にかこつけてうまく家を出るとか、勉強が捗るっていう言い訳で厚かましくも図書館へ行くとか」
うん。厚かましくも、図書館。……それ、僕がなりたい気持ちだ。
「今はまだ、親元を離れることも、塾を辞めることもできないだろうが……自分にとって居心地のいい場所へ行くことは悪いことじゃない。それにな。君はさっき、『普通に勉強した方がいい』と言っていたが、その『普通』ってのは、いる場所によって案外、変わっちまうもんなんだぜ」
そこで先生は、両腕を広げた。
「僕を見てみろ。僕は『普通』か?」
「いいえ」
いいえ。本当に、いいえ。
「はっきり即答しやがったな!ありがとう!」
うん。先生は普通じゃないです。普通の人は、いくら3年ぐらい前から知ってる人だからって、図書館でちょっと会うぐらいの人を、家には招待しないと思う。
「……だが、僕の仲間内じゃあ、案外、普通な方だぜ。もっと普通じゃない奴は幾らでも居る。君が知らないだけだ」
……先生よりも変な人なんて、本当に居るんだろうか。それはちょっと、いや、すごく、疑問だ。
「世界は広いんだぜ?トーゴ。君の普通が普通じゃない場所だってある。君が延々と絵を描いていたってそれが普通だっていう場所だって、あるかもしれない」
あるんだろうか。そんな場所。
学校でも、塾でも、家でも、僕は普通じゃない。普通に勉強ができなくて、皆が当たり前に居る場所が居心地が悪くて、それで、しまいには先生の家にまでお邪魔してしまっている、そんな僕が……延々と絵を描いていて普通、だなんて、そういう場所、あるんだろうか。
考えたら、どきどきしてきた。あったらいいな、と、あるわけない、が、一緒になってぐるぐるしている。
「で、だ。トーゴ。ここからが大事なんだが……」
先生は僕を見てにんまり笑うと、大事な秘密を明かすみたいに、そっと、言った。
「人間、特にいい齢した大人はな。もし自分自身が住んでる場所が外の誰かにとってもいい場所だって気づいたなら、手を差し伸べなければならないのさ」
「……往々にして、自分に合ってない場所に居る人は、他にもいろんな場所があるんだってことに気づけないもんだからな。だから、『こういう場所もありますよ』って、見せることには意味がある」
……その時、僕は、やっと思い出した。
ここが、なんだか、居心地がいい、っていうことに。
刺さる視線は無い。貼り出された成績表も無い。誰かの怒声も、揶揄いの声も、ひそひそする陰口も、僕への失望のため息も、無い。
ここにはただ、僕が何をしていても気にしないであろう人が居て、ちょっと片付いてない部屋があって、あと、濃すぎる麦茶があるだけだ。
「……『こういう場所もありますよ』って見せるために、僕を、家に連れてきてくれたの?」
「まあ、君がいると仕事が捗るっていう以外では、そうだな。君はもうちょっと、色んな場所があるってことを知った方がいい。ついでに、そこに居てもいいってことも」
……初めて来た家の、初めての部屋。こういう場所もあるし、こういう変な人も居るんだってことは、知っていていい。そっか。そうなんだ。
「で、どうだ、トーゴ。図書館が開くようになるまで、ここに来るっていうのは」
先生に改めて聞かれて、僕は……なんだか付きまとう罪悪感とか、そういうもの全部、放り出して……言ってしまった。
「お世話になります」
「ああ。いいとも!君にちょっと居心地のいい場所を提供できるなら、僕だって本望ってもんだぜ、トーゴ」
先生はるんるんと鼻歌でも歌いだしそうな様子でそう言うと、『ああそうだ、そういえば茹でた枝豆あるんだが、食うか?』とか言いつつ、台所の方へ行ってしまった。
……よくあるLDKの、よく知らない他人の家の、それでいて居心地のいいダイニングテーブルで、僕は、先生の後ろ姿を眺めながら、只々、ありがたく思った。
明日からも、塾の自習室で勉強しなくて済む。それは、すごく、嬉しいことだった。ほっとした。
同時に、ちょっと申し訳なくて……でも、申し訳なく思うのは何だか違う気がして、代わりに、僕も先生と同じことをしよう、と思った。
いつか、居心地の悪いところに居る人を見つけたら、手を差し伸べられる大人になりたい。『こういう変な場所もありますよ』って、教えられるような、そういう人に、なりたい。
……そう思いながら飲んだ麦茶は、ものすごく、苦かった。
でも、案外、悪くなかった。
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7章:おいでませ変な場所
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「これ、すごく美味しいわ!前に頂いた奴はけふけふしちゃう奴だったけれど、これはしっとりしていてとってもいいわ!」
「それはよかった」
僕は、カーネリアちゃん達にずんだ餅を描いて出した。折角なので、お茶請けは餅。あと枝豆。だからずんだ餅。
ずんだ餡って、枝豆からできている、っていうことは知っていたのだけれど、具体的にどうやって作るかはよく分からなかった。枝豆を潰して砂糖と混ぜればいいんだろうか?
色々不安だったから、もう、絵に描いて出してしまうことにした。絵に描いた餅の良いところは、餅の材料なんて分からなくても、餅の製法なんて分からなくても、餅の完成形だけ分かっていればそれを造り出せてしまうところだ。便利。
「面白い味ね。うーん……妖精さんも気に入ったみたい。これ、次のケーキに使ってみようかしら」
クロアさん、ずんだ餅を気に入ってくれたらしい。一緒にお茶のテーブルを囲みつつ、ずんだ餅を食べてにこにこしている。森っぽいクロアさんだ。
……そして。
「……な、なあ。トウゴ。この子、誰だ?」
リアンが、そわそわしたように、僕をつついて聞いてきた。あ、そうだよね。リアンはカーネリアちゃんのことを知らないから。
「カーネリアちゃん。ええと……僕の知り合い。ジオレン家で色々あった時に出奔した子」
「しゅっぽん……」
うん。しゅっぽん。
僕らの声が聞こえたのか、カーネリアちゃんはそっと立ち上がると、綺麗な姿勢でお辞儀した。
「こんにちは。私、カーネリアよ。ジオレン家の娘だったけれど、最近はずっと放浪貴族してたわ!あちこち、旅したの。お母様のお墓にも行ったし、お母様のお父様とお母様にも会えたの!」
そっか。……カーネリアちゃんの旅路が彼女にとって良いものだったなら、それは、すごくよかった。
「でも今日から放浪貴族は引退よ!私、この森に住むわ!よろしくね!」
放蕩貴族は聞いたことあるけれど、放浪貴族は聞いたことなかった。そっか。放浪貴族……。
「それで、こちらはインターリア。私の騎士なの」
「インターリアは俺の元同僚でもある。……まあ、悪い奴じゃない。何かあったら頼っていい」
ラオクレスも補足を入れると、リアンは、へえ、といいながら、ちょっと赤くなって、小さい声で、よろしく、と言った。……人見知りしてるのかな。まあ、知らない人が増えてるから、そうなのかもしれない。ちょっと意外だ。
「あの……カーネリア、おねえちゃん?妖精さんは、好き?」
一方、アンジェはおずおずと、でも積極的にカーネリアちゃんに話しかけている。すると、カーネリアちゃんは、ぱっと顔を明るくした。
「ええ!この森、すごいわ!妖精さんがいっぱいになってるなんて思わなかった!」
「うん……妖精さん、アンジェとお兄ちゃんといっしょに、いっぱいおひっこししてきたの」
「すごいわ!すごいわ!……あっ、あなたの髪に妖精さん、とまってるわね」
「うん。……あ、カーネリアおねえちゃんにも」
……カーネリアちゃんも妖精が見えるタイプだったらしくて、アンジェと話が合っている。よかったね。
それを見て、リアンはちょっとだけ複雑そうな顔をしていた。妹をとられたような気分なのかもしれない。この森、子供が少ないから余計にそういうの、あるかもしれない。うーん……森の学校とかも作るべきなんだろうか。
それから、子供達は泉で水浴びを始めた。きゃあきゃあとはしゃぐ声が賑やかでいいね。
……晩夏の森は、少しねっとりした空気で、でもそこまで暑くはない。日差しに立っていると汗が出てくる程度で、木陰だったらそこまで辛くない。特に、森の中はちょっと涼しいから、居心地がいい。
僕は家の前の泉に足だけ浸かって涼みながら、枝豆を食べている。隣にはいつのまにか鳥。こっちはパン。枝豆もパンもお供え物だ。ありがたい。嬉しい。
「よお、トウゴ!……涼しそうだなあ」
そこにフェイもやってきた。レッドドラゴンがぱっと降りてくると、カーネリアちゃんの目がキラキラする。うん。そういえばドラゴンを見たのは初めてだったっけ?
折角なので、レッドドラゴンは出しっぱなしで一緒に水浴び、っていうことになった、らしい。そこに更に乱入していった鳥が泉の大部分を占めてしまうものだから、大分、泉が手狭になっている。でも、これはこれで、子供達は楽しそうだ。よかったね。
「フェイもこっち、どうぞ」
「ん。じゃあお邪魔すっかな……お。冷てえ。へえ。中々快適だなあ」
やってきたフェイも靴を脱いで僕の隣に座って、ぶらん、と泉の中へ足を浸けた。ね。中々快適なんだ。これが。僕らは水遊び、っていうのも何だけれど、こうやって涼を取るくらいなら、まあ、いいよね。
「で、これ、報告な。まあ、騎士が増員されました、ってだけだ。インターリアさんも正式採用。インターリアさんは元々そっちにある森の騎士団に所属。それ以外は街壁を守るための騎士団に所属、ってことでいいよな?」
「うん。ありがとう」
フェイが持ってきてくれた紙を読む。……うわ、30人も集まったんだ。これなら門番もある程度お任せできる。ありがたい!
集まったであろう石膏像達を想像してわくわくしていると、ふと、フェイが言った。
「……トウゴ、お前、美味そうに食うなあ」
僕と鳥を見たフェイは、にやにやと笑う。……そんなに顔に出ていただろうか。
「枝豆、好きなんだよ」
「おう。顔見りゃ分かるぜ」
「……だって美味しいんだよ。枝豆。そういえばフェイは食べたこと無いんだっけ」
「そうだなあ。気になってはいたんだよ。どれどれ……」
お一つどうぞ、と枝豆が乗っている紙のお皿を差し出すと、フェイは僕の隣に腰を下ろして、枝豆の鞘を1つ持っていった。そして、僕がやっているように、鞘を口に含んで……ちょっと妙な顔をした。
「……美味しくなかった?」
心配になって聞いてみたら、フェイはちょっと妙な顔のまま、枝豆を咀嚼して、呑み込んで……そして、言った。
「これ、魔法薬の原料とかか!?」
……違うよ!